SAPが推奨する「ERPの価値を最大化するクラウドシフト方法2選」
前回までの連載で、クラウドERPのメリットを感じていただけたかと思います。そこで本稿では、クラウドシフトをビジネスモデルを再構築する好機にする考え方や、クラウドERP導入後にその価値を最大化する方法を紹介します。
連載第1回と第2回で、クラウドERPのメリットを感じていただけたかと思います。ただ、導入を決定するためには、経営層や社内関係者にもメリットを正しく伝え、納得感を持ってもらうことが重要です。
そこで本稿では、クラウドシフトをビジネスモデル再構築の好機にする考え方を解説します。そして、クラウドERPを導入するだけでなく、効果を最大限発揮するための方法を2パターン紹介します。
著者プロフィール:塚越亜紀(SAPジャパン クラウドサクセスサービス事業本部)
大学卒業後、新卒でSAPジャパン入社。会計コンサルタントとしてグローバルでのグループ会社展開含め多数のERP導入プロジェクトに関わる。
2015年よりSAP S/4HANA移行関連サービスの推進役としてセミナー対応や実際の移行プロジェクトに携わり、現在はS/4HANA移行サービスデリバリーチームマネージャーを務める。
ERPのクラウドシフトを好機と捉える
現在オンプレERPを利用している企業は、ERPで業務を円滑にまわすため、長い年月をかけてシステム作り込んでいることが多いです。しかし、10年以上前の業務に合わせて作りこんだERPが、現状の業務に適応しづらくなっていることがあります。また、新しいニーズに合わせてシステムを拡張したくても、アドオンへの影響を把握しきれず対応できないこともあります。
企業の基幹業務をつかさどるERPは当然安定性が求められます。しかし変化が激しい世の中で、そのようなERPで新規ビジネスモデルへの対応や、CO2排出量削減や廃棄物の減少といった新たな社会的要請に対応できるでしょうか。
ERPに危機感を抱いている経営層の方々にとってクラウドERPへの移行は、世の中の変化に対する対応力を向上させることへの期待が大きいです。移行を好機と捉え、ビジネス本来の目的に向かって企業活動をデザインしなおす「BPR」(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)や「業務プロセスの標準化」を目指すケースが増えています。
クラウドERPには「ベストプラクティス」と呼ばれる標準的な業務プロセスが組み込まれています。そのため、徹底的に業務内容をERPの標準機能に寄せる「Fit to Standard」の考え方で業務プロセスを再検討することが、クラウドシフト成功の秘訣です。その際は、標準プロセスでは対応できない差分要件を慎重に見極め、優先度の高いものだけに対応するアプローチが求められます。
結果としてプロジェクト期間を大幅に短縮できるだけでなく、標準機能に沿って業務が実行されアドオンは最小限となります。アップグレードに必要な手間が少なくなり、次々にリリースされるクラウドERPの新機能に追随できる状態になります。第2回でも重要性が語られた「継続的にシステム改善をできるERP」への近道です。
他方、長い年月をかけ企業の業務に最適化している既存のERPが、作りこんだアドオンも含め貴重な資産だという考えもあります。そのようなケースでは、既存のオンプレERPの設定やマスター、データなどを引き継いで「S/4HANA Cloud」へ移行することも可能です。ただしこの場合、クラウドに移行して満足するのでは意味がなく、クラウドERPを活用して継続的に業務を改善できる体制を構築することが、価値を出す重要な観点となります。
クラウドERPの価値を最大化する移行とは
クラウドERPの価値を最大化するため、特に重要なことは「マインドセットの変革」です。そのため、SAPでは導入開始時のオンボーディングガイドなどを提供しています。
また、クラウドの特徴を十分に理解した上で導入プロジェクトを推進することが重要なため、「SAP Activate」という導入方法論に沿って導入を推進します
最も特徴的な点は、前段にも述べたFit to Standardによる徹底的なソリューション標準化に向けた、業務プロセスの再検討です。成功させるためには経営トップからの強いメッセージとチェンジマネジメントが重要です。
外部インタフェースなど、標準プロセスでは対応できない優先度の高い差分要件を開発する際は、「SAP S/4HANA」の「In-App拡張」とSAP Business Technology Platformの「Side-by-Side拡張」を適切に使い分けることが重要となります。
