実例から考える法務部門のテレワーク、サイボウズ法務の実践方法に学ぶ:押印、打ち合わせ、案件対応……どうこなしたか
法務のテレワークを阻む「ハンコ」「紙」「社内外の連絡」。働き方改革やテレワークを積極的に取り入れるサイボウズの法務部門は緊急テレワークをどう乗り切ったか。工夫と仕組みを学ぶ。
サイボウズは2020年2月28日から、ほとんどの国内拠点で、従業員に原則として在宅勤務を命じており、ほぼ全ての業務をテレワークで実施する。同社では、各部門の担当者が現場で業務をどのように回しているかを解説する「サイボウズテレワークセミナーオンライン」を4月から開催し、ノウハウを外部に公開している。
2020年6月に開催された第8回は同社の法務チームに所属する三浦修平氏が登壇し、法務部門のテレワーク対応について話した。
三浦氏は、2018年に総務省からサイボウズに転じ、現在は契約書の作成、レビューや社内の法律相談などの業務を担当する。
法務チームは13人が所属し、それぞれ契約書の作成、確認、法律相談といった「法務」の他、「監査」、特許や商標などの「知財」、そして法令を順守しながら効率性を実現するための内部統制システムの構築など「統制」の4つの分野を担当する。
サイボウズの法務部門が担当する業務について、三浦氏は3つの特徴を挙げる。
1つ目は、サイボウズがそもそもクラウドサービス事業者として、顧客との利用契約はもちろん、顧客の情報を預かるデータ保護の観点からも法務の役割を重視していることだ。
2つ目は、グローバルに事業を展開するため、海外企業を相手にした契約が含まれること。海外との契約では、関係する法律事務所とやりとりし、各国の法令に対応して情報の安全性を保ちながら契約業務などを進める必要がある。
そして3つ目が、実際に自社の製品を業務で使用することで、自社サービスやシステムの改善を提案していることだ。ここが特に、サイボウズの法務部門が一般企業の法務部門と比べてユニークな点である。
法務部門も全員在宅勤務に、それでも業務は止まらなかった
グループウェアやコラボレーションツールなどを手掛ける一方で、「100人いれば100通りの人事制度があっていい」と多様性を認めた働き方を提唱するサイボウズだけに、以前から多様な働き方を実践していた。テレワーク中心の従業員から主に出社している従業員もおり、それぞれのスタイルで業務にあたる環境が整う。新型コロナウイルス感染症の日本国内での感染拡大が懸念され始めた2020年2月28日からは全従業員にテレワークを原則とするルールになり、法務チームも全員が在宅勤務となった。
三浦氏は、法務チームのテレワーク移行について、「日頃からさまざまな働き方を支える仕組みが動いており誰でもすぐにテレワークに移行できる体制が整っていた。一部の従業員だけでなく全員がテレワークになっても特別な問題は発生しなかった」と振り返る。
三浦氏自身も在宅勤務中の2020年4月に第一子が誕生、5月には通常勤務時と同じように1カ月の育児休暇を取得している。その際の業務の引き継ぎも含め全てオンラインで実施し、在宅のままで業務に復帰したところだという。
問い合わせ対応は? ハンコや外部との連絡は? サイボウズ法務が実践したテレワークの方法
法務部門となると、取引先や顧客との契約業務では印鑑のなつ印業務が想定される。またなつ印があれば当然紙のやりとりが発生するはずなので、テレワークで対応できるのだろうか。契約先や弁護士、弁理士など、社外の関係者とも連絡や連携が必要だろう。環境が整備された社内とは異なる相手とのやりとりを考えたとき、どうすればテレワーク環境でこれらの業務を滞りなく運用できるのだろうか。
三浦氏によると、テレワークに適したWebアプリなどのツール類の用意だけでなく、平常時から社内で幾つかの運用ルールを構築していたことが成功の要因だと振り返る。以降では案件対応やなつ印にかかわる3つの領域での対策と、業務の可視化、社外との連携での工夫を見ていく。
まず、社内の依頼者との契約書原稿のやりとりや業務管理は、同社のアプリケーション開発環境である「kintone」を活用。セキュリティを確保したドキュメントの投稿システムを構築していたため、在宅環境からでもセキュアなアクセスが可能だった。
kintoneは、一言で言えば社内情報のデータベースを誰でも簡単に作れるシステムだ。利用者が業務に合わせて自由にデータ項目を設定できて、それをチーム内で共有できる。もちろん使いながら修正もできる。
案件対応は? 社内問い合わせは全て「箱」に入れるルールを徹底
法務チームはkintoneを使って、従業員からの法務相談を管理する「法務統制相談箱アプリ」を開発、運用している。
業務部門の従業員が依頼内容を記載して契約書のファイルとともにアプリに案件を登録すると、法務チームでは依頼内容を確認し、担当者をアサインして対応する。同じ画面で依頼者や法務チームの他のメンバーとチャットでコミュニケーションを取れる機能も付けた。
