パワハラ上司にならないために 部下への感情の制御法
嫌がらせやいじめをするつもりでパワハラ行為をしている人はほとんどおらず、「そんなつもりはなかった」と言うケースがほとんどです。パワハラの境界を越えてしまう原因と対処法について紹介します。
記事の目的
近年、職場でのパワハラに悩む多くの声が上がっている。キーマンズネットが実施した「IT人材と働き方に関するアンケート」と題して大規模調査を実施した(実施期間:2023年2月8日〜3月3日、有効回答数532件)においても、職場の人間関係の悩みで最も多く寄せられたのがパワハラだ。パワハラの加害者にならないためには、怒りのメカニズムを知ること、さらに怒りをコントロールすることが役立つ。専門家が:「パワハラの加害者にならないためのアンガーマネジメント」について解説する。
パワハラ上司にならないためには?
新聞やニュースでの報道にあるように、企業でパワーハラスメント(パワハラ)での訴訟や懲戒処分が増えています。これに対応すべく、2020年6月1日より改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)が施行され、パワハラの基準を法律で定めることにより、国はパワハラの防止措置を企業に義務付けました。
私はコンサルタントとして企業のご担当者と関わらせていただいていますが、パワハラ案件が発生したときに行為の事実確認や行為者への聞き取りを実施すると、嫌がらせやいじめをするつもりでパワハラ行為をしている人はほとんどおらず、「そんなつもりはなかった」と言うケースがほとんどです。そんな人が懲罰を受けることになって「ついついカッとして、やってしまった(言ってしまった)」と反省するケースも増えています。どのような対処法があるのでしょうか。
パワハラが発生すると、被害者だけでなく会社にも影響します。また、行為者も後悔の念に駆られることになるでしょう。そこで、今回はパワハラを防止するために、企業や管理者に必要な怒りのコントロール「アンガーマネジメント」についてお話しさせていただきます。
リモートワークでもアンガーマネジメントが注目されている
在宅勤務やリモートワークが増え、職場でのコミュニケーションも対面や三次元、リアリティからオンラインや二次元、バーチャルに変更になり、コミュニケーションにおける細かいニュアンスの表現が難しくなっています。また、効率的なやりとりを求めるあまり、対面では発生しやすい「雑談や世間話」も少なくなっているようです。
さらに、私がコンサルタントとして企業の話を聴いていると、通信環境の不備やITリテラシー不足から発生する戸惑いや在宅勤務で「仕事をする部屋が狭い」「照明が暗い」「机や椅子がオンライン業務に合わない」などの物理的な環境に対する不満や家族と接する時間が増えることのトラブルやストレスにより、「従来よりも怒りのコントロールが難しくなっている」というお声もいただいています。
今後も続くであろうテレワークを快適に過ごすために、そして「ついついカッとして、やってしまった(言ってしまった)」というパワハラを発生させないためにも怒りのコントロールは重要です。怒りをコントロールするためには、まずは怒りがどのような感情かを知り、怒りとどう向き合いかという姿勢を確立することから始めましょう。
「怒りは身を守る感情」、「怒ると損」を理解する
「怒り」という感情は人間以外の動物も持っている感情です。イヌもネコもサルも怒ります。実は、怒りは動物にとっては自分や自分の子どもの身を守るための本能的な感情で、身の危険性を感じたときに「威嚇」や「警戒」のために怒りという感情を表すのです。
このように、動物は本能的に身を守るために怒りという感情を表すのですが、人間は「言葉で威嚇や警戒を伝える」という目的で、伝達手段として怒りを使うことがあるのです。まずは「怒りは悪い感情ではなく、私たちの身を守るために必要な感情である」ということを理解しましょう。
さて、みなさんは「怒ることは得か損か?」と聞かれたら、どのように答えますか。恐らく「損」と答えるでしょう。怒ることによってお互いの人間関係が崩れたりして損をすることが多いことを、私たちは経験上知っているはずです。ところが、私たちは「怒ることは損」と知りながら怒るのです。なぜなのでしょう。それは、心のどこかで「相手を言い負かしてやろう」、「相手を自分の思い通りにしてやろう」と考えて、「怒ることで、自分は何か得をするんじゃないか」と思っているからです。
それで、怒らなくてもいいことまで怒ってしまっているのです。怒ることによってビジネスの世界で重要な「判断力」を失います。また、アメリカの国立老化研究所の研究によると、怒りっぽい人は温厚で寛容な人たちよりも心臓発作や脳卒中のリスクが高いそうです。以上の通り、「怒ることは損」ということをしっかり理解して、心のどこかにある「怒ることで得をするんじゃないか」という気持ちを捨てることがアンガーマネジメントで大切なことなのです。
余計な怒りを相手に伝えないために心がけること
みなさんは相手の行為に対して、ついカッとなって反射的に怒ってしまったり、相手に言われた言葉に「売り言葉に買い言葉」で怒ってしまったりした経験はありませんか。EQ(感情能力)など、人の感情を扱う理論には「6秒ルール」という考え方があります。
これは、人間はカッときたり、頭に血がのぼったりしても、その怒りのピークは実は6秒くらいしか続かないということです。「6秒ルール」を理解した上で、怒りに対して最初の6秒を我慢できれば、自分にマイナスとなる非建設的な対応や最悪なリアクションをしなくて済む可能性が高くなるため、アンガーマネジメントでは「カッとなったら6秒待つ」ことを勧めています。
