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「バックアップないけど復旧して」 情シスを“便利屋”として使い倒す現場の実態

情シスを「便利屋」として扱う現場は依然多い。キーマンズネットでは情シスにアンケートを取り、その実態を調査した。その中で個々のユーザーの問題だけでなく、組織全体の問題ともいえる課題が浮き彫りになった。

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 多くの現場で、情シスはいまだ「便利屋」として扱われ、基本的な問い合わせ対応のために膨大な時間を奪われている。今回、「キーマンズネット」が情報システム部門およびIT関連職に実施したアンケート(実施期間:2025年11月12日〜28日)には、その実態を突きつける声が数多く寄せられた。寄せられたコメントから浮かび上がるのは、単なるユーザーの問題ではなく組織全体で考えるべき課題だ。

「バックアップしてないのに復旧しろ」 情シスを追い詰める迷惑上司

 バックアップ運用を巡る不備は、依然として深刻だ。NASを一次ファイルの保管先として利用しながら、バックアップが一切取得されていなかった結果、故障発生後に高額なデータ復旧費用が判明した。その過程で新規データが失われた、という声も聞かれた。

NASにアクセスできなくなったとの連絡を受けたが、NASは一次ファイルの保存先として運用されており、バックアップは取得されていなかった。このため、NASからHDDを取り外し、Linuxマシンに接続した上で、保存されていたファイルの抽出作業を行った。

 情シス部門が状況を丁寧に説明しても、「何とか復旧できないのか」と現場や経営層から強く求められるケースは珍しくない。データは本来、企業にとって重要な経営資産であるにもかかわらず、その価値とリスクが組織全体で十分に共有されていない点は、大きな課題といえる。

 こうした複合的な課題が積み重なる結果、情シス部門は日々の問い合わせ対応に追われ、本来注力すべき戦略的IT企画やセキュリティ強化に十分な時間を割けない状況に陥っている。

 IT企業でさえ、「自分は社内で一番アナログだ」と胸を張る従業員が存在し、クラウドやチームコラボレーションツールの理解が進まない現状は、この問題の深刻さを象徴している。

IT企業なのに「社内で1番アナログだから」と謎のドヤ顔をしてくる

共有されない共有フォルダ、動かないマクロ、増殖するシャドーアプリ

 次に多く寄せられた声が、クラウド環境に対する理解不足から生じるトラブルだ。

 OneDriveに保存したファイルの共有方法が分からず、結局メール添付に戻ってしまうケースや、個人用と企業用のGoogleアカウントが混ざって混乱するケースなど、クラウドの利便性が十分に生かされていない例は少なくない。

 中でも深刻なのは、退職者のOneDriveに重要データが置かれたままになり、誰が最新版を保持しているのか分からなくなるケースだ。クラウドの「個人領域」に情報が閉じ込められると、退職や異動の際にデータが行方不明になる可能性があり、BCP(事業継続計画)の観点からも重大なリスクとなる。

OneDriveに保存したが、その場所を他人に教える方法が分からず、結局メールでファイルを添付して送付した人がいた。

 クラウドは便利だが、適切な権限管理と共有ルールが整備されていなければむしろ混乱を生む。データガバナンスを組織として体系化していない企業ほど、情シスが“探偵役”として失われたファイルの行方を追いかける羽目になる。

 また、レガシーシステムと最新アプリケーションの世界が混在する環境も、情シスの負荷を高めている。「Excelマクロが『Windows Update』による仕様変更で動かなくなり、代替策の提供を迫られる」という声が複数寄せられた。マクロなどは脆弱(ぜいじゃく)で壊れやすく、情シスにとっては予測できないトラブルを生むリスクになり得る。さらに、老朽化したPCが原因の不具合が発生しているにもかかわらず、リース更新まで我慢せざるを得ないという現場の実情もある。レガシー環境を延命させ続ける構造は、企業全体の効率性を下げてしまう。

Excelのマクロを使ってデータベースからデータを取得しているが、Windows Updateによりドライバーが変更されたり、データ取得方法が影響を受けたりして、アップデートのたびに苦労することがある。現在はインターネットで解決策が共有されているケースも多く、非常に助かっている。

