シュッと現れパッと消える「海水アンテナ」とは?:5分で分かる最新キーワード解説(2/3 ページ)
海水を噴き上げてアンテナにするという画期的な技術「海水アンテナ」が登場した。応用に期待が持てる新たなアンテナの形に注目だ。
なぜ海水がアンテナになったのか?
まるで手品のような風景を見た後、開発プロジェクトを指揮した三菱電機情報技術総合研究所アンテナ技術部の宮下裕章部長にタネ明かしをしてもらった。
ご存じの通り、食塩水は濃度によっては良導体で、海水はおよそ3.5%濃度の食塩水に近い導体だ。これをアンテナとして利用しようというアイデアはこれまでもあったが、課題が2つあった。
1つは一般的な金属アンテナに比べて導電率が圧倒的に低いこと。アンテナの材質の導電率が高いほどアンテナ効率(放射効率)も高くなり、例えば銅製なら100%近いアンテナ効率が得られるのだが、海水ではとても望めない。
また、電波受信の基本的な仕組みは、アンテナに高周波電流を通し、電波で共振させて強まった電流を信号として取り出すというものだが、海中でどうやって高周波電流を海水アンテナに通すのか、送受信装置に戻る電流が海水中に散逸してしまうのをどう防ぐのかが問題だ。
まず、アンテナ効率課題を考えるには、どんなアンテナにするのかが大きな問題になる。若手研究者が中心になり、ペットボトルに詰めた海水で試行錯誤を重ねて出した結論は、海水をノズルから棒状に噴出すれば、一般的なモノポールアンテナ(携帯電話基地局やWi-Fiルーターなどによく使われている棒状のアンテナ)と同原理のアンテナができるということだった。
モノポールアンテナなら、噴出する海水の棒の長さ(アンテナとして使える部分)は波長の4分の1でよい。地デジの周波数帯は現在470MHz〜770MHzまでが電波法で割り当てられているので、波長はおよそ40〜60センチ前後となる。4分の1波長なら10〜15センチだ。この程度の噴水は、市販の小型ポンプで簡単に作れる。
しかし、金属に比べて導電性が劣る海水で金属アンテナに匹敵するような効率を得るのは難しかった。そこで、技術者は棒状に噴出する水流の太さと、アンテナ効率との関係をシミュレーションを繰り返して求めていった。最終的に地デジ放送受信に最適な太さを割り出したことが、今回の開発の1つの大きなポイントだ。
さらに、海水中に装置を浸した状態での利用が前提なので、周囲の海水に高周波電流を逃してしまうことをできるだけ抑え、効率を上げることが重要だ。そのためには送受信装置につながる高周波ケーブルを周囲の海水からうまく絶縁し、海水アンテナとなる水流にだけ電流が通るようにしなければならない。
これには、電気絶縁材料で筒を作り、その内部に高周波ケーブルの接続部を入れてノズルと接するようにすることで解決が図られた。しかし、この構造を持っていれば海水中でうまく絶縁できるというものでもなかった。水中に没する部分の長さや太さに関しても最適な値があることが分かり、それを求めるために何度も試作を行ったという。
こうした苦労の結果、ついに地デジ受信に成功した中核モジュールが図3に示す「絶縁ノズル」だ。
図3上の写真の絶縁ノズルの上部シールドを開けると、図3右下のようにノズルの周りが筒で囲まれているのが分かる。高周波ケーブルはノズル上部すれすれのところに接続され、図3左下のように、周囲の海水中に高周波電流を逃さずに噴水流にだけ流し、また戻る電流が周囲の海水に向かって流れようとするのを、高周波ケーブルでいわば横取りするような形でキャッチし、送受信装置へと送る仕組みになっている。
これによりアンテナ効率は70%という値を記録した。図4に示すように、これは一般的な小形アンテナ(携帯端末などに搭載)のアンテナ効率が30〜80%であるのに比較して遜色なく、十分実用的な効率といえよう。
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