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1,500年前の日本に最先端の文化として伝わり、以来歴史の表舞台をたびたび飾った仏教。信仰の拠点である寺院は、かつては役所や学校も兼ねる身近な施設だったが、今日のお寺は主に「伝統文化」と「葬祭」の担い手で、大半の人にとっては、どこか非日常的な存在だ。
「寺にも事務作業は当然あり、効率化のツールが必要。なのに袈裟(けさ)姿でIT系の展示会へ行くと“冷やかし”だと思われて、なかなか応対してもらえないんです」。そう笑う小路竜嗣(こうじりゅうじ)氏は、470年以上の歴史を誇る長野県の古刹「浄土宗善立寺(ぜんりゅうじ)」の副住職。エンジニア出身の経歴を生かして寺務のデジタル化を進める32歳だ。
伝統と格式を重んじる仏教界にあって、テクノロジーの活用を“布教”する取り組みについて、2018年11月22日開催の「RPA DIGITAL WORLD 2018〜Digital Robot CAMP in お台場」で披露した小路氏にインタビュー。「変えるべきもの」そして「守りたいもの」を聞いた。
■記事内目次
目次
1. 過労死予備軍15%。僧侶を取り巻く過酷な労働環境
2. 仏の道を「伝える時間」「伝える方法」を、デジタル化で創出する
3. ヒトとロボットが協働する時代の先にあるベーシックインカムの導入是非
4. デジタルで中小寺院に活路を見出す
浄土宗善立寺(長野県塩尻市)副住職。1986年生まれ・兵庫県出身。信州大学工学部卒、同大学大学院工学研究科修了後、株式会社リコーでデジタル印刷機の設計部署に配属。善立寺住職の一人娘である妻との結婚を機に2011年退職し、浄土宗大本山増上寺にて得度(仏門入り)する。僧侶を養成する伝宗伝戒道場を2013年に成満(修了)し、現在は寺務のかたわら「寺院デジタル化エバンジェリスト」としても活動。寺院のウェブサイトなどに誘導するQRコード入り御朱印「御朱In」を考案したほか、寺院の事務作業を効率化するデジタルツールの普及に努めている。
過労死予備軍15%。僧侶を取り巻く過酷な労働環境
―御朱印とともにQRコードのはんこを用意して寺院のウェブサイトを案内する「御朱In」のアイデアに、全国から問い合わせが相次いでいるそうですね。
はい。根強いブームが続く「御朱印集め」では、「お参りした寺社数が増えるにつれて個々の寺社が思い出せなくなる」という参拝者の困りごとがあり、寺院側にも「御朱印をお渡しするだけでその後のご縁が続かない」という困りごとがありました。両者の困りごとを、今や誰もが持つスマートフォンの機能で解決できないかと提案したところ、かなりの反響をいただきました。御朱Inはご希望の方に無償でお譲りし、制作方法もWEB上に公開し、どの寺社でも導入できるようになっています。
QRコードはアプリを起動して撮影する手間があるので、今後は交通系ICカードにも使われており、タッチするだけでスマホが反応するNFC(Near Field Communication/近距離無線通信)の技術を使ったタグを寺の備品やお守りに埋め込み、WEBサイトやメッセージ動画を呼び出すといったアイデアも考えています。
私が広めたいのは「どこのお寺でも採り入れられるデジタル」。御朱Inのような表だった使い方だけでなく、裏方の寺務を効率化できるツールも普及させようと、PFUのドキュメントスキャナー「Scansnap」や、オンラインストレージサービス「Dropbox」のアンバサダープログラムにも参加しています。
―あらゆる職場で「働き方改革」が叫ばれています。お坊さんの労働環境はいかがですか。
現在全国には約7万7,000の寺院があり、およそ38万人の僧侶がいます。業務としてみたときの僧職の特徴は、まず「突然届く訃報に常時備えている」こと、そして「勤務時間外でも地域の方々から模範的な振る舞いを期待される」ことが挙げられます。
働く環境についてみると、寺と住居は隣接していることが多く、また住職の親に副住職の子という「家族経営」が一般的です。仕事とプライベートがはっきり分けられないため、長時間労働になりやすい構造があります。