 加えて、ガバナンスの欠如は「シャドーIT」が広がる原因にもなる。情シスが管理していないアプリや機器を勝手に導入し、その使い方を情シスに質問してくるという例は後を絶たない。「filemaker」や「一太郎」「Zoom Meetings」など、部署ごとに独自のツールが持ち込まれ、情シスはそのサポートに追われるという声も寄せられた。導入判断は現場だが、トラブル対応は情シスだ。セキュリティリスクの高いサービスの利用許可を求められるケースもあり、統制の効かないIT環境は組織を危険にさらす。

各部署が独自に導入したソフトウェア(FileMakerや一太郎、Zoom、Mac PC など)について、操作方法やトラブルに関する問い合わせが頻繁に寄せられる。

社長まで巻き込む誤操作、リテラシー不足が招く情シスの時間泥棒

 ユーザーのITリテラシー不足が引き起こす混乱も問題だ。情シスのもとには、「システムが遅い」「ネットにつながらない」といった曖昧(あいまい)な問い合わせが日常的に届く。だが、実際に対応すると、ルーターの再起動で直ってしまったり、PCの電源ケーブルが抜けていたり、Bluetoothイヤフォンが勝手に接続されて音が出ていなかっただけ、といった初歩的な原因であることが少なくない。中には、Caps Lockがかかっていただけでログインできないと大騒ぎする例もあった。

パスワードを正しく入力したにもかかわらずログインできないと大騒ぎしていたが、原因は単にCaps Lockがオンになっていただけだった。

PCのスピーカーが壊れたとの相談を受けたが、実際にはBluetoothイヤフォンが接続されていただけだった。

 こうしたレベルの問い合わせに対し、情シスは症状の切り分けから説明まで一つ一つ対応せざるを得ない。「そもそも何を言っているか理解できず、会話にすら苦労する従業員が多い」とコメントする回答者もおり、状況の把握すら難しいケースが珍しくない。トラブルの内容を正確に伝えられないことで、原因究明に要する工数が増大し、情シスの負担を押し上げている。

そもそも、何を伝えたいのか理解するのが難しく、会話自体に苦労する従業員が少なくない。

 より深刻なのは、ユーザー側の誤解によって小さな問題が大きな騒ぎに発展してしまうケースだ。「システムトラブルだ」と勘違いした従業員が社長や部長クラスを巻き込み大混乱を引き起こしたものの、原因は本人の操作ミスだったというエピソードだ。「時給の高い従業員を含む複数人が無駄な時間を費やすことになり、企業全体の生産性まで下げてしまう」という声もあった。これは個々の能力の問題にとどまらず、一次判断が現場で行われず、全て情シスに押し付けられるという組織的ガバナンスの欠如を示している。

システムトラブルと誤解し、社長や部長級を巻き込んで大騒ぎするケースがある。しかし、実際の顛末は本人の理解不足によるものであることが少なくない。時給の高い人材の時間を浪費することに無頓着で、本人の能力や見識が問われる。

ITは魔法じゃない 情シスを酷使する企業文化が最大のボトルネック

 情シスが“便利屋”として扱われ続ける限り、企業のDXは表面的なものにとどまるだろう。求められているのは、情シスの役割を再定義し、一次対応可能な領域を現場に移す仕組みづくりだ。サポート範囲を明確化し、データガバナンスを再構築し、IT資産のライフサイクル管理を計画的に進めることが欠かせない。情シスが本来の役割に集中できる環境を整えなければ、企業のIT基盤はいつまでも不安定なままだ。

 今回のアンケートで明らかになったのは、情シスの疲弊は個々の能力の問題ではなく、企業文化とガバナンスの問題だということだ。ITを“魔法”と誤解し、問題が起きれば情シスに押し付ける構造を改めなければ、企業のデジタル化は前進しない。情シスを単なるサポート役ではなく、経営のパートナーとして扱えるかどうか。これこそが、DXの成否を左右する分岐点なのだろう。

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