凸版印刷「紙からデータへ」 紙産業「斜陽」時代の事業変革とリスキリング事例
印刷産業の市場規模はピーク時の6割に減少し、今後も縮小が見込まれる。その中で「大蔵省発ベンチャー」だった凸版印刷が「印刷業」から「データビジネス業」への変化に取り組んでいる。イノベーションの中核を担うのは既存の人材を対象としたリスキリングだ。
ビジネスのデジタル化を進めるに当たって、業界のドメイン知識や社内事情に精通したデジタル人材の需要が高まっている。社内人材のデジタルスキルを向上させる「リスキリング」が注目されるが、リスキリングやデジタル人材の育成そのものが目的化してしまうと、ビジネスゴールと乖離(かいり)して本来必要だったはずの効果が得られない。
2022年5月25日に開催された「AWS Summit 2022」で登壇した凸版印刷の柴谷浩毅氏(執行役員DXデザイン事業本部長 ※講演時)が「リスキリングに関する市場動向と成功事例」と題したセミナーの中で「企業変革なくして、リスキリングなし」と語り、同社の取り組みと事業変革の経緯を語った。
リスキリングの定義と難しさ
リスキリングには明確な定義がある。日本においては経済産業省が「第2回 デジタル時代の人材政策に関する検討会」で述べた「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」がそれだ。アマゾン社内でもリスキリングの取り組みは進められており、物流業務の従業員を対象としたITサポートスキルのプログラム「アソシエイトツーテック」や非IT職の従業員を対象としたソフトウェア開発スキルのプログラム「アマゾンテクニカルアカデミー」などがある。同社が「業務の中でスキルアップできる会社」として注目されるゆえんだ。
国内企業でもリスキリングの需要は高い。一方で、リスキリングが目的化してビジネスゴールと乖離(かいり)してしまったり、人事部への丸投げなどで全社的な体制ができなかったり、リスキリングの効果を測定できずに「学んだだけ」で終わってしまったりといった課題から、本来の目的であった「自社のビジネス知識を持つ人材によるビジネス変革」を達成するのが難しくなりがちだという。凸版印刷はこれらの課題に「ビジネス部門の経営層による、リスキリングへの深い関与」で対応した。
紙メディア苦境時代に挑む「大蔵省発」の老舗
凸版印刷は2022年に創業122年を迎える老舗の総合印刷企業だ。もともとは大蔵省印刷局にいた技術者がスピンアウトして立ち上げたベンチャー企業で、現在は印刷テクノロジーをベースとした情報やエレクトロニクス事業を展開する。
同社は前述の通り印刷業をルーツとするが、紙媒体の市場は1991年をピークに減少が続く。経済産業省が発表した調査結果によれば、2019年時点で印刷産業の出荷額はピーク時の6割程度だ。今後も続落が見込まれるため、同社は事業を大幅に見直す必要に迫られた。
凸版印刷は2021年に公表した中期計画で「海外生活系」「フロンティア」「DX」を重点事業に位置付け、特にDX事業は2026年3月期の全社営業利益の3割を占める構成を目指すとした。
柴谷氏は「印刷会社ではなく『情報加工産業』としてDXを推進する」と強調する。印刷事業の周辺には顧客の原稿作成支援やDMを発送する際のデータ処理、印刷物の配送管理といった情報加工業務が存在する。それらバックエンドオペレーションのノウハウをデジタル技術と組み合わせた新規事業を開拓していくという。
「デジタルの技術を使ったり、データを活用したりすることを目的にしているわけではない。それはあくまでも手段であって、やらなければならないのはデジタルの時代に合うようにビジネスや業務を変えることだ。目的と手段を間違えないように事業全体を作り変える取り組みをしている」(柴谷氏)
同社はDX領域の新規事業として、自治体のリソース不足を補う行政事務センターの運営「デジタルガバメントビジネス」や、製造、流通、物流それぞれで分断されていたデータをつなげて業界全体でムダの削減を目指す「製造〜流通サプライチェーン関連ビジネス」、アバターの認証やデジタルワールドの基盤機能等を提供する「メタバース関連ビジネス」などを展開。デジタル時代の先行きを見据えている。
AWS認定取得を中核に。変革を支えるリスキリングの体制
挑戦的な事業開発には、従業員のリスキリングが欠かせない。重要な役割を担ったのは2020年に新設されたDXデザイン事業部だ。各事業部で組成されたDX関連部門を集約/統合して人材の要件とスキルレベルを策定し、人材育成の方向性を決定した。現状人員の把握や必要人員は本社の技術戦略室による「技術スキル調査」をもとに割り出し、基礎知識教育のようなプログラムは本社の技術開発センターで設定する、という連携体制を取った。
同事業部は必要なスキルレベルと要件によって従業員をカテゴリー分けし、それぞれに教育プログラムを設定した。このプログラムでは、AWSの認定資格取得を中核に取り入れている。
AWSの認定資格プログラムを取り入れた理由について、柴谷氏は「これからのDXビジネスにはパブリッククラウド抜きには考えられない」と述べる。同社はデータセンターを保有しているが、今後の事業創出や規模拡大を見込む中でAWSの活用を重視しているという。その重要性は従業員も強く認識しており、教育プログラムへの参加者は事業部の予想を超える1602名にのぼった。3月には認定資格取得者1000名を達成した。リスキリングの結果、従業員からは「ビジネスでAWSを活用しようという機運が高まった」「技術的知識が底上げされ、用語・概念の共通理解でディスカッションが活発化した」といった意見が寄せられた。
トップの発信力が鍵を握る。育った人材が活躍できる場として全ての現場環境を整える
「リスキリングは重要な要素のひとつではあるが、その人たちをどういう環境に入れていくのか、方針と制度、マインドに訴えかける仕組み等を含めて、総合的にトップが旗を振る中で全社的にコミットを進めている」(柴谷氏)
同社ではトップが一貫して「変革」「挑戦」「DX」を明確に発信した。さらに組織と制度改革、人材戦略、投資と経費予算の確保、管理と評価指標の運用といった施策を通じて、リスキリングの成果がビジネスに直結する環境づくりを整えていった。
「活躍できる場を特別に作ろうとはしていない。日々の業務対応で大胆に業務改革を推進し、全ての現場を活躍できる場にしていかなければならない」と柴谷氏は強調する。現場からの変化を引き出せるよう、オフィス改革やオープンイノベーション等の施策も取り入れている。
「成功要因の一番大きな点は、事業の変革に対する経営者のコミットメントを従業員全員が正しく理解して、次の方向に進んでいったという点だと思う」と岩田氏は述べる。リスキリングの重要性が高まる中、企業は自社の体制をも変革する必要に迫られている。
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