「Bluetooth LE Audio」って何? 音響界の黒船来る
Bluetooth 5.3対応の周辺機器が続々と登場してきた。中でも対応イヤフォンに人気が集中しているようだが、注目されるのは新しいオーディオ規格の「LE Audio」だ。今回は、マルチストリーム機能やブロードキャスト機能を備え、低遅延で高音質なLE Audioの概略を紹介する。
モバイルオーディオの世界でワイヤレスが広く普及した。利便性が向上した一方で、Bluetoothを利用していると「スマホとの接続に時間がかかる」「人混みの中では頻繁に音切れする」という不便を訴える人が多い。
このような欠点を解消する仕様が、2020年に規格化されたBluetooth バージョン5.2と、そのコア仕様の上に載るオーディオ用プロファイルのLE Audio(2022年7月仕様公開)だ。どのような特徴があるのか、早速見ていこう。
LE Audioって何?
LE Audioは、2020年に規格化されたBluetooth バージョン5.2のコア仕様の上に載るオーディオ用プロファイルだ。
LE Audioと従来のオーディオ仕様は共存できるが、スマホなどの送信デバイスとワイヤレスなどの受信デバイスの双方が同じ仕様に対応している必要がある。LE Audio利用を望む際はデバイスがBluetooth 5.2以降に対応していて、かつLE Audioにも対応しているかの確認は必須だ。
LE Audioは低遅延で音切れが少なく、また低ビットレートでも高音質を実現する標準コーデック「LC3」を利用できる。その他、左右独立したステレオ音声通信ができるマルチストリーム機能や1対Nのブロードキャスト通信も可能だ。
今後はLE Audioによる新サービスの登場やオーディオ体験の多様化が期待できる。特定エリアにブロードキャストされるオーディオコンテンツの選択受信ができるので、駅や空港、公共施設などでアナウンスが必要な場面や、劇場・店舗などでのエンターティンメントを提供するシーンでもBluetoothが利用されるようになるだろう。
Bluetooth規格の進化
Bluetooth仕様の変遷を見ておこう。下表のようにBluetoothはたびたび仕様が改定されている。バージョン4.0での大きな方針転換を経て、2021年7月に最新のバージョン5.3が公開された。
発表年 | Ver. | 概要 |
---|---|---|
1999年 | 1.0 | 標準の誕生 |
2001年 | 1.1 | 普及バージョンの誕生 |
2003年 | 1.2 | 無線LANとの干渉軽減機能追加 |
2004年 | 2.0 | EDR(Enhanced Data Rate)機能追加=最大通信速度3Mbpsが選択可能に |
2007年 | 2.1 | ペアリングの効率化機能追加 |
2009年 | 3.0 | HS(High Speed)機能追加=最大通信速度24Mbpsが選択可能に |
2009年 | 4.0 | LE(Low Energy)機能追加 LEでの最大通信速度は1Mbps |
2013年 | 4.1 | LTEとの電波干渉軽減機能、自動再接続機能、インターネット直接接続機能を追加 |
2014年 | 4.2 | LEのパケットサイズが約10倍に=転送速度が2.5倍に |
2016年 | 5.0 | LEのデータ通信速度1Mbps・通信範囲4倍・通信容量8倍に |
2019年 | 5.1 | 方向探知機能(Direction Finding)追加 |
2020年 | 5.2 | アイソクロナス転送機能追加 |
2021年 | 5.3 | 主な仕様変更点は後述 |
2022年 | LE Audioプロファイルの仕様策定完了 |
特に大きな転換点となったのがバージョン4.0での「Low Energy」(LE)機能の追加だ。Wi-Fiと競合するような高速性を追求するのではなく、LPWA(Low Power Wide Area-network)と競合するようなパーソナルエリアで低電力・長時間使用できることにフォーカスを移した。これ以降はほとんどLE機能に対する改善が続いている。
バージョン5.0は、バージョン4.2に比べて通信速度を2倍にし、通信範囲は4倍、通信容量は8倍に進化する(これについては過去記事「ようやく登場した『Bluetooth5』で何が変わるのか?」)。さらにバージョン5.1、5.2と進化した。
「LE Audio」規格は2020年のバージョン5.2でBluetoothの仕様に追加され、2022年7月に全ての仕様策定が完了した。2021年にはBluetooth 5.3が公開され、それぞれの対応デバイスが登場するだろう。
音声・音楽に関わる「プロファイル」
Bluetooth仕様の中にはコアとなる基本仕様の上に多くの「プロファイル」が用意されている。プロファイルとはデバイスに関する情報や、デバイス間のデータの受け渡し方法、通信の制御などを規定したものだ。LE Audioの前の世代(現在の世代)をClassic Audioと呼ぶが、その音声・音楽に関わるプロファイルには次のようなものがある。
プロファイル名 | 概要 |
---|---|
HSP(Headset Profile) | ヘッドセットで双方向で通話するためのプロファイル |
HFP(Hands-Free Profile) | 発信/着信の操作をヘッドセットで行うためのプロファイル |
