中国・インド・ベトナムの実態とは? グローバル・ソーシングの現在地
国内のIT人材不足が叫ばれる中、企業はグローバル・ソーシングに取り組む必要に迫られている。日本におけるグローバル・ソーシングの実態について概観しながら、グローバル・ソーシングに求められる3つの勘所を紹介する。
アナリストプロフィール
中尾 晃政(Akimasa Nakao):ガートナー ジャパン株式会社 リサーチ&アドバイザリ部門 ソーシング&ITマネジメント プリンシパルアナリスト
ガートナー ジャパンにおいて、ソーシングとITサービス分野の分析を担当。主に国内のITサービス全般に関する動向の分析、提言を行っている。国内のソフトウェア・ベンダーおよび大手機械メーカーにてプレセールスを担当した後、大手調査会社のリサーチ部門を経て現職。英国シェフィールド大学大学院 経営学修士課程修了。
■記事内目次
- 人材難の時代に求められるグローバル・ソーシング
- 日本企業が取り組むグローバル・ソーシングの実態
- ロケーション別にみるオフショアリングの状況
- 経験豊富だがコスト上昇が懸念される「中国」
- 日本語人材の獲得に向けた施策を注視したい「インド」
- ビジネス経験不足を補うサポートが必要な「ベトナム」
- 日本の地方都市が担うニアショアリング
- 「グローバル・ソーシング」に求められる3つの勘所
- コスト削減だけでは限界も、プラスアルファの価値を明確化したい
- DXへの取り組みにはロケーション、ベンダー双方の要素を検討したい
人材難の時代に求められるグローバル・ソーシング
多くの業界で人材難が課題となっており、ご多分に漏れず企業におけるIT人材も十分に足りている状況とは言いにくい。情報処理推進機構(IPA)が2019年に公開したユーザー企業のIT人材数の過不足状況に関する調査では、2020年までの短期的な見通しから2030年までの長期的な見通しを見ても、過不足なし/過剰気味と回答した企業は10%前後で、残りの90%ほどは十分にIT人材が足りていない状況にあると回答しているほどだ。また経済産業省が調査した2016年のIT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果でも、IT人材の需給ギャップは2030年には59万人ほどとなっており、IT人材の不足は今後ますます深刻なものとなっていくのは間違いない。
そんな環境を打開するには、中途採用も含めて内製化に向けた取り組みを継続的に進めていくことが重要だが、限られた人材を有効に活用する意味でも、外部に委託するソーシングオプションをきちんと検討すべきだろう。そこで重要になるのが、「グローバル・ソーシング」という選択肢だ。
グローバル・ソーシングとは、最適なタイミングに最適なスキルを最適なコストで調達することを目的に、国内外のリソースを組み合わせることと定義している。このグローバル・ソーシングでは「オフショアリング」「ニアショアリング」という言葉もあるが、オフショアリングは国外の地理的/文化的に離れた場所のリソースを活用するもので、ニアショアリングは地理的/文化的に近い場所のリソースを活用するものだ。日本におけるニアショアリングとは、首都圏など都市部以外の地域のリソースを活用する場合を指している。
日本企業が取り組むグローバル・ソーシングの実態
日本企業におけるグローバル・ソーシングは、現在どんな状況にあるのだろうか。ここで、日本企業におけるオフショアリングの状況についてみてみたい。ガートナーにて調査した年商50憶円以上の日本企業によるオフショアリングの利用状況は、2016年から2018年の過去三年間では全体で20〜30%の間を推移している。年商1000憶円を超える企業で絞ってみると、その割合は30%を超えている状況にあり、大手企業ほどオフショアリングを積極的に利用しているのが実情だろう。
委託する分野については、複数回答ながら「設計・開発・実装」などの割合が60%を超えて最も多く、「運用保守」でも55%を超える数字となっている。また「戦略・企画立案」といった上流のプロセスでオフショアリングを活用している企業も30%を超えてきている状況を考えると、上流からプロセス改善を図っていくデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)化を推進する動きに連動している部分があると考えられる。
ロケーション別にみるオフショアリングの状況
