中部電力は「問い合わせ地獄」からどう脱出した? 導入後1カ月で効果を出す方策(1/2 ページ)
中部電力はあるITSM(ITサービス管理)ツールの導入によって、膨大な問い合わせ件数の削減をはじめとするDXに取り組んでいる。同社が導入したツールとは何か。また、導入後たった1カ月で成果を出すために実施したこととは。
電力大手の中部電力では、約3万人の従業員による大量の問い合わせが毎日発生していた。申請件数や障害対応件数も膨大で、日々これらの対応に追われるDX推進部門の負担が課題となっていた。既存のITSM(ITサービス管理)ツールが2028年1月にEOL(保守期間終了)を迎えることから、同社は新しいツールの導入に踏み切った。
ツール選びで最も重視した点について、中部電力の山田祐揮氏(DX推進室 ITアーキテクトグループ 副長)は「単純なマイグレーション(移行)にはしたくない。ユーザーである従業員に(ツール導入を)うれしいと思ってほしいというのが最も大きなコンセプトだ」と述べる。
こうしたコンセプトで選ばれ、電話での問い合わせ件数の削減をはじめとする成果を出したITSMツールとは何か。また、導入後約1カ月という短期間で成果を出すためにDX推進室が実施したこととは。
中部電力は何を選んだ? 導入後1カ月で効果をたたき出したツール
本稿は、ServiceNowが開催した「ServiceNow World Forum Tokyo 2024」(2024年10月15〜16日)のセッションに登場した中部電力 DX推進室 ITアーキテクトグループ 副長 山田祐揮氏、同社 DX推進室 ITアーキテクトグループの吉村優那氏が「ServiceNowによるITサービスマネージメントDX」をテーマに講演した内容を編集部が再構成したものだ。
中部電力が導入したツールとは、ServiceNowだ。
中部電力では、導入していたITSMが2028年1月にEOL(保守期間終了)を迎えることから、2024月9月にServiceNowで刷新し、ITSMのDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進している。
2028年のEOLに向けて早めに動き出した背景には、ITSMツールがカバーしている範囲が広いため、段階的に他のシステムに移し替えたいという理由があったという。
結果として、問い合わせ1件当たりの解決にかかる時間を30分から27分に短縮した他、ポータルの利用者が増えたことでそれまでメインに実施されていた電話での問い合わせ件数が全体の約半数に減った。また、こうした効率化にとどまらず、ServiceNowによってシステム状況の可視化を図り、運用の高度化や、市民開発のすそ野拡大を計画している。
ITSMツールだけでなく、ITツール全般で導入効果が期待を下回る例は多いが、ServiceNow導入後、わずか1カ月である程度の効果が出た背景に何があるのか。山田氏は「ServiceNowで何ができるか、自分たちが何をしたいのかを明確にした上で導入した」と話す。自社の課題を導入予定の製品で解決できるのかどうかは、製品選びの際に押さえておくべきとされている基本的な項目だが、導入成功のためにやはり重要であることが分かる。
DXで目指す「ユーザーにとっての嬉しさ」とは?
中部電力はDXで目指すこととして「ユーザーを嬉しくする」を中心に据えている。具体的にどういうことだろうか。「『問い合わせが早く解決すればうれしい』『申請のやり方がわかりやすいので嬉しい』『システムを使うにあたり混乱しなかったら安心』などがユーザーにとっての『嬉しさ』だと考えている」(山田氏)。なお、同社が定義するユーザーには中部電力のシステムを利用する従業員と、システム保守スタッフが含まれている。
山田氏は、「中部電力のシステムは、ユーザーとの接点となるPCやスマートフォンが3万台以上あり、さらにサーバが数千台、その上で動くシステムが数百種類ある。約3万人の従業員が数百〜数千のシステムを使っている」と、大企業におけるIT利用の実態を語る。
ServiceNow導入前の中部電力における問い合わせなどの年間当たりの件数は次の通りだ。
- ITシステムの利用や設定に関する問い合わせ:2万件以上
- 新規アカウントの作成などの申請:10万件以上
- ITシステム障害の監視や予兆の検知:4000件以上
- ITシステム障害への対応:2500件以上
ITSMツールの刷新をなぜDXの一環と位置付けるのか
今回のITSMツールの刷新については、システム運用者が中心となり、中部電力グループのシステム会社である中電シーティーアイがサポートした。なぜ、同社はITSMツールの刷新をDXの一環と位置付けるのか。中部電力と中電シーティーアイはServiceNowの利用によるDXのポイントは、「効率化と可視化」「高度化」「市民開発」の3つを挙げる。単なるDX推進部門や運用部門の効率化にとどまらず、可視化や高度化、市民開発といった全従業員を巻き込んだ改革である点がポイントになりそうだ。
効率化はツールの集約が大きなポイントとなる。これまでは問い合わせや申請に利用されるツールが複数あったのをServiceNowに1本化した。ServiceNowに集約されたデータはダッシュボードで可視化した。1日当たり400〜500件のアクセス数があるという。
