マイケル・ポーターが語る「スマートコネクテッドプロダクト」:KeyConductors
IoTやAI技術が進んだ世界において、人間に残される仕事はあるのか。スマートコネクテッドプロダクト時代の「10の戦略的選択肢」とは?
2016年12月1日、製造業においてCAD(コンピュータ支援設計)、製品ライフサイクル管理(PLM)、サービス管理(SLM)ソリューションを提供するPTCジャパン主催のイベント「PTC Forum Japan2016」が東京・新宿のベルサール新宿グランドにて開催された。
本記事では基調講演「接続機能を持つスマート製品や拡張現実(AR)が変えるIoT時代の競争戦略」にて語られた、新しいスタイルの製品、技術がどのように私たちの戦略を変えるかを、ハーバード大学経営大学院教授のマイケル・ポーター氏が語った内容をレポートしよう。
スマートコネクテッドプロダクトとは
講演はマイケル・ポーター氏による現状認識からスタートした。ポーター氏はまず、ITが生み出した「波」について語る。これまでITの歴史は「手作業を自動化する」ことから始まっている。社内でバリューチェーンを作り出すため、2000年ころからCADなどを使った自動化が活用されてきた。これはファイルキャビネットに入った紙情報を、ITによりデータベース化するような作業と考えてもいいだろう。
その次のフェーズは「インターネット」だ。プロセスをまたいで情報を接続することができるようになり、CRMやSCM、PLMといったものが登場する。地域や顧客の関係をまたいでものごとをグループ化できるようになり、多くの情報を社内に集めることが可能になった。
そして10年ほど前、第3の波として「ITが内蔵された製品」が登場する。製品の中にテクノロジーが埋め込まれ、機能自体を変更できたり、価値を変えられたりといったことができるようになり、製品の生み出し方が変わり、開発競争も拡大させた。
そのような製品をポーター氏は「スマートコネクテッドプロダクト」と呼ぶ。その一例として、フランスのスポーツ系企業、バボラが提供する「バボラプレイ」を紹介した。
一見普通のテニスラケットのように見えるが、ラケット全体にはセンサーが組み込まれており、ガットにかかる圧力を記録し続けることで、フォアハンド/バックハンドの割合や、ボールが当たった位置、スイートスポットで打ち返した割合などが取り出せる。その情報はペアリングしたスマートフォンに転送され、クラウドにデータをアップロードすれば解析も可能だ。ポーター氏は「フィジカル(物理)とデジタルが融合している」と述べる。「モニタリング、制御、最適化、そして自動化が可能だ」。
スマートコネクテッドプロダクトが変えること
このような機能を持つプロダクトは、世界をどう変えるのだろうか――。
ポーター氏はモニタリング、制御、最適化、自動化の事例として、業界の「境界」が変わっていくという。
「例えばトラクター。現在は単なる機械だが、これにセンサーとソフトウェアを入れ、スマートトラクターを作る。ネットにつなぎGPS情報を得られるようになれば、どう動くのかが正確に記録できる。また、スマートコネクテッドプロダクトはここで終わらないのが興味深い点だ」。
ネットにつなぎ、情報を記録することが可能になると、トラクター以外の機器とも「つながる」ことができる。例えばトラクター、コンバイン、他の農業機械システムとも連携すると、コンバインで収穫した作物の回収のため、カートが自動的にコンバインの近くに行き、穀物を運ぶといった一連の動作が自動で行えるようになる。さらに、センサーを活用することで、機器が壊れる前に自らがアラートを発するようになれば、機器の健康管理が常時できるようになる。スマートコネクテッドプロダクトは「ネットにつながる」という当初の目的以上に活用できるのだ。
フィジカル、デジタル、そして「人間」がつながるための必須技術とは
そして、そこに重要な技術が「AR」だという。PTC Inc. 社長 兼 CEOのジェームス・E・ヘプルマン氏は、AR(拡張現実)こそが、この仕組みの中に人間を組み入れるためのポイントになるという。「人間にも強みがある。それは予想できない事態にも対処できる器用さや想像力だ」。