怒りっぽい人やすぐにカッとする人は大体この6秒以内に相手に怒りを伝えたり、目の前にあるごみ箱を蹴って怒りを表したりして、余計な怒りを相手に伝えています。怒りのピークは6秒間しかないので、その間をどう乗り切るかによって、その後の気分は大きく変わります。具体的に、この6秒間をやり過ごす方法は「心の中で数字を数える」「深呼吸をする」などがあります。また、「ペットの名前など、関係ない言葉を唱える」ことも良いでしょう。
この方法はアンガーマネジメントでは「コーピングマントラ」といって、あらかじめ決めた言葉を「呪文」のように唱えることで気分が落ち着き、怒りを抑えられる方法の一つと捉えられています。これからは怒りを感じたら、まず6秒待って怒りを静めましょう。
怒りを感じたときの上手な伝え方
怒りの感情は単独では発生しない感情で、「怒りの感情は第二感情」といわれ、怒りという感情の前に必ず「第一感情」が発生しているのです。たとえば、夜遅くに家に帰ってきた自分の娘に対して、母親が「こんなに遅くまで何やっていたの!」と怒りを表したとしたら、その前に「心配だ」という感情が発生しているのです。それが第一感情です。
もし、この場合に怒りを伝えずに「お前が遅いから、お母さんは心配したんだよ」という第一感情を伝えたらどうなるでしょう。恐らく、娘さんはイヤな気持ちにはならず、逆に「自分が悪かった」という謝罪の気持ちや心配してくれた母親の気持ちに対して喜びを感じると思います。
こうなれば、お互いの人間関係も悪くなることはありません。アンガーマネジメントで大切なことは「怒りの感情の前には第一感情という別の感情が存在している」ことを理解し、第一感情を表すことで「怒らなくていいことは怒らない」を実践することです。このように、怒ることと怒らないことを区別できる自分を作ることができれば、イキイキと楽しく仕事ができるのです。
アンガーマネジメントを実践することで楽しく働く
ある人が仕事で思う通りにいかなくて、職場でイライラします。その人はその怒りを部下や取引先にぶつけます。怒りをぶつけられた人は怒りの感情を家庭に持ち帰ります。そして、自分の子どもに怒りをぶつけます。親に怒られた子どもは学校に行って、自分より弱い子どもに怒りをぶつけます。このように、「怒りは伝染しやすい」という性質を持っています。
また、上司から部下、親から子など、「怒りは高いところから低いところ(上から下)へ流れやすい」という性質も持っています。さらに、家族や親しい人など、「怒りは身近な存在ほど強くなる」という性質があります。このような怒りの性質を理解することもアンガーマネジメントには必要です。
日本の某大手証券会社では日々変動するマーケットの中で冷静な判断力が発揮できるように、全従業員を対象にアンガーマネジメントの研修を実施するなど、企業や組織にとっても怒りのコントロールは注目されていて、私の元にも多くの企業様から研修の依頼が来ています。生産性やエンゲージメントの視点からも、企業にとってアンガーマネジメントは今後ますますニーズが高まっていくでしょう。
アンガーマネジメントは怒らなくなることを目的としていません。怒りの感情は人にとって極めて自然な感情です。怒ること自体はまったく問題ありません。怒ることと怒らないことの区別ができていないこと、適切に怒れていないことが問題なだけです。アンガーマネジメントができると、自分の怒りや人の怒りと上手に付き合えるようになります。怒る必要があることは適切に怒ることができ、怒る必要がないと思えることは怒らなくても済むようになります。「自分はイライラしてストレスをためやすい」、「自分はついカッとなって、怒ってしまう」という方は、パワハラの加害者にならないためにも自分なりの方法で怒りをうまくコントロールして、イキイキと楽しく仕事をしましょう。
参考文献
安藤俊介『「怒り」のマネジメント術』
高山 直『EQ こころの鍛え方 行動を変え、成果を生み出す66の法則』
林 恭弘『ポチ・たまと読む心理学 ほっとする人間関係』
アドバンテッジリスクマネジメント シニアコンサルタント キティこうぞう
1987年(株)名鉄百貨店入社。労働組合の役員を10年以上、また2000年からの6年間は、名鉄百貨店労働組合執行委員長を務め、社員のカウンセリングにも関わる。その後、同社人事部で、採用および社員の人材教育・キャリア開発に従事。アドバンテッジリスクマネジメント入社後は、労働組合や人事部での経験をもとにした、コミュニケーションやメンタルヘルスに関する研修や講演を行っている。著書に『ストレスのつらさが消える魔法の習慣 』。
アドバンテッジリスクマネジメント
1995年、休職者の所得を補償する保険「GLTD(団体長期障害所得補償保険)」専業代理店として創業。2002年より、日本で初めてストレスチェックを取り入れた、予防のためのEAP(従業員支援プログラム)サービスの提供を開始し、周辺領域へと事業を拡大。2017年12月に東京証券取引所 市場第1部銘柄に指定。現在は、EAPや研修・ソリューション、健康経営支援を軸とする「メンタリティマネジメント事業」、病気・ケガ、出産・育児、介護による休業・復職支援や仕事との両立支援を軸とする「就業障がい者支援事業」、個人向け保険販売を軸とする「リスクファイナンシング事業」を展開。従業員の「ウェルビーイング」、「ハピネス」向上を掲げ、今後は福利厚生アウトソーシングや労務管理支援、組織活性のためのツールなどへと事業拡大。各種サービスのDX化を推進し、「ウェルビーイング領域におけるNo.1プラットフォーマー」をめざす。
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