7兆円超の損失につながる“悪いエクスペリエンス”という大問題 回避策は「Xデータ」とAI
SAPの傘下を離れた後もエクスペリエンス管理(XM)の領域をけん引するQualtrics。AIによる製品強化を軸にした2024年の戦略で目指すものとは?
エクスペリエンス管理(XM)プラットフォームを提供するQualtrics日本法人のクアルトリクスは2024年3月5日にビジネス戦略説明会を開催し、日本におけるビジネスの進ちょくを報告した。同時に、生成AI(人工知能)などの技術を製品にどう取り入れているか、EX(従業員エクスペリエンス)とCX(顧客エクスペリエンス)のトレンドが今どうなっているかも解説した。
SAPの傘下を離れても戦略的パートナー関係は継続
同社にとって2023年最大のトピックといえば、米国のプライベートエクイティファンドであるSilver Lakeとカナダ年金制度投資委員会による買収が完了したことだ。これによりQualtricsはSAPとの資本関係がなくなったが、クアルトリクス カントリーマネージャーの熊代 悟氏は「今後も戦略的パートナーとしての関係は継続する。SAPが持つオペレーショナルデータ(Oデータ)とわれわれが持つエクスペリエンスデータ(Xデータ)のシナジーは変わらない」と強調する。
Qualtricsは「顧客」「従業員」「ブランド」「製品」の4分野でXデータの収集から管理・分析、データに基づくアクションに至るまでを支援する。製品カテゴリーは3つに分かれ、CX領域で「XM for Customer Frontlines」、EX領域で「XM for People Teams」、ブランドエクスペリエンス(BX)と製品エクスペリエンス(PX)の領域で「XM for Strategy + Research」を提供している。
非上場化に伴い前年は公開されていた売り上げなどは非開示となったが、熊代氏によれば厳しい経済環境の中でもビジネスは着実に成長しているという。製品導入実績はグローバルで2万社を超え、国内の導入企業も500社に近づいている。
生成AIでXMはどう変わるのか
2023年はもう一つ重大なトピックがあった。生成AIを全面実装した次世代のプラットフォームである「XM/os2」を提供開始したことだ。
Qualtricsは年間35億以上の会話やインタラクション(コールセンターの会話、チャットログ、サーベイへの回答、ソーシャルメディアの投稿、製品のレビューなど)を分析し、それを基に世界最大級のXデータのデータベースを構築している。XM/os2はここに独自のAIを組み合わせてさまざまなインサイトをリアルタイムで引き出し、さらにはOpenAIが開発した大規模言語モデル(LLM)を活用してパーソナライズされたコンテンツを提供する。
QualtricsはAIを「ビジネスにおける人と人とのつながりをより深くするためのもの」と捉えている。Qualtricsが収集するXデータには、アンケート調査で得られるような明示的なフィードバックに加え、コンタクトセンターへの問い合わせやソーシャルメディアの書き込みなどから得られる間接的なフィードバックも含まれる。これらを統合することによって、より解像度の高い顧客理解あるいは従業員理解が可能になり、リアルタイムに優れた体験(エクスペリエンス)を提供できるようになる。
熊代氏は「理解と分析、さらにアクションの部分までAIを活用するために今後4年間で5億ドル、約日本円で約750億円をAIの研究開発に投資する」と、AIへの注力方針を明かした。日本ではこれまで明示的フィードバックに基づくサービスを提供してきたが、今後は間接的フィードバックの収集・分析機能のリリースを予定している。日本語の自然言語処理(NLP)の機能強化とVTT(Voice to Text)の日本語版リリースも準備中で、2024年中には提供できる見込みだ。
XMはQualtrics製品を導入するだけで実現するものではない。そこでXデータをビジネスで活用するためのアドバイザリーサービスも強化する。そのためのパートナーシップも引き続き推進する予定だ。
EXのトレンド
熊代氏に続いて登壇したクアルトリクス EXソリューションストラテジー マネージャーの東田真樹氏は、Qualtricsが2023年に32の国・地域で約3万7000人を対象に実施した調査で明らかになった以下の5つのEXトレンドについて語った。
- エンゲージメントが高い従業員ほどAI活用に対して寛容的
- フロントワーカー(現場の最前線に立つ従業員)は総じて満足度が低い
- 新入社員のEXが損なわれていて、特に継続勤務意向が著しく低い
- 仕事用のメールやチャットを通した「受動的リスニング」には寛容である一方、ソーシャルメディアを使ったそれには否定的
- ハイブリッド勤務をしている従業員は完全リモートまたは出社している従業員よりもエンゲージメントと継続勤務意向が共に高い
