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裾野拡大が急務となるAR/VRのビジネス利用動向

 VR(Virtual Reality:仮想現実)やAR(Augmented Reality:拡張現実)の技術が広がりつつあるが、実際の法人活用はどんな状況かのか。ビジネス領域におけるAR/VR動向を見ていく。

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 仮想空間をデジタル上に再現するVR(Virtual Reality:仮想現実)や現実世界にデジタル情報を付与することで現実を拡張するAR(Augmented Reality:拡張現実)などの技術がさまざまな場面で利用されている。このAR/VRに欠かせない機器やソリューションの出荷状況について紹介しながら、法人における導入状況や利用を妨げる阻害要因など、調査結果から明らかになったビジネス領域におけるAR/VR動向について見ていきたい。

アナリストプロフィール

菅原 啓(Akira Sugawara):IDC Japan PC、携帯端末&クライアントソリューション シニアマーケットアナリスト

IDC JapanにてAR/VR、携帯電話およびウェアラブルデバイス(スマートウォッチなど)を担当。同社入社以前も含め、15年以上に渡りIT市場、特にコンシューマー向けデジタル製品市場の分析やコンサルティングを行っている。個人でも5台以上のAR/VRヘッドセットを所有。


 最初に、AR/VR市場を語るうえで重要なインタフェースとなるヘッドマウントディスプレイ(以下、HMD)について、その出荷状況から見ていこう。

AR/VRにおけるHMD台数予測

 AR/VRを語るうえで欠かせないのが、仮想技術を体感するためのデバイスとなるHMD(ヘッドマウントディスプレイの頭文字。VRヘッドセット、VRゴーグルなどとも表現される)だ。主な種類としては、Galaxy Gear VRに代表されるスマートフォンをディスプレイとして使用する「スクリーンレス型」や、HTC VIVEやPlayStation VRなどPCやゲームと接続する「ケーブル型」、Microsoft HoloLensやOculus Goなど単体で動作する「スタンドアロン型」がある。

 これらHMDは、ここ数年間はゲームのインタフェースとして拡大してきた経緯があり、法人市場に比べてコンシューマー市場のほうが大きいのが特徴だ。このAR/VR HMDの世界市場を見ると、VRでは2022年にはおよそ3200万台の市場を形成すると予測している。ただし、従来スマートフォンを購入すると無償でバンドルされていたHMDの提供を取りやめる動きもあるため、直近ではやや停滞気味となるだろう。それでも、2019年以降には再び成長フェーズに入ってくると見ている。ARについては、2020年ごろから離陸をはじめ、2022年には2200万台の市場を形成すると考えている。

AR/VRヘッドセット世界市場予測
図1 AR/VRヘッドセット世界市場予測(出典:IDC Japan)

 日本では、コンシューマー市場におけるVRが堅調で一定の成長が見込まれるが、ビジネス利用のARについては難しい面も。スマートフォンによるAR実装で十分満足しているケースが多く、10万円前後をかけてHMDを購入するまでには至っていないのが現状だ。

海外と日本でトレンドが大きく異なるVR HMD市場

 直近でのVR HMDに関する出荷状況を見ると、グローバル市場ではOculus Goをはじめとしたスタンドアロン型が伸びている状況にあるが、PlayStation VRが強い日本市場ではケーブル型がその中心にある。また日本では、2018年に入ってからvTuberが大きなムーブメントとなったこともあり、ケーブル型のHTC VIVEなどが大きく躍進している。

 今後についても、グローバル市場ではスタンドアロン型がコンシューマー領域で成長し、日本はケーブル型が主導する状況が続くと予想している。ただし、周辺機器と接続せずに利用できるスタンドアロン型のほうが使い勝手もよく、いずれはスタンドアロン型が日本でも広がってくるはずだ。ただし、日本でのシェア拡大を伸ばすためには、家電量販店での取り扱いが大きな鍵となる。VRは実際に体験しないとその良さが分からない面も多く、その機会を創出するためにも実店舗での展示が可能な家電量販店のチャネルが重要になってくるだろう。

