コロナ禍の医療者の激務を軽減 AIで仕分け業務を自動化した信州大学病院の工夫とは
信州大学医学部附属病院はコロナ禍での激務の中、複雑な判断を伴う経理業務をAIで自動化しようと試みた。だが、AIも完璧な判断ができるわけではない。“ある工夫”によってAIを実務利用できるようになったという。
信州大学医学部附属病院は長野県内唯一の大学病院として急性期医療を担う拠点病院だ。コロナ禍では重傷、中等症の患者を受け入れ、コロナ対策における「松本モデル」の中核を担う病院としても機能している。
同院はコロナ禍で激務の中、スタッフの負荷を減らすためにRPAによる自動化プロジェクトを進めてきた。その取り組みの中でAIを取り入れた自動化にも着手し、複雑な判断を伴う経理業務の効率化を実現したという。
だが、同院が「AIは完璧ではない」と言うように、当初は人手による判断をAIで再現することは大きな困難が伴ったという。どのような工夫で乗り切ったのか。信州大学医学部附属病院の白木康浩氏(経営管理課主査)が、AIを活用した経理業務の自動化プロジェクトの舞台裏を語った。
2人で始めたRPAプロジェクトが病院全体に
白木氏は、経理業務の自動化を目標に、2018年からRPAを活用した自動化プロジェクトを主導してきた。初期は白木氏を含めて2人だけの小規模プロジェクトでスタートし、2019年に部分的な業務自動化を開始。2020年には他部署への横展開を進めつつ、院内にRPA推進室を設置し、年間4559時間の時間短縮を達成した。2021年は、病院全体にRPAの利用を拡大すべく取り組んだ。
取り組みの中で、当初の目標としていた経理業務の自動化だけでなく、コロナ対策関連の業務の自動化にも着手して実績を上げた。
「コロナ禍によって病院職員の業務は増えた。PCR検査や抗原検査などの増加が医療者の業務を圧迫しているのに加えて、日々の医療体制や、陽性者数、患者の居場所などの情報を、厚生労働省に毎日報告しなければいけない。このような状況にある医療者、事務担当者の負荷を最小限にするために、RPAを積極的に活用している」(白木氏)
AIは手が届かないと思っていた
白木氏は、RPAを積極的に活用する中で、AIを活用した高度な業務の自動化にも興味を持つようになったという。そのきっかけは、白木氏が2019年のUiPathのイベントで聴講した、早稲田大学の事例だった。
「私が当初から取り組んでいる経理業務の自動化を進めていることに共感を覚えつつ、その先進的な内容に衝撃を受けた」(白木氏)
だが2019年当時、AIによる自動化はかなり困難に見えた。早稲田大の事例も、自前でPython言語やTensorFlowなどのソフトウェアライブラリを駆使しており、とても同院で使いこなせるレベルではなかったという。それらを学習するための時間とコストが、実現を困難に感じさせた。
「かといって、AIが実装された会計ソフトは高額で、汎用性も乏しいのでアイデアの実装が難しいと思えた」(白木氏)
そんな中、UiPathから「AI Center」の説明を受け、白木氏はAI導入の糸口を見つける。
「まずコストの安さに驚いた。従来のAI製品に比べて3分の1程度のコストで始められることが分かった。今回利用した言語学習のモデルだけでなく、画像の分類モデルがすでに用意されており、すぐに利用を開始できる。UiPathのRPAにアクティビティーを追加するだけでAIを実装できるため、既存のRPA資産をそのまま生かせる点にも魅力を感じた」(白木氏)
早速白木氏は、AI Centerの利用によって経理業務の自動化を進化させる取り組みを始めた。
AIは完ぺきではない。精度を上げる「ある工夫」とは
病院の事務には、厚生労働省より定められた「病院会計準則」という取り決めがあり、各病院は同準則に対応した財務諸表を作成する。病院が購入する物品やサービス、取引の全ては、このルールに従って仕訳し、帳簿を作成しなければいけない。
「費目の分類が非常に細かく、医療者が判断することは困難だった。ルールベースで仕訳を自動化するとなると、非常に細かい条件分けを記載しなければいけないため、仕分けの判断を担えるAIがなければ自動化するのは難しい領域だった。AI Centerを導入することで、仕訳の自動化の道が拓けた」(白木氏)
会計監査には仕訳の適正さをチェックする行程が組み込まれており、不適正と判断されれば過去に遡って財務諸表の修正が必要になる。そのため、担当者にとってはプレッシャーがかかる業務だった。
「公務員制度改革の影響で、この業務は非正規職員が担うことが多く、決められた業務時間内に非常に細かい会計コード(勘定科目)の識別をしなければいけない。ここにAIを導入することで、判断の業務を可能な限り少なくすることを目指した」(白木氏)
