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船井総研がMicrosoftではなくGoogleのGeminiを選んだ理由 1500人の業務改革の裏側

生成AI導入の成否は、いかに全社員に使いこなしてもらえるかにかかっている。コンサルティング大手の船井総研グループは、その難題に真正面から挑んだ。

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 企業で生成AIの導入が進んでいるが、特定部門での試験的な活用や多くが限定的な活用にとどまっている。こうした中、船井総合研究所(船井総研)グループは2024年11月、約1500人の全従業員を対象に「Gemini for Google Workspace」(以下、Gemini)を一斉導入した。

 同社では、2023年に「Azure OpenAI Service」を利用した独自AIを開発したが、2024年にはGeminiの全社導入に振り切って、コンサルタント業務の効率化を実現している。

 同社は、多くの生成AIサービスがある中で、なぜGeminiの全社導入という決断に至ったのか。また、どのような効果を創出したのか。船井総研ホールディングスの石田朝希氏(グループIT推進部 兼 コーポレートストラテジー部 シニアマネージャー)が、導入の背景や具体的な活用事例、そして今後の展望を語った。

コンサルタントの地道な作業を効率化したい

 船井総研グループは、売上高2億円から10億円規模の中堅・中小企業に特化したコンサルティングサービスを提供する。業種軸では住宅、不動産、医療、介護・福祉、士業、フードビジネスなど、多岐にわたる業界に対応している。テーマ軸ではIPO(新規上場)、M&A、ビジネスモデル構築、マーケティング支援、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進、財務改善、資金調達など、幅広い経営課題の解決のためにサポートしている。

 「コンサルティングの仕事は一見スマートに見えるかもしれませんが、実際には地道な作業の積み重ねです」と石田氏は語る。

 クライアント企業のWebサイトのコンテンツ作成支援を行うのも、コンサルタントの仕事だ。Webサイトの「お客さまの声」ページに掲載するために、手書きで寄せられたアンケート用紙の文字起こしを手伝うこともある。また、B2B(Business to Business)企業向けに営業先リストを作成するケースもある。これらの作業は一見すると地味だが、クライアントの業績向上には欠かせない。そして、こういった業務を生成AIによって効率化できると石田氏は考えた。

「できない役員」から始めた逆転の浸透戦略

 実は船井総研グループでは2023年の生成AIブーム時に、「Azure OpenAI Service」を活用した独自のAIプロダクト「FUN-AIセンパイ」を社内リリースした。ところが、日常業務で活用している「Google Workspace」内のドキュメントが読み込めないことや、継続的な開発リソースが確保できないといった課題があり、十分な活用には至らなかった。

 そこで2024年11月、Geminiの日本語対応を機に、同社は約1500人の従業員への一斉導入を決断。その背景には、自社の業務効率化だけでなく、クライアント企業のDX推進支援という狙いがあった。

 「Google Workspaceは中堅・中小企業で最も普及しているサービスです。そのGoogle Workspaceと密接に連携し、低コストかつセキュアな環境で利用できるGeminiは、中堅・中小企業にベストマッチする生成AIといえます」(石田氏)

 同社では「ショールーム経営」という手法を採用している。これは、クライアントにITツールやサービスを提案する前に、まず自社で利用して成功事例をつくり、そのノウハウをクライアントに適用するというアプローチだ。このショールーム経営実践のためにも、まずはGeminiを自社内で使いこなすことが重要だった。


ショールーム経営戦略(出典:講演資料)

 全社導入前の2カ月間、約150人の従業員を対象にテスト運用を実施したところ、興味深い結果が得られた。66%の従業員が「1日1回使うかどうか」という低頻度の利用にとどまる一方で、1日500回以上使用するヘビーユーザーも現れ、リテラシーの格差が浮き彫りとなった。