規模の小さなAR HMD市場だが期待できる動きも多い

 対してAR HMDについては、VR HMDに比べて市場規模は小さく、グローバルで200万台を超えるVRに対して、4〜5万台の規模にとどまっているのが実態だ。ただし、2019年は日本のベンダーでもARグラスを提供するところが増えてくることが予想されることから、スタンドアロン型を中心に台数の伸びが期待できる。また、2019年2月に開催されるMobile World Congressにおいても、Microsoft HoloLensの第2世代が発表されることになり、値段など気掛かりな面はあるものの、市場的には大きな動きとなってくると考えられる。さらに、ケーブル型ではセイコーエプソンが2017年に発売したMOVERIOの2桁シリーズ(BT-30Eなど)のような製品が日本でも数多く出てくることが予想されるため、比較的安価なもの、プログラミングしやすいものがAR HMDとして登場することで市場が安定的に成長することが期待されている。

AR/VR関連市場の展望

 次に、AR/VR市場におけるHMDやソフトウェア、コンサルティングなども含めた関連市場の展望を見てみよう。AR/VRだけでなPCやゲームコンソールなどにあたるホストデバイスも含めてみると、2022年には1200憶ドルの規模になると予想されている。グローバル市場でみると、ARはビジネス領域での活用が多く、カスタム開発などで市場が大きくなるだけでなく、HMD自体の価格もVRに比べて高価となっており、金額的にはVRよりもARの市場規模が大きくなると予測している。対して日本では、現状ARの採用が低調であるがゆえに、2022年までを見るとVR関連の市場が伸びていくと考えられる。なお、テクノロジーの視点で見ても、市場形成期にあたることもあり、ソフトウェアやサービスよりもハードウェア中心に市場が形成されることになるはずだ。

AR/VR関連市場予測
図2 AR/VR関連市場予測(出典:IDC Japan)

 またソフトウェアについては、特にコンシューマー市場での伸びは厳しい面がある。ペイパービューのスポーツコンテンツを例に挙げると、通常のテレビで見るコンテンツが500円、プレミアムコンテンツとして作成されたVRが800円で閲覧できる場合で考えてみると、多くのケースでは安価な方に流れる傾向にある。それゆえプレミアムコンテンツとしてAR/VRのコンテンツが大きく躍進していくことは現時点では厳しいと言わざるを得ない

AR/VR活用領域における伸びしろと日本の課題

 AR/VRで伸びていく市場としては、もちろんコンシューマーが大きな市場となっていくのは間違いないが、それ以外にも製造業や運輸業などでも大きな展開が見込まれている。これは日本を含めたグローバル共通の認識だ。

 では、日本と世界の違いはどのあたりにあるのだろうか。特に日本で期待できるのが、2020年東京で開催されるビッグイベントや5Gのサービスインによって大きく躍進が期待されるメディア領域をはじめ、労働人口が高齢化を迎えるなかで若手の教育面で活用が見込まれる建設領域、そして高齢化社会を迎えるなかでリハビリなどの面で広がってくるヘルスケア領域だ。

 逆に日本における弱みは、教育分野においてAR/VRが十分に広がっていないことだろう。シンガポールやオーストラリアではすでに初等・中等教育のなかで利用されているが、日本では技術系大学で一部導入されている程度で、初等・中等教育ではほぼ利用されてない。自発的に先生が活用する場面はあるものの、教育のインフラとして全体的な導入に至っていない。AR/VRは使ってみて初めてその魅力が体験できるたため、その良さがわかった段階で次はどうするのかというステップにつながっていくことになる。その発想に至るためにも、なるべく早い段階で体験しておくことが重要になってくる。

 他にも、国や地方公共団体など自治体をはじめ、水道や道路など公共事業における活用も十分とはいえない。特に日本では水道管や橋梁の老朽化が指摘されていることから、ARなどの活用はとても有望な領域ではあるが、まだ活用には至っていないのが現実だ。

