「行政DXの後れを副業人材で取り戻す」なぜ福山市はデジタル人材を時間も労力も掛けずに採用できるのか
全国の自治体に先駆けて民間人材の登用に取り組んできた福山市。同市は行政のデジタル化の後れに危機感を感じ、民間企業に従事する副業可能なデジタル人材をスピーディーに登用するために、ビズリーチと組んである方策を考えた。
人手不足は官民を問わず、社会の共通課題だ。コロナ禍とテレワーク普及の時流の中で、解決の決めての一つとしてクローズアップされているのが「副業人材」だ。行政機関で副業人材登用の道を初めて切り開いたのが広島県福山市だという。
行政でもDX(デジタルトランスフォーメーション)が強く求められる中、同市はデジタル人材など、地方自治体で不足しがちな専門性の高い人材を民間から積極的に登用している。地方行政に関心を持つ副業人材をもっと効率的に登用できないかと考え、新たな試みを始めた。その取り組みを追った。
「副業でも地方行政に関わりたい」公募で全国から1200人
慢性化する人手不足の解決に、副業人材を活用しようとする動きがさまざまな企業で見られる。行政機関で公募以外に副業として働く民間人材を募集、登用したのは、2018年3月の広島県福山市の事例が最初だという。これは「福山モデル」と呼ばれ注目を浴びたが、同市では副業、民間人材の活用を促進するさらなる取り組みを始めた。
福山市の枝廣直幹市長は「初めて兼業、副業限定で民間人材を公募した時、1〜2人の登用に対して全国から395人の応募があり、最終的にその中から第1期戦略推進マネジャーとして5人を登用した。そのうち4人が現在も福山市政のシニアマネジャーとして関わっている」と明かす。以降、2019年に1人、2020年に2人、2021年1月には2人の副業、民間人材が採用された。
過去4回の募集での合計応募者数は1200人に上る。その半数近くが東京在住の人で、副業で自分の能力を行政組織で発揮したいという強い思いがある人が想定以上にいることが分かったという。
行政デジタル化の後れを人事DXで乗り切る福山市の新たな挑戦
政府は2020年9月のデジタル庁発足に先立ち、行政システムのクラウドシフトなどを積極的に推進し、行政や自治体DX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みを強化している。しかし地方自治体では、財源確保が困難な事情やITの理解が不十分なことなどが重なり、デジタル化が順調に進んでいるとは言い難い状況だ。
これらの課題は総じて、デジタル人材とノウハウ不足に行き着く。特に課題の筆頭である人手不足は行政組織のみならず、日本全体の課題でもある。人材関連会社のビズリーチによると、この2年間でデジタル人材関連の求人は2.5倍に急増しているといい、コロナ禍がさらに拍車を掛けているようだ。
また同社の調査によると、地方自治体においてIT部門の配属人員が5人以下の自治体が全体の3分の2に上るという。地方自治体にはCIO(最高情報責任者)補佐官の任命が義務付けられているが、民間人材登用の割合は総務省調査で2.2%にとどまっている。
その一方で、ビズリーチによる求職者へのアンケート調査では、実に84.1%の人が行政のデジタル化に関連する仕事に興味があり、かつ副業・兼業での関わりを希望している人は43.2%と半数近い。
ビズリーチ社長の多田洋裕氏は、「人材獲得競争が激化するなか、デジタル人材の不足を補うには、副業・兼業での民間人材を登用する福山モデルは有効」だと断言する。
福山市と同社は、市役所内の人材データベースを活用して、副業・民間人材の登用をもっと効率的かつ、スピーディーにできないかと考え、新たな挑戦を始めた。
「人材をもっとスピーディーに登用したい」をかなえる福山市の秘策
挑戦のベースとなるのが、ビズリーチが提供するクラウド型の人材活用プラットフォーム「HRMOS(ハーモス)」だ。人材データベースはさまざまな組織で活用されているが、今回の取り組みの特徴は、市役所内部に副業・民間人材に特化した人材データベースを構築することで、人材登用のスピード化を図るところにある。過去に副業・民間人材の募集に応募した人を対象に、本人の了解を得た上でスキルや経験、評価などの情報を加え、タグ付けした上でクラウド型人材データベースに格納し、人材を必要とする部署で人材検索を可能にする。
