AIが学生を審査? “採用”に踏み込む最新のAIサービス
機械学習や深層学習といったAI技術を採用に活用するケースが増えてきた。本来は、人が担うべき領域と考えられていた採用活動になぜいまAI(人工知能)が乗り出しているのか。具体的なサービスとともに紹介する。エントリーシートの審査や一次面接にとって代わるようなサービスや、AIが自社で活躍できるポスト「ハイパフォーマー」を探し出すサービスもある。
ここ数年、AI(人工知能)が採用選考の一部を担う動きが増えてきた。17年にヒューマノイド「Pepper」が面接を行うサービスが注目を集めたことは記憶に新しい。
こうしたサービスは、最新のテクノロジーによって、人事業務に新しい価値をもたらそうという「HRテック」の領域に位置付けられる。「HRテック」という言葉自体は以前から存在していたが、ここ1年で何度目かのブームを迎え、とりわけ「採用」の分野でAI技術を活用した斬新なサービスが次々と脚光を浴びている。これらを実際に導入したりする企業も増え、成果を出すケースも登場している。従来、機械に任せられない、あるいは任せたくないという傾向の強かった「採用」の領域に、なぜAI技術による「HRテック」を活用しようという機運が高まっているのか。
技術的な観点からいえば、企業には採用のIT化に必要な人事データが豊富に蓄積されており、AI技術を活用するための材料を調達しやすいことが挙げられる。しかし、それだけでは採用における「AIブーム」を説明することはできない。背景には企業の抱える深刻な課題があった。
何万通ものエントリーシートをさばけない……採用業務の自動化・省力化のため
企業は採用活動にHRテックを活用して、どのような効果を得ようとしているのか。1つは、採用業務の省力化だ。企業においては、採用業務に掛かる負荷が年々高まり、人手で回すことが困難であるケースも出てきた。「一人採用担当」が、採用活動において多忙を極めるという姿もめずらしくはない。その背景には、新卒の就職活動が就職活動支援サイトの利用によってシステム化され、1人の学生が数多くの企業に対して簡単にエントリーできるようなった事情がある。かつて、紙の履歴書や書類を1枚1枚手で記入し、応募先企業に郵送していた時代は、自ずと1人の就活生が応募できる企業の数にも限りがあった。しかし今日では、就職活動支援サイトを通じて容易に複数の企業に応募できる。
これによって、応募を受け付ける企業には膨大な数のエントリーシートが押し寄せるようになった。特に多くの学生の応募が集中する人気企業には、数万のエントリーシートが送付されるため、採用担当はその審査に多くの時間を割かなければならない。そこで、ITの力を借りて少しでも負荷を軽減し、採用活動の企画や学生に対してのケアなど、本来行うべき業務により注力できるよう、HRテックに注目する企業が増えてきているのだ。
好みで判断していないか……人事のバイアスを取り除くために
HRテックの本来の価値は、省力化や自動化だけにあるのではない。自社にマッチした人材の確保も目的になる。これまで人手で行われてきた書類審査や面接は、評価者の裁量に一任されることが多く、その信頼性や公平性には疑問が呈されてきた。事実、「出身大学が同じだから」「何となく話が合うから」「付き合いが長いから」といった理由で採用が決まるケースは少なくない。AIの導入には、こうした属人的で信頼性に欠ける採用基準を廃し、客観的なデータに基づく公平な評価を可能にするという期待が持たれている。
学生が来ない……地方企業や中小企業の人材確保策として
今後、少子高齢化に拍車が掛かる日本において、若くて優秀な労働力を確保することはどの企業にとってもますます困難になっている状況だ。
大企業はもちろんのこと、人材の確保に苦労してきた中堅・中小企業や地方の企業にとって、今後人材の確保は死活問題になりかねない。そこでHRテックを導入し、自社の人材獲得施策にテコを入れ、将来の成長の糧となる優秀な人材を確保できる仕組みを構築しようというわけだ。
こうした目的を達成するため、具体的にどのようなサービスがあるのか。以降では、企業の採用活動のフェーズごとに活用できる、AI技術を使ったHRテックのサービスの概要を紹介したい。
フリー記述も深層学習……「RAPID機械学習」でエントリーシートのスクリーニング
採用の各段階の中でも、HRテックが真っ先に導入され、そして着実に成果を挙げているのが、応募書類を評価、選別する業務だ。エントリーシートの審査の負担を軽減するために、AI技術を使ってエントリーシートや履歴書、職務経歴書などの内容を評価し、自社の採用基準により合致する順番で自動的に応募者の書類をランク付けする。
例えば、日本国内では、NECがAI技術群「NEC the WISE」の一環として、 「NEC Advanced Analytics - RAPID機械学習」(以下、RAPID機械学習) という製品を提供している。RAPID機械学習はHRテックに特化した製品というよりは、同社開発の深層学習エンジンにさまざまなソフトウェアを組み合わせることで、HRテックを含む複数の用途でAIを活用できるようにしたもの。採用の場面では、エントリーシートなどの応募書類のデータを読み込み、自社の求人要件により合致したものをスコアの高い順番にリストアップする。人間は、こうしてAIがはじき出したスコアを基に、その後の選考に通すべき応募者のスクリーニングを行える。