国内AR/VR市場企業ユーザー調査

 2018年10月にIDCが実施した調査によると、AR/VRのビジネス利用については、すでに利用していると回答したのがARで2.1%、VRで3.3%となっており、2017年の調査に比べてARはやや減少、VRは若干伸びているという結果だった。ただし、採用意欲に至っては、AR/VR双方ともに意欲が減少気味にあり、全体として広がっていない状況にあることが明らかになった。領域ごとの時系列の比較では、小売や建設、土木の領域は2017年と比べて採用意欲も伸びているが、金融や医療などでは十分に伸びていない状況となっている。

AR/VR市場企業ユーザ調査
図2 AR/VR市場企業ユーザ調査(出典:IDC Japan)

 海外の状況については、今回とは異なるタイミングで調査が行われているが、すでに利用済みが10%を超える西ヨーロッパやアメリカと比べても、日本の利用状況は大きく乖離していることが明らかになっている。回答傾向の違いを加味しても、日本におけるAR/VRのビジネス採用は低調であることは間違いないといえるだろう。

ビジネス利用を阻害する要因

 では、AR/VRに関するビジネス利用の障害/阻害要因はどんなところにあるのだろうか。調査結果では、VRについては「HMDの価格」や「外注コスト」などがその障害/阻害要因の上位に挙げられる。また「VR対応のスマートフォンが少ない」という項目も2017年に比べて伸びている状況にある。

逆に好意的なものとしては「VR対応の価格」や「VR酔い」「画質が悪い」という項目が阻害要因として低下している状況にある。特にVR酔いなどは、コンテンツ制作のノウハウが蓄積されたことで酔いにくく表現されたコンテンツが増えていると考えられる。また画質についても4k撮影できるものが増えているなど、VRの初期に挙げられていた課題は解消しつつある。

 ARについては、「外注コスト」「ARの体験内容を共有しにくい」などが上位に挙げられている。特に体験内容の共有については、IT関連の展示会場でもARグラスを試すのに1時間待ちといった状況が実際に起こっており、体験するきっかけが十分に得られていないことが課題の1つといえる。また「メガネの上に載せられない」「インタラクティブ性が低い」といった項目も2017年に比べて多く寄せられている阻害要因となっている。逆に「具体的な使用事例が少ない」といった声は下がっている。なお、阻害要因として「AR対応のスマートフォンが少ない」という声が上がっているが、実はiPhone自体が対応しているため、対応したスマートフォンが少ないとはいえない。単にARが使えるということが認知されていないと考えられる。

 調査のなかでは自由回答の意見も寄せられているが、ネガティブな意見では「VR技術を仕事のどの面で生かせるのか」「ビル管理業なのでどういう場面で使用できるのか想像できない」など、使い方がイメージできてないというのが共通の課題として見て取れる。 

また、実際に個人体験率を時系列で比較すると、ARについては「Pokémon GO」などスマートフォンでの体験が影響してか若干増加しているが、VRについては個人での体験率はほぼ増えていない。確かに、2018年はVRとしても盛り上がりを見せている部分もあったが、実は“VRを知っていて体験したことのある人のなかだけで盛り上がっていた”というのが実態のようで、未体験者を新たに呼び込めていない状況が明らかとなった。

市場拡大に向けて裾野を広げることが急務

 今回の調査結果では、VRについてビジネス利用は前年に比べて拡大しているものの、利用意向も含めた利用者規模には大きな変化がないことが分かった。だからこそ、新たなユースケースの創出が強く望まれるところだ。またARにとって2018年は厳しい1年だったものの、2019年以降はデバイスの多様化による成長に期待したい部分があり、そのためにもケーブル接続型の安価なHMDの登場が待たれるところだ。

 AR/VRともに気掛かりなのは、非体験者と体験者の知見上の格差が広がることで、今後の市場成長にとって大きな懸念材料となりうることだろう。体験者を増やすことで裾野を広げていくことが、業界として重要なポイントになってくることは間違いない。

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