「電話やメールで仕事を進めると情報が分散してしまうため、漏れが出てくる。相談箱に情報を集めることで、正確に業務を進められる。従業員には、困ったことは全てここにレコード(記録)を立ててほしい、と伝えている」(三浦氏)
相談箱に蓄積された過去の契約内容を見れば、どのようなプロセスで論点を詰めていったかが把握できるため、類似の業務を展開する際にも参考にしやすくなるといった副次的な効果もあるという。
会議は? もともと運用していたWeb会議を拡張
法務チーム内のコミュニケーションには、web会議システムも活用している。
三浦氏は、「こうした仕組みは今回急いで作ったわけではなく、既に通常業務の一部として稼働していたので、基本的にはそこに業務を100%移せばいいだけだった」と振り返る。
ハンコ問題への対応は? 取引先がある契約書は押印をゼロにできない……。なら行程を少なくしよう
では押印業務についてはどのように対応してきたのだろうか。サイボウズでは電子契約システムを既に導入していたが、取引先によっては書面での契約書のやりとりや押印が必要だったという。自社がいくらペーパーレスにしていても取引先が対応していなければ紙で対応せざるを得ないのが契約書の厄介な点だ。
三浦氏は、押印自体をゼロにできないとしても、できることはあると考え、まずは押印業務に関連する出社をできるだけ少なくする運用を考えた。
法務チームから見て押印業務には2段階のプロセスがある。まず押印の可否を確認する社内決裁の段階があり、次に実際に書面に物理的に押印する手順だ。そこで三浦氏は、最初の承認業務の管理を徹底することで、押印作業を最低限の出社で済むように運用する仕組みを作った。
もともと決裁については「押印申請アプリ」を使ったワークフローを構築していた。電子契約が可能な契約書であれば、承認、署名と同時に、SaaS型契約管理ツール「Cloud Sign」から契約相手に電子署名の入った契約書を送付できるので、全てオンラインで契約締結を完了できる。もちろん出社する必要はない。
一方、電子契約を使えない場合は、社内決済で承認承認が取れた後は、実際に出社して押印する必要がある。この際、極力出社を減らすため、アプリ内で進行中の押印が必要な案件をモニターして、週に1〜2回にまとめて実施できるように管理している。
業務工数を可視化して働き方を確認
法務チームでは、メンバーのタスクもkintoneで作ったToDoアプリで管理している。これもテレワーク環境では有効だった。
サイボウズの法務担当は、1案件について基本的に一次担当、二次担当の2人体制で対応するルールがあり、2人一組でコミュニケーションを取りながらタスクを管理している。その際、ToDoアプリを見ることで、個別の案件ごとだけでなく案件を一覧で確認し、どのメンバーがどの案件を進めているのかステータスを確認できる。
また各メンバーの勤務状態の管理には日報のアプリを使っている。To Doアプリと連携させてあるため、その日の業務をTo Doからすぐに登録でき、手間もかからない。
タスク以外のミーティングなども含め、各業務にかけた時間(工数)も自動で記録されるので、後から自分で分析をして、効率の改善も考えられる。さらに稼働工数を集計してグラフで管理することで、個々の担当者やチーム全体の稼働状況を確認できる。
外部向けスペースもオンラインに
一方、弁護士、弁理士など、外部の専門家とのやりとりには、これもkintoneで作った「ゲストスペース」という掲示板機能を使っている。外部の事務所ごとに専用ページを作成し、諸連絡を含む業務のやりとりを一元管理する。
「外部の関係者とのやりとりはメールが一般的だが、このスペースを使うと、後からジョインしたメンバーもそれまでの話の流れを理解できるので、業務に合流しやすい」(三浦氏)
このゲストスペースのアプリは、三浦氏自身がサイボウズに入社した2年ほど前に初めて自分で作ったものだという。社内にあるドキュメントやヘルプなどを見ながら開発し、改善を重ねて現在に至っている。
「実際に業務を知る立場で法令を順守しながら業務をどう自動化、効率化できるかを考えながらアプリの形にしていくことは、サイボウズの製品開発にとっても重要な意味があると考えている」(三浦氏)
有事のシステムを平時にも使うべき
大規模なテレワークは現在も継続中だが、三浦氏は業務の状況について、次のように語る。
「自分が思っていた以上に安心して業務にあたれている。法務は有事の際も業務を継続しなければいけない部署。有事と平時で使うシステムが変わらないような業務設計をしていたことで、大きな影響を受けずに済んだと考えている。個人的にも全社的なテレワークへの移行前からテレワークをしていた経験が役に立った」
有事の際に慌ててシステムを作っていては、本当に必要な対応にすぐ着手できなくなり事業そのものが停滞してしまう。こうした問題を回避するには平時の業務を有事に耐える設計にしておくべきだろう。
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