“テレワークでやる気喪失”を防ぐ SAPの従業員体験向上事例とは
テレワークが長期に及ぶことで、従業員のモチベーションや帰属意識の低下が懸念されている。従業員が働くことに満足しているか、今抱えている課題とは何かを可視化、分析することはなぜ重要なのだろうか。SAPジャパンの取り組みからその方策を探る。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行以後、テレワークによって自宅に閉じこもり1人で働くことになった。運動不足による健康面への支障や仕事へのモチベーション低下など、精神面の課題も散見される。
そんな中、企業の持続的な成長のために働きやすい環境や組織づくりをし従業員エンゲージメントを向上させる取り組みに注目が集まっている。従業員エンゲージメントつまり「働くことに対する満足度」を上げられるかどうかは、生産性向上と密接に関わってくる。
テレワークで“従業員エンゲージメント”は低下するのか?
顧客や従業員のエクスペリエンス管理を支援するクアルトリクスの市川幹人氏(EX〈従業員エクスペリエンス〉ソリューションストラテジーディレクター)は「テレワークに移行したからといって、すぐに従業員エンゲージメントが大きく下がるわけではありません。とはいえWeb会議がうまくつながらない、オンライン会議やチャットが増え過ぎて嫌気が差すといった状況が続けば、仕事がやりにくくなり従業員エンゲージメントにはマイナスになります」と語る。
本来、従業員エンゲージメントの変化に影響するのは、従業員それぞれのキャリアプランや業務上の権限、裁量の範囲、担当業務と組織の戦略的目標の理解などだ。これらは、テレワーク勤務になっても大きく変わるものではない。もちろん長期的なテレワークで、業務の進め方を根本から見直す組織もあるかもしれない。しかし急きょ1カ月ほどテレワークを実施したところで従業員エンゲージメントが大幅に低下することはないという。
一方で、長期にわたるテレワークともなれば、就労環境の不便さやコミュニケーション不足から従業員エンゲージメントの低下が懸念される。例えば、オフィスで働いていれば、表情や声から従業員の状況をある程度予測し、上司や同僚が声を掛けられる。テレワークではビデオ通話をつなぐまで表情や声は分からず、ばらばらな場所で働いているため組織としての一体感も薄れてしまう。市川氏は「仕事をする姿を“見てくれる人”がいないことも、モチベーションの低下につながります」と話す。
新型コロナウイルス感染症の流行以前、働き方改革のために推進されていたテレワークは「時間コントロールが容易で、移動時間や通勤時間から解放されメリットが大きい」とうたわれてきた。いざ取り組んでみるとメリットがある一方で、家庭の状況によって集中できなかったり、仕事と休みのメリハリがなかったりとさまざまな課題も出てき始めた。「テレワークは良いことだらけだったはずなのに、やってみるとデメリットも見えてきました。長期にわたって実施すればさらに課題が明らかになっていくでしょう」と市川氏は指摘する。
SAPジャパンの従業員エンゲージメント管理 テレワークでの変化と対応
クアルトリクスを2019年に買収したSAPでは、「Qualtricsリモートワークパルス」(以下、リモートワークパルス)をいち早く活用している。2020年3月上旬からテレワーク体制に移行したSAPジャパンでは同年4月15日、リモートワークパルスを用いてアンケートを配布し、2日後に締め切って結果を回収、同月20日のオンライン全社ミーティングでアンケート結果を共有した。派遣従業員を含む国内の従業員1300人にアンケートを配布し、期日までに788人から回答を得た。回答率の高さからも従業員の関心の高さがうかがえる。テレワークでSAPジャパンの従業員エンゲージメントはどう変化したのだろうか。
回答者は、気分を表す7段階のアイコンを選択して回答した。調査の結果、全体的に従業員の気分が下降傾向にあることが確認できた。そこで、その他の質問として、仕事に必要なデータにアクセスできているか、会社に対しどう思っているか、マネジメント層への要望などへの回答をテキスト分析し、どのような気分の人がどのようにコメントしているかも可視化した。
