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製造現場をデータで「見える化」……でも何のために? 現場とのズレが生んだ悲喜劇

多くの企業が現場でのデータ活用に取り組んでいる。筆者が今回取材した工場では、データ活用の目的をめぐって「すれ違い」が発生していた。改善のために始めたはずのデータ活用は、このすれ違いによってどのような事態に陥ったのか。

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 最近、東北地方のある薬品系工場を取材で訪れた。データによって製造現場を「見える化」し、高い生産性を持つ新ラインの実現に生かすというのだ。

 しかし、取材で判明したのは、本社の役員から事前に聞いていた内容と、現場で工員が話す内容に「すれ違い」があることだった……。

役員と現場の“すれ違い” データ活用は何のため?

 筆者はメーカーに新卒で入社しており、新入社員研修で2週間工場に通い詰めた。工場を訪問するたびに当時の記憶が蘇って「エモい」感情が呼び起こされる。

 新人研修ではラインに流れてくる製品を検査して部材を指定の場所に運ぶなど、「お手伝い」程度ではあるが、ものづくりプロセスの一端を実地で体験した。駅から工場に行くバスで決まって流れていたラジオ番組、学生食堂並みの価格で日替わりランチを楽しめた大食堂、同じ工程で働いていた先輩工員と工場に併設された野球場でキャッチボールした昼休み――。ああ、工場は素晴らしい。

 今回取材した取り組みは、現場の導線や作業量のデータを測定し、現場作業を可視化するものだ。

 先述したように、現場の作業を「見える化」することで、高い生産性を持ったラインを新設する目的がある、と取材先企業の役員から事前に聞いていた。

 従来は、誰がどれだけ作業しているかという現場の作業実績は紙のシフト表を参照して記録し、「Microsoft Excel」にまとめていたという。定量的なデータにはなっておらず、現場に負担をかけずにいかに作業データを取得するかが鍵となっていた。

 そこで、リストバンドやスマートグラスに内蔵された加速度センサーから作業データを自動的に取得し、どのラインで作業しているかという場所データは近距離無線通信デバイスのビーコンなどを駆使して取得することで、おおよその作業内容や時間などを把握する仕組みを導入したという。

 ビーコンをどこに設置するかといった試行錯誤を繰り返す中で最適な方法を見いだし、安定したデータ取得が可能になったようだ。役員は「日常業務に影響が及ばない最小限のデバイスを装着することで、現場作業を阻害せずにデータが蓄積できるようになった」と胸を張る。

聞いていた話と違う……工員が語る「データ活用の目的」

 しかし、取材で現場の工員に話を聞いたところ、現場の作業内容をセンシングする目的の認識が役員とズレていることに気付いた。組織における情報伝達の在り方や意思疎通の重要性を再認識せざるを得ない状況だ。

 工員の話によると、作業データは現場作業の改善活動に活用しており、マンネリ化したQC活動に新たな視点を加えるのに役立っているという。QC活動とは製品やサービスの品質を管理し、改善するための取り組みだ。

 また、データ取得対象になっている工程内では高温での熱処理が必要なプロセスがあり、作業場の温度は50度近くまで上がるらしい。熱中症対策など労働環境の改善にもデータを生かすことも検討しているそうだ。

思惑の違いで生じた「ズレ」 誰がこの混乱を収拾するのか?

 こうした話から考えると、どうやら現場で認識されているのは、役員が語った「新たなライン設置に向けたデータ活用」ではないようだ。しかも、工員が身に付けているデバイスの負担は実は大きく、作業の邪魔になることでかなりストレスを抱えている印象だった。現場のリーダーも「冬場はまだいいですが、夏場は身に付けるものをできる限り減らしたい。工員が不快感を持たなければいいが……」と吐露する。

 もちろん「データはこう活用すべきだ」といった決まりごとがあるわけではないから、目的はライン新設でも現場改善でもいい。しかし、取材先企業では立場によって活用の目的の認識がズレていることで話が噛み合わない場面が多かった。

 おそらく工場長などはこうしたズレを認識しているだろうが、現場は自分たちのメリットにならないことはやりたくないのが本音だろう。現場リーダーは「自分たちに関係のないことで作業負担を増やされると拒否反応が出て、現場は協力しませんよ。だから、『自分たちの環境改善につながる』という目的を話して、納得してデータ取得に協力してもらっています」と話す。具体的には、従来紙のシフト表で管理していた情報の整理がある程度自動化されるという分かりやすいメリットを提示しているようだ。

 今回取材した取り組みは、全社的にもいわゆる現場DXの施策として注目されているようだ。しかし、フォーカスしているポイントが立場によって異なるため、投資に対して最終的に成果を報告する場面では一悶着ありそうな気配が漂う。誰がこの「ズレ」を調整するのか、今後の推移を見守りたいものだが……。

誰の顔を立てるべきか?

 作業データを収集して現場を「見える化」して新たな価値創造につなげる取り組みは、工場に限らずオフィスワークでも進められている。IoT技術の進化でセンシング能力も数年前に比べて格段に向上した今、現場がデジタル空間に構築できれば、従来とは違うアプローチで新たな価値を見いだすことも十分考えられる。

 ただし、目的のズレによってプロジェクト自体の評価が下がらないような結果を期待したい。そのためにも今回取材した内容をうまく原稿に落とし込みたいところだが、結局、役員と現場のどちらの顔を立てればいいのやら。どう記事として着地させるか、しばらく悩むことになりそうだ。


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