A2DP(Advanced Audio Distribution Profile) | 音楽などを高品質にストリーミング伝送するためのプロファイル |
AVRCP(Audio/Video Remote Control Profile) | オーディオデバイスを遠隔で操作するためのプロファイル |
このうち、音楽再生に最も関わりが深いのが「A2DPプロファイル」だ。このプロファイルはBluetoothのACL(Asynchronous Connectionless Link/非同期接続)チャネルを利用して音楽などを伝送するための、データカプセリング方式を規定している。データカプセルの中身となる実際の音楽などのデータは、さまざまなコーデック(符号化方式)で圧縮できる。
コーデックとしてSBC(Sub Band Codec)だけは実装が必須とされているが、オプションとしてMP3オーディオ、AAC(MPEG-2/4 AAC、主にiOS製品に搭載)、ATRAC、さらにハイレゾオーディオのためのコーデックであるaptX、aptX-HD(主にAndroid製品に搭載)、LDAC(主にAndroid製品や他のソニー製品に搭載)なども利用可能だ。
LE Audioが注目されるのは、従来のA2DPプロファイルで規定される以上に低遅延での音声・音楽データ伝送が可能になると見込まれているからだ。
新しい標準コーデックとなった「LC3」とは
LE Audioのポイントは、標準コーデックとして新しく「LC3」(Low Complexity Communication Codec)を採用したことだ。LC3は、ドイツの研究機関フラウンフォーファーIIS(集積回路研究所)とエリクソンが中心となって開発したものだ。Bluetooth SIGのサイトでは、「広範なリスニングテストの結果、標準のSBCの半分のビットレートで音質向上が実現できた」と説明されている。
デジタルオーディオの音質は、基本的にはサンプリング周波数とサンプルあたりの量子化ビット数によって客観的に評価される。無圧縮のCDの場合は44.1kHzのサンプリング周波数、量子化ビット数は16、チャネルは2なので、44.1×16×2で1411.2kbps以上の伝送速度が必要になる。ハイレゾ音源であれば、サンプリング周波数とサンプルあたりの量子化ビット数はさらに高くなるため、より高速な伝送が必要になる。Bluetooth バージョン5.0以降は通信帯域が最大2Mbpsだが、通信のためのオーバーヘッドが必要なので、無圧縮のハイレゾ音源データやCDデータの無圧縮伝送は現実的ではない。
そのため、オーディオ情報から再生時にあまり必要のないデータを間引きしてサイズが圧縮される。各種のコーデックが圧縮のために使われており、再生時の音質はコーデックによって左右される。同じコーデックでも圧縮率の違いにより音質に差があり、ビットレートが高い(圧縮率が低い)ほうが高音質になる。しかしコーデックが違えば単純にビットレートでの音質推定はできない。
Bluetooth SIGでは、図1に見るように、345kbpsのSBC音声と160kbpsのLC3音声を聞き比べた結果、低ビットレートなLC3の方が音質評価スコアが高かったとしている。他のコーデック利用時よりも省電力で、デバイスのコンパクト化に寄与するとも示唆している。
低いビットレートでも高い音質で再生できるということは、通信帯域の占有領域を小さくして、残りを他の用途に利用できるようになる。オーディオにまつわる処理負荷も軽減できるので、スマホなどで同時に実行している処理を邪魔しない。これは、高精細な動画視聴やゲームなどの豊かな体験につながるかもしれない。
LC3の特徴と、Bluetooth 5.2以降が必要な理由
LC3の主な仕様は表2の通りだ。
特徴 | サポート範囲 |
---|---|
フレーム間隔 | 10 ms (10.88 ms @ 44.1 kHz) および 7.5 ms (8.163 ms @ 44.1 kHz) |
アルゴリズム総遅延 | フレーム間隔10ms時12.5 ms (13.6 ms @ 44.1 kHz) フレーム間隔7.5ms時 11.5 ms (12.52 ms @ 44.1 kHz) |
サンプリングレート | 8、16、 24、32、 44.1、48 kHz |
ビットレート | 20〜400 バイト/フレーム/オーディオチャンネル |
サンプルあたりビット数 | 16、24、32ビットなどに最適化可能 |
最大サンプリング周波数は最大48KHz、量子化ビット数(サンプルあたりビット数)は16、24、32ビットがサポートされていることは特筆すべき点だ。LC3ではオーディオチャネル上限をプロファイル実装時に設定でき、圧縮は可変または固定ビットレートでできる。
フレーム間隔は7.5ミリ秒と10ミリ秒をサポートしている。7.5ミリ秒間隔の場合の圧縮処理による遅延は11.5ミリ秒、10ミリ秒の場合の遅延は12.5ミリ秒であるところにも注目したい。遅延とは送信と受信のタイムラグのことで、これが大きいとゲームなどの最中に映像と音声がずれることがある。
ただし表2に示す遅延はコーデック処理での遅延のことで、その上に通信路の遅延が加わるため再生時は遅延の程度が大きくなる。それでもLC3が低遅延であることに変わりはない。
