アナリストプロフィール
鵜澤 慎一郎(Shinichiro Uzawa):デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員パートナー
日本のHR Transformation(人事部門改革)サービスリーダーとして、グローバルスケールの人事組織再編、オペレーション、人事システム改革プロジェクトを統括。大規模、複雑なグローバル人事プロジェクトおよびクラウドHRソリューション導入に関する日本における第一人者として豊富な実務経験を有する。グローバルタレントマネジメントにおける構想策定から制度設計、実際の導入まで支援している。主な著書や記事として『タレントマネジメントの進め方』(月刊人事マネジメント2011年12月号)、『ワークスタイル変革』(共同執筆/労政時報選書)他、人事専門雑誌への執筆多数。
デロイトが調査した「グローバルヒューマンキャピタルトレンド2015」によれば、86%の企業が自組織の最重要課題として「リーダーシップ」を挙げ、グローバルスケールでの人材開発や最適要員配置が事業の競争優位性につながると考えている中で、日本企業の対応は全般的に遅れが目立つ。
少子高齢化による国内労働人口減少と海外ビジネス拡大に伴う海外人材活用が急務な日本企業において、人材活用のシステマチックな方法である「タレントマネジメント」はこれからのグローバルビジネスでの成功に不可欠だ。競争を勝ち抜いていくには先を行く欧米企業にグローバル人材マネジメントの面でも追い付かなければならない。今回はあらためてタレントマネジメントの意義を考え、ツール導入の視点を解説する。
海外に後れを取る「タレントマネジメント」
「タレントマネジメント」は1990年代後半から2000年代にかけて認知が進んだキーワードだ。この概念の誕生には、人材獲得、開発、育成がビジネス成長の重要課題と捉えられ、世界的に「War for Talent」と呼ばれる人材獲得競争が展開されるようになったことが背景にある。
金融のゴールドマンサックスやITのマイクロソフト、グーグルのように、優秀な人材がビジネスを成長させ、その成長を見てさらに多くの優秀な人材が集まり、成長をより加速する循環を作り出した企業がビジネスの成功をつかみ取っていく姿が誰の目にも明らかだった。その循環を作り出すエンジンとして有望視されたのが「タレントマネジメント」である。
タレントマネジメントの定義について世界規模の人材マネジメントコミュニティーであるSHRM(Society for Human Resource Management)では、タレントマネジメントを次のように定義している。
「人材の採用、選抜、適材適所、リーダーの育成、開発、評価、報酬、後継者養成などの人材マネジメントのプロセス改善を通して、職場の生産性を改善し、必要なスキルを持つ人材の意欲を増進させ、現在と将来のビジネスニーズの違いを見極め、優秀人材の維持、能力開発を統合的、戦略的に進める取り組みやシステムデザインを導入すること」
非常に汎用(はんよう)的かつ統合的な定義となっているが、実務的にタレントマネジメントを考えるためには「人材」つまり「タレント」が誰か、という視点も重要になる。もともとタレントマネジメントの第一の目的は経営者の後継者またはそれに近い権限と責任を持つ人のことを指す、トップレベルマネジメントを担える人材を選別、育成することだった。
そこから広がり昨今重要視されるもう1つの「タレント」の解釈は「クリティカルワークフォースセグメント」と呼ばれる、事業上の競争優位性を発揮する重要部門の人材グループである。例えば、営業力が強みの場合は営業職群、製品に強みがある場合は研究開発職群を指すことになる。そしてもう1つは全従業員をタレントと幅広く解釈するものだ。
タレントマネジメント概念への「違和感」の理由は?
