DXに重要なクラウド化、定着までの課題 アフラック流解決策とは
DXに必要不可欠なクラウド化はメリットが多い一方で、定着までに課題が山積しがちだ。せっかくクラウド化しても、オンプレミス時代のようにシステムを作りこんでしまっては意味がない。アフラックは、全社的に利用されるシステムの改革をどう実現したのだろうか。
トップダウンとボトムアップの双方からDXアプローチ
がん保険や医療保険などを販売するアフラック生命保険(以下、アフラック)は、従来、他の企業と同様にオンプレミス環境に自前のITシステムを開発してきた。
これまで、新たな取り組みは現場からのボトムアップ中心で進められてきた。しかし、ボトムアップ形式では現場が何をしたいのか、なぜ取り組むのかを経営層に説明し理解してもらう必要があった。そのため、多くの手間と時間を費やし、迅速には進まなかったという。
「ITシステムの企画から運用を開始できるまでに、数カ月から半年以上もの時間がかかってしまうため、変化の速い市場には対応できないという危機感がありました。このスピード感ではまずいことを社長もCIOも早くから問題視していました」と話すのは、アフラックの祖父江 司朗氏(オープンシステム第一部 部長)だ。
それから、トップダウンとボトムアップの2つのアプローチで進めることとなった。「経営層と現場の課題認識が共有できていなければ、目の前の課題解決にとどまってしまいます。ビジネスそのものを大きく変革するには、どちらかだけでなく、両方から取り組む必要があります。アフラックでは経営層やCIOの強いリーダーシップのおかげで、さまざまな取り組みの実現が加速化されていると感じています」と祖父江氏は続ける。
時代に合わせたタイムスパンでITシステムを開発できるようにすることで、市場競争に勝利できるデジタルトランスフォーメーション(DX)を目指したい。そのためには、クラウドプラットフォームの活用が必須だと同社は考えた。スピーディーなデジタル変革のためのITインフラとして、「グローバルスタンダード」を重視した。
アフラックの保険ビジネスにおいて、関係者には顧客だけではなく販売代理店も含まれる。アフラックを含むそれらを一元的に管理するクラウドプラットフォームとして選んだのが「Salesforce」だ。一方、社内で日常的に利用される多様なITシステムのプラットフォームには「ServiceNow」を選択した。
この選択はアフラックのビジネス変革や業務効率改善にどう貢献したのだろうか。
カスタマイズの排除を徹底しクラウド化、現場からは不満の声も
アフラックでは、システムのクラウド化に当たりカスタマイズの排除を徹底した。クラウド化で得られるメリットは大きいが、ユーザーである現場からは不満の声も挙がり、業務改善効果もすぐには得られなかったという。現場とIT部門が歩み寄り、全社的なDXを成功させた道のりとは。
SalesforceとServiceNowを選択した理由はなぜだろうか。まず、顧客管理システムにSalesforceを選んだのは、すぐに利用できる多様なアプリケーションがあったこと、グローバル・スタンダードなサービスがすぐに得られること、日本国内で金融機関での実績が多かったことからだった。Salesforceには、さまざまなサービスが用意されていた事も魅力の1つで、これを使い倒す事でビジネスの実現を加速化する狙いもあった。アフラックでは「SalesCloud」「ServiceCloud」「CommunityCloud」「MarketingCloud」「FSC」等の各サービスを用途に合わせて使い分けている。
アフラックの遠藤 麻里子氏(オープンシステム第一部 Salesforce開発課 主任)は「Salesforceを使いグローバルな顧客の要望を実現していく、そのための戦略的プラットフォームとしてSalesforceを選びました」と話す。Salesforce活用ノウハウを社内に蓄積するため、2017年にSalesforce開発課という専任組織も設置した。
まずは2018年、ばらばらだったコンタクトセンターのシステムをSalesforceで統合した。このとき意識したのが、カスタマイズの排除だった。独自のカスタマイズを繰り返すと、以降のバージョンアップに追随できないことを懸念した。グローバルスタンダードを徹底した結果、顧客と代理店、アフラックの情報が迅速に統合化され、顧客情報を横串で見られる環境が出来上がった。開発リソースも1つのプラットフォームとして、有効に活用できるようにもなった。
カスタマイズを排したことで、今まで半年ほどかかっていた開発が2カ月ほどで移行できるようになった。一方で、カスタマイズを排したため従来とは使い勝手が大きく変わった。使い慣れたツールの変更に、現場からは「元に戻してほしい」と不満の声も出た。
これに対応するため「まずは丁寧にSalesforceのメリットを説明しました」と遠藤氏。その上でトップからも「Salesforceを活用し顧客との関係性を深めることが極めて重要だ」とメッセージを発信してもらい、現場にも使いながら学んでもらうことでシステムではなく自らを変える意識を持ってもらうことに成功した。
さらに、アフラックはコンタクトセンターのシステム刷新に当たって、電話対応後の平均処理時間の短縮を目標に掲げていた。使い勝手が大きく変わったことで、当初は想定されていた処理時間の短縮効果は出なかった。