 ライトユーザーへの利用浸透を図るための段階的なアプローチを採用した。まず、全社導入に先立って実施した簡単なAI利用テストにおいて、最も苦心していた取締役、役員、秘書チームへの教育を最優先課題と位置付けた。役員やその秘書チームに対して個別の補講時間を設け、丁寧に指導。こうした粘り強い取り組みの結果、経営チームのAIリテラシーの底上げが実現され、それを基盤に全社展開へと移行した。

 またその後は、朝礼での「Geminiベストプラクティス共有会」をスタートした。各チームから週に1つ、業務での活用事例を発表し、その中から特に優れた5事例を全社で共有している。経営層が苦手意識を乗り越える過程そのものが、全社的な活用促進のモデルケースとなった。


カルチャー変革に向けたアプローチ(出典:講演資料)

コンサルティングの多様なシーンで活用

 全社導入後、コンサルティングの現場では、多岐にわたる場面でGeminiが活用されている。例えばマーケット調査では、「日本の不動産会社で売上高100億円以上の企業について、企業名、売上高、従業員数などの情報を表形式で出力して」といったプロンプトを使うことで、これまで時間をかけていた作業が瞬時に実行できるようになった。

 財務分析においては、上場企業の決算書を数期分比較する際、これまでは決算書をダウンロードして「Microsoft Excel」に手入力していた。入力ミスが許されない神経を使う作業だ。Geminiを使えばこれが瞬時に整理して出力され、分析結果まで提示できる。

 業務マニュアル作成でも工数削減の効果があった。ガス販売店向けのマニュアル作成作業においては、「給湯器の取り外しから新規取り付けまでの工程を示した写真付きマニュアル」などを、30分以内に作成できるようになった。これまで若手社員が1週間かけて作成していた作業が、大幅に短縮されたという。

 クライアント向けの視察ツアー企画立案にもGeminiを利用している。100人規模のオーナー経営者が参加する視察ツアーのタイムスケジュール作成作業においては、訪問先の情報から、スケジュール、食事プラン、会場の候補出しまでを、Geminiを使って短時間で完了できるようになった。

 既存資産の有効活用も生成AIの得意とする分野だ。同社では、過去50年分に及ぶセミナーの音源や提案資料をGeminiに読み取らせ、メールマガジンのコラム作成や新たな情報発信のための文書作成に活用している。


ユースケース「ツール素案作成」(出典:講演資料)

一歩進んだGem活用による業務改革も

 石田氏はより高度な活用例として、「Gem」を使用したWebアクセス解析業務の効率化を挙げた。Gemとは、Geminiをベースにオリジナルの生成AIを作成できる機能だ。このGemをWebアクセス解析やWebサイトのコラム文章作成などに活用している。

 クライアントのWebサイトを解析し、課題を抽出し、改善施策を導き出すといった作業を、従来はコンサルタントが人力で行っていた。これをGemに代行させることで、コンサルタントは、より本質的な戦略検討やクライアントとのコミュニケーションに注力できるようになった。


ユースケース「提案内容の案作成」(出典:講演資料)

 この成功を受けて、現在は各ビジネスモデルに特化したGemの開発も進めている。クライアント向けの提案資料作成や業界特有の課題解決など、コンサルティングの品質向上につながるさまざまな用途での活用を目指している。

 「企業のAI導入事例では、システムを開発側が苦労して環境を構築するケースが多いのですが、当社は異なるアプローチを採っています。エンジニアには負担をかけず、ユーザー側のリテラシーを上げることに注力しているのです。グループ全従業員がAIを使いこなせれば、コンサルティング業務の生産性向上や品質向上につながり、新しい価値の創出や社内カルチャー変革が進むと考えています」(石田氏)

 中堅・中小企業のDXが進まないといわれる中、船井総研グループは自社が率先してGeminiを活用し、その経験を顧客に適用することで、社会全体のDX推進をけん引しようとしている。

※本記事は、グーグル・クラウド・ジャパンが開催した「Gemini at Work - Google Workspace -」での船井総研ホールディングスによる講演内容を、編集部で再構成したものです。

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