VDIはもう限界? 専門家が「5年後、VDIは少数派」と予測する4つの理由
MM総研の調べによると、今後5年間でデータレスPC市場は年率で27%成長するという。ポストVDI時代のクライアントセキュリティとニーズの変化についてアナリストが語った。
テレワークをきっかけに広く普及したデスクトップ仮想化はセキュアに利用できる一方で、従業員から「遅くてイライラする」「自宅の個人PCの方が快適」などの苦情が上がることもしばしばだ。
VMware製品の値上げもあって、そろそろリモートデスクトップの仕組みを見直したいと考えている企業も多いはずだ。その手段の一つに「データレスクライアント」がある。データレスクライアントとはクライアントにデータを保持せずローカルで処理を実行するPCを指し、情報漏えい対策の手段として使われている。
MM総研の中村成希氏(取締役 兼 研究部長)は「データレスクライアントは“ポストVDI時代”の情報漏えい対策として今後世界的に成長する可能性がある」と語り、ニーズの変化と導入メリット、求められる理由と課題など、ユーザーの疑問に答えた。
データレスPC市場、5年間で年率27%の成長 その要因は?
当然のことだが、セキュリティ性を高めるにはデータをクライアントに保持しないことだ。そこでVDIやリモートデスクトップなどのPC仮想化技術の需要が高まった。だが、ネットワークの接続状態によってパフォーマンスが影響を受け、環境によっては生産性低下につながる恐れがある。従業員にとって、それがストレスになることもある。
また、BroadcomによるVMware買収によって製品ポートフォリオが刷新され、実質的な値上げとなった。デスクトップ仮想化の運用においてランニングコストの増大を避けたいという思いから、他の選択肢を探す「脱VMware」が進んでいる。
そこで、コストの抑制とセキュリティ課題を解決する手段として注目されているのがデータレスクライアントだ。中村氏の推計によると、データレスクライアント市場は今後5年間で年率27%の成長が見込まれるという(調査対象8社のライセンス販売本数推移予測と平均単価からの推計。図1)。
また、調査対象8社のライセンス販売金額を推計すると、5年間で34%の拡大が見込まれる。2027年度の予測は100億円に迫る市場となりそうだ(図2)。
中村氏によれば、データレスクライアント市場の成長予測の根拠は4つあるという。
(1)VDIやリモートデスクトップ製品のリプレース機会が増加する
MM総研のVDI利用動向調査(2024年7月)によれば、オンプレミスのVDI環境からの脱却を目指して汎用PCに乗り換えたいと考える企業は33.1%(約3社に1社)、DaaS(Desktop as a Service)への移行を望む企業は32.8%であり、VDI環境を維持する企業は少数派だという。
国内で稼働している法人PCは約3500万台あり、そのうちVDIを利用しているPCは約290万台、シンクライアントは約180万台(合計のVDIアクセスデバイスは約470万台)と推定されている。この470万台の約30%が汎用PCに切り替わると仮定すると、約141万台がその対象ということになる。
(2)AI搭載PCの台頭とデータ活用、AI活用の増加
もう一つの理由はデジタルトランスフォーメーションの進展に伴い、生産性向上にデータやAIの活用がトレンドになってきたことにある。中村氏は「意思決定などにデータやAIを活用したいと考える企業が増えている。特にPCで推論を実行する機会が増え、AI PCを利用する機会も今後増えていくだろう。プロセッサの能力を最大限生かして業務の生産性を上げるには、AI PCを含めた汎用PCの利用がふさわしい」と語る。
法人向けPC市場は、2030年にはAI PCが市場の72%を占めると予測されている。中村氏は「2025年を最後にOS更新を目的としたPC特需は減り、耐用年数によるPC更新ではなく、AIによる効果を軸にPC更新を考える企業が増えるだろう。これまではモノが市場を動かしてきたが、これからはコトを起点に市場が変わる」と予想する。
(3)ワークシフトに伴う需要増
テレワークやクラウド活用が一般化する中で、これまでクライアント環境にあまり関心を示さなかった中小企業でも、多様なワークスタイルの実現のためにPCを見直すことが予測される。情報漏えい防止対策のために、コストが高額になりがちなVDI環境よりも、コスト面で有利なデータレスクライアントを選択するケースが増加すると見込まれるという。
