老舗企業の風月フーズがレガシーERPと組織のサイロを乗り越え、データ活用組織になれた理由
老舗食品企業の風月フーズは、旧態依然とした組織風土やシステムの老朽化、サイロ化が課題だった。課題を克服する目的でDXを推進した結果、保守的で前例主義だった社風が変化しつつあるという。
福岡に本社を置く風月フーズは、1949年創業の老舗飲食、食品企業だ。同社は、2020年3月に4代目社長が就任したタイミングでDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進を決めた。
同社の取り組みは多岐にわたる。これまでコミュニケーションツールの導入による情報共有の変革や、レガシーシステムのクラウド移行、ノーコードアプリ開発やデータ連携による業務プロセスの変革などの成功体験を積み上げてきた。従業員が自ら経営データを分析するための基盤も整え、仕事の進め方を工夫しているという。
しかしDX推進を決める前は、旧態依然とした組織風土が根付き、いつ止まるか分からないシステムについても判断を先送りにしていたという。そうした地方の中小企業がDXを推進し、社風まで変化させた背景には何があるのか。自ら「ITには詳しくない」と言う社長は、どのようにしてプロジェクトをけん引し、成功させたのか。
本稿は、アイティメディアが主催したデジタルイベント「Digital Leaders Summit 自力で何とかする企業のためのIT課題解決ガイド」(6月11〜13日)における基調講演「老舗飲食・食品企業が語る、レガシーERPと組織のサイロを乗り越えた先のデータ戦略」の内容を編集部で再構成した。
旧態依然とした組織風土やシステムの老朽化・サイロ化が課題
風月フーズは、福岡エリアを中心にサービスエリアや空港で飲食、食品事業を展開する、1949年創業の老舗食品企業だ。
祖父、父、母に続き、2020年3月に4代目代表取締役社長に就任した福山 剛一郎氏は、「スタッフ同士のコミュニケーションが不足している」「先輩やベテランの経験だけで物事を判断してしまう」「意識が内向きで他の部署の業務に興味を持たない」といった、旧態依然とした組織風土に課題を感じていた。
加えて風月フーズには、「社内サーバの老朽化」「基幹システムの硬直性」「データの可視化」といったシステムに関する課題もあったという。
同社で35年にわたりシステム管理に従事している田中茂任氏(管理部 経理課 課長)によると、社内サーバが老朽化によって頻繁に故障するようになり、メンテナンスに莫大な時間やコストがかかっていただけでなく、OSのサポート終了に伴ってデータベースやシステムの再構築を余儀なくされていたという。
また、給与や財務会計を中心としたオリジナルシステムを長年運用しており、これまでに何度かパッケージシステムの導入を検討したが実現できずにいた。データの保管場所がバラバラで可視化や共有ができていないことや、保存されているデータのフォーマットが異なるためにデータの加工に時間がかかること、作業が属人化していることも課題だった。
コミュニケーションツールの導入やシステムのクラウド化に加え内製化も
こうした課題を克服する目的で、福山氏が社長に就任した2020年3月からDX推進を開始した。
最初に取り組んだのが、チャットツールとグループウェアの導入だ。それまで同社の社内コミュニケーションの手段は、9割超が「直接会って話す」であり、残りの1割弱が電話やFAX、メールだった。
「当社は事業の実施エリアが離れていることもあり、スタッフ同士でコミュニケーションを取るのが難しく、課題を解決する目的でチャットツールを導入しました。グループウェアを活用すれば、誰がどこでどのような仕事をしているかを把握でき、コミュニケーションのハードルが下がります。これらのツールを、まずは10人に満たないチームで活用し、小さな成功体験を積み重ねながら徐々に利用者を拡大しました」(福山氏)
次に風月フーズは、DX推進を強化するために外部パートナー選びを開始した。しかし、数社との面談後に示されたのが、専門的な用語が羅列された見積書と作業工程表だったという。
社内の状況を正確に把握しなければ、それらの適合性を判断できないと考えた福山氏は、もともと組織改革に関する相談をしていた外部のパートナー企業の支援を受け、社内のデジタル環境の可視化に取り組んだ。結果的にそのパートナー企業と共に基幹システムや販売管理システムをクラウドに移行し、PCのリプレースといったハードの課題も克服した。
その後は、「Google WorkSpace」を導入して労務、会計、販売管理システムのさらなる効率化を図るとともに、「Google Cloud」を活用し、商品データ分析やAIによる需要予測を実施。さらなるクラウド化を実現した。
