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小さなHDDなのに30TB? 容量破壊の衝撃技術「MAS-MAMR」とは

HDDの大容量化がさらなる進化を遂げようとしている。新記録技術となる共鳴型マイクロ波アシスト記録(以下、MAS-MAMR)によって、3.5型HDDに30TB超のデータ量を保存できる時代がもう目の前に見えてきた。

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MAS-MAMRって何?

 共鳴型マイクロ波アシスト記録「MAS-MAMR(マス・ママー/Microwave Assisted Magnetic Recording)」とは、従来と同じサイズの磁気ディスク(プラッタ)上に、より高密度にデータを記録するデータ記録方式のことだ。限界を迎えつつあったHDDの記録容量拡大のために開発された技術で、2021年末に東芝、東芝デバイス&ストレージ、昭和電工、TDKの共同で、記録能力の大幅向上を世界に先駆け初めて実証したことを公表した。

HDD大容量化が求められる理由は?

 クラウド化やDX(デジタルトランスフォーメーション)、テレワークの拡大など近年のIT活用領域とデータ量の増大傾向は、データセンターにおける保存データ量の急増につながっている。

 データセンターの新規構築や拡張は続いているものの、消費電力の右肩上がりを抑えながら、ストレージ増強ができるかどうかが懸念ポイントになっている。なかでも施設内で生成されるデータ保管に利用されるニアラインストレージ(オンライン用途とオフライン用途の中間的なストレージ)の容量拡大は、データセンター運営の大きな課題だ。

 HDDは垂直磁気記録方式(PMR:Perpendicular Magnetic Recording)による飛躍的な容量拡大以来、ディスク上の記録スポットを微細化する技術や、ディスクやヘッド、アームを薄くして筐体内に多数のディスクを収める技術が磨かれてきた。現在のところディスク枚数は最大で10枚の実装を実現したが、これ以上の枚数増加は限界に近いと見られている。そのため、1枚あたりに記録できる容量を増やす方向での技術開発に期待が集まっている。

 オンライン用途ではSSDや高速・高信頼なHDDの採用が進み、オフライン用途では高速テープドライブなどが採用される一方で、ニアライン用途を担っているのはもっぱらHDDだ。ニアライン用途のHDDの大容量化はコスト最適に、急増するデータ容量に対応するための最大の課題とも見られている。

HDDの記録方式はどう改善できるのか?

 現在の一般的なHDDの記録方式は、図1のように主磁極と補助磁極を備えた記録ヘッドにより磁界を発生させ、ディスク上の磁性体粒子のS極とN極を反転させてデータ記録する方式だ。


図1 一般的なHDDの構成と記録方式(資料:東芝)

 この方式(CMR:Conventional Magnetic Recording)で、ナノスケールに微細化した磁性体粒子数個分にデータ記録できるヘッドのコンパクト化が競われてきたが、さらなるコンパクト化は記録磁界の弱さにつながり、熱揺らぎと呼ばれる磁界強度の減少が生じて、データを長期間保存できなくなってしまう。より保磁力の高い、熱揺らぎに強い耐性をもつ磁性体を利用する方法は存在するが、そのような材料の磁化方向を反転するには従来よりも大きなエネルギーが必要になる。コンパクト化・微細化と、データ記録状態の安定性、書き換えの容易さは、それぞれがトレードオフになって三すくみのトリレンマになってしまう。

 従来方式では現在のところディスクを10枚実装した20TB容量の製品が登場しているが、ディスク枚数の拡張は間もなく限界になると予想される。なお、同様の記録方式を用いながら、トラックを一部重ねて記録するSMR(瓦記録/Shingled Magnetic Recording)方式による高密度化技術も実用化している。しかしこの方式では書き換えの際に、重なり合ったトラックのデータを一度退避して適切に書き込み直す複雑な処理が必要なため、処理速度の低下に課題がある。アーカイブ用途などのユースケースでは処理速度はさほど問題にならないが、現在以上の高密度化がやはり難しく、技術上の三すくみの問題を根本的に解消することにはつながりにくい。

 この三すくみ状態から脱するために考案されたのが、保磁力の高い磁性体を利用しながら、微小な記録ヘッドによる磁界でも容易に磁化方向の反転が実現できるように、別のエネルギーを加えて記録をアシストする仕組みだ。

