検索
特集

超多忙な経営幹部にタレントマネジメントシステムを使ってもらうには? 住友商事の場合

SaaSで最新のベストプラクティスを、といったところで使われなければ意味はない。改革の推進には社内のキーパーソンが簡単かつ効果的にシステムを使える仕掛けが重要だ。海外で実績のある手法で成果を上げる企業を取材した。

PC用表示 関連情報
Share
Tweet
LINE
Hatena

 世界各国で事業のかじをとる多忙な経営幹部に事業とは別の要件でシステムの入力作業をお願いしたとして、そのタスクのプライオリティはどのくらいに設定されるだろうか。操作マニュアルを整備したとしてじっくり読んでもらえるチャンスはあるだろうか。多忙な経営幹部が新しいシステムを簡単かつ効果的に使えるように、住友商事は新しいアプローチを試みた。最新のテクノロジーを生かした人事の挑戦を追う。

グローバルなタレントマネジメント基盤を導入も

 日本を代表する総合商社として、国内はもちろん、海外でも66カ国に113拠点を構える住友商事。世界中の拠点で約6万7000人の従業員(連結ベース)が働く同社には、グループ経営を担う重要ポジションとして定義する「キーポジション」(本社の部長級以上に相当)が380ほど存在する。

 人材こそが最大の財産である商社にとって、これらのポストにいかに適切な人材をアサインできるかどうかを大きく左右する。そのため同社の人事部門では、これら幹部候補の育成や適切な配置を検討する「後継者育成計画」に力を入れてきた。その一環として2018年4月から全社で利用を始めたのが、SAPのSaaS型タレントマネジメントシステム「SAP SuccessFactors」だ(SAPはHuman Experience Management〈HXM〉と呼ぶ)。同製品の導入に至った背景について、住友商事の山田裕志氏(人事厚生部 兼 グローバル人材マネジメント部 課長代理)は次のように話す。

 「後継者育成計画を策定するのは、本社で言うと本部長級以上の経営幹部です。これまでの後継者育成計画はある意味、経営幹部の頭の中にある情報がベースになっていましたが、戦略的な人材配置をグローバル連結ベースで継続的に実現していくためには、海外人材を含む当社グループ全体の人材を要件に応じて検索できるように、人材情報をデータベース化する必要がありました。加えて、従来は経営幹部および各部門・海外地域の人事担当者に対して、後継者育成計画の内容を記入するExcelのフォーマットを配布して、記入してもらった後に本社人事が回収して、その内容を取りまとめていました。しかしこれらの作業にはかなりの手間が掛かる上、遠隔地や海外にいるメンバーとは緊密に連携を取るのが難しく、なかなか効率的に情報を集められませんでした」

 そこで同社の人事部門では、グローバル人材データベースの構築と共に、手作業に頼っていたこれらの情報収集業務をシステム化し、より効率的な後継者育成計画の策定を実現するために「SAP SuccessFactors」の導入に踏み切ることにした。SAP SuccessFactorsは、SAPが提供するSaaSで、多数の人事関連機能が提供されているが、同社はその中でもまずタレントマネジメント機能の活用にフォーカスした。しかし、システム導入には、別の面で大きな懸念材料があったという。


SAP SuccessFactorsの機能全体像  コア人事機能だけでなく、タレントマネジメントに関する機能も豊富だ(出典:SAPジャパン)

※本稿は4月3日に取材した内容をまとめている。東京都による外出自粛要請を受け、取材はオンラインで実施した。


 「SAP SuccessFactorsの直接のユーザーとなる経営幹部の多くはデジタルネイティブよりも上の世代。事業経営のスペシャリストですが、そのこととITリテラシーは必ずしもリンクするものではありません。『せっかくシステムを導入しても十分に活用できないのではないか』との懸念がどうしても拭えませんでした。もちろん、新たなシステムの導入においては、従来のやり方を踏襲して、操作マニュアルを作成し、それを基に操作説明会を開催することも考えていたのですが、その方法ではユーザーとなる経営幹部がシステムをスムーズに利用してくれるようになるとは、どうしても思えませんでした。また人事側でも、マニュアル作成や説明会開催のために多くの労力を費やすことになるにもかかわらず、これまでの経験上、それらの効果は芳しくなかったので、他にシステム利用を促進するためのいい方法はないかと思案していました」(山田氏)

定着化支援ツール「WalkMe」の導入を即決即断

 そんな折、SAP SuccessFactorsの導入プロジェクトの支援パートナーとして起用していたコンサルティング会社から紹介を受けたのが、米国のWalkMe社が開発・提供する「WalkMe」というソフトウェア製品だった。同製品は、任意のWebアプリケーションの操作方法をガイドするメッセージを、ユーザーがそのアプリケーションを実際に操作する際にリアルタイムに表示し、正しい利用法を直観的なUIで自然にナビゲーションしてくれるというもの。当時、日本ではまだほとんど知られていない製品だったが、海外では既にSAP SuccessFactorsと組み合わせて利用されている事例があると聞き、早速試してみることにしたという。

出典:WalkMe
WalkMeは「デジタルアダプションプラットフォーム」を標ぼうし、さまざまなSaaSなどの業務アプリケーションの定着支援で実績を持つ(出典:WalkMe)

