SuccesFactorsとは何か HRMやHCMとの違い 人材マネジメントのトレンドまとめ
人材が集まる企業は何をしているのか。人手不足が問題視される中、企業と従業員あるいは求職者との関係は、これから大きく変わるかもしれない。企業が「人」と向き合うための新しい手法を理解しよう。
HXMはなぜ注目されるか、企業の「人」管理の考え方の変遷
企業の人事労務管理や人材管理の分野で新しいトレンドが起こっている。「人的資源管理」はHRM(ヒューマンリソースマネジメント、人材資源管理)、「人材管理」はHCM(ヒューマンキャピタルマネジメント)という考え方をそれぞれ日本語で表現したものだ。
1980年代に注目を集めたHRMはどちらかというと、ERPにおける「ヒト・モノ・カネ」の文脈で「ヒト」の管理に特化した機能を提供するものと考えるとイメージしやすいだろう。この中でもヒトそのものを経営資源として捉え、有限のリソースとして扱う考え方が特徴だ。採用や評価、報酬、人材開発などを取り扱う。このHRMの延長線上にタレントマネジメントという考え方がある。スキルや性格、経験などの特性を可視化して一元管理することで人材配置や育成プランを最適化できる。
他方、2000年代以降に注目を集めたHCMは、ヒトそのものではなく人が持つ能力やスキルを「ヒューマンキャピタル」と捉え、ヒトの資本が最大化と組織の利益最大化を目指す考え方といえる。キャリアパスに基づいた個人の目標管理や資格取得状況なども組織として把握して経営に役立てつつ、個人の成長についても組織が把握して支援するアプローチも含まれる。
今これらHRMやHCMの考え方をさらに発展させたHXM(ヒューマンエクスペリエンスマネジメント)を実践しようという動きが活発になりつつある。
HXMは、従業員の体験やライフサイクルを考慮しながら、より人にフォーカスしてマネジメントしようという考え方が根底にある。従来のHRMやHCMには、人を企業にとっての重要な「資源」や「資産」として捉え、それらを適切にマネジメントしていくことで経営効率を高めようという狙いがあった。
これに対し、HXMは、従業員が企業に入社して退職するまでのライフサイクル全体にわたって、従業員一人一人の「体験価値」を高めることを重視する。企業側の視点ではなく、従業員自身の視点を重視し、評価指針とする点が大きな違いだ。経営の効率だけでなく企業価値そのものを向上させようという考え方も、HRMやHCMではあまりなかった観点だろう。
HXMが注目される背景には人材獲得競争の激化がある。先進国の多くが高齢化社会を迎え、生産年齢人口の減少すると考えられることから、あらゆるシーンで人材の不足が目立ち始めた。
一方で人材も画一的なライフスタイルではなく、ライフステージに応じた就労形態を望むようになってきた。フリーランスでの契約や副業を望む場合もある。勤務形態は在宅、シフト、テレワークなどの要望もある。企業はこうした従業員の要望に対応できなければ人材をとどめておくことが難しいのだ。
優秀な人材を取りこぼさず人手不足の中で経営を成り立たせるために従業員それぞれの視点に立って体験価値を高めるマネジメントが重視されるようになってきた。
特に日本では、生産年齢人口は今後15年間で1000万人減少し、2035年に6300万人になると予測されている。また、この10年間で女性の雇用者数は約350万人、60歳以上の雇用者数は約130万人増加した他、外国人労働者やフリーランスも増加を続けている(注)。
HXMの取り組みは、日本企業の命運を左右する取り組みといっても過言ではない。
※注:総務省『平成29年版 情報通信白書』
1980年代のHRM、2000年代のHCMでは実現できないこと
HRMやHCMがITによる業務効率化や最適化とセットで進展したのと同様に、HXMもITツールの導入とセットで考えられることが多い。
HRMの取り組みが進められたのは1980年代だ。労働力管理を電算化し効率化することが主な目的であり、取り組みを主導したのは人事部だった。従業員のタイプは現在ほど多様化しておらず、均質でキャリアパスも全員が同じ方向を向くことができた。
このためHRMシステムも、出社や残業時間などの勤怠管理や、所属や役職、異動や退職などの人事・組織管理、給与や税金・保険などの給与管理といった機能が中心だった。
ただ、これらの機能だけでは、人材の獲得や活用には至らないことが多い。そこで、2000年代から取り組みが活発化したのがHCMだ。HCMは、優秀な人材の獲得と計画的な育成が主な目的であり、人事部だけでなく、企業のリーダー層も中心的な役割を果たすようになった。従業員のタイプは均質なままだったが、キャリアパスが複線化し、さまざまな働き方が提案されるようになった。タレントマネジメント、人財管理、ワークライフバランスなどがキーワードとなり、人財を獲得するためにオフィス設備や福利厚生の充実が図られた。
HCMシステムは、優秀な人材を評価・選抜するためのタレントマネジメントシステムや、人材を育成するためのeラーニングシステムなどが開発され、従業員のキャリアパス形成を支援し、活用できる仕組みが整えられた。だが「優秀な正社員」という均質な人材の活用を前提にしていたため、現在のように人材の流動化が進む状況では、雇用形態が違う多様な人材を包括的に管理することは難しい。またキャリアパスも複線化、多様化していることから、従業員一人一人の将来を見通してケアしにくく、結果的に企業と従業員との間のコミュニケーションにギャップが生じたり、離職につながったりするリスクがある。こうした問題を解消するアプローチがHXMだ。
HXMとは何か、SuccessFactorsのHXMはどうなっているか
ではHXMはどういったものなのだろうか。HRMやHCMとは何が違うのだろうか。ツール類の機能などを見ていても違いを理解するのは難しいかもしれない。だがそれぞれのコンセプトを理解すると、その違いがはっきりするだろう。以降でその違いと特徴を見ていき、HXMの代表例としてSuccessFactorsが実現する機能を紹介する。
