超高速光駆動チップ開発へ、世界初の「ペタヘルツ高周波」を観測:5分で分かる最新キーワード解説(2/3 ページ)
電界制御では1テラHzの動作が限界と考えられる中で、光の制御で「ペタヘルツ高周波」の世界への扉が開く。
「単一アト秒パルス」で電子振動をキャッチ
まず、電子の励起のために使ったのが、近赤外領域のレーザー光である「フェムト秒パルス」光源だ(高強度フェムト秒パルス、10のマイナス15乗分の1秒=1000兆分の1秒単位の閃光を放つレーザー)。これも先端的なレーザー技術だが、専門研究領域ではそう珍しくはない。
研究のハイライトは、フェムト秒パルス光源で励起された電子の動きの速さに対応すべく用意された「単一アト秒パルス」光源だ。このパルス発生装置はまだ世界で10台ほどしかないという貴重なもの。アト秒(as:フェムト秒の1000分の1、10のマイナス18乗分の1秒)単位で閃光(せんこう)を単一化して発する。
これを利用して、660アト秒のパルス光をプローブ光として窒化ガリウムに当てた。その光の変化を計測すると、電子の動きが分かる。例えば、ピッチャーが投げたボールをストロボ撮影すると、ボールの軌跡が分かるのと同じことだ。
電子の動きは速すぎるので、これまでは、いわばキャッチャーミットに収まったボールの状態から動きを推察することしかできなかった。しかし、極めて短い間隔でストロボを当てることにより、飛んでいるボール(電子)の様子を直接確かめられるようになったというわけだ。
もう少し詳しく技術を説明すると、2つの大きな技術的ポイントが含まれる。
1つは、アト秒パルスを低エネルギーで、しかもパルス列としてでなく単一のパルスとして利用できるようにしたことだ。低エネルギーにするのは、窒化ガリウムの内殻電子(内殻準位は10eV以上)の情報と価電子(10eV以下)の情報が重畳しないようにするためだ。また、単一のパルスにしたのは、価電子の分極の様子を正確に捉えるためだ。
研究チームは、図3に示すような「二重光学ゲート法(DOG法)」と呼ばれる技術を利用し、低エネルギーかつ単一のアト秒パルスの発生に成功した。
図3 低エネルギー単一アト秒パルス発生技術のイメージ。アト秒パルスは高強度フェムト秒パルスの半サイクル周期ごとに発生されるため、通常はパルス列として存在する。二重光学ゲート法(DOG法、Double Optical Gating)は、アト秒パルスの発生を半サイクル内に制限可能なため、パルスの単一化が可能となる(出典:NTT)
もう1つの技術的ポイントは、単一アト秒パルスを用いた「過渡吸収分光法」を開発したことだ。これは図4の「アト秒吸収分光装置」が担った。
まず、窒化ガリウムにポンプ光としてフェムト秒パルスを照射して電子分極を引き起こし、少し時間をずらしてプローブ光として単一アト秒パルスを照射する。そして試料を通過したプローブ光を真空紫外分光器でキャッチする。各時間で透過率を計測できるので、計算によって吸光度(吸収率)が導出できる(図5)。
図5 過渡吸収分光計測法のイメージ。近赤外フェムト秒パルスをGaN半導体に照射し、分極に伴い生じる電子振動(双極子振動)を誘起する。同時に、任意の時間を遅らせたアト秒パルスをGaN半導体に照射し、透過してきたパルス光を真空紫外分光器により検出する。各時間において計測した透過率を基に、吸光度(吸収率)を導出する(出典:NTT)
計測の結果を、プローブ光の吸収スペクトル変化を遅延時間の関数としてプロットしたのが図6だ。フェムト秒パルスによって、アト秒パルスの吸光度が変化するということが目で見て分かる。
図6 計測された過渡吸収スペクトル。近赤外フェムト秒パルスと真空紫外アト秒パルスを時間掃引する(遅延時間を与える)ことで、アト秒パルスの過渡吸収スペクトルが得られる。上記の結果は、近赤外フェムト秒パルスにより変化するアト秒パルスの吸光度(吸収率)を示す(出典:NTT)
これは電子の双極子振動の情報を反映しており、分析すると振動周期は860as、1.16ペタHzに達した。ポンプ光の周波数は0.39ペタHzなので、振動周期はその3倍に相当する。実験結果とモデル計算との比較により、この振動はポンプ光に誘起された窒化ガリウムの「3次非線形分極応答」であることが分かった。
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