今度はオフショアリングを委託している先のロケーションを見てみると、2018年に発注金額の大きかったロケーションは1位が中国(大連)、2位が中国(その他)、3位がインド、4位がベトナムと続く。一部を除いて、中国を中心に前年比で大きな伸びを示していることが調査から明らかになった。フィリピンやバングラデシュなどその他のアジアの国もオフショアリングに向けたチャレンジが積極的に行われているようだ。
ここからは、日本企業がオフショアリング先として選んだロケーションの上位3カ国、中国・インド、ベトナムの状況と、言語の壁なく委託できるニアショアリングの現状ついて概観していく。
経験豊富だがコスト上昇が懸念される「中国」
シェアが最も高い中国だが、ファンダメンタルな強みとしては、日本向けのビジネス経験が長く、日本語能力も高いことが大きな利点だ。ただし、人民元安によって人件費圧迫は一時的に緩和されているとはいえ、委託単価は上昇傾向にあり、短期的な活用ではコスト削減の効果が限定的とみている。また人材面では日本向けのエンジニアが成熟化しており、日本との懸け橋となるブリッジSEが不要なケースも。開発人材の獲得に関しては、上海など中国沿岸部で競争が激化していることから、無錫(むしゃく)など内陸部へシフトする傾向が続いている。日本企業向けのサービスという視点では、運用保守など下流工程だけでなく、戦略も含む上流工程へのストレッチが可能になっている。ただし、品質確保に向けた対策は必要だ。DXへの適用については、日本のビジネスをよく理解していることからも、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)とIT基盤を組み合わせた最適化はもちろん、新しいビジネスモデルが次々と生まれる中国国内のプラクティスが活用できる可能性が考えられる。
日本語人材の獲得に向けた施策を注視したい「インド」
インドは英語力を兼ね備え、グローバル経験が豊富であり、世界トップクラスのベンダーが複数存在することから、エンタープライズITだけでなく研究開発やPoC(概念実証)に適した環境になっているのが強みだ。ただし、中国同様に賃金の上昇傾向が続いているだけでなく、人材面では欧米向けのサービスが大半を占めるため、日本語人材の獲得にどこまで力を入れているのか、ベンダーの施策を注視する必要があるだろう。サービスについては、パッケージ・アプリ分野の技術や経験は継続して蓄積されており、テクノロジーの活用やオンサイト人材と連携したサービスが強化されている。またバンガロールをはじめとした先進テクノロジー拠点やスタートアップ企業の増加により、イノベーションを促進する環境の整備が進んでいることかららも、DX領域での活用の可能性は十分に考えられる。
ビジネス経験不足を補うサポートが必要な「ベトナム」
第三位のベトナムは、コストが大きな強みとなっており、日本企業が多く進出しつつあることから、日本人との親和性や今後の成長性、潜在力は大きな魅力の1つといえる。もちろん、他国同様に賃金の上昇傾向は続くが、中国やインドよりも安価に調達できる状況にあるのは間違いない。人材面では、日本語対応可能なエンジニアは継続して強化されており、「FPT日本語学校」(ベトナム最大手IT企業であるFTPソフトウェアの日本法人FTPソフトウェアジャパンによる日本語学校)の設立など、ベンダー自ら日本語教育やIT教育などを進めている点に注目したい。ただし、プロジェクトやビジネス経験はいまだ発展途上にあるため、品質のばらつきを排除するためにも、ブリッジSEの設置や専任担当者による定期的なコミュニケーションと管理が欠かせない。DXについては、産学連携強化やイノベーションセンターの設置など大きな動くはあるが、日本向けの実績はこれからだといえる。
日本の地方都市が担うニアショアリング
日本の地方都市が担うニアショアリングの状況はどうなっているのだろうか。過去3年間の地方ITベンダーの活用状況を見てみると、30%を超える規模で年々上昇傾向にあり、活用分野ではオフショアリングとヒアリング内容が異なるが、「既存のシステム開発/保守」「レガシーマイグレーション」などを筆頭にさまざまな分野での活用が進んでいる。2018年に発注金額が多かったロケーションでみると、東海/中部が25%を超え、前年比でも20%弱ほどの伸びを示している。経済産業省の特定サービス産業の実態調査などでは、長野や静岡などでエンジニアの数が増えており、中でも長野や富山などは新幹線でのアクセスの良さも手伝ってエンジニアが増える側面があると考えられる。さらに北海道や福岡を中心とした九州などが15%ほどと続き、前年比で見ても高い伸びを示している状況にある。