特に大量のエントリーシートを処理しなければならない大企業においては導入効果が高い。AIが学習データとして活用できる過去データも豊富に保有しているため、効果も実感しやすいという。
ちなみに職種としては、専門的なスキルや資質を必要とする専門職よりは、幅広い経歴や資質、個性を持った人材が応募してくる総合職や一般職の採用において導入効果が高いという。専門職の場合は、採用に当たって着目すべきポイントが分かりやすく、応募者のプロフィールも似通ってくるため、人手による審査もそれほど負担にはならない。しかし、多様なプロファイルや資質を持った人材が応募する職種の場合は、さまざまな角度からエントリーシートの情報を吟味する必要があり、工数がかかる。こうしたことから、AIによるスクリーニングが生きるのだ。
事前にAIモデルの構築が必要
RAPID機械学習でエントリーシートの自動ランク付けを行うには、まず過去の応募書類とそれらの合否結果を、「教師データ」としてAIに学習させ、基準となるモデルを作成する。「志望動機」といったフリー記述も全て解析可能だ。一定量の学習を行った後に、モデルに新たな応募書類のデータを与えると、過去データの学習結果に基づき、その応募書類が審査を通る確率を弾き出す。
RAPID機械学習では、最小で1000件の過去データがあれば、ある程度の精度が担保されるモデルが構築できるという。信頼できるモデルを構築するには、電話番号などの評価には関係のないデータを除くほか、どのような項目をAIに評価項目として与えるか、モデル設計のノウハウが必要になる。また、人事制度が変わるなど、影響の大きい事象があった場合には、モデルのメンテナンスも必要だ。
AIで360度のプロファイリングする「GROW360」
エントリーシートに代わる、新たな審査方法をAIによって確立する動きもある。スマホを使って、学生のデータを収集する方法だ。
例えば、「GROW360」というサービスもその1つだ。これはInstitution for a Global Society(IGS)が独自開発した人材分析ツールで、複数の評価者によってある人物の評価を行う「360度評価」を、スマホアプリで行い、そのデータを採用活動に生かすものだ。
具体的なステップは以下の通りだ。まず応募者はスマホを使って、まず自身の自己診断アンケートに回答する。その際GROW360は、応募者のスマホ上での細かな指の動きなどから、本人も意識できない潜在的な性格診断(IAT)を行い、応募者がもともと持つ「気質」を判断する。気質とは「外向性や内向性」「協調性と独立性」「誠実性と快楽性」「開放性と保守性」「繊細性と平穏性」といった人間の潜在的な特性のことだ。
加えて応募者は、自身の評価アンケートに答えてくれるよう、複数の第三者に360度評価を依頼する必要がある。このアンケート調査を回収・集計することで「課題設定」や「解決意向」「創造性」といった最大25の行動特性、すなわちコンピテンシーのスコアが割り出される。ちなみに、第三者の評価は「その人の評価が甘いか厳しいか」「評価対象者を好きか、嫌いか」といったことに左右されるのではないかという不安があるが、GROW360では「評価の実施日時」や「回答にかかるまでの時間」などのデータを用いて、AIがデータを補正するという。
図2 GROW360によるコンピテンシー360度評価と性格診断(IAT)(出典:Institution for a Global Society)受験者はスマートフォンから簡単に360度評価の依頼が可能
こうして、応募者の気質とコンピテンシー、そして要望によってITリテラシーや英語力などのスキルを割り出し、応募者の資質や能力をカルテのように可視化する。それだけでなく、応募者の自社への適正とポテンシャル(成長率)も割り出せるという。採用担当者は、このカルテを判断材料に自社にマッチした人材を探し出すというわけだ。
一般的に応募者は、書類上で自身の能力や資質を誇張してアピールする傾向があるが、GROW360のようなツールを利用することで真の姿に近い人物像が可視化され、正確な評価ができると期待される。
社内のハイパフォーマーをモデルに
GROW360では、可視化したデータを基に「特定の資質を持っている人」「全てのコンピテンシーが平均点以上の人」といった指針を設定し、自社の求める要件定義に合致した人を判断する。しかし、自社の求める人物像や、それを表す指針が分からない場合あるだろう。そうした場合は、社内のメンバーにGROW360を受験させ、そのデータの結果から自社にマッチした人材かどうかを判断可能だ。例えば、自社で活躍している社員のデータにフラグを付けて機械学習にかけることで、応募者が自社でどのくらいのパフォーマンスを発揮するかを予測してスコア化したりできる。
コラム:その応募者、燃え尽き症候群になるかも?
