自治体、大規模組織で「Google Workspace」導入が難航する3つの理由と対策
大規模組織におけるGoogle Workspaceの導入には、セキュリティや移行計画など独自の課題がある。本稿では、豊富な支援実績を持つNI+Cが語る「導入でつまずく3つの壁」と、その解決策を紹介する。
日本情報通信(NI+C)は、長年にわたりGoogle Cloudのパートナーとして、企業や団体への「Google Workspace」導入を支援してきた。近ごろは、データ活用のさらなる高度化を目指し、新ブランド「XIMIX」(サイミックス)を立ち上げ、「Google Cloud」およびGoogle Workspaceの導入支援を本格的に強化している。特に、自治体をはじめとする大規模組織への豊富な支援実績を持つ同社が、これまでの経験を基にGoogle Workspace導入のポイントを語った。
なぜGoogle Workspace導入は難航するのか? 3つの課題
NI+Cは現在、多くのユーザーを擁する自治体への支援に注力しており、こうした大規模な導入においては、特に留意すべき3つの課題があると、同社の常田秀明氏(データ&アナリティクス事業本部 クラウドインテグレーション部リーティングエキスパート)は語る。
(1)守るべき対象(数万台のPC、数テラバイトの機密データなど)が多い
(2)高いセキュリティ基準・ルールの順守が求められる
(3)導入に時間がかかりがち
(1)に関して、最も難易度が高いのがID管理だ。多くの組織では、「Active Directory」(AD)などのディレクトリサービスを使って、従業員アカウントの追加・削除や権限変更を行っている。ゼロトラストモデルを実装する上でも、ディレクトリ管理システムが中核的な役割を担うケースが多い。このような環境を、多数のドメインにまたがって統一されたポリシーのもと一元的に運用することは、非常に困難だ。
加えて、データ移行のタイミングも大きな課題だ。メールやカレンダー、ファイルサーバ内のコンテンツなどを、いつ、どのようにクラウドへ転送(コピー)するかは、従業員数が多いほどその複雑さが増す。全体の足並みをそろえて移行を実施することは、非常に難易度が高い。
(2)のセキュリティ基準・ルールに関しては、大規模組織では既に独自のセキュリティポリシーが整備されており、製品の選定および運用もこれらの基準に基づいて行われている。そのため、Google Workspaceを導入する際には、既存のポリシーをいかに適用・再構成するかが重要な検討ポイントとなる。
特に、公共系および自治体系の組織においては、総務省が示すガイドラインに準拠した「三層構造」(マイナンバー利用事務系、LGWAN接続系、インターネット接続系の分離構成)の実現が求められる。これに伴い、αおよびα’モデル、あるいはβまたはβ’モデルといった高度なネットワーク分離設計が前提となるため、導入の難易度はさらに高まる。
こうした技術的および運用的な課題をクリアしなければならず、その結果として(3)の課題、つまり導入に要する期間の長期化という問題も発生しやすい。
一方で、一般企業においてはどうか。Google Workspaceの基本的な利用方法については、中堅・中小企業と大企業の間で大きな違いは見られない。ただし、ID管理やセキュリティの設計・運用においては、それぞれの企業規模や業務の実態に応じた柔軟な対応が求められる。
「導入は段階的に」が鉄則? Google Workspace移行の極意
常田氏によれば、導入前に最も重要なのは、「現行環境と同様の業務が可能である」という安心感を従業員に与えることだ。業務がGoogle Workspaceで問題なく遂行できることが前提となり、これが確認されれば利用ツールを集約・統合し、運用業務の簡素化を図ることができる。結果として、TCO(総所有コスト)の削減につながる。
また、導入は一気に進めるのではなく、既存製品の一部を継続利用しつつ、Google Workspaceと機能が重複する部分を段階的に置き換えていくアプローチが望ましいという。
これにより、従来は困難だった統制の実現が可能となる。例えば、Webブラウザを「Google Chrome」に、業務クライアントを「Chromebook」に切り替えることで、ゼロトラストモデルに近いセキュリティ体制を構築できる。システムをGoogleのツールに集約することで、端末管理やソフトウェア更新、アクセス制御などの運用が一元化され、複雑な管理作業が減少するため、運用管理コストの削減も期待できる。
導入後は、Google WorkspaceをITインフラ全体に展開していくフェーズへと移行する。Google WorkspaceとChrome、Chromebookが密接に連携し、管理コンソールを通じてユーザーや端末、アプリケーションの設定・制御を一元化できる。こうした統合管理により、個別のツールやシステムごとに管理作業を行う必要がなくなり、管理負荷は大幅に軽減される。その結果、運用の効率化が進み、ITコストの最適化も実現する。
現行のIT環境が多様なツールで構成されている場合でも、段階的にGoogle Workspaceへ移行し、機能が重複するツールはGoogleのソリューションで代替することが推奨される。これにより、ツールの統一による管理の一元化が可能となり、運用効率が向上する。さらに、Webブラウザや端末もGoogle製品(ChromeおよびChromebook)に切り替えることでセキュリティポリシーの適用や更新管理が容易となり、セキュリティ強化と運用効率の両立が実現する。
このような移行を進めるに当たっては、既存のIT環境やセキュリティポリシーとの整合性を確保するため、全体のシステム設計を慎重に行うことが重要だ。
