若手 vs. ベテラン 従業員の対立が阻むナレッジ、情報管理の実態と解決策
ナレッジ管理がうまくいかない背景には、「社内の対立構造」があるという。ナレッジを適切に管理して活用する方法を専門家が語った。
個人に蓄積された知識や情報を管理し、組織で活用できるように共有する「ナレッジ管理」は、近年ますますその重要性が高まっている。一方で、多くの企業がナレッジ管理の方法に問題があると感じているのが現状だ。企業のDX推進を支援し、キーマンズネットで「DXリベンジャーズ」「『IT担当者300人に聞きました』をななめ読み」を連載している西脇学氏(DLDLab.代表)によると、ナレッジ管理がうまくいかない背景には「若手とベテラン間などの社内の対立構造」があるという。対立構造を解消し、ナレッジ管理を適切に進めるにはどうすればよいのだろうか。
2024年10月28〜31日に開催された「Digital Leaders Summit Vol.2 2024 秋」に登壇した連載している西脇 学氏が、企業のナレッジ管理がうまくいかない背景や推進に必要なこと、課題別の解決策と抵抗勢力の攻略法について語った。
情報共有、ナレッジ管理を阻む、従業員の対立構造の実態
キーマンズネットが実施した「ナレッジ管理の実施状況(実施期間:2024年2月21日〜3月15日、回答件数:233件)」調査では、ナレッジ活用の課題として「個人に知見がたまるため業務が属人化している」(59.2%)や「複数ツールで知見がサイロ化しており業務効率が悪い」(32.2%)といった項目に回答が集まった(図1)。西脇氏によると、こうした課題の背景には個人間や世代間、部門間で発生するさまざまなギャップや対立構造があるという。
「新人は新しいツールの活用にそれほど抵抗がありませんが、ベテランは従来の仕事の進め方に合う既存ツールでなんとかしようと考えます。一方でベテランは業務経験が多く、新人は少ない。するとお互いにマウントを取り合って対立が生じ、結果として業務経験を継承できず、デジタル活用の習得意欲や速度に差が生じてしまいます」(西脇氏)
こうした状態が放置されるとベテランはますます非協力的になり、新人は成長に限界を感じて転職してしまう可能性がある。西脇氏は、こうした対立構造の放置は企業価値の喪失につながると警鐘を鳴らす。
「社内の対立構造を放置すると、過去の資産が増えることなく消耗して企業のサービスの品質が低下します。これは、企業の強みが時間と共に消えることを意味します。また、人材の流出によって企業が過疎化、限界集落化する可能性があります」(西脇氏)
対立構造を解消し、ナレッジ管理を進める方法
こうした対立構造を解消し、企業が適切にナレッジを管理するにはどうすればよいのだろうか。西脇氏は、「ナレッジ管理を定義して理解を深め、継続的に広報する」「ツールの特徴を理解して適切に活用する」の2点を解決策として提示する。
1.ナレッジ管理を定義して理解を深め、継続的に広報する
西脇氏は、ナレッジを定義し、細分化して理解し、その重要性を社内に広く伝え続ける必要があると強調し、ナレッジ管理を「過去の成功と失敗の経験を再利用もしくは追体験することで、持続的競争優位性を確保するための重要な資産形成」と定義する。
失敗は成功と比較して再現性が高い。一方で、成功は偶然や環境、他者に要因がある場合があり、再現性が高いとは言い難い。西脇氏は、失敗の経験を論理的に整理しながら蓄積して、常識化、定石化することを勧める。
さらに西脇氏は、再利用と追体験、どちらの用途でも活用できることがナレッジの条件だと語る。再利用とはテンプレート化して活用できることを指し、追体験とは、状況や判断をなぞり、構造の類似を想像できることを指す。こうした観点から単純な記録とナレッジの差異を理解することで、ナレッジが「見つからない」「使えない」といった状況を回避できるという。
持続的競争優位性とは、「何をして何をしないか」を選択し、経営戦略として長期的に業界平均以上の業績を上げるために他社とは異なるバリューチェーンを構築することを指す。競争優位性があれば、競合を抑えて効率よく大きな成果を上げられるため、ステークホルダーにとって有益で価値の高い企業だといえる。
ナレッジを資産と考え、適切に運用することも重要だ。西脇氏によれば、適切に運用されることでナレッジは時代に合った変化を続け、企業価値そのものを高めるという。
また、ナレッジを定義するだけでなく、ナレッジ管理の重要性を社内に広く伝え続けることも重要だ。
「日頃の経験をナレッジとして整理、蓄積し、社内で再利用、追体験として活用することで企業としての持続的な優位性を確保できます。こうした行動ルールの体現を従業員全員に求め、適切な制度で評価して組織内に浸透させる必要があります。ぜひ自社の評価制度に落とし込み、意味のある定義として広報を継続してください」(西脇氏)
2.ツールの特徴を理解して適切に活用する
西脇氏はさらに、ナレッジ管理では、ツールの特徴を理解して適切に活用する必要があると指摘する。
前出の「ナレッジ管理の実施状況」調査によると、ナレッジ管理に利用しているツールは1位が「コラボレーションプラットフォーム型ツール(例:『Google Workspace』『Microsoft 365』などでの知識共有)」、2位が「ドキュメント管理型ツール(例:『Microsoft SharePoint』『Evernote Business』などでの知識共有)」だった。
