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弁護士が解説する「SaaS利用契約の損害賠償条項」の読み方

SaaSはインフラの保守や環境構築などをサービス事業者に任せることで迅速なビジネスへの取り込みが可能になる一方、事業者側のトラブルが自社のビジネスに影響を及ぼすリスクもある。SaaS事業者と契約を取り交わす際に「損害賠償条項」をどのように読み解けばよいか。

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本記事は2021年3月16日のBUSINESS LAWYERS掲載記事をキーマンズネット編集部が一部編集の上、転載したものです。

Q: 当社では、クラウドサービス(SaaS)の利用を検討しているのですが、クラウドサービス(SaaS)利用契約の損害賠償条項については、どのような点に留意すればよいのでしょうか。

A: クラウドサービス(SaaS)の利用者が、利用契約に基づいて、クラウドサービス(SaaS)事業者に損害賠償を請求する場合には、サービス事業者による債務不履行と損害との間の因果関係を立証することが必要ですが、この立証は必ずしも容易ではありません。そこで、立証を行いやすくするために損害賠償額の予定を定める方法が考えられます。また、クラウドサービス(SaaS)利用契約では、免責条項や責任制限条項が設けられていることが多いため、これらの規定内容に留意する必要があります。

解説

  • 債務不履行に基づく損害賠償
  • 損害賠償額の予定とSLA
  • 免責条項、責任制限条項
  • クラウドサービス(SaaS)事業者が損害賠償条項の修正に応じない場合
  • まとめ

債務不履行に基づく損害賠償

 クラウドサービス(SaaS)の利用者は、クラウドサービス(SaaS)利用契約に明記されているか否かにかかわらず、クラウドサービス(SaaS)事業者の債務不履行(民法415条)に基づいて、損害賠償を請求することができます。債務不履行に基づく損害賠償の範囲については民法416条に規定があり、(1)債務不履行によって通常生ずべき損害について賠償しなければならないこと(民法416条1項)、(2)特別事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、または予見することができた場合には、賠償しなければならないこと(民法416条2項)が規定されています。判例・通説は、(2)の予見の主体を債務者と、また、基準時を不履行時と解しています※1※2

損害賠償額の予定とSLA

 クラウドサービス(SaaS)の利用者が、利用契約に基づいて、サービス事業者に損害賠償請求を行う場合には、利用者が、サービス事業者による債務不履行と損害との間の因果関係を立証することが必要ですが、この立証は必ずしも容易ではありません。

 この立証を行いやすくするために、損害賠償額の予定(民法420条1項)を定めるという方法があります。損害賠償額の予定(民法420条1項)を定めた場合には、行為と損害との間の因果関係を立証することなく、予定した損害額を請求することができます。ただし、損害賠償額の予定について合意した場合には、損害賠償はその予定額に限定されない旨の合意であることを立証しない限り、予定額を超えた部分の損害を請求することはできないと解されています。そのため、損害賠償額の予定を超える部分についても請求をするためには、その旨を契約書に記載しておくことが必要です。

 また、法律上、違約金は損害賠償額の予定と推定されるため(民法420条3項)、同様に、損害賠償は違約金に限定されない旨の合意であることを立証しない限り、違約金を超えた部分の損害を請求することはできないと解されています。そのため、違約金を超える部分についても請求をするためには、その旨を契約書に記載しておくことが必要です。

 損害賠償額の予定を規定する際には、どのような「行為」について、損害賠償額の予定を定めるかを決めることになります。利用者としては、利用者が重要であると考える点に対するサービス事業者の債務不履行について、損害賠償額の予定を定めるのが望ましいと言えます。また、利用者が重要と考える点については、SLA(Service Level Agreement:クラウドサービス(SaaS)に対する利用者側の要求水準と提供者側の運営ルールについて明文化したもの)を定めることが有益です。したがって、利用者としては、重要と考える点について、SLAの項目として規定するとともに、当該SLAに違反した場合における損害賠償額の予定の条項を設けるのが望ましいと言えます。(SLAについては、「クラウドサービス(SaaS)の利用契約においてSLAとして規定すべき項目と留意点」をご参照ください)

免責条項、責任制限条項

 クラウドサービス(SaaS)にはさまざまなものがありますが、一般的には、免責条項や責任制限条項が設けられているものが多いと言えます。

 例えば、通信回線、ソフトウェア、システム等の故障または不具合や、利用者のデータの破棄、紛失等について、一切の責任を負わない旨の免責規定が設けられることがあります。また、損害賠償額の上限を、1年間のサービス利用料等に限定する責任制限条項が設けられることがあります。

