検索
特集

ChatGPTをスピード導入したスタディストに学ぶ生成AI業務利用のポイント

「Azure OpenAI Service」にChatGPTが登場してわずか1ヶ月で全社導入の取り組みを進めたスタディスト。同社に、ChaGPTを導入する際の注意点や社内ガイドラインの内容、業務に活用するコツについて聞いた。

PC用表示 関連情報
Share
Tweet
LINE
Hatena

 OpenAIが開発した「ChatGPT」の登場は、社会に大きな衝撃を与えた。AIチャットbotの普及により、仕事の進め方や組織のあり方は激変するといわれている。

 マニュアル作成・共有サービスなどを手掛けるスタディストは、「Azure OpenAI Service」にChatGPTが登場してわずか1ヶ月で全社導入する方向に舵を切り、その後社内SlackでChatGPTを利用できる仕組みを導入した。また2023年5月には、生成AIでマニュアル作成を支援するサービスを公開している。

 なぜそれほどスピーディーな決断ができたのか。ChatGPTをどのように活用しているのか。生成AIを業務に活用するリスクやガイドラインをどのように考え、整備しているのか。さらにAzure Open AI Serviceを利用するとセキュリティの懸念は払しょくできるのか――。導入プロジェクトの担当者に疑問をぶつけた。

ChatGPTの公開から巻き起こった衝撃の嵐 どのように導入を進めた?

 2010年創業のスタディストは、マニュアル作成・共有システム「Teachme Biz」や、チェーンストア企業の本部から現場への指示実行状況を可視化し一元管理するクラウドサービス「ハンクラ」 、マニュアル作成代行などのコンサルティングサービスも提供する。

 スタディストでは2022年11月の公開直後から、多くの従業員がChatGPTを個人利用していた。2023年3月には、「Microsoft Azure」でChatGPTを利用できる「Azure OpenAI Service」を全社的に導入。こうした導入スピードの速さは同社の企業風土故だと、開発本部副本部長で執行役員/Vice President of Engineering(VPoE)でもある北野勝久氏は語る。

 「当社にはもともと、新技術をいち早く試そうとする文化があります。VRデバイスの『Oculus Quest』が登場したときは、役員全員が 購入して使ってみたり、VR空間上で社内勉強会を開催したりしたものです。2022年11月にChatGPTが公開されたときも社内は大盛り上がりで、多くの人が進んで使っていました。私も実際に利用してみましたが、それまでに存在していたチャットbotなどとは比べものにならないほど精度が高いと思いましたね。そして、『これは近い将来、“当たり前のもの”になる』と直感したのです」

 30年前にインターネットを使っていた人は少数派だった。しかし現在では、お年寄りから子どもまで、実に幅広い層がごく自然にインターネットを使っている。同様に、いずれはAIチャットbotもそうした「あって当然のインフラ」になると北野氏は感じたそうだ。

 「ChatGPTと対話しながら仕事を進めることで、業務効率は飛躍的に高まります。私以外のメンバーもそう感じていて、当社でも会社として導入を検討することになりました。私はVPoEとして開発部門の採用や組織作りに携わる一方、インフラやシステムアーキテクチャを見るチームのマネジメントも兼務しているので、導入に私も携わりました」

情報漏洩を防ぐためガイドラインの整備からスタート

 ChatGPTを個人利用する従業員が増える中、スタディストが最初に手掛けたのが、ChatGPT利用時のガイドラインを整備することだった。

 「日常会話の延長線上にあるような情報なら、ChatGPTに入力しても問題ありません。でも、重要なデータを軽々しく打ち込むのはセキュリティ的に問題があります。まずは、個人情報や機密情報を絶対に入力してはいけないと社内に周知しました。ChatGPTは『幻覚』(Hallucination:ハルシネーション)と呼ばれるうそをつくので、出力された情報やみくもに信じず、必要に応じて確認するように強調しました」

 ChatGPTが登場してから約1カ月後には、正式導入しようという機運が全社的に盛り上がった。そうした中、2023年1月にはMicrosoftが、GPT-3、GPT-4などのモデルをMicrosoft Azureで稼働させるAzure OpenAI Serviceの一般提供を開始すると発表。興味を持った北野氏は、Microsoftの担当者に懸念点を質問する機会を設けた。

 「当社が入力したデータが暗号化されているかどうか。それらのデータに対し、Microsoftからのアクセスがどのように制御されているか。そして、SLA(Service Level Agreement:サービスに関しどの程度まで品質保証がされるかを示したもの)がどうなっているかなどを明確にしました。返答をいただき、セキュリティに関する懸念がなくなったことで、Azure OpenAI Serviceの採用を決めました」

  Azure OpenAI Serviceは、「Microsoft Entra ID」(旧称:Azure AD)による認証や「責任あるAI」の観点から有害な利用を検出してブロックするフィルタリング機能などを備えている。Azureを介さずにOpenAIが提供するChatGPTを利用する場合はSLAが補償されていないので、企業ユースについては、Azure OpenAI Serviceに分があると考えられる。

 なお、同社ではAzure OpenAI ServiceとOpenAIが提供するサービスの双方を使い分けているという。前者は、業務情報などを入力する場合に利用し、後者は社内ガイドラインで用途を制限した上で利用を許可している。


図1 初期の段階で作られたAIチャットボット利用時のガイドライン(出典:スタディスト)

 スタディストでは、SlackのワークスペースにAzure OpenAI Serviceのアプリをインストールして両者を連携させている。SlackのDMを開いてメッセージを書くと、ChatGPTからの返信が届く仕組みだ。

