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AIの「日常化」で書き換わるビジネスのルール──「HOP AI」基調講演レポート

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RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)と連携し、ビジネスに一大変革をもたらす存在として注目されるAI(人工知能)。その本質をとらえた理解と活用の実践に向けて、各国の第一線で活躍する研究者・実務者を迎えたイベント「HOP AI feat. THE GLOBAL INNOVATION FORUM 2019」(RPA BANK主催)が2019年8月30日、東京都港区の六本木アカデミーヒルズで開催された。

「1日で学ぶ!2019年AIの現状と世界のエコシステム最前線」をテーマに初開催された同イベントは、今回を「初級編」と位置づけ、国内外の先進的なAI導入事例を紹介。多様なプレーヤーを巻き込みながらAIが普及していく中で、組織の壁や国境を越えたエコシステム(生態系)が生まれつつある状況を共有した。

本講では、同イベントで基調講演を行った竹中平蔵氏(元経済財政政策担当大臣)、ならびにゲスト講演に立った胡包鋼氏(中国科学院教授)による発言要旨をレポートする。


元経済財政政策担当大臣 竹中平蔵氏

■記事内目次

  • 1.世界のトップリーダーが「AIの話をしない」理由
  • 2.「インベンションをイノベーションにする」政策とは
  • 3.「商品を競う時代」から「エコシステムで競う時代」へ
  • 4.「脱・自前主義」でテクノロジーをビジネスに変える

世界のトップリーダーが「AIの話をしない」理由

竹中氏はこの日「日本のスーパーシティ構想とAI戦略」の演題で講演。「ダボス会議」で知られる世界経済フォーラムの理事、また内閣府の有識者懇談会座長を務める立場から、AI活用における日本の国際的な地位と、イノベーションの実現に向けた政策的課題を中心に最新事情を語った。

講演の冒頭、世界経済フォーラムの会合があったスイスから5日前に帰国したと報告した竹中氏は、同じく理事であるクリスティーヌ・ラガルド氏(IMF専務理事)やマーク・ベニオフ氏(Salesforce創業者)、ジャック・マー氏(Alibaba創業者)ら世界のトップリーダーの関心事を紹介。Facebookが予定する仮想通貨「Libra(リブラ)』の発行に関連し、ブロックチェーンの話題がたびたび上る一方「2、3年前まで盛んだったAIの話は、もうしない。世界各地で実用化が進み、新しい話ではなくなったからだ」と明かした。

AI活用が “日常化”した中で、竹中氏は注目すべき世界の先進事例をピックアップした。このうち、Alibaba本社がある中国・杭州市では、同社が加わる「シティブレインプロジェクト」で、AIが道路状況のデータをリアルタイムに分析。信号が変わるタイミングの自動調整で混雑率を2割緩和し、救急車の到着が平均2倍速くなったという。同プロジェクトで用いたAIは中国国外にも提供され、早ければ2020年にもマレーシア・クアラルンプール市での運用が始まる見通しだ。

またカナダ・トロント市では、Google親会社の傘下企業が2017年から再開発に参加。公共の場を含む街のあらゆる場所にセンサーを設置し、得られたデータの分析をもとに「用途変更できる道路」「ゴミの自動収集」などを採り入れたまちづくりを計画する。

竹中氏は「ビッグデータとAIが、都市空間全体を管理する時代に入った。日本には、海外の空港でも使われている顔認証AIなどの優れた技術がある一方、都市全体への応用には至っておらず、十分な活用ができていない」と分析。2018年の調査で、ビッグデータやAIの活用予定が「ない」と答えた国内大企業が7割を超えたのは「ショック」だとし「政策面でも出遅れたのは事実。この遅れをどう打開するかが課題だ」と述べた。

「インベンションをイノベーションにする」政策とは

個々の高い技術を生かしきれない日本の現状を踏まえ、竹中氏は「インベンション(発明)とイノベーション(現状の刷新)は違う」と説明。AI関連のイノベーションが国内で立ち後れている理由として、以下の点を挙げた。

  • 「第四次産業革命」が提唱され、その基礎となるAI技術が大きく進歩した2011〜2014年、国内では東日本大震災からの復興が最優先課題だった
  • 企業のマネジメント層がテクノロジーを十分理解できていない
  • 技術的に可能でも、法的に可能とするための規制緩和が政治的な圧力で進まない

