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クレディセゾン役員と老舗企業社長が対談 独裁政権から“立憲制”に変えたSlack活用法とは

クレディセゾン専務と「おにぎりせんべい」で知られるお菓子メーカーのマスヤグループ本社社長が、組織変革とコミュニケーションをテーマに、それぞれの改革論を語り合った。

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 ビジネスチャットはコミュニケーションの活性化にとどまらず、時に企業文化の変革にも寄与する。クレディセゾンの小野和俊氏(専務執行役員)と、マスヤグループ本社の浜田吉司(代表取締役社長)が、コミュニケーションを通じた企業文化変革への取り組みとその生々しい過程を語った。

本稿はオンラインセミナー「Slack Frontiers Japan」(主催:Slack、Salesforce)におけるパネルディスカッション「カルチャー変革を実現する組織と仕組みの作り方」を基に編集部で再構成した。


左から齋藤梨沙氏(セールスフォース・ジャパン)、小野和俊氏(クレディセゾン)、浜田吉司氏(マスヤグループ本社)

“王様の支配”に恐れる従業員 絶対王政時代のような企業文化

 マスヤグループ本社は、伊勢市の「おにぎりせんべい」などで知られる食品メーカーだ。現在、グループ10社と従業員500人を擁する。浜田氏は同社の創設当時の企業文化について次のように振り返る。

 「私は先代のオーナーから経営を引き継ぎましたが、当社はオーナー経営で、当時はトップダウンによる管理統制型の文化でした。社長は王様のように全てに采配をふるい、従業員は“王様”を怖がっているようにも見えました。事業が拡大するにつれてそうした昭和文化に限界を感じ、理念に基づく経営に転換しようと考えたのです。経営理念を確立したのが2008年のことでした。まるで、『王政』から『立憲制』に切り替わったかのような変化が社内に生まれました。そして現在は、立憲制から自律分散型の文化に変わろうとしています」

 クレディセゾンの専務CTO兼CIOを務める小野和俊氏は、アプレッソでシステム統合ツール「DataSpider Servista」の企画・開発に携わり、その後セゾン情報システムズの常務CTOを経て、2019年から現職。クレディセゾンはクレジットカードやローン事業を主とした従業員約4300人の金融会社だ。現在、「Slack」の導入によって企業カルチャーの変革を進めているところだ。小野氏は変革前の状況についてこう語った。

 「ベンチャー企業として経営していた時からSlackを利用していました。前職のセゾン情報システムズでは『HULFT』などのパッケージ開発事業やファイナンス関連事業、流通関連事業、データセンター事業など複数の事業が併走し、システムは動いて当たり前、問題が起こると責任を問われる文化でした。つまり、事故が起こらないように“守り”を重視する文化があり、結果的にそれがセクショナリズムを生んでいました」

 「隣の部署は別の会社」と平然と言う従業員もいて、部署の定例会では他部署の批判で盛り上がることもあったという。同社の社長もそれを問題視して改善しようとはしていた。

部門間コミュニケーションを活発化させたのは「1杯のコーヒー」

 クレディセゾンはこうした文化を改革するために、2つの取り組みを実施した。一つは改革を拒絶する従業員と対話を重ねることで理解を深めること。もう一つは経営理念を確立後に人材を増やしたことだ。理念経営を当然のこととする人が増えると、組織全体も変化する。この2つの変化がカルチャー変化の中身だ。

 「セゾン情報システムズ時代には、隣の部署に関心のない人がいる一方で、同じ仲間として交流したいと思う人もいました。そう思う人同士が交流できるように、金曜日の業務後に経費でケータリングやビールを用意して雑談できる場を用意したのです。そこには他部署と交流を持ちたい内圧の高い従業員が集まり、お互いの事業についてそれぞれが話し合っていました。そしてその会に来た人にSlackのアカウントを配布し、リアルとデジタルコミュニケーションを連動させたのです。この取り組みによって、他部門の仕事内容を互いに知り、リスペクトし合う文化が醸成されました」(小野氏)

 その直後にクレディセゾンはオフィスを移転した。新しいオフィスでは、交流の場を設けようとオフィスにバリスタ2人を常駐させて販売価格700円のコーヒーを100円で提供した。従業員に人気のサービスとなり、かなりの行列ができたという。ハンドドリップで時間をかけてコーヒーをいれる間、目の前でさまざまな部門の定例ミーティングを大型スクリーンに映していた。コーヒーを待つ間に知らない部門の会議を見聞でき、そこで交流のチャンスが生まれる。

 また、原則として従業員同士だけでの会議は禁止とした。会議をオープンスペースで行うようにし、「どんな人がどんな活動をしているのか」などの情報が他部門とも共有できるようにした。この流れは、Slackなどのデジタルコミュニケーションにも広がり、リアルとバーチャルが連動して変革が進んでいった。

心理的安全性を確保しながらも情報共有を活発化するには?

