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RPA、約12万時間削減の裏でロボット停止の嵐――リクルートはどう解決したのか

RPAによって年間で約12万時間を削減したリクルートライフスタイル。しかし、導入当初は「毎日のようにロボットが止まる」という現象に悩まされた。これを解決し、RPAプロジェクトを成功に導くためにしたこととは?

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 働き方改革を背景に、業務の効率化を実現するRPA(Robotic Process Automation)。導入企業が増えた今「RPAは思ったよりもうまくいかない」という声が集まっている。

 「ホットペッパーグルメ」「ホットペッパービューティー」「じゃらん」など、多種多様な一般消費者向けサービスの企画、開発、運用を行うリクルートライフスタイルも同様の課題を抱えていた。同社はRPAを導入したのはよいものの、「ロボットが頻繁に止まる」などの問題にぶつかった。「ロボットが少し動いて止まるを繰り返すといった具合で、なかなか作業が進みませんでした」と同社は当時の悩みを明かす。

 こうした課題に対し、ある人物が立ち上がり、ほぼ1人で5つの対策を考え出した。その内容とは? さらに、同社が大きな成果を出せた背景には、ロボットを運用するための体制に秘密がある。RPAによって、年間で約12万時間を創出したリクルートの事例に学ぶ。

RPA導入で大幅な業務効率化を実現したリクルートライフスタイル

 リクルートライフスタイルは、2017年から、システム開発からあぶれた業務の効率化するために、RPAの全社導入を進めてきた。

 同社のRPA導入の特徴の一つは、リクルートグループにおいてITやネットマーケティングといった専門機能を担うリクルートテクノロジーズが導入を主導していることだ。リクルートテクノロジーズの中には、各事業会社に対応したIT支援組織が存在しており、今回のRPAプロジェクトを担っているのも、リクルートライフスタイル専門の支援組織である「RLS(RLSはリクルートライフスタイルの略)ディレクション部」だ。

 RPA導入においては、業務部門が主体で開発や運用などを担う企業も多い一方、リクルートではいわゆるITシステム部門がプロジェクトを主導する体制をとる。どのようなメリットがあるのか。

現場主導にはさせない? リクルートのベストスタイルとは


リクルートテクノロジーズ 音羽 佐智子氏

 RLSディレクション部でリクルートライフスタイルのRPA導入を指揮する音羽 佐智子氏は、通常の業務で多忙な現場の導入負担を吸収できるだけでなく、「野良ロボットなどを発生させないためのガバナンスや統制を効かせるという意味でも有効です」と話す。

 RLSディレクション部はロボット化の企画や、ロボットの運用・管理を実施する。具体的には、リクルートライフスタイルで行われているさまざまな業務の中から、RPA導入の効果が得られそうなものをピックアップ。ロボット化を企画し、コンサルティング企業としてRPA導入で実績を持つビッグツリーテクノロジー&コンサルティング(以下、BTC)に開発を依頼する。出来上がったロボットはBTCのサポートを受けつつ、音羽氏が中心となって運用、管理する体制だ。

 RPA製品の選定時も、あえて「現場が容易にさわれない」ことを考慮した。リクルートでは、現場の判断でITツールを独自に導入して業務効率化を進めるケースも多いため、現場の判断で導入した野良ロボットが社内に乱立する恐れがある。そうした事態を避けるために、「よりITの専門知識が必要な製品の方が適していると判断しました」と音羽氏は話す。

 最終的に、「自社システムとの親和性」「サーバ型の集中管理体制にも対応できること」なども評価して「UiPath」のクライアント型を採用した。

 「業務で多用されているMicrosoft Office製品やブラウザアプリケーションとの親和性の高さを評価しました。また、個別のPCにRPAをインストールするクライアント型を使用しているものの、将来ロボットの数が増えた際に、サーバで集中管理する体制に切り替えられることもポイントでした」(音羽氏)

 こうして管理や運用面を十分に考慮した状態で臨んだリクルートライフスタイルのRPA導入。しかし、当初は思いの他「うまくいかなかった」。

ロボットが止まって仕事が終わらない……苦心して編み出した5つの対策

 本格的にRPAの全社展開に踏み切った同社は、各部門で行われている定型業務を対象に、データを定期的に抽出、加工・アップロードする作業や、入金の手続きとチェック作業、サイトで掲載する店舗情報ページやサービス情報ページの原稿制作作業などを担うロボットを増やしていった。しかし、当初は多くの壁にぶつかったと音羽氏。特にロボットが意図せぬタイミングで停止してしまう現象にはかなり悩まされたという。


リクルートライフスタイル 戸崎 亜由美氏(「崎」の字は異体文字である「たつさき」)

 「ひどい場合にはロボットが少し動いて止まるを繰り返すといった具合で、なかなか作業が進みませんでした。ロボットが止まるたびにエンジニアの方に修正してもらい、結局期限内に作業を終えられなかったこともありました」と戸崎 亜由美 氏(リクルートライフスタイル 営業統括本部 飲食情報営業統括部 事業推進部 事業マネジメントグループ グループマネジャー)は振り返る。

 そこで、音羽氏はロボットが処理の途中で止まる原因を分析し、ロボットが停止する5つのパターンとその解決策を創出した。「ほぼ1人でマネジメントルールを考えた」というその極意を紹介しよう。

 1つ目は、RPA導入時の事前検討が不十分であるパターンだ。事前に業務担当者と業務要件を十分に洗い出せていなかったり、業務の中で起こるイレギュラーケースを考慮できていなかったりすると、ロボットにとって想定外の処理が発生し、その結果エラーが起こって自動化プロセスが止まってしまう。そこで、ロボットの作成段階で、業務現場から抜け漏れなく情報をヒアリングできるよう、ヒアリング用のドキュメントのフォーマットを大幅に見直した。