レガシーシステムのクラウド化は、風月フーズに大きなメリットをもたらした。福山氏は、当時を振り返って次のように語る。
「以前から対策を講じるべきだと分かってはいたのですが、当時の経営メンバーに専門的な知識がなく、判断を先送りにしていました。その後私が社長に就任し、クラウドへの移行を決めたわけですが、サンクコストと向き合ったり、クラウド化のリスクを考慮したりしなければならず、判断は容易ではありませんでした。しかし、私が新しいものにそれほど抵抗がないことと、システム担当の田中が背中を押してくれたことが決め手になり、クラウド化に踏み切ることができました。あと一歩で全てのクラウド化が完了するというときに、レガシーシステムが機能を停止したのは、忘れられない出来事です」(福山氏)
風月フーズのDXに関する取り組みは現在も進行中だ。社長の福山氏自らが「Google AppSheet」でアプリケーションを開発し、棚卸業務を効率化したことも大きな改革だった。
同社はサービスエリア内で土産物店を運営しており、店の取り扱いアイテムの数は1000を超える。従来の棚卸では、スタッフがそれらを手作業で集計し、数字を用紙に書き込んで「Microsoft Excel」に転記し、さらに販売管理システムに登録していたが、アプリケーションの導入によって負担が大きく軽減された。
現在も開発の内製化を目指し、パートナー企業の指導の下、有志のメンバーがGoogle AppSheetによるアプリケーション開発を進めている。具体的には、営業者運転日報や保安日誌、人事台帳の作成、経費精算といった業務の効率化に取り組んでいるという。
なぜ地方の中小企業がDXを推進できたのか?
地方の中小企業である風月フーズが、こうした革新的な取り組みを進められた背景には何があるのか。
福山氏は、最も大きな要因として「コロナ禍と経営者の交代」を挙げる。サービスエリアや空港で事業を営む同社にとって、コロナ禍は大きな打撃だった。売上が前年度の半分にまで落ち込み、会社として生き残るためには、経営層だけでなく現場も仕事の進め方を変える必要があった。また、経営者が70代の先代から40代の福山氏に代わったことで、DXを進めやすくなったという。
チャットツールやグループウェアの導入をスモールスタートで始め、現場に納得してもらいながら社内に浸透させていったことや、「次世代システムプロジェクト」という、総務、人事、経理、営業などのメンバー7人で構成される部門横断型のチームを発足したことも大きかった。次世代システムプロジェクトでは、ある部署がシステムを導入した際の成功体験や失敗体験を他の部署と共有し、ノウハウとして蓄積した結果、システムのスピーディーな導入が可能になったという。
決め方にも工夫があった。風月フーズではこれまで、立場や経験に基づいた意思決定がなされることが多かった。しかし今回のプロジェクトでは、決裁機関と検討する場所を分け、検討する場所で検証したさまざまな結果を基に、決裁機関に最終的な決定を仰ぐ仕組みを構築した。
データ活用で従業員のモチベーションがアップ
DXを推進した結果、風月フーズの2023年度の1人当たりの売上高は、コロナ禍前の2019年度と比較して15%増加した。人的売上高やアイテム別売上、アイテム別在庫状況といったリアルタイムデータの確認ができるようになり、月次PL締めの1週間の早期化を実現して、発注や生産計画のスピードアップにつなげた。
そして福山氏が最も大きなメリットだと感じているのが、保守的で前例主義だった社風が変化し、従業員のモチベーションがアップしたことだという。
「以前は他の従業員がどのような仕事をしているかにあまり興味を持たない雰囲気が少なからずありましたが、DXを通じてそうした雰囲気が少しずつ変化しています。『前例が通用しなくなってきた』という声が社内のあちこちで聞かれるようになり、変化を前向きに捉えるスタッフが増えてきて、現場で実際に新しいことにチャレンジするシーンも見られるようになりました」(福山氏)
特に土産物店では、データを見た現場スタッフが仕事の進め方を自分で考えるようになったという。自分たちで売り場を変更したり新しい商品を導入したりした結果、「前年と比べて売上がどう変わったか」をほぼリアルタイムで確認できるため、「こうした方がもっと売れるのではないか」「こんなお客さまにはこんな商品の勧め方が喜ばれるのではないか」といったことを考えるスタッフが少しずつ増えてきているという。
一方で変化についていけず、会社を去るスタッフがいるのも事実だ。しかし福山氏は、「そうしたスタッフの想いも受け継ぎながら、よりお客さまに喜んでもらうための組織作りや経営に向けて努力することが自分の責任だと考えています」と語り、さらなるDX推進に向けて意欲を示した。
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