枝広市長は「これまではプロジェクトを進めるに当たり、民間人材の発想が必要になる都度、担当部署に特化した専門性を持つ人材を公募してきた。そのたびにさまざまなコストが発生し、相応の時間もかかっていた。今回の取り組みによって、これまで関係性を持った副業・民間人材の情報をデータベースにストックすることで、新たな募集をすることなく、効率的に人材を担当部署に登用できるようになった。今後、さらにデータが蓄積されていくと、人材登用の選択肢はもっと広がるだろう」と述べる。
従来のアナログな人材情報管理では、プロジェクトで必要となるたびに人材を募集し、プロジェクト終了時には名刺情報ほどしか残っておらず、いざ再び人材登用が必要になったときには、再度、公募や選考が必要になるなど、時間と労力がかかる仕組みだった。今回福山市とビズリーチが構築した新たな人材プラットフォームによって、人材登用までの時間短縮が可能になった。
応募者のプロフィールにスキルや評価、希望、実績などをひも付けた人材情報を本人の了承を得て人材データベースに登録する。その情報は市役所内で共有され、専門民間人材が必要になったときに担当部署が閲覧、検索して適切な候補者を選ぶことができる。
一般的な人材データベースは、人材スカウトや公募を行う採用母集団の形成のために求職者データを蓄積するが、福山市では過去に同市の副業・民間人材の公募に応募した人を対象にしているところが一般的なものとは異なる点だ。
当然ながら、人材データベースには高いセキュリティ性が求められるが、クラウドサービスであるHRMOSはオンプレミスのシステムよりも高度なセキュリティを保つことができる点が評価されたという。
備後圏にデジタル化へのチャレンジを広げる「びんごデジタルラボ」
枝廣氏は「これはビズリーチのプラットフォームを利用した副業・民間人材を一元管理し、それぞれの人材の専門性を可視化して登用のスピードを上げる共同研究でもある。ゆくゆくは福山市役所だけにとどまらず、市内の関係機関や備後圏の自治体での活用も視野に入れている」と語る。
懸念しているのは備後圏(福山市、三原市、尾道市、府中市、世羅町、神石高原町、岡山県笠岡市、井原市)の産業のデジタル化の後れである。コロナ禍においてもITの活用意向のない企業が49.8%を占めているという。これに対して福山市が先頭に立ってデジタル化を官民で研究するネットワーク「びんごデジタルラボ」づくりを枝廣氏は提案する。これは自治体のデジタル人材、デジタル関連企業と圏域内企業、各自治体、大学が連携し、行政と産業、地域のデジタル化を促進しようという試みだ。
この試みの一環として、福山市はデジタル関連企業や専門人材との接点拡大を目指した「ふくやまデジタルパートナー制度」を2021年3月25日に開始した。これは同市の各種プロジェクトで接点のあるデジタル関連企業とデジタル専門人材との継続的な関係性構築を目指すもので、デジタルパートナーとして登録するだけでなく、専門的なノウハウやスキル、携わったプロジェクトの成功事例などの情報を蓄積する目的もある。
枝廣氏は、「福山市には市街地や観光地、中山間地域、島嶼部・離島など、日本の縮図ともいえる多様なフィールドがあり、それらのフィールドから得られるデータはデジタルパートナーにとっても有用だ。備後圏域企業とのネットワークである“びんごデジタルラボ”に参加すれば、新技術やサービスの実証実験の場として福山市のリソースを利用できる。福山市のみならず、他の自治体への成功事例の横展開も考えられる」と述べる。
これは副業・民間人材登用の考え方と非常に近い。「プロジェクト単位でデジタル関連企業・人材との接点を持ち、プロジェクト終了後には関係が解消していたが、今後はデジタルパートナーとして関係性を継続したい。将来的には、デジタルパートナーもHRMOSでの管理したい」とのことだ。
デジタル関連の専門人材は今後ますます広い分野で求められるようになるが、専門人材は絶対数が少ないだけでなく、東京など大都市圏に集中しがちであり、デジタル関連企業に偏在していて、全国各地域全てで必要な人員を確保することがさらに難しくなると思われる。その中で、副業・兼業で自分の能力を生かしたいと思う人材を発掘、登用していく仕組みはさらに重要性を増す。福山市の今回の取り組みは地方自治体として、また周辺の産業・生活圏へのデジタル化拡大施策のパイロットケースとなると考えられる。
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