 ただし、免責条項や責任制限条項は、故意に契約に違反した場合には、責任の減免は信義則に反し許されないと解されています。また、重過失で契約に違反した場合については争いがありますが、同様に信義則に違反し許されないと解する見解が有力です ※3※4。これに対して、故意または重過失に該当しない場合(軽過失の場合)には、免責条項や責任制限条項は有効であると解されています。

 また、条項自体は有効である場合においても、免責条項や責任制限条項の内容が限定的に解釈され、クラウドサービス(SaaS)事業者の責任が認められることもあり得ます ※5

クラウドサービス(SaaS)事業者が損害賠償条項の修正に応じない場合

 クラウドサービス(SaaS)には、一定の免責条項や責任制限条項を設け、これらの条項の変更には応じないというものも少なくありません。

 利用者としては、当該条項に納得できない場合には、当該クラウドサービス(SaaS)を利用しないことにするのも1つの方法ではあります。

 しかし、サービス事業者は、一律に一定の免責や責任制限を課すことにより、低コストで高品質なサービスが実現できるという面があります。そして、近時、クラウドサービス(SaaS)の利用が進んでいるのは、損害賠償に関する条項を含め、必ずしも利用者にとって満足できる内容とは言えない条項が含まれているものの、利用料から考えて高品質なサービスの提供を受けることができるからであると言えます。

 そのため、利用者としては、損害賠償に関連する条項が、利用者にとって満足できる内容ではない場合には、以下のポイント等を総合的に考慮して、当該クラウドサービス(SaaS)の利用の是非を検討することが重要です。

(1)当該損害賠償条項により生じ得るリスク

(2)当該クラウドサービス(SaaS)が自社にもたらす利益・利便性

(3)当該クラウドサービス(SaaS)を利用しない場合の対応方法(他のクラウドサービス(SaaS)の利用、自社サーバによるソフトウェア利用等)

(4)サービス利用料

(5)その他の契約条項の内容

まとめ

 クラウドサービス(SaaS)の利用者が、利用契約に基づいて、クラウドサービス(SaaS)事業者に損害賠償請求をする場合には、立証を行いやすくするために、損害賠償額の予定を定める方法が考えられます。その際には、利用者としては、まず、クラウドサービス(SaaS)利用契約において規定すべきSLAの項目を検討し、その上で、当該SLAに違反した場合における損害賠償額の予定の条項を設けるのが望ましいと言えます。

 また、損害賠償については、サービス事業者の賠償責任に対する責任制限条項や免責条項が設けられていることが比較的多いので、これらの規定を確認することに留意が必要です。

 さらに、損害賠償に関連する条項が、利用者にとって満足できる内容ではない場合には、当該損害賠償条項により生じ得るリスク、当該クラウドサービス(SaaS)が自社にもたらす利益・利便性等を総合的に考慮して、当該クラウドサービス(SaaS)の利用の是非を検討することが重要です。

編集部注

※1:大審院大正7年8月27日判決・民録24輯1658頁

※2:我妻 榮、有泉 亨、清水 誠、田山 輝明 著『我妻・有泉コンメンタール民法[第6版]—総則・物権・債権—』(日本評論社、2019年)785頁、787頁

※3:潮見佳男 著『プラクティス民法債権総論〔第5版補訂〕』(信山社出版、2020年)170頁

※4:奥田昌道 編『注釈民法(10)債権(1)』(有斐閣、1987年)443頁〔北川善太郎執筆部分〕

※5:東京地裁平成13年9月28日判決は、レンタルサーバ事業者が利用者のデータを消失した事案において、レンタルサーバサービス契約の責任制限条項を限定的に解釈し、レンタルサーバ事業者の責任を認めている

本記事は2021年3月16日掲載のBUSINESS LAWYERS「クラウドサービス(SaaS)利用契約の損害賠償条項に関する留意点と、利用是非の検討ポイント」をキーマンズネット編集部が一部編集の上、転載したものです。

濱野敏彦弁護士 西村あさひ法律事務所 東京事務所

理系の大学・大学院の3年間、AIの基礎技術であるニューラルネットワーク(今のディープラーニング)の研究室に所属し、プログラミング等を行っていたため、AI技術に詳しい。理系のバックグラウンドを活かし、知的財産関連訴訟(特許侵害訴訟、職務発明訴訟、営業秘密侵害訴訟等)、ソフトウェア関連訴訟、知的財産全般、個人情報保護、AI、データ、クラウド、システム、ソフトウェア、量子コンピュータ、テレワーク、情報セキュリティ、OSS、危機管理、コーポレートガバナンス等の分野の法的助言を専門とする。

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