Google Workspaceには、二段階認証やセキュリティ監視機能、詳細な共有設定、DLP(情報漏えい防止)、スパム対策といった基本的なセキュリティ機能に加え、「Google Vault」やContext Aware Access、エンドポイント管理などの高度な機能も標準で備わっている。これらにより多くのセキュリティ要件をGoogle Workspaceだけでカバーできるため、別途セキュリティソリューションを導入する必要がなくなる。その結果、追加ライセンスの購入や複数ツールの運用・管理にかかる工数が削減され、ライセンスコストおよび運用管理コストの大幅削減が期待できる。
AI時代の業務支援ツール活用とコスト管理のポイント
ここまでは主にインフラや運用管理の観点からGoogle Workspaceの導入効果を紹介してきたが、実際の業務現場における従業員の業務効率向上も、導入効果を語る上で極めて重要なポイントだ。
NI+Cの技術専門家である増谷謙介氏(データ&アナリティクス事業本部 クラウドインテグレーション部 テクニカルエキスパート)は、Google Workspaceへの移行によって「業務生産性がAIによって大幅に向上する」と強調する。
その背景には、Google Workspaceに生成AI「Gemini」や「NotebookLM」が統合され、ユーザーが日常業務の中で高度なAI機能を手軽に活用できるようになったことがある。これにより、専門知識を持たない一般従業員でも、以下のようなAIによる業務支援を簡単に利用できるようになった。
- Gmail:メールの要約や自動作成支援
- Google ドキュメント:文章の作成支援、リライト、アイデア出し
- Google ドライブ:ファイル内容の要約、詳細情報に関する質疑応答
- Google スライド:スライドの自動生成、画像の自動作成
- Google スプレッドシート:データの自動整理・分析、目的別テンプレートの作成
さらに、NotebookLMの活用により、社内ドキュメントの集約および横断検索、論文や特許文献の要点整理、意思決定支援、従業員教育といった業務ナレッジを生かした高度な情報活用が可能となる。従来時間と手間を要していた情報収集や整理、知見共有の業務が効率化され、より高付加価値な業務へのシフトが実現できる。
また、法人向けGoogle Workspaceにおいて特に重要なのは、セキュリティとプライバシーの確保だ。プロンプトの内容や参照資料、生成された回答や画像、コードなどは組織外に共有されず、GoogleのAI学習にも利用されない。この設計により、情報漏えいや不適切なデータ利用のリスクを回避できるため、セキュリティとコンプライアンスの両面で大きな安心材料となる。
NotebookLMでは、生成コンテンツに出典が明示されるため、正確性の検証が可能であり、AIによる誤情報(いわゆるハルシネーション)のリスクも大幅に軽減される。加えて、作成したノートやナレッジベース、FAQなどは組織やチーム内で共有でき、生産性向上と創造的なコラボレーション促進の両面で高い効果を発揮する。
さらに、Google WorkspaceにはカスタムAI作成ツール「Gems」も備わっており、業務に最適化されたAIエージェントを容易に構築できる。部門や職種ごとの業務特性に応じた柔軟な自動化や個別支援が可能となり、AI活用の幅が一層広がる。
このように、Google Workspaceは単なるコラボレーションツールにとどまらず、生成AIやカスタムAIとの連携により、業務生産性の向上、デジタル化の推進、そして業務効率の飛躍的改善を実現するプラットフォームだ。
これらの効果を踏まえると、Google Workspaceの導入は単なるインフラ刷新にとどまらず、TCO(Total Cost of Ownership)削減に直結する戦略的IT投資として位置付けられる。
(1)ITコストの削減
- ライセンスの統合による重複費用の削減
- ストレージ、Web会議ツールなどの個別契約ソフトの一元化
- 類似機能を持つセキュリティツールの削減
- 物理サーバやネットワーク機器の縮小
(2)デジタル化による間接コストの削減
- ペーパーレス化による印刷・紙コストの削減
- 書類保管スペースの不要化
- オフィスの縮小やリモートワークの促進による出張・交通費の削減
(3)人件費の最適化
- ソフトウェア・インフラの運用管理工数の大幅削減
- 自動化・効率化による人員配置の見直し
- 属人化業務の排除によるリソース再配置の可能性
特に大規模組織においては、セキュリティツールの統廃合が大幅なコスト削減につながるケースが多い。ただし、その実行には技術的な検証やコスト効果の見極めといった専門的知見が不可欠であり、専門家への相談が強く推奨される。
まとめると、Google Workspaceの導入と業務移行により、単一プラットフォームならではの高レベルなセキュリティを実現できる。さらに、ChromeブラウザやChromebook端末の導入も併せて検討すれば、セキュリティはより強固となるだろう。
この過程で既存のセキュリティツールや業務ツールの統廃合を進めることで、ライセンスコストや運用管理コストの削減が見込める。また、高性能な生成AIをセキュアに活用できる点も大きなメリットであり、業務の生産性向上とデジタル化によるコスト削減という二重の効果が期待できる。
導入から既存システムの移行までを段階的に進める柔軟性に加え、セキュリティ強化とコスト最適化の両立が可能である点で、Google Workspaceは一般企業のみならず、高いセキュリティ要件と予算制約を抱える自治体からも高く評価され、支持されるプラットフォームへと成熟している。
本稿はグーグル・クラウド・ジャパン主催のイベント「Google Cloud Next Tokyo」での講演内容を基に編集部で再構成した。
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