(4)コストはVDIの約10分の1というメリット
データレスクライアントは中小企業や予算に制限のある企業でも比較的導入しやすい点がメリットだ。VDIの初期費用とランニングコストの総計と比較すると、約10分の1のコストで利用可能だ。
中村氏は「2026年〜2027年にかけてVDIのリプレースが集中することが予測される。その際に、VDIからデータレスクライアントへの移行、あるいはVDIを補完するためにデータレスクライアントの導入を検討するユーザーが増えるのでは」との予想も示した。
データレスクライアント、導入メリットと4つの方式
データレスクライアントは一般的な汎用(はんよう)PCやVDIと比較して、次のようなメリットがある。
- PCにデータを残さないため、情報漏えいリスクを低減
- ランサムウェアやマルウェアに対して強い耐性がある
- VDIの初期費用、ランニングコストと比べると約10分の1のコスト低減効果が見込める
- テレワークなどの多様な働き方に適合する
- ネットワーク状況に左右されず、安定したパフォーマンスを常に発揮できる
また、中村氏によればデータレスを実現する手段は4つあり、ベンダーによってそれぞれ方式が異なるという。それぞれの違いは以下の通りだ。
- 秘密分散方式: データを分割してそれぞれを別の場所に保管する(ZenmuTech、富士通)
- リダイレクト方式: 作業中であってもPCにはデータを保管せず、全てクラウドに保管する方式(e-Janネットワーク、ハミングヘッズ、NEC、アップデータ、横河レンタリース)
- ROM化方式: OSやアプリをROM化し、作業後はデータを削除する方式(アーク情報システム)
- PC操作制御方式: OSカーネルに介入してデータを残さない制御を行う方式(ハミングヘッズ/一部機能をリダイレクト各社が提供)
これら全てが汎用PCの利用を前提にしている。シンクライアントのように機能が制限されるわけでなく、ネットワーク状態の影響を受けることもなく、離れた場所からでも通常のオフィスに置かれたPCと同じ作業をできる。
データレスクライアントの課題は何か?
中村氏は「データレスクライアントの浸透はこれからだ。現時点では、金融業界でのニーズが高いが、業務PCの情報漏えい対策の代替策や補完策、セキュリティ強化を図る企業にとっても有効な選択肢だ。VDI利用割合の高い金融業、製造業、情報通信業、そしてテレワーク普及率が高い業種からの需要は引き続き期待できる」と語る。
データレスクライアントの最大の課題は認知度の向上だ。「ベンダーの提案はAIや機械学習などに集中しがちだが、ユーザーは管理負荷やコストアップを避けたいという思いが強く、双方の期待値にはギャップがある。その解消を図る必要があるだろう」と中村氏は課題解決の糸口を示す。
ベンダーあるいはSIerは、ゼロトラスト環境の構築やセキュリティ環境改善のためのソリューションとしてデータレスクライアントを提案する必要がある。また、内部不正対策や盗難、紛失対策には、他のソリューションを組み合わせた策を講じる必要がある。全体を考えた提案がベンダー、SIerにはより強く求められるところだ。
なお、データレスクライアントベンダー5社と中村氏のパネルディスカッションでは、日本の情報保護意識の高さや、2008年頃から世界に先駆けてセキュアブラウザを開発してきた実績、クライアント制御技術で世界的な競争力を持つ実力、OSやアプリケーション、ハードウェアを横断する総合的な技術力の蓄積がグローバルでの武器になると語られた。既にアジア各国や欧州圏への進出を始めているベンダーもあるそうだ。
ベンダーへの問い合わせ件数も増加しており、大量導入ケースも出てきているという。ゼロトラストネットワークへの適性もあり、これまでのセキュリティ対策を補完する一手にもなるデータレスクライアント。今後多くのユースケースが出てくると、ユーザー企業にとっても参考となるだろう。
横河レンタ・リース、アップデータ、NEC、サイエンスパーク、e-Janネットワークス共催のイベント「ポストVDIに割って入るか データレスクライアントの優位性と将来像」の講演内容を基に編集部で再構成した。
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