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【不正事例で分かる】経費不正検知サービスの特徴と活用メリット、導入の留意点

従業員による経費申請の内容に捏造(架空経費)や使途偽装、水増し、多重申請などの不正がないかどうかのチェックをAIが支援する「AI経費不正検知サービス」。サービスが必要とされる背景や主な機能、活用メリット、導入/運用時の留意点などを紹介する。

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 従業員などが立替払いした経費を企業が精算する経費精算業務では、申請内容に不正や社内規定への違反などがないかどうかのチェックを実施する。経費精算の件数は企業規模に応じて増え、大企業では膨大な件数のチェックが発生するため、これをいかに効率化しながら不正や申請の誤りを発見/防止するかが経理業務のDX(デジタルトランスフォーメーション)におけるテーマの1つになっている。解決策として注目を集めているのがAI(人工知能)経費不正検知サービスだ。

 本稿では、経費精算業務の効率化や経理不正のチェック/防止などに課題を感じている企業に向けて、AI経費不正検知サービスが必要とされる背景とサービスの概要、主な機能、活用メリット、導入/運用時の留意点などを紹介する。AI経費精査サービス「SAPPHIRE(サファイア)」を提供するMiletos(ミレトス) 代表取締役社長 兼 CEOの朝賀拓視氏に聞いた。

経理や財務担当者の多くが不正リスクを認識

 従業員が社内外で起こす不正や不祥事が企業の評判や価値を毀損(きそん)するレピュテーションリスクを低減すべく、ガバナンス強化に力を入れる企業が増えている。しかし、それでも収まる気配のない企業不正の1つが「経費不正」だ。

 経費申請業務に携わっている担当者は、そのリスクを肌で感じているようだ。経費精算サービスなどを提供するコンカーと日本CFO協会が、日本企業で経費申請の支払を承認する経理/財務担当者に対して2021年に実施した経費不正に関するアンケート調査(サンプル数:179)では、経費精算に関して「不正のリスクを感じる」という回答が73%を占めた。もちろん、このリスク意識には根拠があり、約7割の回答者が「実際に経費精算の不正を見つけたことがある」と答えている(注1)。

注1 『【コンカー「経費精算における不正リスク」実態調査】経費精算申請の不正 「見つけたことがある」約7割』(コンカー)

経費不正の例 月間数千万円を過払いする企業も

 経費不正の内容によっては詐欺罪や業務上横領罪、私文書偽造罪などに問われることがある。

 経費不正の手口は、実際には発生していない支出を捏造して会社に経費として申請する「架空請求」や、業務と無関係な出費を経費として申請する「使途偽装」、領収書を書き換えるなどして実際よりも過大な額を申請する「経費水増し」、1件の支出を複数回の支出に偽装して申請する「多重請求」などさまざまである。

 以下は、企業で実際に起きた不正の例だ。

  • 深夜残業から帰宅するための交通費として経費申請されたタクシー代が、実は深夜残業とは無関係だったケースが多数見つかった
  • 月間数百万円の規模で出張手当を不正に申請していた
  • 全日の出張申請が出されていたが、実際に出張先に行ったのは午後からだった
  • 3日間の出張手当が申請されていたが、実は1日で帰宅していた。あるいは出張が取りやめになっていた

 どれだけの金額が不正な申請に支払われているかは企業規模(従業員数)や業種などによって異なるが、従業員数が1万人を超える企業で月間数千万円の過払い可能性が見つかったケースもあるという。

経費精算システムの限界

 こうした不正は件数が多い企業ほど見逃しやすくなり、チェック工数も掛かる。従業員数が1000人未満の企業では、経理担当者が月末などに手分けして一斉にチェックできる。

 しかし、それ以上の規模になると経理業務と兼業で実施できるボリュームではなくなり、2000人規模では専任のチェック担当者を置くようになる。1万人規模を超える企業では、経費申請の確認や領収書との照合などを専任で実施する担当者を5〜10名置くケースも珍しくない。経費チェックのためだけにそれだけの人的コストが投じられている。

 効率化を目的に、「SAP Concur」など主要な経費精算システムのアドインとして提供されている不正検知ツールを利用している企業もあるだろう。このタイプのツールの多くは、経費精算システムのデータに対して、「物品購入経費の申請では領収書と使途説明の添付が必要」「日中にタクシーを使えるのは○○職以上で、経費申請時は領収書と使途説明の提出が必要」「会議費は1人○○円まで」といった社内規定に従ってチェックする機能を提供している。

 しかし、経費精算システムが持つデータと社内規定だけで実施できる不正チェックには限界がある。

 「接待費として申請されたこの出費は、本当に接待に使われたのか?」「この出張手当申請の内容に間違いはないか?」「この深夜タクシー代は本当に深夜残業からの帰宅に使われたのか?」といったことを確認するためには、経費精算システムと領収書などのデータ、勤怠管理システムや営業支援システムの案件管理データ、営業日報、営業車のドライブレコーダー(安全記録システム)に蓄積されたGPSデータ、さらには第三者機関が提供するキャッシュレス決済情報や乗換情報など、さまざまなデータと組み合わせた複雑なクロスチェックが必要で、人手で実施するのは現実的でない。