この特徴を生み出しているのはBluetooth 5.2以降に追加された「LE Isochronous Channels」(アイソクロナス転送)仕様だ。これがLE AudioがBluetooth 5.2以降でなければ適用できない理由だ。LE Isochronous Channelsは、他のBluetooth通信が行われている場合でも、一定間隔(上記のフレーム間隔:7.5ミリ秒または10ミリ秒)で割り込んで、単位時間あたりの最低データ転送量を確保する。
図2に、LE Isochronous ChannelsではマルチストリームのためのCIS(Connected Isochronous Stream)方式と、ブロードキャストのためのBIS(Broadcast Isochronous Stream)方式を利用できる。10ミリ秒または7.5ミリ秒のフレームn個の中に幾つかのCISイベントまたはBIGイベントを流すことで、常に設定した間隔で情報が転送される。これは、決められた時間内で転送できなければデータを捨てて、データの完全性よりも時間同期を優先させる考え方に基づく(これが「アイソクロナス=等時性の」の意味)。
なお、CISはイヤフォンなどの左右それぞれにオーディオ情報をストリームするマルチストリームのための方式で、BISはスマホなどのセントラルデバイスから、通信エリア内の複数のデバイスに同時に幾つものチャネルのオーディオ情報をストリームするブロードキャストのための方式だ。
Bluetooth SIGで規格化に携わったソニーの関 正彦氏(ワイヤレステクニカルマネージャー)は、「A2DPでは上位層と伝送路の相関がとれておらず、データが欠落して再送が生じる場合に備えてデータバッファーを比較的大きく取らなければなりません。LE Isochronous Channelsでは細切れにインターバルを取って、そのタイミングで決まったサイズのデータを送れるという特徴があります。データ欠落があれば再送する仕組みはありますが、大きなバッファーサイズは必要ありません。その分、遅延が小さくなるというわけです」と説明した。
マルチストリーム、ブロードキャスト機能による新しい体験の創造
ユースケースが登場するのはこれからだが、LE Audioでは将来的にどのようなオーディオ体験を提供できるのだろうか。
マルチストリームを利用しての左右それぞれに直接データを送信する方式が標準化されることは間違いない。従来は、右のイヤフォンに全部のデータを送信して、右のイヤフォンから左のイヤフォンに左用のデータを送信するという方式など、メーカー独自の方式が使われていた。それがLE Audioの標準にのっとることで、メーカーによる違いをなくして、完全に左右独立してデータを受け取れるようになる。左右のでのリレー方式のように通信帯域を圧迫することなく、また左右同期のずれも生じにくくなると思われる。
また、ブロードキャストを利用すると、通信可能エリア内ではどのデバイスでも音声・音楽を受信できる。パスワード入力などで受信するメンバーを制限することも可能だ。
劇場や駅・空港、公共施設、商業施設などの特定の場所で多くの人が同じ音声・音楽を同時に聴ける他、特定の場所でさまざまな言語のアナウンスをブロードキャストして、ユーザーが聞きたい言語を選ぶことも可能だと考えられている。
従来は特定の場所や機械の近くにいる人の補聴器に、電磁誘導で音声信号を流して、補聴器で聞き取る「テレコイル」が使われてきたが、LE Audioでは補聴器に直接音声データを送れる。
テレコイルの場合はノイズが混入しがちだが、直接音声データが送れると音声もクリアになる。もともとLE Audioのアイデアは補聴器への適用から始まったものだ。
さらにLE Audioを活用する新しいアプリケーションの開発も進みそうだ。VR/AR、ゲームへの適用ではヘッドセットなどのデバイスやウェアラブルデバイスの動きに合わせて立体音像を作り出すといったユースケースも一部で語られているところだ。
以上、LE Audioの概要を記した。最後になったが、最新のBluetooth 5.3で追加された機能を紹介しておこう。
【Bluetooth 5.3の主な追加機能】
- Periodic Advertisingの変更(LEのみ)I:定期的なAdvertising用のAUX_SYNC_INDパケット受信時に重複パケットを破棄してホストの負担を軽減する
- 暗号鍵のサイズ変更(BR/EDRのみ):BR/EDRで暗号鍵サイズのネゴシエーションによる変更が可能になった。
- Connection Subrating(LEのみ):無音時に接続確認イベントの間隔を延ばし、音楽再生の際には間隔を短くする仕組みを追加した。接続確認イベントが削減できて、消費電力を抑えながら素早く音楽を再生できる
- Channel Classification(LEのみ):チャネルを有効に利用できるようにする
- AMPの廃止:IEEE802.11のPHYを使ったAMPの仕様が削除された
LE Audioと関連するのはConnection Subratingで、低消費電力化がさらに進んだ。同様にPeriodic Advertisingの変更も、処理を軽減して消費電力の削減につながっている。
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