GROW360では、その人が持つ気質から、将来的に燃え尽き症候群になりやすいかどうかを計測することもできるという。燃え尽き症候群とは、一定の分野や関心に対して献身的に努力した人が、期待した成果を得られなかった結果、感じる徒労感や欲求不満。慢性的で絶え間ないストレスが持続すると、意欲を無くし、社会的に機能しなくなってしまうこともある。この「燃え尽き症候群」はその人の気質と一定の関係性があると分かっており、気質によって将来的に燃え尽き症候群になりやすいかどうかの傾向を割り出せるという。こうしたデータも採用段階で加味できるようになる。
学歴データはもういらない……AI面接サービス「SHaiN」
現在HRテックの主たる用途は、既に挙げたエントリーシートなどをはじめとする一次選考の効率化であり、これを通過した応募者の面接は人手で行うのが一般的だ。しかし早くも、この面接をAIで行うソリューションが登場した。
例えば、タレントアンドアセスメントが提供する「SHaiN」は、AIが面接官となって採用の一次面接を人に代わって行うものだ。応募者はスマホにアプリをインストールし、好きな時間にアプリを立ち上げて、スマホの画面を通じてAIとの面接を行う。
「SHaiN」による面接は、単に「挫折を乗り越えた経験はあるか」といった決められた質問を順番に投げかけるだけではなく、タレントアンドアセスメントが独自に開発した「戦略採用メソッド」をベースにプログラミングされたAIが回答に応じて質問内容を変えていく。例えば、挫折した経験があるならば「なぜそれを乗り越えなければならないと思ったのか」「どのように乗り越えたのか」といった、過去の経験を深掘りする質問が繰り出される。なお、応募者の面接時間は40〜60分程度となることが多い。
ヒアリング内容はAIによってテキスト化され、タレントアセスメントの評価スタッフが、学生の回答内容や、面接を受ける態度、面接にかかった時間などを基に、詳細な評価レポートを作成する。ちなみに、「SHaiN」では学歴のデータなどを一切収集しない。レポートでは、「バイタリティ」「対人影響力」「感受性」といった11の項目ごとに点数が表示され、その根拠となる回答内容や、面接態度の観察結果などが添えられる。
採用担当者は、あらかじめ「全ての資質が平均点以上であること」「特定の資質が基準点を超えていること」といった指針を設定しておけば、このレポートのデータを基に、応募者のスクリーニングを行える。面接の数をこなさなければならない採用担当者は、一次面接のために多くの時間を割く必要がなくなり、二次面接以降、応募者の動機付けや自社の社風、文化に合っているかなどを確認することに時間や労力を注げるようになる。さらに一次面接の内容を深掘りするという用途で評価レポートを活用することも可能だ。また、ホテルなどの面接場所を確保する手間やコストを省くメリットもある。
以上、企業が人材を採用する際に活用できる具体的なサービスを挙げた。「採用×AI」はまだ新しい分野であり、その評価も定まってはいないが、これから企業にとって重要な要素であることは間違いない。
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