 「SAP SuccessFactorsを使った後継者育成計画策定の代表的な操作フローをWalkMe社の担当の方に実際に見ていただき、それに対応したWalkMeのデモを試しに作成していただきました。1カ月後にそのデモを見せていただいたところ、どの項目をどう操作すればいいのか、逐一ガイドが表示されるので、これなら操作マニュアルや説明会無しでもユーザーは迷うことなくシステムを利用できるし、システム操作に苦手意識がある方にも有効だと思いました。もう見た瞬間に『これは使える!』と直感したので、すぐに採用を決めました。国内での実績がまだなかったこともあり、WalkMe社からは魅力的なトライアル価格で提案頂けたことも大きかったですね。従来のマニュアル作成や操作説明会の開催、その後の問い合せ対応等に必要な手間を考えると、細かな試算をしなくても投資対効果が得られるであろうことは明白でした」(山田氏)

 こうして同社は、早速WalkMeの本格導入に着手した。その時点で2018年4月のSAP SuccessFactors運用開始まで、残りあと3カ月ほどしかなかったものの、WalkMeのガイドを表示させたい箇所とその内容を素早くリストアップし、その内容を基にWalkMe社側で開発作業を行ったところ、予定通り2018年4月のSAP SuccessFactors本番リリース時には、WalkMeで詳細な操作ガイドをリアルタイムに表示させる仕組みも同時に提供することができた。

WalkMeのデモ画面より。マニュアルの冊子を作るのではなくツールにナビゲーションを埋め込める
WalkMeのデモ画面より。マニュアルの冊子を作るのではなくツールにナビゲーションを埋め込める《クリックで拡大》

後継者計画にまつわる業務の大幅な効率化を達成

 WalkMeの導入効果は、システム運用開始直後から明確に現れたという。

 「システムの操作マニュアルと操作説明会の開催が不要になったことで、人事側に掛かる業務負担は大幅に軽減されました。システムの導入時だけでなく、システムを導入した後も、新たにユーザーになった経営幹部メンバーにシステム操作を覚えてもらうための説明が不要になり、また人事側に寄せられるシステム関連の問い合せ数も減ったため、大幅な業務効率化効果を得られたと感じています」(山田氏)

 実際に後継者計画の策定にあたる経営幹部にとっても、WalkMeの導入メリットは大きいという。これらの経営幹部が本来やるべきことは、SAP SuccessFactorsを通じて然るべきポジションに適切な人材をアサインするための候補者を選び育成計画を検討することであり、SAP SuccessFactorsの利用に習熟することではない。その点WalkMeを導入した環境では、ユーザーはシステムの操作方法に迷うことはほとんどなくなるため、本来やるべき作業により注力できるようになる。

タスクを進めているかを手元で把握できる

 また、WalkMeの分析機能を使うと、ユーザーがどの程度システムを利用し、どの操作でつまずいているかといった「子細なシステムの利用状況」を一目で把握できるようになる。この機能を活用することで、後継者育成計画策定の進捗(しんちょく)状況を細かく監視できるようになったという。

 「当然のことながら、経営幹部は皆多忙です。場合によっては後継者育成計画の作成に時間を割くことが難しい場合もあります。毎年7月から計画の検討を始めてもらって、10月の人材マネジメント会議に向けて設定した締め切り日までに計画を提出してもらうようにしていますが、これまでは各部門・海外地域の進捗状況がなかなか把握し辛いことが悩みでした。しかしWalkMeの分析機能を使えば、各ユーザーがどのような操作を行って、どの程度まで作業進捗が進んでいるかを一目で把握できますから、作業が遅れている場合は早めにリマインドに送るなどして進捗を促すことも可能になりました」(山田氏)

WalkMeのデモ画面より。ダッシュボードで利用状況を把握できるため、個別の問い合わせなしで進捗を把握できる
WalkMeのデモ画面より。ダッシュボードで利用状況を把握できるため、個別の問い合わせなしで進捗を把握できる(出典:WalkMe)《クリックで拡大》

今後は他のシステムにも積極的にWalkMeを適用していく予定

 こうして住友商事では、SAP SuccessFactorsのタレントマネジメント機能にWalkMeを組み合わせることで、人事部門、システム担当、そして現場ユーザーの三者がそれぞれ大きな導入メリットを得ることができたという。この導入効果を受けて、同社では現在、WalkMeを他のシステムや業務に適用する計画を進めている。

 まずは、現在導入作業を進めている経費精算システム「SAP Concur(コンカー)」にWalkMeを組み合わせて、システムの操作方法をユーザーにガイドする仕組みの実装を進めている。既に開発作業は大方完了し、2020年5月には本番稼働を始める予定だという。

 「SAP SuccessFactorsのタレントマネジメント機能での利用実績により、既にWalkMeの導入メリットがある程度社内で認知されていましたから、SAP Concurと組み合わせた導入もスムーズに話が進んだと聞いています。まずはスモールスタートで実績を作り、その良さが社内に自然と口コミ的に広がっていったことで、他システムでのWalkMe採用要否を判断する際にはそういった口コミが有利に働きましたね」(山田氏)

 なお現在同社では、タレントマネジメント以外の人事業務にもSAP SuccessFactorsを全面的に適用するプロジェクトを進めているが、ここでもシステムの操作方法をガイドする仕組みとしてWalkMeを採用する予定だ。こちらの開発作業も現在順調に推移しており、2020年10月にはSAP SuccessFactorsとともに本番リリースされる予定だという。

 「WalkMeには今後もさまざまなシステムへの展開可能性があると考えています。そのためにも、WalkMeがより多くのシステムに対応するとともに、ユーザー企業からのフィードバックをシステムの標準機能として取り込んでいくような仕組みが日本でもできるといいですね。今後とも、製品の更なる進化には大いに期待したいと思います」(山田氏)

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る