AI不正検知の概要

 人に代わって効率的かつ高い精度で複雑なクロスチェックをするサービスがAI経費不正検知サービスだ。国内ではMiletosなどが提供しているほか、海外では「AppZen」(アップゼン)、「Oversight」(オーバーサイト)などのサービスが知られており、Fortune 100企業をはじめとする大手企業を中心に導入社数を増やしている。以下にMiletosの「SAPPHIRE」を例にとり、AI経費不正検知サービスの概要や主な不正チェック機能を紹介する。

 SAPPHIREの場合、下図のように統計学的分析を行うエンジンや機械学習アルゴリズム、自然言語処理エンジン、独自に収集したさまざまなデータによってAIエンジンが構成される。


図1 SAPPHIREのプラットフォーム(提供:Miletos)

 このAIエンジンに、経費精算データや領収書などの画像データ、勤怠システムのデータ、キャッシュレス決済やクレジットカードの利用履歴など社外のデータ、GPSデータ、そして社内規定などを取り込み分析する。

 分析の方法はさまざまで、対象データごとに多様な機械学習アルゴリズムが使われる他、統計学的な分析により「この従業員は異常値が多い」といった傾向を見つけたり、自然言語分析によって「ゴルフ」などの交際費系のキーワードや「議員」など公務員との会合と思われるキーワードを拾って倫理規定などに反した接待をしていないかといったチェックをしたりする。

 分析の結果はレポートやダッシュボードの形式で出力して経理担当者などが確認できる他、分析結果に基づく申請承認なども自動化できる。


図2 分析結果のサマリ画面(提供:Miletos、画面改修中のためイメージ画像)

AIが検知できる不正

 AI経費不正検知サービスでは、具体的にどのような不正をチェックできるのか。SAPPHIREの場合、「経費不正」「不適切経費」「不適切申請」のチェック機能を提供しており、それぞれ下表の機能などを標準で利用提供する。

【経費不正チェック】 【不適切経費チェック】 【不適切申請チェック】
・同一支払いの重複申請
・出張エリア以外の近郊交通費利用
・出張エリア以外の店舗での経費利用
・利用拠点と一致しない出張費申請
・規定と異なる日程申請
不自然に高額な経費利用
・出勤日以外の経費利用
・不適切店舗の利用
・二次会での経費利用
・虚偽の深夜残業によるタクシー利用
・不自然な金額のタクシー代申請
・不自然な金額の電車代申請
・人数を水増しした会議費/交際費申請
・領収書を分割した会議費/交際費申請
・カード加盟店での現金利用
・申請期限を超過した経費申請
・多頻度利用店舗
・経費利用額累計の高い申請者
SAPPHIREに標準で備わる不正チェック機能

 「同一支払いの重複申請」については、過去に同一の申請をしていないかどうかを、当該従業員の過去の申請履歴を遡って確認する他、他の従業員が同じ内容の申請をしていないかどうかもチェックする。

 「出張エリア以外の近郊交通費利用」など出張に関連した交通費や経費の不正については、その従業員が当該期間中に実際にどこにいたかのロケーションデータや他の従業員の申請、営業日報などと組み合わせてチェックする。「名古屋で利用した交通費の申請が上がっている」といった齟齬(そご)が分かる。

 「不適切店舗の利用」とは、社内規定で禁じられている接待飲食店や風俗店の接待利用がないかどうかをチェックするものだ。SAPPHIREは全国の接待飲食店や風俗店の営業情報を独自に収集した不適切店舗データベース(通称:ピンクDB)を備えており、同DBと経費申請データのクロスチェックにより不適切店舗の利用がないかどうかを確認する。これらの店舗は領収書に店舗名が記載されないケースが多いが、発行元の住所や電話番号なども含めて分析することで利用が判明するケースも少なくない。


図3 不適切店舗の利用を可視化(提供:Miletos、画面改修中のためイメージ画像)

図4 不適切店舗の利用としてリスク検知した経費データ一覧(提供:Miletos、画面改修中のためイメージ画像)

 「虚偽の深夜残業によるタクシー利用」に関しては、領収書と入退館データ、勤務データなどのクロスチェックで確認する。深夜残業によるタクシー代を申請した従業員の入退館データや勤務データを確認したところ、定時の18時に退館した社外でのミーティングもなく帰宅していたケースがあったという。

 「不自然な金額のタクシー代申請」に関しては、地理情報(出発地と目的地)を基にタクシー代を推定するロジックでチェックする。同じ目的地に行く場合でも走行ルートや渋滞状況によって料金が上下するため、ある程度の幅を持たせて判定し、標準偏差を大きく超える場合にアラートを出すといったことをしている。

