「決算発表延期」はなぜ起こったか、決算を巡る日本企業の3つの課題、変革のための4ステップ
「収支も次の業績予想も発表遅れます、コロナで出社できないので」――。コロナ禍中の決算発表は、監督省庁の配慮を受けて遅延を「大目に見てもらえた」。しかし来年以降はどうなるのか。今の5倍の企業にオンライン決算の仕組みを提供し、さらに効率化やDXにつなげようとする企業がある。
決算報告書で将来予測を開示できなかった企業が6割、どうすれば防げたか
コロナ禍の中で決算を迎えた企業の中には、決算業務の遅れから決算発表延期や来期予測の公表をさし控えるなどの重大な結果に至ったケースもあった。決算が遅れた原因として、業務のデジタル化やリモート作業環境が整っていなかったことが指摘されている。その反省を踏まえ「2021年には完全リモート決算企業を5倍に」と提案するのが、クラウド型の財務経理サービスを提供するBlackLineだ。
同社トップがアナログ経理からデジタル経理への移行意義と具体的ステップを示した。
「昨年(2019年)は脱アナログ決算への方向性を示したが、今年(2020年)はその先の『モダンアカウンティング』の実現による企業変革の段階に進めたい」と持論と抱負を語ったのは米BlackLineのCOO マーク・ハフマン氏だ。同社は2018年に日本法人を設立、国内でもクラウド型財務経理ソリューション「BlackLine」を提供する。
*2020年8月に開催されたイベント「BeyondTheBlack TOKYO2020」の講演を基に構成した。
日本法人社長の古濱淑子氏はハフマン氏のコメントに続けて「現在日本で完全なリモート決算実現企業は6%にすぎないが、2021年には30%まで拡大したい。昨年(2019年)は脱アナログ決算、デジタル決算への移行をテーマにしたが、今回はその先の段階の企業変革がテーマ」と語る。
コロナ禍は、それ以前から課題とされてきた「リモート決算基盤の強化」をより切実な形で財務・経理部門に突きつけた。多くの企業は出社制限の中で一部従業員の出社、一部のリモート作業で乗り越えてはきたが、「2020年3月期決算作業は1年前と比べて1週間近く遅れる企業もあり、しかも決算報告に将来予想を開示できた企業は43%にすぎなかった」と吉濱氏は指摘する。
その上で決算業務のプロセスが現状のままでは持続可能性がないと説き、「今こそデジタルを活用して新しい世界に進んでいくべき」と強調した。
ハフマン氏は「手作業による会計処理はカオス化している」と指摘する。カオス化する要因は多様なシステムを利用していながら一貫性のない業務プロセスが乱立していたり、「Microsoft Excel」の手入力がプロセス内に存在していたりするといった、既存の業務環境の問題にある。
ハフマン氏は「このような非効率な職場では、従業員の84%が業務に積極的に関わっておらず、20%は会社を信頼していない」とする独自の調査結果を示し、手作業の負担が重いことで職場のモチベーションが下がり、マネジメント側では可視性低下、管理・統一性欠如、リスク増加、人材維持課題などのマイナス要因が総じていると分析する。このような事業継続リスクにつながりかねない現状を打破するには、アナログの世界からデジタル化された「モダンアカウンティング」への転換が必須だと述べた。
コロナ禍以前から抱えていた日本企業の決算をめぐる3つの課題
吉濱氏は日本の財務・経理部門の課題を3つ指摘した。1つは生産性の課題だ。日本は労働生産性で世界34位とされるが*、内訳を見ると標準化や自動化を進めた企業とそうでない企業は、生産性で3倍の差がある。この差を埋めることが日本全体の生産性向上の鍵になる。
注:デービッド・アトキンソン「日本の労働生産性は『韓国以下』世界34位の衝撃」(東洋経済オンライン)。世界銀行の2019年の調査を基にデービッド・アトキンソン氏が独自に集計した数値による。
第2にスピードの課題だ。月次決算の場合、デジタル化を進めた企業とそうでない企業とは「経営判断の速さが約1週間違う」(吉濱氏)。業務処理、タスク進捗(しんちょく)の不透明さ、タスクの待ち時間に改善の余地が30〜40%あるという。最後に、ガバナンス課題がある。2019年の上場企業の不適切会計事例は過去最多(67件)を記録した。海外展開拡大でのガバナンス徹底が追い付いていない状況に加え、経営者や経理担当者の約半数が財務数字になんらかの不安を抱えながら決算を終えている(同社調査より)。IT統制の欠如と手作業の多さが不安の要因と考えられる。
これらの課題はコロナ禍以前からのものだが、コロナ禍における出社制限によって、多くの企業が決算業務の一部をリモートで実施することになった。しかし従来の仕組みをそのまま残した「アナログリモート決算」では、数々の問題が生じて効率や質が低下したケースがある。