この3点について「最大の障害は規制で、典型例は自動運転だ」と述べた竹中氏は、人手不足にもかかわらず自動運転タクシーを実用化できないのは「人による運転を前提とする法規制」と「事業への影響を懸念するタクシー業界の反対」が理由だと持論を展開した。

竹中氏はさらに、ネット予約の普及で店舗を減らした旅行代理店を例に、テクノロジーの普及が「独自の強みがない企業の存在基盤を揺るがす」ことを確認。一方で、少子高齢化が進む日本がAIを活用して生産性を高めれば、そうでない場合に比べて2035年時点の経済成長率を3倍にできるとした試算にも触れ「AIやビッグデータをうまく活用し、企業も、国の規制も変わらないといけない」と訴えた。

そうした中で昨秋、竹中氏らの懇談会が提言したのがスーパーシティ構想だ。構想の趣旨を、同氏は次のように説明した。

「自動走行だけ、ドローンだけを実験している特区は既に多いが、まだ街全体が第四次産業革命を体現したところがない。若干遅れた日本が劣勢を回復し、一気に優位に持っていくため、スーパーシティを橋頭堡(きょうとうほ=足がかり)にする」

同構想では、AIやビッグデータなどによる「生活全般のネットワーク化」を、まず国家戦略特区で実現することを狙っている。具体的には、自治体の条例で国による規制の例外が認められるよう法改正の準備を進めており、さる6月に改正法案が閣議決定。早ければ近日招集される臨時国会での成立が見込まれる。

「自動走行は自由、決済はすべてキャッシュレス。なかなか進まない遠隔医療や遠隔教育も認め、引っ越しの住所変更は電子政府の仕組みで一度に完結する。これらを全部できる街をつくったところに、ベンチャーの新しいアイデアがどんどん入り、最先端の未来型都市がつくられる」(竹中氏)─。それがスーパーシティの実現イメージだという。

かつて小泉政権で構造改革の先頭に立った竹中氏は「今まで規制緩和に反対してきた人たちに『こんな便利なものができたらまずいぞ』と気づかせる、まさにインベンションをイノベーションに変える構想だ」と語り、スーパーシティへの自信をのぞかせた。

その一方で同氏は、この構想が規制業種との対立に加え、利便性と表裏一体の「プライバシー問題」を抱えていると説明。カナダのプロジェクトも同様の理由で難航しているとした上で「民主主義国のビッグデータ活用では、個人情報保護が非常に大きな課題。体制が異なり、プライバシーが障害とならない中国やドバイはそれだけ速く進められるだけに、スーパーシティを早期に実現できるかが日本の産業、経済全体にとって戦略的な重要性を持ってくる」と強調した。

スーパーシティ構想におけるAIとビッグデータの活用で、プライバシー関連の懸念を解消できるかどうかは「候補地住民の合意を得られるか」という問題と大きく重なる。

この点について竹中氏は「自治体全体での住民投票も考えられるが、地区を絞ったり、(更地からインフラを構築する)『グリーンフィールド型』で進めたりする方が速い。例えば、(候補地に住民がいない)統合型リゾートをスーパーシティにできれば面白い」とコメント。参画希望の企業を念頭に「公募に応じるだけでなく、推進に強い意志を持てるよう自治体トップにもしっかり働きかけてほしい」と呼びかけ、講演を締めくくった。

「商品を競う時代」から「エコシステムで競う時代」へ

この日はまた、世界有数の科学技術研究機関である中国科学院の教授で、機械学習などが専門の胡包鋼教授が登壇。AIとの関わりが深いOSS(ソープンソースソフトウエア)について、活用の現状とビジネスに及ぼす影響を解説した。

近年、AIの開発者向けソフトウエア群(ライブラリ)は無償公開が相次ぎ、AIの普及に大きく貢献している。そうしたライブラリの多くが基礎とするのが、OSSのコンセプトだ。

「OSS」とは、“設計図”にあたる文字列(ソースコード)が公開され、自由に利用・修正・再配布できるソフトウエアのことだ。知見を共有して成果の最大化を図る仕組みだが、Microsoft Windowsなどの商用ソフトはビジネス上の理由から、従来こうした行為を厳しく制限してきた経緯がある。胡教授は、OSSが今後ビジネス界に及ぼす影響について

