DXを研修で終わらせない DXの取り組みが浸透しないときの処方箋
DX人材を育成する目的で社内研修を実施したものの、インプットだけで終わってしまい、実践につながらないことがある。DX推進に積極的に関わり、成果を上げる人材の育成に必要なこととは。
DX(デジタルトランスフォーメーション)人材とは、DXを推進するために必要な知識やスキルを持つ人材のことだ。需要に対して供給が少ないために外部からの調達が難しく、社内でDX人材を育成する企業が増えている。一方で、「DX人材育成といっても何をすればいいか分からない」「研修で知識やノウハウを提供したものの実践につながらない」といった課題も聞こえてくる。
DX推進に積極的に関わり、成果を上げる人材を育成するにはどうすればよいのか。パーソルプロセス&テクノロジーでデジタル人材育成サービスを担当する金子怜司氏(ワークスイッチ事業部 コンサルティング統括部 デジタル人材開発部 コンサルタント)によると、DX人材の育成には、従業員が企業の課題を自分ごととして捉えることが重要だという。だが、どのように当事者意識を育てればよいのか。その秘訣を聞いた。
事例で学ぶ、DXを“自分ごと化”するための仕組みとは
金子氏は、教育事業会社で人材育成や組織開発プログラムの開発、研修講師やワークショップファシリテーターを担当し、企業や自治体、大学などで登壇した経験を持つ。同氏はまず、自身がDX推進企画ワークショップの設計を担当したDX人材育成の事例を紹介した。
従業員数約5000人の大手エネルギー事業会社は、全社的に業務改善を進めているものの個々の業務の改善にとどまり、デジタル化による業務改善効果の最大化が課題だった。
金子氏は課題をヒアリングし、DX推進のリーダー層20人に向けて、動画学習とワークショップを組み合わせた2カ月間の学習プログラムを提案した。まず事前学習としてオンライン動画を視聴してもらい(2時間)、宿題の期間を経て1日目、2日目の対面ワークショップ(7時間×2)を実施し、さらに宿題の期間を経て3日目のオンラインワークショップ(2時間)を実施するという流れだ。
DXリーダー層の20人は管理職と一般職が混在している。事前学習のオンライン動画視聴はワークショップについての認識をそろえ、デジタルツールで何ができるかを共有する目的がある。動画はワークショップの全体像や基本概念、デジタルツールの基本といった内容で構成されている。
その後は、受講者が現状の業務を俯瞰するための宿題を設定。続くワークショップの1日目では、会社や部門がこれから目指す姿と課題を設定し、用途や効果を理解する目的でデジタルツールのハンズオンを実施した。2日目は1日目の内容をより具体化し、改善効果の算出を踏まえて改善のためのロードマップを策定した。その後宿題として具体的な解決策を検討、実行してもらう期間を経て、3日目のオンラインワークショップでは改善アクションの進捗を共有し、経験学習を実施した。金子氏は学習プログラムの効果を次のように分析する。
「会社や部門の『ありたい姿』を明確にすることで、改善する目的と改善のつながりが見えるようになりました。また、デジタルツールのハンズオンで用途や効果を理解することで、具体的な改善策とそのためのロードマップ作成につなげることができました」(金子氏)
先の事例では、「ありたい姿から改善目的、課題設定を行った」「体験を通じてデジタルツールについての理解を深めた」「改善効果を明確にし、実施可能なロードマップを描いた」の3点が成果につながるポイントだった。こうしたポイントを導き出し、自社に合った学習プログラムを実施して成果を上げるにはどうしたらよいのだろうか。
金子氏は、DX推進企画ワークショップを企業に提案する場合、場合によってはまずひな型を提示し、企業が抱える課題に合わせてカスタマイズすることもあるという。ひな型は「課題設定ワーク」「改善策策定ワーク」「実行計画策定ワーク」「活動共有会」の流れで構成され、企業の要望に応じて実施形式や研修内容、参加者、対象、体制、実施期間をカスタマイズする。
「ゴールに影響を与えるため、ワークショップを通じて目指す人物像は、事前に明確化しておく必要があります。ワークショップを通じて目指す人材像は、デジタル技術に対する知識と情報収集能力を持ち、関係者を巻き込みながら現場の変革を推進できる『デジタル活用人材』をイメージする企業が多い印象です」(金子氏)
金子氏によると、ひな型のカスタマイズは「どうすれば従業員が企業の課題を自分ごととして捉えて解決できるか」がポイントになるという。先の事例では、ヒアリングの過程で「手元の業務改善や見えている課題に対しての改善例は蓄積されているが、改善の連続や波及につながっていない」「『Microsoft 365』が使える状態だが、使う場面や効果をイメージできず計画に盛り込めない」「改善という言葉のイメージから『工数削減』といった内容になりがちで、その他の成果・効果を見込んだ計画にならない」といった課題が明らかになった。
こうした課題を従業員が自分ごととして捉えて解決する目的で、先の事例では「ありたい姿から改善目的・課題設定を行う」「体験を通じてデジタルツールについての理解を深める」「改善効果を明確にし、実施可能なロードマップを描く」の3つの方針が学習プログラムに盛り込まれた。
一方で、学習プログラムをカスタマイズする段階では課題やゴールが明確にならず、方針が策定できない企業も少なくない。金子氏はその場合、「DX推進の状況や企業が発信しているメッセージと方針の有無、浸透状況」「現状の人材育成状況や、育成したい対象層」「DX推進人材育成において認識している課題」の3点を確認し、状況を整理するところから始めることを勧めている。
「これらを言語化して認識を合わせ、研修やワークショップで目指すゴールのイメージを固めることで、従業員が“自分ごと化”できる方針の策定が可能になります」(金子氏)
従業員が主体的にDXを進められる環境とは
金子氏によると、ワークショップに参加したユーザーからは「実際の課題が見えてきて、進んでDX推進に取り組みたいと思うようになった」「DX推進の解像度が上がり、具体的なイメージが湧いた」といった声が上がっているという。
一方で「自分だけで進められるか不安」という声も聞かれた。これに対して金子氏は、「DXにつながる企画や業務改善が動き出したかどうかは成果指標の一つであり、動き出しをサポートすることも重要だと考えています」と語る。そして、具体的なサポートとして「組織的なバックアップ体制を作る」「企画推進のフォローアップを行う」の2点を挙げる。
「組織的なバックアップ体制としては、ワークショップを体験する対象層を広げ、DX企画推進者を増やすことが考えられます。管理職層に研修やワークショップを実施し、DX企画推進者を上司が支える体制を整えるのも一つの案です。管理職層を取り込むことで、上司がDX推進のストッパーになるのを防ぐことができます。また、企画推進のフォローアップでは、ワークショップ参加者に対する実行サポートを行い、ワークショップで作成した企画を実際に推進できるようにすることが考えられます。ただし、主役はあくまでも参加者であり、私たちは参加者が自分で推進していくためのサポート役にすぎません。参加者がDXを自分ごととして捉え、積極的に推進する“自分ごと状態”を作ることが、DX人材の育成では最も重要だと考えています」(金子氏)
本稿は、2023年7月26日にパーソルプロセス&テクノロジーが開催したセミナー「事例をもとに徹底解説! 現場のDX推進のカギを握る『ジブンゴト化』のポイントとは?」の内容を編集部で再構成した。
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