東田氏は5つのトレンドの中で日本企業に特に影響度が高いと考えられるものとして、1のAI活用と2のフロントワーカー対応、5の出勤制度に注目している。
日本企業の生産性向上にAI技術の活用は不可欠だが、エンゲージメントの低い従業員はAI活用に関して後ろ向きであり、特に日本人ワーカーはグローバルに比べてさらに否定的であることがQualtricsの調査で明らかになっている。例えば生成AIを使った文章作成に関しては、グローバルでは61%の人が肯定的に捉えているのに対し、日本では45%にとどまる。スケジュール管理などの個人アシスタント機能についてもグローバルでは51%の人が活用に肯定的だが日本で肯定的な人は30%だ。コーチングや人事考課、採用面接でのAI活用に至っては肯定派は20%を切る。「AI活用の推進にはエンゲージメントを改善して、経営層と従業員の信頼関係を再構築する必要がある」と東田氏は指摘する。特に顧客と直接接点を持つフロントラインワーカーのエンゲージメント改善は重要だ。出勤制度については完全出社も完全リモートも一長一短がある。ハイブリッド型ワーカーはエンゲージメントと継続勤務意向、インクルージョン、ウェルビーングなど全ての項目において高い数値を示している。
上記の事実を踏まえ、東田氏はEXの観点で日本企業が留意すべきポイントを以下のようにまとめた。
- AI活用:テクノロジー導入時には、目的やあるべき姿を明確化して従業員の納得感を高める
- 現場従業員対応:問題も耳を傾けるべき意見も現場にあることを再認識した上でエンゲージメント調査実施後のアクションを強化
- 出勤制度:全社画一的なルールを設定するのではなく、業務特性を考慮した上で、部署・職種毎の最適解を求める
CXのトレンド
最後にクアルトリクス CXソリューションストラテジー シニアディレクターの久崎智子氏が、26の国と地域の20業界2万8000人の消費者を対象に実施した調査結果をまとめた「2024年消費者トレンドレポート」の結果を紹介した。
同レポートによれば、企業が悪い顧客エクスペリエンスを提供したことによって他社に乗り換えられてしまい、生じる損失は全世界で3兆7000億ドルに上るという。1ドル150円換算で実に555兆円だ。日本国内に限っても年間520億ドル(7兆6000億円)の損失になる。
「この金額はCXの市場価値と言っても間違いではないと思う。悪い体験をすると消費者の気持ちは離れてしまう。顧客はスマートフォンですぐライバル会社にアクセスできる。1センチ先には他の企業があると肝に銘じて、CXを戦略に取り入れていくことが重要」と久崎氏は話す。
同調査で購入の意思決定にインパクトがあるものを聞くと、1位は「商品やサービスの質」で、2位が「顧客サービス」だった。以下、「低価格」「デジタル体験」「社会への貢献」と続いた。久崎氏は2位の顧客サービスは現場が主体、その他は全社で取り組むものと捉え、両方の相乗効果によって良い体験を提供できると述べる。
良いまたは悪い体験をした後の行動で最も多いのは「何もしない」で、悪い体験をした後に何もしない人の割合は前年度調査の結果より6ポイント上昇した。これは顧客の不満が売り手に伝わりにくくなっていることを意味する。久崎氏は、「明示的なフィードバックと間接的なフィードバックの両方に目を向けることで、企業は顧客のニーズや期待をより深く理解できる。間接的なフィードバックの多くは、カスタマーエクスペリエンスの実態をより正確に示し、従来のアンケート調査だけでは見えてこない問題やインサイトを明らかにする」と、顧客理解のため、さまざまな接点で顧客の声に耳を傾けることの重要性を強調した。
顧客接点にAIを利用することに関しては「抵抗ない」と答えた日本の消費者は46%。信頼する人としない人が半々というのが現状だ。懸念事項としては個人情報の取り扱いやサービスの質、出てきた情報の信頼性などが挙げられている。人に対応してほしいのにつながらないという声もある。
この結果を受けて久崎氏は「ここはフロントラインの従業員が賄うことができる。コロナ禍ではAIは非対面を実現するために提供するものと考えられてきたが、今は人の対応を効率化し、サービスの質を上げるためにAIを使うことを考えていく必要がある」と語り、CX戦略立案における3つのポイントを紹介した。
- 定量データ、定性情報、構造データ、非構造データを活用すべく、顧客の声を聴くチャネルを拡大する
- デジタルチャネルの正確性や可用性、一貫性を向上させ、Cost to Serveの低減、再購入を促す
- フロントラインにいる従業員が顧客との関係強化に割く時間が増えるようにAIの活用をデザインする
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.