ターゲットを絞り込んで傾向を把握してみると新たな発見もあったようだ。例えば、派遣従業員の気分は想定よりも下がっていなかった。派遣従業員の傾向を抽出してみると、ITチームの気分が他部門より高く、それが全体の気分を上げていたという。ITチームはテレワーク実施のギリギリまで出社し、IT環境の整備対応に携わっていたが、テレワークに移行して出社の必要がなくなりプラスに働いたとSAPジャパンは読み解いている。
得られた結果をダッシュボードで分析し、迅速に全体会議で共有できたことは、従業員からも好評だったようだ。SAPジャパンの鎌田 祐生紀氏(社長室 従業員エンゲージメントリード)は「テレワークが続き孤独を感じていた従業員は少なくありません。このままだと売り上げが低減し、コストカットや“クビ切り”が始まるのではという不安もあったようです。そういった不安が垣間見えたため、全社会議で経営層が迅速にメッセージを出し、不安の払拭ができました」と話す。
会議後の従業員からのフィードバックでは、「皆が同じように感じていて安心した」とのコメントも多かったという。「アンケート結果は、迅速に透明性をもって伝えることが重要だと再認識しました」と鎌田氏は振り返る。
アンケートにより、何が従業員の負荷となっていて、何をネガティブに捉えているかの現状を把握できた。明らかになった課題に対しSAPジャパンでは、組織全体でアクションプランを講じていく。また、今後も定期的に同様のアンケートを実施する予定だ。結果を従業員に都度共有し、アクションの効果の測定やコミュニケーションの重視も徹底するという。クアルトリクスもエンゲージメントの分析を継続すること、変化があればすぐに手を打つことが重要だとしている。
非常時こそ従業員と“密”なコミュニケーションを
現在、リモートワークパルスは、新型コロナウイルス感染拡大の状況に合わせた調査のテンプレートも無償提供している。緊急事態にどのような質問をすべきかあらかじめまとめられており、SAPジャパンではこれをベースに日本向けのカスタマイズを施しているという。
既にリモートワークパルスは、世界の6000超の組織で利用されている。従業員の課題観の把握や適切なコミュニケーションでエンゲージメントを向上させることが重要と考える組織は世界中に多くあるようだ。
一方で、非常時には従業員の声にはバイアスが強くかかるので聞き入れ過ぎない方がいいとの意見もある。「この指摘はまったく逆だと思います。非常時だからこそ、従業員と密にコミュニケーションを取り、悪い変化が明確になる前に気付けるようにする。課題が何かが見えてくれば、すぐに手を打つような体制を構築すべきです。仮に問題が発生しなくても変化の激しい時期に観測したデータは今後有用になるため蓄積しておくべきです」(市川氏)。
「Qualtricsリモートワークパルス」とは
2020年4月8日、クアルトリクスは「Qualtricsリモートワークパルス」(以下、リモートワークパルス)の無償提供を開始した。リモートワークパルスは従業員の率直な声を聞くことで組織がテレワーク環境に適応できているか、従業員がどのような問題に直面しているかを特定し、解決策となるアクションをサポートするツールだ。リモートワークパルスは業務開始前に毎朝、気分を示すアイコンをクリックさせる形でその日の気分を聞き出し、記述欄も設けてあるため気分が良くないときはそこに体調や心配事を書き込める。毎朝実施しておけば、従業員の気分の変化を可視化し、部門全体の士気の低下や、従業員満足度向上の施策を打った後の変化をリアルタイムで把握することを目的としている。
市川氏によると、高頻度で従業員に問題がないか聞くことで従業員エンゲージメントのスコアが高くなる傾向があるという。「毎朝聞かれることで、経営層や管理部門が自分のことを見てくれていると認識できます」と市川氏は説明する。リモートワークパルスは気分を聞くだけでなく、業務上の困りごとを具体的に質問するアンケートも作成できる。「状況をきちんと把握し、いかに個々の従業員に応えられるかが重要です。テレワーク環境下で従業員を孤立させないためにこういったケアは必須になります」と市川氏は締めくくった。
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