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英国・エストニア政府の事例にみる「人本位」のデジタライゼーション

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およそ150年前に始まった近代化以降、日本は諸外国の優れた先例を常に参考としてきた。例えば、国政の大枠や選挙制度などで“お手本”となってきたのは、議院内閣制の始祖である英国だ。現在普及の途上にある「マイナンバー」に関しては、先進的な電子政府を持つエストニアとの比較で語られることが多い。

世界的なトレンドである業務のデジタル化において、国内では現在、即効性を特長とするRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の導入がまず先行している。そうした中「伝統」「先進」をそれぞれ体現する英国・エストニア両国でのデジタル化の実情は、今後の取り組みに俯瞰的な視点と長期的な見通しを加えるための貴重な題材といえるだろう。

本稿では「RPA DIGITAL WORLD TOKYO 2019」(6月7日に東京国際フォーラムで開催)でのゲスト講演「ロボット×人間が創りあげる未来と組織改革」をピックアップ。英国内閣府でRPA担当部署の責任者を務めるジェームズ・メリック・ポッター氏と、エストニアの政府系機関「e-エストニアブリーフィングセンター」でデジタル化政策の広報を担当するフローリアン・マーカス氏による事例紹介の要旨を紹介する。

■記事内目次

  • 1.デジタル化させる領域と、あえて対応させない領域の棲み分けがポイント
  • 2.デジタル化の狙いは、人件費の削減ではなく、事務処理能力の能力と効率を高めることにある
  • 3.デジタライゼーション成功の鍵は、徹底した「ユーザー本位」視点

デジタル化させる領域と、あえて対応させない領域の棲み分けがポイント

この日登壇した2氏からは、まず自国で取り組むデジタル化の現状と、重点を置いている分野について説明された。

ジェームズ・メリック・ポッター氏:イギリスでは2015年、中央政府でのRPA活用が国税関連を中心に始まりました。当初は小規模なもので、さほど大きな広がりはみせていませんでしたが、2017年には年金システムへの導入も実現し、現在では合計110の工程にロボットが導入されています。内閣府には、各省庁における業務のロボット化を支援するためのCoE(Center of Excellence)が設立され、私がリーダーを務めています。

国税(歳入関税庁)から始まり、年金(労働年金省)、内務省、教育省など10近い組織(※英国には主要な政府機関が45ある)で、RPAの採用を広めていくための人材育成を進めています。政府全体でロボット化可能な工程は数百程度あると考えており、まだまだこれからという段階です。

私たちのCoEは、RPAツールを用いた開発や運用に直接タッチしておらず、主な担当業務はRPAの導入を検討する各省庁での専門チーム構築や、能力向上に向けた教育を支援することです。

決してスピーディーに受容が進んでいる状況とはいえないので「どこでロボットを利活用できるのか」を具体的に検討してもらうことに力を入れています。個人的には、RPAの活用で「1対1での行政サービス」が大きく改善できるとみています。


Head of Robotic Automation Unit, Cabinet Office/英国内閣府 ジェームズ・メリック・ポッター氏

フローリアン・マーカス氏: エストニアではRPAの活用例はそれほどありませんが、この20年、政府機関のデジタル化を徹底的に行ってきました。

エストニアのデジタル化の大きな特徴は、「全国民に配布される電子IDカードで、政府に関係するほぼ全ての手続ができる」点です。投票や税金の支払い、さらに子どもの学校での成績もオンラインで確認できます。ただ(特に慎重な判断を要する)「結婚」「離婚」「不動産の売買」の3つに関しては、あえてオンラインで完結できないようになっています。

給付金の受け取りなどで物理的に役所に出向く場面は残っていますが、紙の文書の受け渡しは、ほとんど必要なくなっています。これは、2002年から導入されている電子署名によって、文書へのサインをオンラインで行えるためです。

デジタルの特性を生かした、積極的な情報活用も行われています。その一例として「オンラインでの出生登録が、義務教育のデータベースに自動で連携する仕組み」が挙げられます。

