2021年9月13日、RPA BANK はキーマンズネットに移管いたしました。
移管に関する FAQ やお問い合わせは RPA BANKをご利用いただいていた方へのお知らせ をご覧ください。
生産年齢人口が減少期に入り、また国が働き方改革を推進するのに伴って、エンタープライズでは今、限られた人的リソースと労働時間の中で、いかに生産性を最大化しグローバルでの競争力を高めるかが喫緊の課題となっている。その現実解として、2016年半ばから注目を浴び、導入企業も増加し続けている「RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)」。メディアなどでは、コスト削減や業務効率化といった文脈でRPAを採り上げる例が目立つが、それとは異なる独自のアプローチでRPAに取り組む企業が住友林業情報システム株式会社(千葉市美浜区)だ。RPAによる“業務効率化”に留まらず、“RPAを活用した事業開発”にもチャレンジする同社の取り組みと構想について聞いた。
ユニークな活用形態、きっかけは一枚のチラシ
「『これを貸し出すサービスができるな』と、見た瞬間にピンと来たんです」。3年前に参加したセミナーの配付資料で、たまたまRPAソフトウェアの存在を知ったときの第一印象を、同社ICTビジネスサービス部マネージャーの成田裕一氏はそう振り返る。
1991年設立の同社は、住宅をはじめ森林経営、建材流通などの諸事業を展開している住友林業株式会社の完全子会社。これまで、住友林業グループ向けのシステム開発や基幹システムの運用を事業の柱としてきたが、近年はグループ外への事業展開も視野に、ICT関連のサービス業務拡充へ注力。2015年4月には「ICTビジネスサービス部」として独立させ、体制強化に努めてきた。
国内企業へのRPAの導入事例で、現在もっとも多いのは「現場の事業部門が主体となって」「自社の業務効率化のために」取り組むケースだ。これに対し「住友林業グループの情報システム部門」と位置づけられる同社は、グループの各事業部門から受託している業務にまずRPAを導入。しかも当初から「グループ外に向けたサービスの事業化」も想定する形でのスタートだった。いわば“二重”の意味でユニークな存在だったといえる。
もともとRPAは、時間と投資を要するITシステム構築に依存せず、現場主導で業務効率化が図れるツールというコンセプトを持つ。システム部門主導でRPAを活用する自社の取り組みについて成田氏は「ITに強いわれわれがRPAの運用を担うことで、基幹システムとの連携やセキュリティーの確保、さらにロボットの監視や保守を一元化できるといったメリットは大きいと感じる。ただ一方、効率化のターゲットとなる業務を本来の担当部署から受託するわれわれの立場では、事業部門が自ら効率化に取り組む場合に比べて業務知識やスピーディーな対応といった面では不利。そうした条件下でも『早くてリーズナブル』というRPAのよさを生かすためには工夫が必要だった」と説明する。
独自のアプローチで見出したRPA活用の拡大方法
ICTビジネスサービス部の発足と同時にRPAのパイロット導入を開始した同社は現在、住友林業グループからの委託で代行する21業務の処理に60台以上のロボットを使用。近日中に5台の増設も予定し、拡大基調を確かなものにしている。それを実現できた「工夫」のポイントは大きく2つ。当面「業務の部分最適」を目指すという現実的な目的設定と、ロボットの「モジュール化」だ。
事業部門が自ら取り組むことを前提としたRPA導入にあたっては、人手で行っていた従来の煩雑で面倒な定型業務を分析してプロセスを整理し、改善すべき課題を洗い出した上で、業務全体としての効率を最大化すべきとの考え方が一般的だ。こうしたRPAの“教科書的”なセオリーでは同時に、導入後のロボットの機能も業務の実態に合わせながら随時見直していくことが重要とされている。しかし同社は、まず定量的な導入効果を見出しやすい作業へ局所的にRPAを採用する「部分最適」のアプローチを採り、使用するロボットは「モジュール化」、すなわち汎用品として開発したものを組み合わせている。“正攻法”とされる手法とは、まさに対極にあるといってもよい。
この点について成田氏は「RPAの導入推進において、最初から十分な予算と意欲があれば、業務全体を見直す正攻法が確かにベストだ」としながらも「実際問題としてRPAを浸透させるには、まず結果を出すことが重要だ。いったん導入されて真価が理解されれば、そこから応用範囲も広がり、全体最適にもつながっていく」と、なるべく早く実践に移す重要性を強調。さらに「過去のシステム構築での経験から、業務部門はシステム部門からの提案を『成果が出るまで時間がかかる』と敬遠しがち。だからこそRPA導入の提案にあたっては『人手で1時間かかるこの作業は時給換算いくらであるところ、月額いくらのロボットなら5分でできる』と実演してみせ、その場で費用対効果も判断してもらうといったやり方で“手軽さ”“分かりやすさ”を追求してきた」と明かす。