HXMは正社員だけでなく非正規社員を含めた多様な従業員と多様なキャリアパスを前提とする。データ化や効率化、優秀な社員の獲得に寄与する機能も持ち合わせているが、決して経営の効率化だけを目的としたものではない。長期的な視点を持って企業価値を高め、持続的な成長が可能な組織を作ることに重点を置く。
このため、HXMシステムは、HRMやHCMの機能を包含しつつ、多様化した従業員と多様化したキャリアパスに対応した人材管理を実現する機能を備える。具体的には、従来のHCMシステムに機能を付加して、従業員一人一人のライフスタイルにあわせた体験管理(EX: エンプロイイーエクスペリエンス)を実現したものが多いようだ。
従業員体験管理とは、顧客体験(CX: カスタマーエクスペリエンス)管理で実現するような機能を、従業員に対して提供するものだ。CX管理においては、顧客がある商品のブランドを認知してから、評価、購入、利用、廃棄までのステップを踏むカスタマージャーニーの中で、ステップごとに顧客に継続的にアプローチし続けることがポイントとなる。同様に、従業員体験管理でも、採用から、入社、研修、教育、評価、離職といった各ステップを継続的に管理していくことがポイントとなる。
例えば、さまざまなスキルを持った高度専門人材を部門の適正にあわせて採用したり、在宅勤務を望む非正規社員を不定期に雇用したりといった活動を1つのシステムで実行できるようにする。また、在宅勤務中の申請業務や経費精算業務を支援したり、そうした従業員を評価するマネジャーを支援したりする機能なども提供される。
システムの提供形態としては、多様な働き方をサポートするため、クラウドベースのサービスとして提供されるケースが多い。また、機械学習やAIなどの技術を用いて、従業員の感情やコミュニケーションの図り方などを分析し、エンゲージメントを高める機能を備えている製品もある。
SAP SuccessFactorsにおけるHXM
HCMシステムの代表的な製品、サービスとしては、Oracleが提供する「Oracle HCM Cloud」、SAPが提供する「SAP SuccessFactors」、Workdayの「Workday HCM」などがある。いずれもクラウドで提供されるサービスで、タレントマネジメントからコラボレーション機能まで多彩な人材管理機能を提供する。また、HXMの視点からも機能拡張が図られており、人材不足への対応や、多様な人材活用というニーズに応えている。
例えば、SAP SuccessFactorsはCX管理・EX管理ツールのQualtrics(クアルトリクス)を統合してHXMを実現する。Qualtrics自体は下図のようにカスタマーエクスペリエンスを含むエンゲージメント全般を管理できるプラットフォームだ。SAP SuccessFactorsにはこのうちHXM機能「EmployeeXM」を統合する。
カスタマーエクスペリエンスにおけるQualtricsは顧客満足度情報や購入意向の分析、コールセンターなどからの製品フィードバックなどのエクスペリエンスデータ(X DATA)一元的に管理し、さらにそれを販売情報や顧客管理基盤、会計情報や人事給与といった業務システムが持つオペレーショナルデータ(O DATA)と組み合わせて分析したり、アクションプラン策定を支援したりする。EmployeeXMはこのQualtricsの中でも従業員の「ライフサイクルジャーニー」を軸に管理する機能を持つ。
例えばある従業員について、採用、研修、オンボーディング時の情報、評価、異動のそれぞれのデータや、各種申請・経費精算の情報も一元的に把握できる。従業員エンゲージメント調査の結果の推移や、出産・育児休暇といったライフステージの情報も含ま得れる。マネジャー側から見ると、従業員の勤続意欲などが数値化され、従業員エンゲージメントで改善すべき課題を自動で抽出できる。さらに実行すべきアクションプランも、組織へのインパクトの割合とともに提示されるため、適切な行動を取りやすい。
従業員と会社のコミュニケーションの全ての情報を一元化できる点が強みだが、SuccessFactorsが持たない機能が複数ある。SAPはこの点をエコシステムでつなぎ、ライフサイクルの各ステップでの作業を自動化できることが大きな特徴だ。
例えば、求人から入社までの流れは次のように各種ツールを連携することでSuccessFactorsにデータを集約できる。
SuccessFactorsのリクルーティング機能では、求人情報を管理し、求人ページの構築から応募者管理までをカバーする。
オンライン面接はWeb面接ツールZENKIGEN「HARUTAKA」を使い、内定通知書や各種ドキュメントはEIMツール「OpenText」で、契約締結は電子署名ツール「DocuSign」を連携して利用する。一連のプロセスを全てオンラインで完結できるため、遠隔地にいる人材や移動制限がある状況下でも採用プロセスを進められる。
この他、スキル管理のイノービア「SKILL NOTE」、シフト管理ツール「Kronos」、ワークフロー自動化ツール「Service Now」、チャットツール「Slack」などとも連携する。
既存の業務データと、Qualtricsが収集するエクスペリエンスデータ(X Data)を組み合わせ、機械学習などを使って自動化を図る仕組みを持つ。
多様な働き方に対応していくことで業務が複雑になることもないという。
このように、HXMは、多様な人材を活用し、企業の持続的な成長を支えるための不可欠なソリューションとして期待が集まっている。HCM各社も機能強化に取り組んでおり、今後に注目できる。
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