TOPPAN、AIで従業員5万人の交通費管理を効率化 複雑な管理はどう変えた?
TOPPANホールディングスは2024年1月、AIを活用した経費精算システムの利用を開始した。導入のきっかけと経緯、効果などについて、TOPPANホールディングスのキーパーソンと、開発企業のMiletosに聞いた。
TOPPANホールディングスは2024年1月、AIを活用した経費精算システムの利用を開始した。導入のきっかけと経緯、効果などについて、TOPPANホールディングスのキーパーソンと、経費精算システムの開発を担ったMiletosに聞いた。
コロナ禍で出社率が下がり、定期券代と実際の交通費との乖離が問題に
TOPPANグループはTOPPANホールディングスを持ち株会社とし、TOPPAN(旧・凸版印刷の主要部門を継承した企業)などを傘下に持つ企業グループだ。
TOPPANグループが通勤費と交通費の仕組みを変えたきっかけの一つは、コロナ禍による働き方の変化だった。新型コロナウイルス感染症の感染拡大が起きた2020年、同社は感染拡大抑止のためにテレワークを積極的に導入。その中で交通費に関する課題が徐々にクローズアップされたのだと、同社の諸岡寛治氏(人事労政本部 労政部)と上條智矢氏(人事労政本部 総務部)は当時を振り返る。
「それまで当社では、通勤定期券代に相当する額を半年に1度、給与と一緒に支給していました。ところがテレワークが増えて出社頻度が下がると、切符や交通系ICカードを使って通勤する従業員が増え、支給と実態が不整合になり、従業員の間に不公平感が生じていました」(諸岡氏)
それだけでなく、今後は育児や介護などの事情を抱える従業員の期待に応えるため、柔軟な働き方を可能とする仕組みを整備する必要性を感じていたという。従業員が場所を問わずに働くためにも、交通費のルールを見直し、実態に即した、透明性、公平性の高い交通費の支給方法はないかと模索するようになった。
「交通費の支払いについて、実態と乖離(かいり)している部分が一部存在し、これはコロナ禍前から問題となっていました。これまでの定期券代は、従業員の最寄り駅から拠点までの経路のうち、最も安いものを自動的に選んで算出する仕組みでした。よって従業員からは、『より早く着く経路で通勤したい』などのニーズがあり、最安値ではない経路の定期券を買っているケースもあったようです。会社としても、従業員のそうした要望に応えたいという思いはありました」(上條氏)
交通費の実費支給について検討が行われていた中、状況が大きく動いたのは2021年4月のこと。当時人事労政本部労政部長を務めていた奥村英雄氏が、AI関連システム開発企業Miletosの経費精算システム「SAPPHIRE for Enterprise」(以下、SAPPHIRE)を知った。奥村氏はMiletosに連絡を入れ、そこから導入プロジェクトがスタートした。Miletosの高橋康文氏(代表取締役社長兼CEO)は当時をこう振り返る。
「定期券代は社会保険、労働保険上で『報酬、賃金』として扱われ、給与に上乗せされて支給されます。一方、交通費は経費として、別の仕組みで処理されることが多いと思います。SAPPHIREなら、その両方をまとめて処理することが可能だと思いました。ただ、解決にはTOPPANホールディングスの人事労政部門、システム部門、財務部門などの協力が必要です。今回は、TOPPANホールディングスの数多い方々に支えられてプロジェクトを進めることができました」(髙橋氏)
入退館情報と交通系ICカード情報でAIが「通勤費」と「交通費」を自動判定
TOPPANホールディングスが導入したSAPPHIREは、AIが従業員の出退勤情報と交通系ICカードの履歴を照合し、通勤費と交通費を自動判定する仕組みだ。
例えば、北千住駅近くに住み、普段は仲御徒町駅と秋葉原駅が最寄りのA事業所で働く従業員がいるとする。この人が、茗荷谷駅と飯田橋駅の近くにあるTOPPANホールディングス本社ビルや、茅場町駅近くにある得意先Bを含めて移動するケースを考えてみよう。
ケース1
北千住駅から東京メトロ日比谷線に乗って仲御徒町駅で降り、その後、仲御徒町駅から日比谷線を使って北千住駅まで戻った。この交通系ICカード情報とA事業所の入退館記録を照合すれば、この日はA事業所で勤務したことが分かるので、「通勤費」の扱いにする。
ケース2
北千住駅から東京メトロ千代田線と丸ノ内線を乗り継いで茗荷谷駅で降り、本社に立ち寄った。その後、A事業所までの移動が楽な飯田橋駅からJR総武線に乗り、秋葉原駅で降りてA事業所で勤務。その後はいつも通り、仲御徒町駅から日比谷線に乗って帰宅。この交通系ICカード情報と、本社、A事業所の入退館記録を照合し、北千住駅から茗荷谷駅までと飯田橋駅から秋葉原駅までの移動は「交通費」、仲御徒町から北千住駅までの移動は「通勤費」の扱いにする。
ケース3
A事業所に出社した後で得意先Bに立ち寄るため、秋葉原駅で日比谷線に乗って茅場町駅で下車。得意先Bとの用件を終えた後は、茅場町駅から日比谷線に乗って北千住駅に戻った。従業員側がわざわざ申請しなくとも、AIが秋葉原駅から茅場町駅までの移動を「交通費」に振り分ける。