高度化では、障害対応や脆弱(ぜいじゃく)性管理を見据えたCMDB(構成管理データベース)の設計を進めている。さらに市民開発により、ITSM領域以外のDXにも取り組む。ワークフロー系の他業務についてのアプリケーション開発などで、市民開発のすそ野を広げるプロジェクトを推進している。
山田氏は、市民開発に取り組む理由について「ServiceNowを採用したことで申請作業が1つのツールに絞られた。従業員の作業は楽になり、データも集約されるようになった。今後はITSM領域だけでなく、ServiceNowを活用して市民開発をはじめとする全社的なDXを進めていきたい」と話す。
問い合わせ対応のDX 設定変更後の「ざわつき」を可視化
「問い合わせ対応のDX」では、問い合わせをする従業員が嬉しいことは何かをまず定義した。分からないことがあった場合にすぐに分かったり、マニュアルなどを自分で調べた結果、疑問点が解消すれば「嬉しい」。調べても分からない人がサービスデスクに問い合わせることになる。「すぐに分かる」人は問題ないが、「調べて分かる」人と「問い合わせる」人に対するDXが必要になるとした。
「調べて分かる人、問い合わせる人へのDXを進めるために、まずは指標化した。『調べて分かる』の目標値は、ナレッジの参照件数である年間約1200件だ。『問い合わせる』の現在値は、問い合わせ件数である年間約1万8000件だ。これを約1万4000件に減らすこと、および問い合わせ解決時間を短くすることという指標に基づいて、ServiceNowによるシステム構築を進めている」(山田氏)
ServiceNowのポータルとダッシュボードの導入に当たって、中部電力は解決時間の短縮の指標を設定した。その指標を達成するためのプロセスを考え、実績を取得する項目を設計した結果、指標を含むユーザー状況の可視化を実現した。
ServiceNow導入前は1件当たりの問題解決に平均約30分かかっていたのに対し、目標値を25分と設定した。現在は平均で約27分かかっているという。「導入前よりは早くなっているが、さらにどう改善すべきかが重要だ」(山田氏)
山田氏が最も気に入っているのが、「ざわつき」を可視化するダッシュボードだ。夜間にバッチ処理が異常終了した際や、システム設定を変更した後の翌朝に発生する運用担当者や一般従業員の反応を同氏は「ざわつき」と呼ぶ。
「『昨日実施した作業が原因で社内がざわついているのだろうか』と不安に思うことは、皆さんも経験されたことがあると思う。こうした社内のざわつきを可視化したのがこのダッシュボードだ」
図2左下のグラフを指して、山田氏は「夜間にチャットツールの設定を変更した翌日、設定変更後にチャットが利用できなくなったことを受けて問い合わせが殺到したことがこのグラフから読み取れる。問い合わせ件数がリアルタイムで可視化されたことで、『今、何かが起きている』ことに気付いて障害に対応するスピードが上がった」と語る。
ServiceNowのポータル導入前に問い合わせ手段のメインだった電話での問い合わせ件数は約半数に減った。今後は、ポータルの存在をアナウンスすることで認知度を向上させ、ポータル経由の問い合わせの割合を90%に引き上げたいとする。「ポータル利用拡大のための、さらなるデータ活用、蓄積、活用につなげるための仕組みの実現に取り組んでいく」(山田氏)
高度化や可視化による障害対応などのDX
ITサービス管理の高度化と可視化の取り組みは、CMDBが中心になる。各サーバからサーバ名やOS、ミドルウェア、管理者などの情報をCMDBに集約した。ここで実現した「嬉しさ」とは何か。「運用担当者や保守担当者は、障害が起きたときに障害状況を可視化して、障害情報を共有し、初動を早期化して障害対応を最後までやりきるという高度化や可視化における『嬉しさ』を求めていると考えた」(山田氏)
この「嬉しさ」を実現するために、ServiceNowのダッシュボードでサーバやOS、ミドルウェアの状況を可視化して障害や品質などの現状を把握しやすくした。「障害対応をする運用担当者や保守担当者はダッシュボードを見ることで、いま発生している障害の件数や自分が担当しているサーバ群に影響のある障害が起きているかどうかをリアルタイムに把握できる。サーバ管理者からはシステムの品質も分かる」(山田氏)
現在、同社の中で期待値が高いのが、サーバ同士がどのようにつながっているかを示した「マップ」機能だ。障害対応時には障害発生件数や、サーバごとの障害発生の有無、障害の影響を受けるサーバはどれかといった全体像を把握できる。
脆弱性管理も重要だ。中部電力では年間約2万〜3万件の脆弱性が発見されている。脆弱性情報を集めてCMDBのサーバ情報と照合することで、どのサーバにどのような脆弱性があるかを把握できる。ダッシュボードを使うことで、脆弱性のある機器や対応者、クローズまでの進捗(しんちょく)状況を可視化する。脆弱性管理のダッシュボードはまだ企画段階にあり、2024年度から2025年度にかけて実現する予定だという。
今後、中部電力が目指す高度化とは何か。
「CMDBを中心としてサーバ管理者や運用者、保守者、脆弱性情報や障害発生情報、サーバ情報がつながる。こうしたつながりによってタイムリーに正確な情報を共有できることで障害や脆弱性の初動が格段に早くなり、障害対応の精度も上がる。高度化という難しいレイヤーをしっかり進めていきたい」(山田氏)
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