 マスヤグループは理念経営の次の形態として自律分散経営を目指しているところだ。そこで前提となるのが「情報共有」だ。それには経営情報と現場情報の「見える化」と「分かる化」が必要だ。従業員が全社の情報全てを把握するのには限界があるが、知りたいと思ったことを知ることができる環境をつくることが重要だ。浜田氏は、そこでSlackが生きてくるという。

 「日々の仕事で心掛けているのは『ちょい見』です。やりとりの多いSlackチャンネルでもほとんどは見るだけで、たまにスタンプを送ったり、ごくまれにコメントしたりする程度です。コメントをするときは上から目線にならないよう、また介入し過ぎないように気を付けています。従業員に『思ったことをここで書かない方がいいのかな』と思わせてはいけません。これが、私の現場情報の『見える化』と『分かる化』の習慣です」(浜田氏)

 クレディセゾンでも心理的安全性に対して何年も前から取り組んでいる。言うべきことを伝えることは、多様な価値観がぶつかり合うことでもある。全てが平和ではなく、時には対立することもある。

 そこで同社が工夫したのが、Googleが提唱する「HRT」(Humility:謙虚、Respect:尊敬、Trust:信頼、の頭文字を取った言葉)だ。何でも発言していいが、HRTの原則だけは守ることを徹底したという。

 クレディセゾンでもSlackを利用しているが、そこには非アクティブなアカウントが多く、オープンチャンネルを設けても部外から人が入ってこれない運用も目立っていた。しかし、ベンチャー出身の従業員はカスタムリアク文字などSlackに使い慣れた人が多く、その人達が従業員の行動を変革するきっかけとなったという。

 ある時、エンジニア部門に入社した人がWebサイトのパフォーマンスを測定する中で問題を発見し、「何かバッチが走っていてパフォーマンスが落ちているのではないか」とチャンネルに投稿した。投稿日時やチャンネルの選び方が不適切だったことから、それが、社内に波紋を引き起こした。その投稿に気付いたWebサイト運営チームが原因を探り、改善につなげることができた。売り上げに直結するWeサイトだったこともあり、これが部門間での意見の言い合いによる成功体験となった。こうした成功体験の重なりがカルチャー変革の要因となった。

 浜田氏は、マスヤグループでは以前は別のコミュニケーションツールを使っていたという。タスク管理機能など管理側には便利だったが、管理される側としては恐怖でしかなかった。また、既読件数が分かるツールだったが、発信者にとっては既読件数の少なさやリアクションのなさが悩みになり、投稿を読む側も「すぐに読まなければ」とストレスを感じていたという。「Slackにはそうした機能はなく、心理的安全性が考慮されている」と浜田氏はツールに対する印象を語る。

Slack導入効果は新しい気付きや「見える化」「分かる化」への貢献

 小野氏は「システム投資は2つに分けて考えています。一つはROIのように投資に対してリターンを求めるという定量的に考える領域で、もう一つは直感的に判断する定性的な領域です」と語り、次のように続けた。

 「Slackは後者の領域に入ります。経営会議で、社内に存在する4000ものSlackアカウントにおいてコミュニケーション時間の短縮効果を分析しました。しかし、ROIは効果の一つに過ぎません。重要なのは、そこで新しい気付きが生まれて改善につながることです。一人一人の気付きを集めて従業員全員の知の総和を求めるのが現代の経営なのです」

 これに対して浜田氏は「当社は定量的な成果は望んでいません。“バッドニュースファースト”を心掛け、悪い情報をいち早く入手できることを評価しています。それが情報の『見える化』『分かる化』なのです」とコメントする。

 最後に、両氏は次のようにアドバイスを送った。

 「時代の変化に追い付けない企業は淘汰(とうた)されます。それにはカルチャー変革が必要で、起点となるのはトップのマインドセットです。中小企業オーナー経営が多いですが、経営者は自分で全てを支配するのではなく、経営理念に基づく経営と自律的な組織へと導く責任があります。勇気と覚悟をもって取り組んでいただきたいです」(浜田氏)

 小野氏は「『DXは今までのやり方を破壊する』という考えを持つ人がいますが、それは良くない考え方です。今までの良さを認めながらも、新しいものに取り組むことが重要です」とコメントした。

 Slackのようなコミュニケーションツールに対して「ウチは経営陣に理解がないから導入は難しい」「中間管理職が抵抗する」と難色を示す組織もある。そう考えている時点で、遠回りの道を選択していることに気付くべきだ。過去のものを否定せず、時代に即した考え方を柔軟に取り入れる姿勢がカルチャー変革には必要だ。

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