僧侶を含む宗教家全体での統計によると「週75時間以上」かつ「年間300日以上」働いている“過労死予備軍”の割合は、およそ15%。これは、激務の典型とされる医師を上回る数字です。私が知る同業者でも、40代の若さで亡くなった方や、心の病を患った方がいます。元サラリーマンの私から見ても、過酷な労働環境になっています。
―うかがっていると、待ったなしの対策が必要と感じます。
はい。しかし僧侶は「悩む人に応える」職業ですので、「僧侶の悩みを聞いてくれる人」はいないのです。
伝統的なやり方を重んじ、幅広い世代が活躍する世界だけに、たとえば同業の会合などで「時間を取って集まらなくても、クラウドで各自書面を確認すれば済むのでは」という場面でも、なかなかデジタル化が進まないのが現状です。業界全体での業務効率化の取り組みとしては、SNS経由の業務連絡やクラウド上での情報共有が、若手の間でようやく始まったといったところです。
「僧侶の働き方改革」という喫緊の課題に対して、具体的な方策は現在のところ、ほぼどこからも示されていません。そこで「デジタルの活用が有効だ」ということを、私が率先して広めていこうと考えています。
仏の道を「伝える時間」「伝える方法」を、デジタル化で創出する
―すでに小路さんのお寺では、デジタルツールを活用したさまざまな業務効率化を進めているそうですね。具体例をいくつか教えてください。
まず、業務に関するあらゆる情報をデジタル化し、住職を務める義父と、副住職の私で共有するようにしています。例えば、お盆の檀家回りでは、その日のルートと訪問先をあらかじめGoogleマップに登録しておき、進捗をリアルタイムで更新しています。ルートを効率化できたことで、お参り先の檀家さんとゆっくりお話できる時間が生まれました。
従来紙の資料だった名簿や帳簿は、Excelファイルに置き換えました。日々郵送で届く書類は全てスキャンデータを取り、受信したファクスも自動でPDF化して、すべてクラウドの共有フォルダ上で管理しています。
現在60代半ばの住職は、やはり紙資料のほうが見やすいようですが、私が寺のプリンタを「Google Cloud Print」で遠隔操作できるので、外出先から住職向けにデジタルデータのプリントアウトを用意することもあります。
また、訪問者があったことをスマホの通知で即時に知らせてくれる防犯カメラのクラウドサービス「Safie」も利用しています。おかげで、住職と私がそろって寺を空けていても素早いフォローができるようになりました。
こうしたさまざまな仕組みを採り入れることで私は、場所を問わずに働ける、いわば「ノマドワークの僧侶」となっています。「いつ来客があるか分からないから」と寺に張り付くのではなく、時には今回のように東京まで出てくるなど、いつもと違う場所で知見を広めていくことが新たな展開にもつながると考えています。
―さまざまなツールを活用して寺務を効率化なさっていますが、逆に「ここは効率化しない」という部分もありますか。
はい。事務作業をどれだけ効率化しても、私たちの最も大切な目的、つまり「仏教を伝えること」に関わる仕事は決しておろそかにしません。むしろ、仏教を「伝える時間」「伝える方法」を新たに創出するためにデジタルツールを使うことが目的です。
例えば、ご参拝の方にお探しの墓地区画をお伝えするのに、従来は手書きの地図から10分ほどかけてお探ししていたところ、地図をExcel化した後は、検索機能を使って1分程度でご回答できるようになりました。事務作業でお待たせしなくなったぶん、遠方からお越しいただいたことへのお礼や、故人との思い出をうかがうなど、短いながらも充実した時間を持てるようになっています。
私はいま、寺務の効率化で空いた時間を主に仏教の情報発信に充てていて、独自に取材・編集した情報誌を年2回、檀家に配布しています。「冊子を見たよ」というお話から「正しい焼香の方法を知りたい」といったレスポンスをいただくことも増え、手応えを感じています。2018年にはこの情報誌をもとに、オウンドメディア「Teranova」も立ち上げました。
仏教を「伝える方法」として今後研究したいのは「タブレット端末」ですね。「iPad片手に話す坊さん」は一見奇妙かもしれませんが、法話の席でさっと取り出し、話すタイミングに合わせて視覚的な補足ができれば、より分かりやすく仏教をお伝えできるのではないかと魅力を感じています。
ヒトとロボットが協働する時代の先にあるベーシックインカムの導入是非