 別のエネルギーによって、磁性体の磁化方向が反転しやすい状態にしてから、記録ヘッドで記録磁界をかける。こうすれば、より保磁力の高い、磁化方向が反転しにくい材料でも、弱い磁界でデータの書き換えが可能になり、しかも長期に安定してデータを保つことができるようになる。例えて言えば、堅い材料に熱などのエネルギーを加えて、いったん軟らかくしてから加工するようなイメージだ。加工後はまた堅くなるので、熱が加わったりしても性質が容易に変化することがない。

HAMR方式とMAMR方式

 磁性体を磁気的に軟らかくするためのエネルギーとして本命と考えられているものは2つある。

 一つはレーザーを用いて光でディスクの微細スポットを加熱する方式で、これはHAMR(熱アシスト磁気記録/Heat Assisted Magnetic Recording)方式と呼ばれるものだ。Seagate社が20TB容量の評価用製品を出荷し、それに数倍する容量拡大の可能性を示唆して注目されている。ただし、熱を利用することから材料の劣化が懸念されており、安定したデータ記録の実証に向けて各社が技術開発を進めている方式である。

 もう一つの有力な方式が、MAMR(マイクロ波アシスト記録/Microwave Assisted Magnetic Recording)方式だ。これは記録のための補助エネルギーとしてマイクロ波を使う。マイクロ波は、磁性体のスピン(電子の回転モーメント)状態を一様にそろいやすくし、磁化方向の反転を容易にする。熱アシストのように熱を使わずにデータ記録を助けることができ、信頼性がより高いと考えられている。

 MAMR方式実現のために重要なのが、記録ヘッド内に搭載するスピントルク発振子(STO:Spin Torque Oscillator)で、これがマイクロ波を発生する。東芝は、MAMRの動作原理を応用して、まずは独自開発のスピントルク発振子を用いて記録ヘッドから発生する記録磁界を増大させる方式を考案し、FC-MAMR(Flux Control-MAMR/磁束制御型マイクロ波アシスト記録)方式と名付け、早期の実用化を目指した。この方式を採用し、2021年に18TB容量のニアライン向け3.5型HDDの製品化が実現している。

 しかしFC-MAMR方式のままではさらなる大容量化に制約がある。これを通過点として、さらなる大容量化を目指したのがMAS-MAMR方式の技術開発だ。東芝では、FC-MAMR方式で開発したスピントルク発振子を改めて設計し直し、発振の仕組みを双発振型としたスピントルク発振子を新開発した。この新開発発振子により、マイクロ波を磁性体上の微小なスポットに集中して照射できるようになり、そのスポット内の磁性体のスピンを共鳴させ、主磁極からの磁界でスピン方向を一様にそろえやすくなった。つまり記録ヘッドが発する磁界強度が従来同様でも、保磁力の強い磁性体にデータを容易に記録できるようになったわけだ。この方式はこれまで理論検討が先行し、実証事例がなかったが、このたび初めて大幅な記録能力の向上が実証できた。


図2 エネルギーアシスト方式での高密度記録技術の比較(資料:東芝)

 この実証で、世界で初めてMAS-MAMR方式の効果が明らかになった。実証に際しては、東芝が考案・設計した新しいスピントルク発振子をTDK/Headwayが記録ヘッドに組み込み、昭和電工が磁気記録媒体を新規に開発した。実証では新開発スピントルク発信子がより少ない電流でマイクロ波を発生させ、狙った微細なポイントに正確に照射できることが確認されている。図3に見るように、記録能力は約6デシベル向上した。この結果から、東芝はHDDのトラック幅を従来よりも10ナノメートル以上狭めることが可能になるとしている。ディスク1枚あたりのトラック数が増えれば当然ながら容量拡大が一段と進む。


図3 世界初のMAS-MAMR方式の実証成果(資料:東芝)

 MAS-MAMR方式の実証により、HDDのさらなる大容量化へのもう一つの道筋が見えてきた。HAMR方式の研究開発も、東芝を含め各社が積極的に取り組んでいるため、将来的にどちらが有利な選択となるのかはまだ分からない。東芝の専門技術者によると「MAS-MAMR方式で30TBのHDDを製品化するのが現在の目標だが、それが大容量化の限界とは考えていない」とのことだ。

 限られた筐体スペースの中でディスク枚数を増やすことはもう限界になり、磁性体粒子の微細化や対応するヘッドの小型化もどこかで頭打ちになるだろう。次世代の記録方式がさらなる大容量化の鍵を握る。MAS-MAMR方式やHAMR方式の今後の技術開発と製品化動向には目が離せない。

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