日本の強みは、海外でのオフショアリングに比べて言語的な壁もなく、安定的にリソース供給が可能な点は詳細に言及する必要はないが、エンジニアが地域ごとに閉ざされることでサイロ化する傾向にあり、スケールしにくい状況にある。また、オフショアリングに比べて賃金上昇はほぼないものの、コストそのものがオフショアリングよりも高くなるのは間違いない。人材的にはJavaやWeb系の開発エンジニアが主流で、最近ではPythonやRubyなどDXと親和性の高い開発言語を扱うエンジニアも増加傾向にある。サービス的には、地方ベンダーをマッチングするプラットフォームの登場や地方ベンダーによるサテライト開発拠点を設置する動きもある。DXへの対応については、従来システムに対する経験は豊富だが、新しいものをしっかりキャッチアップできていない部分も少なくない。それでも、RPAをはじめとした近年注目を集めるテクノロジーの導入やRPAをメンテナンスするためのトレーニングプログラムを実施する動きも出てきている。
「グローバル・ソーシング」に求められる3つの勘所
これまでグローバル・ソーシングの状況についてみてきたが、これから最適なグローバル・ソーシングを実施していくためにはどんなことが必要なのか。それは「コスト削減+αの目的を明確化する」「テクノロジー進化の影響を考慮する」「DXにおける活用の可能性を見極める」という3つの視点が重要になると考えている。
コスト削減だけでは限界も、プラスアルファの価値を明確化したい
「コスト削減+αの目的を明確化する」については、各国の賃金上昇が続くことでプロバイダーの負担増加はよけられず、日本は賃金上昇そのものが限定的であっても、需要増によって単価は上昇局面にあるのは間違いない。だからこそ、プラスアルファの目的を明確化して、委託先を検討していく視点が重要だ。
例えば従来のITサービスの開発や運用、保守などを委託する場合、プラスアルファとして品質や安定性の確保や効率性の向上などをその目的にするなどだ。DX領域でいえば最適化の推進や専門性の追求、イノベーション活動の推進など「プラスアルファの目的」を明確にした上で、必要な施策が検討できるか、委託先のベンダーにその能力があるかどうかを見極めたい。中国ベンダーを活用する金融や製造業の事例では、オフショアリングで委託する業務比率の変更やベンダーとラボ型の契約を結び、既存システムの保守に加え、製品組み込みなどの新規開発など段階的に新規プロジェクトを展開していくなど、安定的なリソース確保に向けた施策に取り組んでいる。
AIなどテクノロジーの活用でオフショアリング先を考える
「テクノロジー進化の影響を考慮する」については、アプリケーションの開発や運用、保守などをオフショアリングする場合でも、自動化やAIの導入などテクノロジーの進化が加わることで、価格やベンダー競争力、委託するロケーションなどに大きく影響してくることが考えられる。流通業の事例で見ると、当初は国内ベンダー4社を使ってオフショアリングを行っていたが、運用プロセスが各社個別にあることで管理負担が増加傾向に。そこで1社に集約し、1年目は日本とインドの比率を80:20にした上で業務理解や共通化を進めて10%ほどのコスト削減効果を出し、そして3年目にはAIを活用して日本とインドの比率を44:55に切り替えることで、最終的には30%のコスト削減を実現している。標準化を進めながら、テクノロジーの活用で効率化を目指していくというアプローチは有益だろう。
DXへの取り組みにはロケーション、ベンダー双方の要素を検討したい
「DXにおける活用の可能性を見極める」では、例えばコンタクトセンターを委託する場合は日本語が必要になるため、ロケーションにおける日本語人材の状況を見ていく必要があるが、オープン系以外のシステム開発やグローバル展開が必要なサービスを委託する場合、ベンダーの能力を重視することになるだろう。対して、DX活用という視点でみると、ロケーションおよびベンダー双方の要素を十分に検討する必要が出てくる。産業や政府/自治体の支援がどの程度あるのか、大学連携など教育環境がどこまで整備されているかといったロケーションの視点とともに、専門人材の獲得状況やスタートアップとの連携、イノベーション拠点の設置状況などベンダーの施策を注視する必要が出てくる。
日本国内でこれから数年の間にIT人材が一気に急増することは考えにくく、人手不足は慢性的に続いていくことは間違いない。自社のビジネスを継続的かつ安定的に拡大させていくためにも、今こそグローバル・ソーシングをしっかり検討しておきたいところだ。
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