ケース2にあるように、拠点によっては複数の駅が利用できることがある。また、入退館記録システムが導入されていない拠点もあり、そもそも、取引先などから入退館情報を得ることは不可能だ。さらに、拠点の中には公共交通機関が整備されていないことなどから『社バス』を運行する拠点もあるなど、従業員の移動手段は想像以上に複雑だ。それらの状況に一つ一つ対応する必要があったのは、グループ全体の従業員数が5万人を超える巨大企業ならではのハードルだった。
こうした中、2021年4月の初連絡からまもない時期に、Miletosがデモンストレーションを実施。さらに、従業員10人分の実データをSAPPHIREに入れ、予測した経路と実際の経路を照合する「クイック診断」をした結果、SAPPHIREを使えば課題の解消ができそうだという手応えをつかんだ。そこでTOPPANホールディングスは、2022年6月頃、導入プロジェクトを本格化させた。当初は人事労政部門と、システム部門とMiletosだけが参加していたが、交通費を管理するシステムとの統合を図るため、途中からは財務部門も参加する大プロジェクトとなったという。
「最初のクイック診断でも、AIの自動算出率は100%でした。ただ、複数の経路が考えられる場合、最安値の経路を機械的に採用するのが正しいとは言えません。企業によっては、移動時間の短さや、従業員の皆さまの利便性を優先するケースもあるでしょう。そのあたりはTOPPANホールディングスの皆さまと調整をしつつ、精度を高めていきました」(高橋氏)
通勤費や交通費の申請・承認作業の工数を大幅軽減! リモート手当も自動化できた
TOPPANホールディングスがSAPPHIREの導入にこぎ着けたのは、2024年1月のこと。実現まで予想以上に時間がかかったのは、プロジェクトの規模が大きくなったことに加え、幅広い社内規定について検討や見直しをしたからでもあった。
「議論が白熱したテーマの一つに、途中下車に関する問題がありました。ケース1で、通勤途中の南千住駅にある保育園に子どもを預けてから出勤する人がいたとします。従来なら通勤定期で途中下車して保育園に立ち寄れたのですが、SAPPHIRE導入後は南千住駅での下車を『仕事に関わりのない移動』であり通勤費ではないと自動判定されます。また、仕事を終えて帰宅する途中の上野駅で下車し、日用品の買い物をした場合はどう扱うか。そのあたりは相当議論を重ね、『定期券を使っていた時にできていたことは、事由に応じてできるようにしよう』ということで、通勤費として認めることになりました。システムを導入するのも大変ですが、それに関わる社内ルールについて考えることにも時間を要しました」(上條氏)
開発側のMiletosから見ると、今回の導入プロジェクトで最も大変だったのは、TOPPANホールディングス内にある各種システムとの連携を測ることだったという。
「SAPPHIREは、給与管理システムや経費管理システム、勤怠管理システムなどの既存システムと連携しています。例えば従業員の通勤経路を予測する際には、人事システムから住所情報を得て活用しているのです。でも、人事システムとSAPPHIREは設計思想が違うため、他のシステムから足りない情報を補うなどの一手間を加えました。既存システムに悪影響を及ぼさないようにしながら上手に連携を測るのが、一番難しかったところですね」(高橋氏)
SAPPHIRE導入から1年以上が経過した。導入により通勤費と交通費は自動的に振り分けられるようになり、その結果、定期代支給から実費支給化に伴い発生する、従業員の細かな申告作業を大幅に極小化することができた。同時に、管理職や経理、人事担当者に求められる、定期的な承認作業についても、最小限に抑えられた。それだけでも、十分な導入効果があったとTOPPANホールディングスでは見ている。また、定期券代支給から通勤費を実費化したことで、従業員間に不公平感がなくなったのもメリットだった。
「もう一つ挙げておきたいのは、システムとあわせて制度導入した『リモートワーク手当』の申請、承認にかかる工数も極小化できたことです。TOPPANではコロナ禍以降、テレワーク時に掛かる光熱費などの補助に対するニーズが根強くありました。これがSAPPHIREを導入したことで、入退館情報などから在宅日を自動検出して手当を自動提案できるようになったのです。このため、手当の制度導入を実現することができました。また、テレワーク日に通勤費が発生するようなミスも、自動で防げるのも助かっています」(TOPPANホールディングス諸岡氏)
「高橋さんをはじめとするMiletosの皆さんには、最初の提案からPoC、実装の段階まで、いろいろなことを考えてもらいました。また、こちらの要望に応じてシステムを改修してもらったことも多かったです。そうしてずっと伴走していただいたのが、私たちにとっては心強かったですね」(上條氏)
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