生まれた子どもが、いずれ小学校へ行くことは決まっているので(※エストニアの義務教育は毎年9月1日に始まり、7歳の誕生日を同年10月1日までに迎える児童が入学する)、手続を漏らさないよう連携させておくのは、極めて合理的です。さらに、私立小学校を含む各機関は政府と情報を共有しているため「7年後は例年以上に子どもが多くなるので、その分の教員や教室を確保しておく」といった判断が主体的にできるようにもなっています。

国民の95%が行う年金の給付手続も自動化しました。受給資格年齢(※生年により異なり、1961年以降生まれは65歳)を迎える誕生日の1カ月前にメールで通知し、受給を希望しない場合のみ返信してもらう仕組みです。今後もこうしたサービスを増やしていきたいと考えています。

RPAは短時間での実装が特長とされますが、私たちが取り組むデジタル化においては、もっと時間がかかります。政府が持つ情報を積極的に活用するには、基礎となるインフラがあっても、2〜3年をかけて準備しているのが実情です。

デジタル化の狙いは、人件費の削減ではなく、事務処理能力の能力と効率を高めることにある

英国政府で徐々に広がるロボット化と、エストニアが国を挙げて進める電子政府の取り組み。この日の報告では、それぞれがもたらした定量的な効果と、関わる人々に与えた影響についても語られた。

ポッター: 英国政府のRPA活用では、人が関わる業務プロセスを減らし、時間を節約することに目を向けてきました。

これは必ずしも人件費削減が目的ではなく、むしろ事務処理の能力と効率を高めることを狙ったものです。人間の介在を必要としない反復的な作業を自動化することで、思考力や判断力を必要とする業務に集中しようという考え方です。

国税関連では2016年から、問い合わせに対して履歴をもとに回答するコールセンター業務で、RPAを応用した操作画面が導入されています。この業務では、40年近く前に構築された7種類のシステムへ個別にアクセスする必要があります。従来は1件の対応に平均で6分程度を要していたほか、1回で解決できず再度電話をお願いすることもありました。

ロボット化された操作画面では、対象者のIDを入力しただけで7種類の情報が瞬時にまとめて表示されるようになりました。対応時間は平均2分に短縮し、40%のコスト削減を達成しましたが、これはスタッフの検索作業が減って問い合わせ内容の理解に集中でき、より速く的確に回答できるようになったためです。

また教育省では、年間6万通寄せられるEメールの振り分け作業を、手作業からRPAに置き換えました。従来はメールに回答するかたわら、新着メールが来るたびに内容を精査していましたが、あらかじめ登録したキーワードなどをもとにメールが適切なチームへただちに振り分けられるようになり、回答までの日数が短縮しました。即時対応を要するケースにも気づきやすくなり、効率化だけでなくサービスの改善にもつながっています。

このように「人間の力とツールを組み合わせ、よりよい公共サービスを提供する」ことが、RPAを活用する上でのポイントだと考えています。さらに今後は「作業単位でのロボット化を、より組織的な自動化にどう広げていくか」、また「日々の業務で2時間、3時間が自動化したとき、創出された時間をどう有効に使うか」が課題になっていくと考えています。

マーカス: さる5月に欧州議会議員選挙がありましたが、エストニアではIDカードを使ったオンライン投票が可能です。私もオンラインで投票しました。かかった時間はわずか3分。そのうち2分は候補者選びに充てました。

さきに紹介した電子署名も、紙の書類の受け渡しをなくすことで、契約締結までの期間を5営業日ほど短縮し、印刷や送付にかけていた費用をカットする効果があります。同じ手続きを紙で行うよりもメリットが大きいため、申請全体の98%でオンラインが選ばれています。

このほか私たちの国では、救急車を呼ぶときに患者のIDを伝えると血液型やアレルギーなどの情報が呼び出され、それらを把握した状態で隊員が到着する仕組みにもなっています。デジタル化が時間やお金を節約するだけでなく、生活の質も高めていることは間違いありません。

電子政府はエストニアを象徴する存在となり、関係する職員たち自身、人間の介在を必要とする業務に集中して忙しく仕事をしています。より効率的な方法を選ぶことは、働く人々を困難な立場へ追いやることを意味するわけではありません。実際にエストニアの失業率は、近年一貫して低下傾向にあります。