吉濱氏は、その典型ケースを「アナログリモート決算」対「デジタルリモート決算」の対比で紹介した。決算のスタートから開示までアナログリモート決算では40日、デジタルリモート決算では25日で完了した例を図示した(図1)。
図1から各プロセスでの作業効率が大きく変わることが分かる。デジタルリモート決算では入力や確認・承認、証憑(しょうひょう)を確保しながら整理仕訳を自動化し、監査法人でも同一プラットフォームを利用するため、現場での資料PDF作成や送信、説明資料の作成の手間がなくなり、監査法人側も漏えいリスクを恐れることなくリモート監査を実現でき、質問や回答に要する時間も節約できる。そのため全体業務が効率化、短期化できるとともに、ミスの発生を抑え、正確性・業務品質の向上が図れるというわけだ。
吉濱氏はその効用を次のようにまとめた。
オンライン決算処理で何が変わるか
- 電子承認や電子帳簿保存法対応の電子証跡により出社不要に
- 監査法人が直接プラットロームにアクセスするのでファイルアップロードが不要
- 海外子会社含めて決算情報が一目瞭然となり、ストレスがなくなる
- 監査側では、資料に直接アクセスできて待ち時間や質問の回数が減る
- 監査法人との情報送受信頻度が少なくなり情報の漏えいリスクが少なくなる
デジタルリモート決算を実現する具体的な4つのステップ
では、このようなデジタルリモート決算を実現するために、どのように現状を改善していけばよいのだろうか。
Excel手入力に代表される、レガシーな手作業の可視化がまず必要だ。可視化できたら業務を標準化し、標準化された作業を自動化していく。まずは本社などのコアとなる部門を中心にこのようなステップを踏んで自動化を進め、最後はグループ全体にデジタル化を広げていくことが、結局は変革の近道になる」(ブラックラインのシニアプロダクトコンサルタントの石川康男氏)
石川氏はBlackLineの機能にひも付けながら4段階のステップを示す(図2)。
第1ステップは、手作業によって属人化した業務から無駄な作業やクオリティーの低い作業を見つけて改善する段階だ。これにはダッシュボードやレポート機能が助けになる。
第2ステップは作業を整理して標準化する段階だ。これにはBlackLineのコア機能である「勘定照合」と「タスク管理」が活用できる。「勘定照合」機能は、残高試算表の勘定科目別残高と、補助簿や明細内訳とを比較して差異を自動的に抽出する機能だ。ERPなど外部システムとデータ連携し、ワークフローに基づいて承認する照合プロセスにより、照合作業が標準化・自動化できる。また決算に関わるタスクは「タスク管理」機能により一元管理可能になり、進捗の可視化と、整合性のとれたワークフローによる効率の改善ができる。この2機能を活用して作業の標準化と一部の自動化が可能になる。
第3ステップは標準化されたプロセスを自動化する段階だ。ここで特に重要なのは、入金消込、グループ会社間取引の突合、POSとクレジットカードの突合、システム間のデータ突合などのさまざまな突合作業を自動化する「マッチング」機能だ。ルールを設定して複数明細を「何百万明細でも瞬時に」自動突合して判定できる。不一致などが判明した場合にのみ、人間が確認や処理を実施すればよい。また「仕訳入力」機能によれば、仕訳入力と確認、証憑の管理、承認プロセスなどが一元的に管理できるようになる。ルールに基づいて証憑書類を管理し、ヒューマンエラーを抑えた仕訳入力自動化が実現可能になる。
最後の第4ステップは、グループ会社全体にデジタルリモート決算を広げるための「統制強化」だ。これには「インターカンパニーハブ(ICH)」機能が役立つ。これはグローバルでグループ全体のデータを一元管理し、統制を一元化するものだ。
吉濱氏は「こうした変革ステップの先にあるのは理想の組織の姿。生産性とスピードを上げ、ガバナンスを強化することにより、リモート決算や監査が実現でき、シェアードサービスセンターへの業務集約や働き方改革、残業削減、決算早期化、経理業務高度化といった主要課題が解決できる。決算を締めるためだけでなく、そのデータを基にした高付加価値かつ未来志向型のビジネスに向かうもの」だとクラウド型決算プラットフォーム活用の意義をまとめた。
なお、同社は2020年7月27日に日本CFO協会やITソリューション・サービスベンダー(合計10社1団体)とともに「リモート決算推進共同宣言」を発表し、2012年3月までに日本企業のリモート決算実現を目指すことを表明している。宣言参加企業と協業し、決算タスクアセスメントや連携ソリューションなどの支援サービスを提供していく構えだ。
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