  • 単なるソースコードの公開にとどまらず、生産や取引、サービスのルールを変える
  • 主要な技術が誰でも使えることで、商品同士の競争を成り立たなくし、多様なユーザーが集まるエコシステムをつくれるかどうかの競争に移行させる
  • OSS同士の併用も制限されないため、Win-Winの協力関係をベースにビジネスを構想できるようになる

と予測。さらに

  • 圧倒的な世界シェアを獲得した携帯端末向け基本ソフト「Android」はOSS
  • OSSを開発販売する企業「Red Hat」を、さる7月にIBMが340億ドルで買収
  • OSSで多用される開発プラットフォーム「GitHub」を、2018年にMicrosoftが75億ドルで買収

という3つの事実が、ビジネス界とOSSの接近を象徴していると語った。


中国科学院教授 胡包鋼氏

「脱・自前主義」でテクノロジーをビジネスに変える

AI分野でのOSSの影響力について胡教授は、2018年に世界1,300社を対象に行われたAIユーザー調査の結果を引用。回答企業の過半数が採用していたGoogleの機械学習ライブラリ「TensorFlow」を筆頭に、高いシェアを持つ主要なライブラリは軒並みOSSであることを明かした。

胡教授はまた、中国におけるAI活用事例を整理。iFLYTEK(科大訊飛)の音声認識、SenseTime(商湯科技)の画像認識、Baidu(百度)の自動運転、Tencent(騰訊)の医療関連などが、いずれも他社の参加を募るオープンな場を設けて協業を進めていると述べた。

こうした取り組みは「最重要の技術をまず普及させてエコシステムを構築した後、関連サービスなどから収益化する」OSSの手法とも親和性が高い。胡教授の指摘は、AI関連ビジネスにおいても今後、同様のモデルが一般化する可能性を示唆するものだ。

胡教授はさらに「エコシステムに加わらないでいる間に、世界から疎外されるおそれもある」と警告。自社がオープン化の戦略を採らないとしても、OSSのトレンドを正しく捉えておくべきだと説いた。

一方で「OSSそのものは無償でもサポートが有料だったり、互換性に問題が生じたりし、導入目的を達成できないおそれがある」とも述べ、自社でのOSSの活用には一定の注意が必要だとした。

胡教授の講演中、ビジネス的な視点からのコメントを求められたMicrosoftシニアプログラムマネージャーの周寧(Ning Zhou)氏は「オープン化されたAI」を前提としたビジネス戦略の必要性について、次のように述べた。

「Not made here(自社製でないのはどうか)という発想が企業にはつきものだが、GoogleやMicrosoftにおいてさえ、OSSは多用されている。オープンソースの開発コミュニティに対するMicrosoftの貢献は近年際立っており、中国のAlibabaやTencentといったIT大手も多くの分野をオープン化している」

「自前主義を貫く非効率性は、特にAI分野では大きい。AIによる新たな試みは、開発よりも活用の分野で実現すべきだ」

周氏はまた、OSSが悪質な「ただ乗り」を排除する狙いでライセンスを改正した場合、そのあおりで突然使用不能となるおそれがあると指摘。現状では、主要な機械学習ライブラリがOSSで提供されていることから「ビジネスにAIを利用する、すべての企業に関係する問題」として、ライセンスの動向をIT担当以外の部署からも注視するよう呼びかけた。


Microsoftシニアプログラムマネージャー 周寧氏

世界最大の人口がもたらすビッグデータを武器に、中国政府は「2030年までに理論・技術・応用で世界をリードする水準」を目標としたAI推進計画を掲げる。今回胡教授が挙げた事例の多くも、特定の重点分野でリーディング企業の育成を図る政府の指定に基づくものだ。

OSSの普及への考察を通じて「開放」「共有」「共創」の重要性を繰り返し説いた胡教授は「データは富であり、記録された内容そのものが財産だ」と発言。「データを共有し、法則性を見いだす中から生活を豊かにし、人生の質を高めることができる。この機会が、イデオロギーに関係なく人類共通の利益を追求するために何ができるか考えるきっかけになれば」と述べ、壇上を後にした。

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