 「人数を水増しした会議費/交際費申請」とは、例えば「ディナー料金が1人平均2.5万円のレストランで2人で食事した代金を会議費で落とすために、プロジェクトチームの10人で飲食したことにして申請する」といったものが考えられる。SAPPHIREでは、飲食店のランチ/ディナーの価格帯を収集した独自の飲食店データベースと経費申請データをクロスチェックしており、標準偏差から外れた会議費/交際費があればアラートを出す。

 一方、「領収書を分割した会議費/交際費申請」に関しては、同じ日に同一の店舗で複数の会食の経費申請があった際にアラートを上げる他、クレジットカードが使える店舗で現金払いをしている場合はクレジットカード会社から決済リストを入手して裏取りするといったこともしている。

AI不正検知のセキュリティ

 AI経費不正検知サービスでは、企業が持つさまざまなデータを分析に使うことから、セキュリティ面で不安を感じる担当者もいるだろう。

 SAPPHIREの場合、顧客企業ごとに機械学習や分析で使うデータベースを隔離している。そのため、自社のデータが他社用AIの学習で使われる心配はない。経費精算データなど他システムから取得したデータは全て暗号化しており、Miletos自身もISMS認証を取得している他、顧客ごとのセキュリティポリシーに基づくシステムチェックも通過している。

 個人情報の扱いも気になるところだ。SAPPHIREの場合、個人を特定できないような形式でデータの提供を受けて分析し、ユーザー企業の経理担当者などが見るレポートやダッシュボードで個人とひも付けた分析結果を確認できるようになっている。

AI不正検知の導入メリット

 AI経費不正検知サービスの活用で得られる最大のメリットの1つは、経費チェックにかかる手間や工数の削減だ。SAPPHIREの場合、いずれの企業も7〜8割の削減を実現している。

 企業によって大きく異なるのは、不正の検知率だ。これまで経費チェックが甘かった企業で「申請される経費の1割程度が怪しい」という結果が出るケースもあれば、多くの人手をかけて厳密な経費チェックをしてきた企業ではほとんど見つからないこともある。

 これらを踏まえると、導入効果を図るうえで指標となるのは、これまで多数の手間と工数をかけてきた経費チェックの業務を、AIでどこまで代替できるか。それによってどのようなメリットが得られるかという点になるだろう。

 働き手不足が深刻化する今日、どの企業も経費チェックに多くの人手を割く余裕はない。経理部門でも世代交代が進む中、経費チェックのような地道な業務を新卒などの若手社員に任せた場合、モチベーション低下や離職を招くリスクもある。

 経費チェックも含めた経理業務を海外にアウトソーシングする企業もあるが、昨今はコロナ禍や紛争などの影響により、外注先の人手による業務が大きく遅滞することも珍しくない。海外の人件費高騰や円安の進行により、もはや海外に出すコストメリットも失われつつある。

 それならば、社内外の人手に頼ってきた経費チェックの業務を進化が著しいAIで代替し、貴重な経理人材をESGやSDGsなど企業価値向上につながる業務や、人が本来やるべき業務に注力させられることをメリットとして追求するのが合理的と言える。

AI不正検知の導入、運用の注意点

 AI経費不正検知サービスは、企業/業種によって向き不向きがある。不向きの代表例は、経費の使用が少ない企業/業種だ。反対に、従業員が活発に動いて商品を販売している企業/業種は活動に伴って多額の費用が発生するため、経費チェックを徹底したほうが良いと言える。

 次に導入/運用に関する留意点だが、SAPPHIREの例でも分かるように、企業によってAI経費不正検知サービスが連携する経費精算システムや勤怠管理システムなどは異なる。SAPPHIREの場合、最初はMiletosのコンサルタントがシステムやデータ、業務の実態を子細に調査し、その企業が希望する経費チェックを実現するにはどのような連携や分析が必要かを明らかにした上で設計、導入する。

 導入後はデータの取り込み方や分析の仕方、機械学習のチューニングなどを通じてAIエンジンの精度を高めていく他、年度ごとの組織や人事、社内規定、連携先システムなどの変更に応じてSAPPHIRE側でもコンフィグの変更が必要になる。

 このように導入から運用のフェーズを通じて多くの開発が発生し、その分のコストがかかる。そのため、中小企業が単純なコスト削減効果だけを期待すると導入、運用費用が上回る可能性があるので注意されたい。

AI不正検知の事例

 最後にSAPPHIREを例にとり、AI不正検知サービスの導入事例を紹介する。同サービスは大手企業を中心にさまざまな業界で活用が進むが、その1つが保険業界だ。

 保険業界も人が商品の販売で活発に活動するため、経費不正に目配りが必要な業界だ。各社とも不正防止のための経費チェックに多くの人手と工数をかけているが、ある保険会社はSAPPHIREの導入によってそれらを大幅に削減した。

 加えて、同社はSAPPHIREの導入に伴って業務フローも変更。これまで上長が担っていた経費チェックも兼ねた承認の9割を廃止して管理職の負担を大きく軽減したほか、経理部門の経費チェックの工数も約4分の1に減らしたという。

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