グローバルには当たり前となっているタレントマネジメントだが、これまで日系企業にはなかなか響かず、むしろ違和感を抱くこともあった。その大きな理由の1つとして、日本ではいまだ新卒一括採用中心、ジョブローテーション制度、年功的な管理職、経営者登用がいまだ残っていることが挙げられよう。
その結果として、企業側が職務やポジションと人材の適合性から次のポジションに登用されるために必要なスキルギャップを明確化したり、意図的に優秀人材を早期に引き上げるようなことにいまだちゅうちょしてしまいがちだ。また海外に比べると人材流動性が低いために、優秀な人材を企業内につなぎとめることの重要性や施策について、実感値をもてない場合も多い。
上位ポストに就任するには周囲の社員が「そろそろよいタイミング」であると認めて、該当ポストが空いたらその席を譲り受けるのが暗黙的なルールになっている。特に経営リーダーへの昇格にはその傾向が強い。つまり本人が自らの意思で仕事の結果を出して欲しいポストを獲得するよりも、「いつの間にかその立場に押し上げられる」ことを待っている場合の方が多いのだ。
このような文化が悪いわけではない。事業の多くの面を知るオールラウンダーを作り出すこの仕組みが日系企業の成長に寄与してきたし、今後も必要な部分があるだろう。しかしビジネス環境はかつてとは違う。
大きな違いは、少子高齢化で労働人口が減少していく傾向に歯止めがかからないことと、ビジネスのグローバル化が急速に進んでいること、新しい価値観を持つ若い世代の台頭である。人材の裾野が狭くなっている上に、よりチャレンジングに自己実現を目指す優秀な人材は、広く門戸を開く世界のエクセレントカンパニーに流出してしまう。
この環境の中では、人材獲得競争は今後ますます激化していかざるを得ない。また、加速しているビジネススピードに人事がついていけなくなる可能性も高い。成り行きまかせで自然にポストにふさわしい人材に育つのを待つというやり方は不確実性が高すぎるのだ。
社員が5年、10年といったスパンで目標とするポストを設定したら、そのために必要なスキルや知識を磨く努力を自発的、積極的にできるようにしなければならない。会社側としては、キャリアパスを明確にし、社員の努力の成果を客観的に評価して報いる仕組みが必要だ。
そんな仕組みづくりには、採用、育成、評価、配置、報酬などの人事の各要素が縦割りになった、従来の人事マネジメントの構造は向いていない。要素間に横串を刺した包括的な人事マネジメントがあればこそ、一貫した方針に従った行動計画ができる。タレントマネジメントのコンセプトは、まさにそうした計画的、意図的に必要なタイミングに適切な人材を配置できるようにすることだ。
世界に後れを取る人事課題への取り組み
日本の伝統的な人材マネジメントが岐路に立っていることはデロイトが2015年に実施した「グローバルヒューマンキャピタルトレンド2015」調査からもうかがい知れる。この調査は世界106カ国、3300人を超えるビジネスリーダーおよび人事責任者(担当者)に対するものである。
この調査で顕著に見えたのが、人事課題のそれぞれの重要度の認識は日本と世界で極端な違いがないのに、具体的な対応をしているかどうかの認識(対応度)には大きなギャップがあることだ(図1)。
まず、企業の認識について、特に重要度の高い課題と見られているのは「リーダー(経営者の後継者などのリーダーシップ開発)」と「文化(企業文化/従業員のエンゲージメント)」「要員配置」「人材開発」という項目だ。「リーダー」と「人材開発」では、日本はわずかに世界を下回るのみでほぼ同程度に重要と考えていることが分かる。
一方、重要度と実際に対応できているかの度合いの比較をした場合、ギャップ(数字を引き算した数字、図の下部)を見ると、「グローバル人材管理」と「要員配置」で特に大きな差がある。他の課題についても、世界に比べて重要度と対応度のギャップが全てにわたって大きい。総じて言えば、人事課題に対して日本は世界に対して周回遅れといってもよいほどに対応が遅れているのが現状だ。
図2には、リーダーシップ開発についてさらに詳しい調査結果を示す。左は経営者にとっての後継者育成計画があるかどうか、右は後継者(またはその候補者)に必要なグローバル経験やスキルがプログラムに盛り込まれているかどうかを尋ねたものだ。
後継者育成計画やプログラムが「できている」(Adequate)または「十分できている」(Excellent)と回答した企業は世界が49%なのに対し、日本はわずか23%と大きな開きがある。またグローバルビジネスに必要と考えられる国際経験やスキルが開発プログラムに盛り込まれている企業は、世界が43%、日本はわずか21%。しかも「十分できている」(Excellent)と答えた企業はゼロだった。
現在および将来のスキル要件への理解が不足
人材マネジメントやモチベーション向上の1つになるのが、目指すポストに就くためのキャリアパスの明快さだ。それぞれの職務やポストで必要なスキル、経験要件も透明性をもって明確でなければならない。
同調査では、この面でも世界と日本の大きな差が露呈している。図3左に示すのは「必要とされる能力と従業員の実際の能力とのギャップへの理解」の調査結果だが、世界では73%が「十分に理解している」(Excellent)「理解している」(Adequate)としているのに対して日本では38%。6割以上が「十分に理解していない」(Weak)と考えている。
また同右に示す「将来的に必要となるスキル要件への理解」の調査結果でも、日本は68%が「十分に理解していない」(Weak)という結果(世界では同41%)となった。