  「当社の従業員は毎日、Slackを使ってやりとりをしています。そこにChatGPTを統合する方がより使いやすくなるだろうと考え、Slackから使えるようにしました。現在は情報漏洩などのリスクを考え、各メンバーが一対一でAIと会話する仕組みですが、将来は多人数対AIというスタイルのやり取りを可能にするかもしれません。つまり、複数の人間にAIを交えたブレーンストーミングができるようになるわけです」

AIを組み込んだマニュアル作成支援サービスを提供

 スタディストは、自社のサービスにChatGPTを組み込む取り組みも進めている。同社のマニュアル作成・共有システム「Teachme Biz」は、テンプレートに沿って画像や文字を入れるだけで、手軽にマニュアルを作成・共有できるサービスだ。動画が使えるため細かい作業をわかりやすく表現できる、16言語に対応した自動翻訳機能があり外国人スタッフへの教育にも役立つなどの特徴を持つ。

 2023年5月、スタディストはTeachme Bizによるマニュアル作成を支援する「AIアシストプラス(β版)」の先行受付を開始した。マニュアル化したい業務や作業に関するキーワードを指定すると、幾つかの段階に分かれた構成案が自動的に作られるサービスだ。

 「経験がない人にとって、作業を幾つかの段階に細分化すること、分かりやすいマニュアルを作ることは、ものすごく大変です。AIアシストプラス(β版)を使えば、『品出し』『調理』などのテーマを選ぶだけで、マニュアルのタイトルや作業手順のステップ、説明文のドラフトが生成されます。マニュアルの構成に頭を悩ませる必要がなくなるため、作り手の作業負担はさらに軽くなります」


図2 AIアシストプラス(β版)の使い方(1) マニュアルのテーマを入力する(出典:スタディスト)

図3 AIアシストプラス(β版)の使い方(2)タイトルやステップ、説明文が自動生成される(出典:スタディスト)

 「当社が得意とするマニュアル作成とは、現場で何となく知られていた『暗黙知』を、どんな人にも伝わる『形式知』に変える作業です。多くのデータから言葉を生み出していく大規模言語モデルの世界観と、とても相性がよいと思います。そこで当社では、生成AIの力を借りて汎用(はんよう)的な構成案を作ってマニュアル作成を簡単にする取り組みを進めるつもりです。

スタディスト流、ChatGPTの使い方

 ChatGPTがSlackで使えるようになったことは、スタディストの仕事の進め方に大きな影響を与えているようだ。

 「自分たちが抱える業務の進め方を整理したいときや、ある業界・分野の一般的な課題を知りたいときなどは、ChatGPTに聞くとかなり正確な回答が返ってきます。さまざまな活用方法は、ガイドラインでも紹介して社内共有するようにしています」

 特に便利だと感じているのが、ChatGPTを『壁打ち』の相手にすることだ。コンプライアンスに関わるマニュアルを作りたいときは、『コンプライアンスマニュアルを作りたいです。項目例を作って下さい』『IT企業で役立つコンプライアンス項目の代表例を挙げて下さい』などのように、テニスの壁打ちのようにAIと対話する。それを繰り返すうちに、自力では考えつかないようなアイデアをAIから出力されたり、自分の頭の中が整理されてスッキリしたりするという。


図4 AIと対話しながら思考の精度を高める(出典:スタディスト)

 「ある会議では、社内で行う取り組みのイメージカラーをどうしたらいいか、ChatGPTに聞いていました。そこで出てきた答えが、かなり的を射たものでした。ChatGPTの回答したカラーが、事前に社内で話していたカラーにかなり近くて驚きましたね。意外なことですが、ChatGPTとの会話を純粋に楽しむ人もいるようです。悩みを相談した人もいましたし、自分が詳しい分野についてAIに聞き、論破して楽しんでいた人もいました(笑)」

 なお、Azure OpenAI Serviceの月額料金は、GPT-3.5とGPT-4.0でかなり違う。そのため、導入する際には利用状況とコストの兼ね合いを考えるべきだと北野氏は指摘する。

 「GPT-3.5とGPT-4.0の間に、精度の差があるのは事実です。ただ、GPT-4.0の精度を必要としない場面もかなりあるとは思います。それに、ChatGPTは思考の材料を提供する役割に過ぎません。最終的に判断する人間の側が十分だと判断すれば、GPT-3.5を導入することも考えられるでしょう」

 スタディストは今後も、社内外を問わずに生成AIの積極活用を進める方針だ。特に、同社の事業の柱であるマニュアル作成支援においては、生成AIに大きな期待を寄せている。

 「マニュアルにおいて分かりやすく伝えられる画像や動画は重要な役割を果たしています。そうしたビジュアル面に関しても、AIを活用していけるのではないかと思っていますね。実際、この7月からAzure OpenAI Serviceの画像生成機能の社内利用も開始しました。今後の画像生成AIの進化に期待をしています」

 ChatGPTのような先端技術は、実際に触れてみなければ分からないと北野氏は指摘する。使っていくことで初めて、いろいろな可能性に気付いたり、新たな発想が生まれたりするものだ。

 「日本でも、ChatGPTの勉強会などがたくさん立ち上がっています。そういったコミュニティに首を突っ込むと、熱量の高い人に触れて刺激を受けられるでしょう。私自身もたくさんの人とやり取りしながら自分の固定観念を壊したい。そうして新しい技術を楽しみながら、仕事に役立てたいですね」

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る