だが、AIの仕分けも完璧ではない。そこで同院は、ルールベースの処理をAIと組み合わせて仕分けの精度を上げることを試みた。これがブレークスルーのきっかけになった。
部署名、購入物品名、発注先、単価などの情報から、正しいと思われる会計コードを識別する際に「診療に関する経費か、一般の経費か」をルールベースで分類した後に、その物品が「医薬品なのか、ガーゼのような診療材料か、人工呼吸器のような資産計上しなければいけないものか」をAIによって判断させた。
「1本のボールペンを買う場合でも、手術部で買う場合は診療経費の消耗品となるが、総務課や人事部で買う場合は一般管理費の消耗品となる。こうした分類はAIではなく、ルールベースで処理し、仕分けの精度を上げている」(白木氏)
ルールベースの処理においては、Microsoft Accessのクエリを採用した。「AIと違ってルールベースの判断は、絶対に間違いがない。AIは完璧ではないということを実証で感じたため、ルールベースの処理を適切に活用することは、AIの実装化に向けて意味がある」
続いて白木氏は、AI Centerの学習過程を録画したデモンストレーションを共有し、学習の流れを参加者に公開した。学習させるデータをドラッグ&ドロップで設定し、「ML SKILL」として保存するだけで、UiPath Studioからアクティビティーとして呼び出せる。
AIをセットした後、RPAを動かしてAIと連携させるデモも披露した。RPAが病院の会計システムに自動ログインし、類推に用いるデータをCSV出力する。それをAccessに取り込んで、ルールベースとAIによって会計コードを類推し、それを会計システムにアップロードする。これらの一連の操作を自動で行う。「非常に簡単な操作でAIを作成し、RPAに組み込むことができる」(白木氏)
AIは人の小さな判断を減らしてくれるツール
構築したAIモデルの精度は次の通りだ。AIの類推と人間の判断との一致率は76.5%だった。ただしこの中には、人間の判断間違い、財務監査上許容範囲のエラーが含まれており、それらを勘案した正答率は86.2%だった。「これなら十分実装に耐えると判断し、システムに実装した」と白木氏は振り返る。
同氏は、AIのメリットを「人間の判断を減らせるところ」として、AI Centerの導入効果を次のように語る。
「多くの企業と同様に、当院でもRPA導入のKPIが見えにくいことが課題だった。これはRPAのプロセスの間に、人間による小さな判断が必要だったためだと考えている。自動化を進めても人手を開放できず、人材の流動化、最適化を妨げていた。これに対し、人間の判断をAIが担うようになれば、その壁を突破できる。AI導入によって得られた創出時間は、年間123時間程度しかないと推定しているが、本質的な価値は非常に大きい」(白木氏)
今後は管理ツールの「UiPath Orchestrator」を使い、仕分け作業から伝票作成までの業務を自動化する計画だ。
「操作は簡単なので、当院でのRPA研修に、AIのカリキュラムを加えることで利用者を増やしたい」(白木氏)
同院はこれからも、AIの類推精度を高め、経理以外の業務においても自動化を進める構えだ。対象業務の候補の一つに病院の受付作業を挙げた。
「受付の確認は外部の委託業者にお願いしていて、知見が蓄積されにくい。ここにAIを積極的に導入することで、この状況を打破したい。将来的には、外来の混雑予測やそれに基づく検査予約の管理など、患者待ち時間の短縮にもつなげられると思っている」(白木氏)
白木氏は、信州大学病院で作ったAIモデルを他の病院が再利用することも歓迎していると話す。病院会計準則は、全ての病院が用いる共通原則なので、システムに取り込むことで、会計業務のミスを減らし、業務の効率化を図れる。「医師の業務を減らし、働き方改革を進めるためには、看護師などのメディカルスタッフが医師の業務を代替しなければいけない。そうするとスタッフの業務を事務部門が代替することになる。最終的に、事務の仕事は可能な限り自動化しなければいけない。そのために当院のモデルが役立てばうれしい」(白木氏)
白木氏は最後に、「RPA、AIの導入によってデータの持ち方を簡素化し、標準化することは、複雑な診療報酬体系の簡略化にも役立つ。その結果、医療業界全体の改善につながると考えている。当院のAI化の実績とデータを積極的に公開していきたい」と語った。
当記事は、UiPathが開催したオンラインイベント「UiPath AI EXPO 3.0」における信州大学医学部附属病院のセッション「病院事務に対するAI・RPAの適用-病院会計準則に対応した勘定科目の類推・自動化について-」を編集部で再構成した。
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