この調査からは、人事部門はグローバルな人事課題を世界と共有していながら、日系企業が具体的な対応がとれていない現状が見えてくる。ここにメスを入れようと思えば、人材マネジメントの方針策定、実際の制度設計(人事制度、人材開発、キャリア開発など)、それを支えるシステム基盤整備、それら全てを包括的に見直すことが必要となる。
タレントマネジメントツールの選び方
それでは実際にタレントマネジメントを以下に進めていくか、今回は制度設計寄りではなく、システム基盤に焦点を当て、読者の関心が高い、タレントマネジメントツールの選び方についてみていく。
タレントマネジメントツールは、人材のプロファイルとスキル、経験をデータベース管理し、冒頭の定義にあるように人材の採用、選抜、適材適所、リーダーの育成、開発、評価、報酬、後継者養成など広範囲にわたる包括的な管理を行える機能を備えている。
グローバルで評価されている代表的なツールには「Success Factors」(SAP)、「Oracle HCM Cloud」(オラクル)、「CornerStone OnDemand」(コーナーストーン)などがある。この3製品はどれもがクラウドサービス(SaaS)として提供されている。
こうしたツールには先進企業のベストプラクティスが組み込まれていて、これまでタレントマネジメントの経験がない企業でも、ツールを利用すればある程度のレベルまでは管理方法を整備できるのが長所だ。SaaSの場合はシステム構築期間が短期間で可能(オンプレミス構築の2分の1から3分の1に圧縮可能)、初期投資が少なくてよいので「スモールスタートで一部の機能から試して、段階的に拡張していく」方法もあり得るだろう。
ただし、ベストプラクティスにあわせるやり方が唯一の解決策とは限らない。独自の思想、業務プロセスに強いこだわりを持つ企業の場合にはカスタマイズができないクラウドサービスよりもオンプレミス製品の方がよい場合もあり、慎重な判断が必要となる。
また、国内にも専業ベンダーが複数あり、日本固有の細かいタレント情報管理、例えば兼務や出向情報管理、長期間にわたる過去履歴保存などに強みがある。海外やコーポレート全体ではもちろんグローバルスタンダードに従うツールが望ましいが、国内の特定部門だけの詳細なタレントマネジメントが必要な場合には特定ニーズに応える国内ツールを利用した方が好ましい場合もあるだろう。
コーポレート人事ではグローバル展開に優れた多言語対応モデルで、かつ主要国での運用、保守サポートが得られるグローバルスタンダードツールを利用しつつ、研究開発部門ではそれに加えて日本の流儀にのっとった細かい管理が可能な国産ツールを用いるといった「使い分け」も視野に入れてツール導入を検討してみるとよい。
現在ではクラウド間の連携が可能であり、大手ベンダーのパッケージでは連携機能がコネクタとして提供される場合もあるので、複数ツールを利用する選択はさほど難しくない。また目的別に、グローバル採用モジュールはこの製品、後継者管理とパフォーマンスマネジメントはあの製品という使い分けもあり得る。全てを満たすオールインワンのフルスイート製品を利用する方法がある一方で、ベストオブブリード(ニーズに最適なツールを選んで利用し、組み合わせる方法)もあるので、どちらが自社にとって有利か、よく検討する必要がある。
SNSからの情報入手はこれからのトレンド
近年は、SNSからのプロフィール情報などの入手と利用がタレントマネジメントツールのトレンドになってきた。実際に転職用によく使われるSNSに本人が書き込んだプロフィール、履歴情報をタレント製品にインポートできる機能もある。
このようなトレンドに対応できるかどうか、日本企業は岐路に立たされている。従来は、本人が申告する職務履歴をうのみにしてよいか、入社以来など長期にわたる職務履歴を管理できなくてよいか、外部からのデータを社内で利用することに問題はないか、といった懸念があり、人事部が従業員の異動履歴、職務経歴を一括管理する管理する手法が国内ではほとんどだった。
しかしこれからはますます情報の鮮度が重要視される時代になるだろう。また中途採用が増えてくるとその人の過去履歴をとるということ自体が不可能だ。そこで従来の手法をずっと踏襲していられるとは考えられない。
外部情報源と常にリンクした人事マネジメントへとシフトしていくことを考えるべきだろう。それはデジタルやソーシャルネットワークに慣れ親しんだデジタルネイティブと呼ばれる若い世代の価値観にフィットするやり方でもある。
以上、今回はタレントマネジメントの意義と、世界および日本企業の人材課題への対応状況、ツール選択の視点について述べてきた。最後に製品選びのポイントを挙げておこう。
- 拡張性:スモールスタートが可能で、徐々に機能拡張できる製品を選ぶ
- グローバル対応:日本以外での人材も活用できる多言語対応と海外のサポート体制が必要
- 情報セキュリティ:最終的にはセキュリティは企業の自己責任。信頼できる第三者認証機関からセキュリティ認証を得ているか、欧州のような個人情報保護に特に厳しい地域での対応ができているかを中心に実績のあるベンダーを選ぶ
- 基幹システムとの親和性:データ移行、連携のしやすさを考える
- 人事部門のニーズに応える機能:人事部門のやりたいことと機能の合致を確認する。例えば採用関係に強い製品、パフォーマンスマネジメントに強みがある製品など、製品の性格も考慮する
こうした点を検討した上で、デモを体験したり、RFPを作成して回答、提案を得たりすることが望ましい。クラウド製品は導入前にデモ環境でユーザー側が一定試用することで機能性や使い勝手を体感できる機会が多い。可能なら一定期間、人事部門と情報システム部門で試用した上でのユーザー目線での製品選定をお薦めする。
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