例えば先の例で、コンバインが全く予想しない動きをしたり、想定しないかたちでの故障が発生した場合、人間が最も強い対応策になり得る。
そのときに備え、人間がフィジカル、デジタルの両方をより効果的に「体験」するために、AR技術を用い視覚的に人間が判断できる仕組みが効いてくる。例えば先のスマートラケットを例に取ると、iPadなどのタブレットやマイクロソフトの「Microsoft HoloLens」を通してラケットを見ることで、実際のラケットに画像を合成、ボールの入射角、反射角を視覚的、直感的に見ることができるようになるという。
「これはカーナビでも同様のことが可能で、目の前に広がるフィジカルな世界と、デジタルの画面をヘッドアップディスプレイに合成した方が、人間はより正確な判断を短時間で行える。スマートコネクテッドプロダクトは、デジタル、フィジカルを重ねて体験できる」
スマートコネクテッドプロダクト時代の「競争」とは
ポーター氏はスマートコネクテッドプロダクトの登場により、企業間の競争のかたちだけでなく、企業内の組織構造も変化すると述べる。フィジカル、デジタル、そしてARが、スマートコネクテッドプロダクトを拡張し、最適化も可能になる。その結果、これらの技術は「大きな競争影響力がある」とポーター氏は考えている。
例えばスマートコネクテッドプロダクトは、1つのプロダクトを「ソフトウェア」で制御することが可能で、メカ部分の依存度が低下することが特長として挙げられる。これはカスタマイズのために設計そのものを変化させる必要がなく、ソフトウェアとして制御することで、1つの製品で複数のグレードをまかなえることになる。「ただし、これはITベンダーの力が増加することにもつながる。これをどう捉えるかは今後の課題だ」。
さらに、スマートコネクテッドプロダクト時代は差別化が大きな要素になり、スイッチングコストも高まるため、顧客との緊密化が狙えるという。参入障壁が拡大することも挙げられるが、新規参入者が既存企業を一気に超え、優位に立つ可能性も考えられる。ポーター氏は「新たな機能を積極的に採用しない、というリスクが上昇してきた」と述べる。
ポーター氏はさらに、「10の新たな戦略的選択肢」を提示する。スマートコネクテッドプロダクト時代においては、これらの戦略を見直す必要があると述べる。
- 製品のどの機能を追究するか
- 製品とクラウドにそれぞれどの程度機能を持たせるべきか
- 開放的なシステムと閉鎖的なシステム、どちらを目指すべきか
- 技術開発は社内か、外注すべきか
- どのようなデータを確保する必要があるか
- データの所有権とアクセス権をどう管理するか
- 流通チャネルやサービス網を中抜きすべきか
- ビジネスモデルを手直しすべきか
- データを第三者に販売すべきか
- 事業範囲を拡大すべきか
そして、スマートコネクテッドプロダクトの注力により、組織構造にも大きく変化が出てくるだろうと述べる。例えばIT部門とR&D(研究開発)部門はその境目が曖昧になり、一体化することになるだろうと述べる。さらに、データが集約されることにより、新たに「統合型データ部門」が登場し、「最高データ責任者」の存在が必要となるだろう。そして多くの部門にDevOpsを実施する「開発運用部門」が共有され、顧客の成功にコミットする「顧客成功管理部門」が登場するだろう。これは、スマートコネクテッドプロダクトが「販売して終わり」という性質のものではなく、開発した製品を「使ってもらう」ことに責任を持つ必要があるからだ。
スマートコネクテッドプロダクトの登場による企業の変革、ビジネスの変革は多くの企業でまだスタート段階だとヘプルマン氏は述べる。社会、環境、健康、安全に大きな影響を与えるものとして、「特に製造業の可能性が大きい日本においては、イノベーションを高めるものになると考えている」と述べた。
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