デジタライゼーション成功の鍵は、徹底した「ユーザー本位」視点

確かな効果を手にし、さらに次の段階も見据えている英国・エストニア両政府のデジタライゼーション。今回の講演では、今後の両国における具体的な展望と、こうした新たな取り組みを定着させるためのポイントについても明らかにされた。

ポッター:既に英国政府は110の工程をロボット化しましたが、これらは省庁ごとでの短期的な戦術として採用され、政府として戦略を確立するには至っていません。本来であればRPAの活用に関して、今後10年程度を見通した政府全体での計画があるべきでしょう。

現実問題としては、英国政府が策定している今後4−5年の予算の中で(※国の予算を年度ごとに定める日本と異なり、英国は複数年度にわたる支出計画から各年度予算の大枠を定める)、なるべく省庁間での協力体制を強化し、一貫性のある自動化と、標準化によるメリットを、透明性を保てる形で実現したいと考えています。

ロボット化への意欲には省庁間で温度差があります。ほとんどの政府職員は、自身の業務にRPAをどう使えるかがまだよく分かっていない上「ロボットの活用が、働く自分にとって何を意味するのか」という点で、不安や懸念が払拭されているとは言えません。

英国政府でのRPAツール導入と運用では、外部のパートナーから支援を受けています。相応の予算が必要とあって、各省庁からは「成功する確証がなければ予算獲得は難しい」との声も聞かれます。「数年ではなく数ヶ月単位で、導入の見返りが素早く得られる」というRPAのメリットを周知させるのは、今後の課題です。

先行する他省庁の成功事例を応用できるのが明らかな場合でさえ、なかなか勢いがつかないこともあります。そこで私たちとしては、イベントやWeb動画によるセミナーなどを通じ、RPAに正しい理解を持ってもらう取り組みにも力を入れたいと考えています。

マーカス: エストニアのデジタライゼーションは、戦略的に構成されたチームのもとで進められています。個別の案件には省庁別で取り組む一方、デジタル化に関連した国家的課題を扱う組織として、首相を議長とする「E-エストニア評議会」があり、先日は人工知能(AI)の活用に関してEU(欧州連合)に対する提言も行いました。

実務面でデジタル化のリーダーシップを取ることが多いのは経済関係、情報通信関係の省庁ですが、他省庁や政治家、その他のステークホルダーとも密接にコミュニケーションを図っています。

これは多くの国で見落とされがちな点ですが、デジタル化の推進にあたり、まず重要なのは「国民の生活をよくするために、何を解決すべきか」を考えることです。国民が何を必要としているのか、それをどのようなソリューションで実現するかという発想が大切です。

例えば、減価償却に関するエストニアの税法上の申告は、オンラインで30秒あればできる簡単なもので、実際に申告の98%でオンラインが選ばれています。

(※税制が簡素で、オンラインサービスも充実しているエストニアでは、税理士などに頼らず納税者自身が事務処理を行う例が珍しくない)

エストニアは2000年代初頭からすべての学校にPCを配置し、基本的なITリテラシーを教育してきた歴史があります。ただ何より、手続を簡単に・速く終わらせられるからこそ、年齢を問わず多くの人がオンラインのやり方を学んで活用しているのです。

エストニア政府は、今後デジタル化の施策をさらに積極化するとともに、エキサイティングな挑戦も始めます。それが、警察や医療機関などの情報をもとに簡易な裁判での判断を人工知能に委ねるプロジェクト「AIジャッジ」です。

裁判官による最終判断に先立って、一部をAIに処理させることが目論見どおりにできれば、裁判に要する費用と時間は大幅に軽減されることでしょう。


「現場の理解を得て導入を進める」英国政府のRPAと、「ユーザー本位のコンセプトで定着に成功した」エストニアの電子政府は、その対象と方法論において大きく様相を異にする。もっとも、テクノロジーを受け入れて真価を発揮させるユーザーと真摯に向き合う姿勢には通じる部分も大きい。

「成果を急ぐあまり、手段を目的化させないこと」。欧州の2つの事例はともに、デジタル化にあたっての普遍的な指針をあらためて示しているようだ。

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