特定の作業に特化したロボットを用意し、業務の中へ部品のように当てはめていくモジュール化のアイデアも、根底にあるのは「できるところから改善する」という部分最適の発想だ。モジュール化にはそのほかにも「『オンラインバンキングでの残高照会』といった、どこのオフィスでも同じ作業をモジュラーにすれば、それだけ多くの需要が見込めるため安価に提供しやすい」(成田氏)との狙いがあったという。デジタルレイバー導入の将来像を、成田氏は「モジュールのカタログを用意してその中から選んでもらうか、モバイルアプリのようにオンラインストアでダウンロードしてもらうのが理想だ」と思い描く。
ロボットとの協働が、人の採用と働き方を変える
「働き方改革」が叫ばれる中、とりわけ業務効率化による労働時間の削減効果が注目されてきたデジタルレイバーだが、実際の運用においては「作業にかかる所要時間の短縮で多様な働き方が可能になった」点も見逃せない。
多数のポータルサイトから住友林業が受け付けた注文住宅の資料請求について、請求者の重複を取り除いて配送伝票用のデータとして登録する作業を代行しているICTビジネスサービス部チーフの市東千晴氏は現在、育休明けで時短勤務中。従来の手作業では請求サイト1社分の処理におよそ1時間を要しており、作業途中でフルタイム勤務者に引き継ぐことも多かったが、ロボットを使えば数社の処理がわずか15分で完了。目視で入念にチェックをしても時短勤務の枠内で業務が自己完結できるようになったという。「先に帰るために同僚へ仕事をお願いするという心苦しさからも解放され、精神的に楽」(市東氏)。市東氏の同僚であるサブマネージャーの石田舞氏も、同じく時短勤務中だ。
両氏のように育児と両立しながらの仕事を希望する女性は多く、またRPAの活用によって短時間でも責任ある業務を完結できることから、同社は新たに午前限定勤務のスタッフを2名増員。取り扱い業務の拡充を実現している。
デジタルレイバーと協働する職場環境について感想を尋ねたところ、石田氏は「新しい業務が持ち込まれるたび、まず『ロボットでできないか』と考えているくらい、安心して仕事を任せられる」と笑顔で即答。「正確さや根気強さが求められる事務作業に人間のスタッフを充てるのは相応の覚悟が必要だったところを、ロボットは長時間、質を落とさず作業ができ『いつミスが出るか』という不安がなくなった。非定型的な業務に少し対応できるだけでも応用範囲は大きく広がるので、AIを応用したロボットの登場にも期待している」(石田氏)とのことだ。
人手不足の危機を好機に
住友林業グループ内での活用を通じて知見を蓄え、RPA事業をグループ外にも展開していこうとしている同社。現在温めているビジネスモデルについて成田氏は「RPAを構築して運用を始めるところまでは比較的簡単。現場主導でも進められるよう当社のノウハウも積極的に開示しており、この部分での収益は重視していない」と説明する。
成田氏らが見据えているのは5年後・10年後だ。RPA導入企業の業務や組織、担当スタッフが変わっても引き続きデジタルレイバーの管理・メンテナンスを担い、最新技術へのキャッチアップを続けるというサポート事業を新たな柱に育てていきたいという。
「デジタルレイバーにも従業員と同様、基本情報や職務の履歴などを管理するガバナンスや体制が必要で、もしその場しのぎの運用を続けていれば、いつか火を噴くことになる(笑)。とはいえRPAは現場の効率化・負担軽減のために導入するものであり、継続的なサポートはわれわれにお任せいただくほうが、ユーザーにとってもメリットが大きいはず。『デジタルレイバーの総務部』的な存在を目指したい」(成田氏)
近く検討を本格化させるRPAの事業化においてターゲットとされているのは「住友林業の家」を建てる工務店に代表される協力企業だ。「住宅建築の現場でもITを使った情報共有や業務効率化が進んでいる。その一方でIT化によるバックオフィス業務も増えつつある、人手を割くのが難しいこういった部分でこそRPAは有益なツールになる。工務店の方から利用対価を頂いても『楽になった』と褒めてもらえるようになりたい」。にこやかにそう語る成田氏の表情からは、人間とロボットが当たり前のように協働する世界を創造していくことへの期待感に満ち溢れているように見えた。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.