そこで、入力頻度の高い数値をデフォルト値に設定しマウスクリック数を減らしたり、ユーザーの行動把握のために作業状況をビデオ撮影し動線を確認した上で細かいレベルの調整をしたりすることで、徐々に処理時間が短縮し始めたという。新たな環境を現場に導入するには、ユーザーの利用状況の理解が極めて重要になることをIT部門も学べたという。
使い込まれたグループウェアもServiceNowに移行、約3000個のDBを一元管理
次に、社内業務の改革だ。アフラックではこれまで利用してきたグループウェアを2016年、新たな環境へ移行することを決意した。2017年から移行プロジェクトがスタートし、移行先プラットフォームに選んだのがServiceNowだった。アフラックではServiceNowについても、ServiceNow開発課という専任の開発組織を新たに立ち上げた。
「ServiceNowでもカスタマイズの排除は徹底しています」と言うのは、アフラックの八巻 愛氏(オープンシステム第一部 ServiceNow開発課 課長代理)だ。カスタマイズを排すために、そもそも何をすれば独自のカスタマイズになってしまうかの基準を設け、カスタマイズのない開発をするため、ServiceNowの正しい理解が必要だと考えた。そこで、開発メンバーは、ServiceNowが用意するトレーニングプログラムの「ServiceNow Fundamentals」を受講し、全員がSystem Administratorの試験に合格するようにした。
そして2019年末までに旧グループウェアからServiceNowに移行し、社内の5000人を超えるユーザーがそれを利用している。これまでのグループウェアではアフラックはウオーターフォール型の開発スタイルだったが、ServiceNowでは開発スタイルをアジャイル型に変革させた。実はアフラックではITシステムの開発だけでなく、全社規模でアジャイル型の働き方を推進しているという。
長年にわたり使ってきたグループウェアは、業務に合わせてシステムをかなり作り込んでいた。それをServiceNowの標準機能に置き換えたことで、ここでも現場からは使いにくいとの声が挙がる。コンタクトセンターの仕組みと異なり、ServiceNowの仕組みは多くの従業員が日常的に利用するもので不満の声は一層多かった。例えば、同じ意味の用語でも事業部門ごとに呼び方が異なる用語があり、表示を統一したところ「言葉一つぐらいは前の表示に戻してほしい」など細かい指摘が相次いだという。
これらの対策のためにServiceNow開発課ではユーザーにアンケートを実施し、ServiceNowの利用状況の把握を始めた。
「結果を分析すると『ServiceNowが使えない』との声ではなく、『慣れていないので使いにくい』『過去にあった情報がなかなか見つからない』といった回答が多かったのです」(八巻氏)
ユーザーにシステムに慣れてもらい、ServiceNowの活用方法を根気よく伝え続けることで、不満の解消を目指した。例えば、ServiceNowに標準搭載のお気に入り機能やフィルター機能で検索が簡単にできることや、直感的に利用できる標準機能が備わっているので、マニュアルに頼る必要がないことなどを伝えている。
「従来のグループウェアでは、好き放題にデータベースを作ってきたので、約3000個のデータベースがありました」と祖父江氏は振り返る。それがServiceNowでは統合化され、情報を一元管理できた。必要な情報はダッシュボードから簡単に確認でき、業務の報告などのために紙や「PowerPoint」の資料を作る必要もなくなったのだ。これにより「マネジャーの意思決定も、かなり速くなっています」と八巻氏は続ける。
さらにServiceNowの開発スピードは、ウオーターフォールの時代と比べ70%ほど効率化しているものもある。標準機能の活用や、プロトタイプを早い段階からユーザーに提供し段階的に改善していくアジャイル開発も、大きく貢献しているようだ。ServiceNowで構築したアプリケーションは、毎日のように機能改善を繰り返している。改善するポイントは、ユーザーからの声を聞き優先順位を決め、社内向けメールマガジンなどで、便利になった新機能をユーザーに発信している。こういった開発課の細かな改善や配慮で、現在は使いにくいとの声はかなり減少してきている。
クラウドベンダーとも密に連携してクラウドを使いこなす
これまで説明してきた通り、アフラックでは社内に専任の開発課を立ち上げ、自社にノウハウを蓄積し使いこなすようにしている。またクラウドベンダーとも密に情報交換し、彼らが次にどのような機能を構築するかなども追いかけているという。
「ロードマップを見て、自分たちで機能を作るのか、機能が出てくるのを待つのか判断しています。欲しい機能がしばらく出ないのであれば、クラウドベンダーに追加してもらうようリクエストもします。クラウドベンダーと一緒に先を見据えて取り組むことにDX実現の近道があると思っています」(祖父江氏)
アフラックでは従来のITシステムの開発スピードがビジネスの足かせになってはならないというメッセージがCIOから徹底され、IT部門社員の意識改革から、ビジネス要件に合わせタイムリーにITシステムを組む体制に変化しつつある。全社規模でアジャイル型の組織運営を進めるアフラックにとって、IT部門の変化の価値は大きい。「さらなるDXを推進するためにも、アジャイル型の働き方とクラウドプラットフォームの活用をさらに強化する」と祖父江氏は言う。今後のチャレンジとして、AIといった新た技術の活用も視野に入れているようだ。
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