In-App拡張は、SAP S/4HANAに標準で用意された機能を用いた拡張方法で、アップグレードの影響を受けません。Side-by-Side拡張は、柔軟で豊富な開発・実行基盤をクラウドで利用でき、SAP S/4HANAをクリーンな状態に保ちながら、リリースアップグレードによる機能追加のメリットを受けられます。こちらが参考ブログになります。
オンプレERPの価値を最大化する「システムコンバージョン方式」
次に、既存のオンプレERPが十分に活用されている場合のクラウドシフト方法を紹介します。既存のERPへの投資を最大限再利用しつつ、短期間かつ低コストでクラウドERPへ移行し、クラウドシフト後はさまざまな改善やイノベーションによるメリットを享受できます。
プライベート型クラウドERPも選択可能となった「SAP S/4HANA Cloud」は、「SAP ERP(ECC6.0)」からは「システムコンバージョン方式」で既存のパラメータ設定やアドオン、マスター、データの全てを引き継いで移行をできます。確立した手順とツールが存在するため、安全に短期間で基幹システムをクラウドシフト可能です。
新規のERP構築と比較して要件定義の期間を大幅に短縮できます。影響を受ける標準機能の変更点やアドオンへの影響箇所は、事前にセルフサービスレポート「Readiness Check」で抽出できるため、プロジェクト計画も立てやすいという特徴があります。
非常にアドオンが多い場合は、SAP S/4HANAのテーブル構造の変更などによる影響を懸念するでしょう。その場合は、移行の際のアドオンへの影響をソースコードレベルで分析可能なツール「ABAP Test Cockpit」を活用して影響箇所を特定でき、修正方法のガイドが示された「SAP Note」が提示されます。変更の多くは技術的に調整可能であるため、コンバージョンにおけるコード修正に知見のある開発者を確保できればさほど恐れる必要はありません。
コンバージョン方式で考慮すべき点は本稼働切り替え時の「ビジネスダウンタイム」です。システムコンバージョン方式による本稼働切り替えでは運用中のERPを停止し、ツールを利用してデータベースをHANAに切り替え、ECC6.0からSAP S/4HANAへソフトウェアを更新し、データを変換する必要があります。必ずビジネスダウンタイムが発生するため、データボリュームが大きい場合やビジネスダウンタイムを取ることが困難な場合は、あらかじめ十分な考慮が必要です。参考になるブログ連載にこちらなります。
システムコンバージョン方式による移行後は、段階的にSAP S/4HANAの機能を活用できます。SAPは「インテリジェント・サステナブル・エンタープライズ」を提唱し、実現に向けた包括的なソリューションやテクノロジーの製品群を提供しています。ビジネスアプリケーション群のコアとなるSAP S/4HANAでは、予測分析機能や機械学習を活用して業務効率を上げる機能を利用可能です。
また、経営課題の現状を現行ERPに蓄積したデータを基に分析するツールである「Process Discovery」「Process Insights」を用意しており、クラウドERPに移行した際に活用する機能を検討するヒントとなります。
取り組みやすいのは「リアルタイム分析」や「タブレットやスマートフォンでERPを確認、更新できるユーザーエクスペリエンス」です。積極的に取り組むことで、クラウドERPへ移行するメリットを早く享受できます。
また、移行予定の製品構成(Product Map)を描き、導入後の金額的価値を試算する「Value Life Cycle Manager」も、継続改善のために無償で活用できます。
Value Life Cycle Managerは導入効果を試算するだけでなく、ベンチマーキングツールとしても活用できます。お客さまのオペレーションを業界平均値や業界トップ25%の平均値、業界ボトム25%の平均値と対比可能です。クラウドERPは、継続的に導入効果をモニタリングして改善を続けることが重要なので、プロセスを可視化して非効率を見つけ出すことを推奨しています。参考になるブログ連載にこちらなります。
本稿では、オンプレERPのクラウドシフトいうテーマで2つの移行パターンを紹介しました。BPRを伴うクラウドERPへの移行は、Fit to Standardの徹底が成功の秘訣です。既存資産活用型の移行は早く安全にクラウドERPへの移行が可能ですが、そこから継続改善を続けられるかどうかが価値を享受するためのポイントとなります。
ERPのクラウドシフトの検討をきっかけに、改めて多くの企業でERPの効果的な活用が真剣に議論されることに大きな期待を感じています。
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