―業種・業界を超えて急速に自動化が進む昨今「働かなくても生きられる時代」の到来を予測する人も増えています。生活保護や年金といった現行の社会保障に代えて、生活に最低限必要な現金を、すべての個人に定額で給付するベーシックインカムの制度も提唱されていますが、小路さんはどのような意見をお持ちですか。
「働かなくても収入が得られる」ということで言うと、江戸時代までのお寺は、所有する土地(寺領)を農地として貸して収入を得るのが一般的でした。住民の戸籍を管理するといった行政の役割を担い、寺子屋を開くなどさまざまな社会貢献も行っていた当時のお寺は、安定した“不労所得”に支えられていたのです。
明治維新と、太平洋戦争後の農地解放で、そうした寺領の多くは失われてしまいました。以後、葬儀でのお布施に寺院が依存する「葬式仏教」化が進んだことを、私もこの世界に入って初めて知りました。
経済的な基盤が確保された上で、社会的意義のある活動を盛んに行ってきたお寺の歴史を考えると、ベーシックインカムも、人生をより有意義なものにする政策となりうるように思います。
働かなくても暮らせるとき何をするか、あらかじめイメージが明確でなくても、まずは収入が保障されることで、より幸せになれる生き方を落ち着いて考える余裕が出てくると思います。これは、生産性向上の取り組みでよく聞かれる「空き時間をつくって初めて次の展開が考えられる」のと同じことですね。
―では、ベーシックインカムは人々を幸せにするでしょうか。
社会全体の幸福の総和は増えると思います。ただ、ベーシックインカムは「単純な仕組みで運用コストを抑える」ことも狙いとしているようですが、単に定額のお金を人数分、世帯単位で渡すだけでは、必ずしも趣旨に沿って使われるとは限らない気もします。
例えば「ギャンブル依存の親が、渡されたベーシックインカムを子どもの分まで全部つぎ込んでしまう」といった事態が防げるのかどうかは気がかりです。全体的な「制度」をつくるだけでなく、1人でも多くの個人を幸せにするような「運用」を工夫していく必要があるのではないでしょうか。
―ベーシックインカムの運用で個人の幸せをもたらすために、何かヒントはありますか?
私たちも参加している「おてらおやつクラブ」が参考になります。これは、お寺に供えられたお菓子などを困窮した家庭に「おすそわけ」する取り組みで、社会課題を解決する優れた仕組みとして「グッドデザイン大賞」を受賞したことがニュースになりました。
おすそわけの配送先には、お互いに知り合いがいないような少し遠方が指定されます。運営側に連絡すれば匿名での送付が可能なほか、個人宅への直接支援だけでなく、子どもたちが安心して受け取れるよう、日ごろ支援をしている団体の方を通じてお届けすることもできます。ベーシックインカムを導入するときも、こうしたきめ細かいデザインを通じて1人ひとりに配慮することが大切だと思います。
デジタルで中小寺院に活路を見いだす
―便利なツールが豊富にそろい、お金もあるところには潤沢にあるのが現代です。それらをどう組み合わせ、いかに持続可能なモデルを作り上げるか。労働から解放された人間の役割は「知恵を出すこと」なのかもしれません。
そうですね。これまでお寺の経営は、多くの檀家を持つ大規模寺院が圧倒的に有利とされてきました。私たちのような中小規模の寺院は、住職が別の仕事を持っていたり、複数寺院の住職を兼ねたりする例が珍しくなく、さらに過疎化が進む地方にも多く所在することから「今後20年のうちに3割は消滅する可能性がある」との試算もあります。
善立寺のオウンドメディア「Teranova」でもご紹介しているとおり、全国の寺院には、未来の住職として尊敬する同志がたくさんいます。お寺の新たな担い手を遠ざけている一因でもある過酷な労働環境が、デジタル化で大きく変えられることを、少しでも多くの同業者に知ってもらいたい。さらに知恵を絞って「大きな寺院に負けない」「小さいからこそ思い切ったことができる」というところを見せていきたいですね。同じような気持ちでRPAの活用に取り組む中小企業の方々も、きっと多いのではないでしょうか。
―小路さんが伝える「仏の教え」と「デジタル化の光明」が、ともに多くの人の未来を照らすことを願っています。本日はどうもありがとうございました。
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