 2つ目のパターンは、テスト環境では問題が起こらない場合でも、本番環境で初めて出くわす種類の画面やデータなどがあると、ロボットが処理できずに止まるケース。これを解決するために、必ず事前に本番環境で一通りテストを行ってから現場にリリースするというルールを徹底した。

 3つ目のパターンは、予期せぬポップアップ画面や画面フリーズなどが原因で止まるというもの。対策として、「ポップアップ画面」をはじめとする、予期せぬ現象を事細かにモニタリングし、幾つかのケースに分類。それぞれのケースごとに「対応策を全てのロボットに横展開」「同じ業務のロボットだけに反映」「特定のロボットだけを対応」といった具合に対策の適応範囲を決め、実装していった。こうした取り組みを粘り強く行ったことで、2〜3カ月後には、毎日のようにロボットがエラーを起こすこともなくなり、ロボットが止まるケースは格段に減ったという。

 4つ目のパターンは、システムからパスワード変更の依頼メッセージが表示された際に停止してしまうというもの。これは、対応の頻度が数カ月〜半年に1回と少ないため、保守作業の一環として人手で対応している。

 そして最後は、RPAの操作対象システムに仕様変更が発生したパターンだ。RPAは、システムの仕様変更によって画面のレイアウトなどが変わってしまうと、作業対象を認識できずに止まってしまう。もちろん、各システム担当者には仕様変更が入る場合に連絡をもらえるよう依頼しているが、必ず事前に通知があるとは限らない。そこで、各システムのテスト環境で定期的にRPAを動かし、もしそこで止まってしまったら「仕様変更が発生しており、もうすぐ本番環境にリリースされる」と判断する。こうした仕掛けを講じることで、事前に仕様変更を察知し、先回りして対応できるようになったという。

 ただしこの方法が通用するのは、リクルートグループ内で開発、運用しているシステムのみであり、一部の業務で利用している他社製システムの場合は、本番システム上で仕様変更の有無を判断するしかない。

止まらないロボットはない、専任組織の役割とは

 さまざまなパターンの課題に対処していった結果、ロボットが意図せず停止してしまうケースは当初の約100分の1程度にまで減った。このようにPDCAを繰り返し、運用の中でロボットを安心して横展開できる環境を整えるためのノウハウを蓄積していったという。

 音羽氏は、RLSディレクション部のように、ある特定の組織や会社にノウハウを集約し、それを横展開することで、組織や会社を横断して広い範囲に効率よくRPAをスケールできるようになると語る。

 「ロボットを止めないようにするためのノウハウもそうですが、それ以外にも私たちはロボットの稼働ログを収集し分析することで、使われていない『野良ロボ』や『捨てロボ』の存在をチェックするノウハウも有しています。ノウハウを各利用部門でばらばらに学んで蓄積していくのは、やはり効率が良くありません。私たちのような組織にノウハウを集約して、その成果を横展開していく方法が、RPAを広く展開する上では有効だと考えています」(音羽氏)

 RLSディレクション部はノウハウだけでなく、全社の成功事例なども積極的に横展開し、現場におけるRPAへの理解を深める活動も行っている。その結果、現場から「この業務をRPA化できないか」といった要望も上がってくるようになり、ロボットと共に働く風土が築かれつつあるという。

 「当初は、業務側はRPAで何ができるのか分からなかったので、どんな業務に適しているのか見当が付きませんでした。しかし、他の部門の導入事例などをリクルートテクノロジーズの方が整理して説明してくれたおかげで、『ああ、こんなことができるんだ!』『これなら、うちの業務にも適用できるかもしれない』と、RPA導入に適した業務を判断できるようになってきました」(戸崎氏)

 これらの成果を見ると、RLSディレクション部のようなグループ内のIT組織がプロジェクトを一元的に引き受け、技術やガバナンスの問題を解決しながら、RPAを企業に根付かせるための体制を築くことはベストなスタイルの一つといえる。

RPA導入で年間約12万時間の工数削減を実現

 現在、リクルートライフスタイル全体で100台以上のロボットが稼働し、年間で12.1万時間の工数削減効果(2019年3月末時点)が生まれている。戸崎氏は、従業員が単純な定型作業から解放され、より付加価値の高い業務に注力できるようになったと成果のインパクトを語る。

 「データの加工や入力、原稿制作などの作業は、ある時期に集中的に発生するために、どうしてもその時期だけ無理な残業が発生することもありました。そうした作業をRPAによって自動化したことで、労働時間が平準化され、事業計画の立案やクライアントとのコミュニケーションなど、本来の業務により多くの時間を割けるようになりました」(戸崎氏)

 現在も、戸崎氏ら業務現場の担当者と、音羽氏ら技術部門の担当者が密に連携を取り、毎週定例会を開催してRPAを使った業務改善の可能性を探り続けているという。今後は、取り組みの中でOCR(光学的文字認識)やAI(人工知能)といった技術との連携にも挑戦し、自動化の範囲を拡大したいと音羽氏は抱負を述べる。

 「OCRとRPAを連携させることで紙を使った業務の自動化や効率化を実現したいと考えています。またRPAをAIと連携させれば、例えば操作対象システムの画面の仕様が変わったとしても、人間のように自律的に変更点を判断して動き続けるようなロボットが実現できるかもしれません。弊社内にはAIの研究を行っている部署もありますから、社内で部署間の連携を図りながら、より高度なAIの活用にチャレンジしていきたいと考えています」(音羽氏)

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