また、「非公式な対話やメモの交換などによる知識共有」や「定期的なミーティングやワークショップでの知識共有」のようなアナログな方法に加え、「チャットやWeb会議機能を備えた社内SNSでの知識共有」も回答率が高かった。一方で「Notion」や「Confluence」といった情報整理系ツールの導入率は13.3%にとどまった。
「リアルコミュニケーション、会話やチャットはその場限りのものでナレッジにはなりません。ドキュメント管理型ツールでファイルを管理しても、ファイルを開くまで内容が分からないため、必要な情報がどこにあるか分からないといった事態に陥りがちです」(西脇氏)
西脇氏は、ナレッジ管理を進める上では、情報整理系ツールの活用が有効だと語る。ただし、現状ではコストが導入を阻む理由の一つになっていると考えられるため、状況に応じて施策を講じる必要があるという。また、運用にも工夫が必要だと強調する。
「例えば、プロジェクト管理ツールの機能を情報整理系ツールに移行して重複コストを削減したり、導入後に運営委員会を設置したりするのがいいでしょう」(西脇氏)
課題別の解決策と抵抗勢力、攻略法
次に西脇氏は、「ナレッジ管理の実施状況」調査で明らかになったナレッジ管理の課題をランキング形式で紹介し、それぞれについて解決策と抵抗勢力・攻略法を提示した。
第4位 属人化・ブラックボックス化(13.53%)
「技術、技能の伝承や標準化が遅れている」「暗黙知化したノウハウが共有されない」といった課題に対し、西脇氏は社内のバックアップ体制の構築を提案する。例えば業務の担当者を一人ではなく複数にすると暗黙知が成立しなくなり、情報が表に出てくるようになる。
この場合、抵抗勢力になる可能性のある「知識を既得権益化しようとする人」が、メインの担当者にならないように留意する必要がある。
第3位 管理文化、成功体験不足(17.65%)
「体系立てて管理されていない」「今までうまくいったことがない」といった課題に対し、西脇氏は、前述の「ナレッジ管理の定義」にのっとった運用を勧める。
抵抗勢力は「変化を拒む人」だ。その人を批判するような考え方を持ってしまうと再び対立構造が発生してしまうため、その人自身ではなく、ナレッジ管理の定義にのっとっているかどうかで評価することが重要だという。
第2位 人材、人員不足(21.18%)
「とにかく人員不足である」「対応人材不足」といった課題に対し、西脇氏は従業員に複数の業務を割り当てることやアウトソーシングを勧める。従業員の役割を複合的にすると隙間時間が減少し、業務効率が上がる。それでも不足がある場合は、アウトソーシングで補完することが望ましいという。
この場合の抵抗勢力は、「業務内容やそれにかかる時間を明確にしない人」だ。
「忙しそうにしているのに、どの業務にどのくらいの時間をかけているかが分からない人がいたら、担当業務について順を追ってインタビューし、業務を分解して組み立て直すことを検討しましょう。意外と仕事がなかったりします」(西脇氏)
第1位 一元化、共有不足(47.65%)
「複数のSaaSを利用していて一元化されていない」「情報の一元管理ができていない」といった課題に対し、西脇氏はツールを整理して情報の活用状況を確認すべきだと強調する。複数のSaaSを利用している場合、機能が重複していたり、使わずに放置されていたりするケースが多い。まずはこうした状況を整理する。次に不要な情報や活用できない情報を溜めていないか、慣習だけで情報の蓄積を継続していないかを確認し、そうした場合は利用を見直す。
抵抗勢力になるのは、「一度始めたらずっと同じことをやり続ける人」だ。このタイプは過去に何かで評価された経験がある場合が多いという。情報の価値や人の評価は常にアップデートする必要がある。
番外 ツールの操作性、検索性の不満
「UIが独特で直感的に使えない」「思ったように検索ができない」といった課題に対し、西脇氏は、「ツール自体の問題ではなく、使う人や使い方に問題があることが多い」と指摘する。操作性に関しては、日常的に利用しているツールと異なるUIに対する抵抗感であることが多く、検索性に関しては、検索性の低いデータを投入していることがほとんどだという。
抵抗勢力は「新しいものを受け入れない人」「自分の作業だけを考える人」で、ツールを理解した上で既存ツールが優位かどうかを検討することが重要だ。また、検索時には再利用、追体験できる情報を用いる必要がある。
西脇氏は、「どのツールを使うかという問題以上に、なぜ必要なのかを社内で啓蒙し続け、使い方を全員で考えることが重要です」と語る。ツールは有用だが、問題そのものを解決してくれるわけではない。
「ナレッジ管理では、社内の対立構造を解消して共に課題解決に挑むことが重要です。全従業員がナレッジ管理の定義にのっとって行動し、全てのステークホルダーにとって価値の高い企業を目指す必要があります」(西脇氏)
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