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石井食品、脱AS/400への「4つの戦略」 30年の安定稼働を捨てたレガシー刷新の記録

30年にわたり安定稼働してきたAS/400を、石井食品はなぜ捨てたのか。業務改革をあえて切り離すなど4つの戦略でレガシー刷新に挑み、コスト超過や現場摩擦を乗り越えたプロセスから、システム刷新の本質と成功の条件を探る。

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 石井食品は、1990年代から主要業務を支えてきたレガシーシステム「AS/400」の刷新に踏み切った。AS/400は長年の稼働によって老朽化していたものの、その堅牢(けんろう)性と安定性ゆえに業務に大きな支障はなかったという。それでも同社が刷新を決断したのは、将来の事業成長と柔軟なシステム運用を見据えた戦略的判断によるものだ。このままでは立ち行かなくなるという危機感があった。

 同社はAS/400で構築された業務システムをパッケージ製品と内製システムへ段階的に置き換え、レガシー脱却を成功させた。このプロジェクトを通して、レガシー刷新の最適なアプローチや注意すべきポイントが明確になったという。

 大手コンサルティング会社出身でアジャイル開発の経験を持つ石井智康社長、そして大規模開発の豊富な経験を持つ外部CTOの和智右桂氏の両名が直面してきた課題の数々には、レガシー刷新を検討する企業が参考にできるヒントが多く含まれている。

本稿は内田洋行が主催のイベント「UCHIDA ビジネスITフェア2025」での講演を編集部で再構成した。

「稼働に支障ない」が一番の問題 AS/400の刷新を阻む“安定稼働”

 同社で約30年にわたり安定稼働してきたAS/400は、現在も止まることなく動き続けている。だが、「稼働に支障がない」ことが、ITインフラ改善への着手を妨げる大きな障壁でもあった。和智氏は「AS/400の継続運用には、企業成長を阻害する要因が潜んでいた」と語る。


石井食品 和智右桂氏

 最も深刻な問題の一つは、運用・保守の属人化とブラックボックス化だ。長年の運用の中で個別最適を積み重ねてきた結果、システム全体の構造が把握しづらくなっていた。

 加えて、AS/400を扱えるエンジニアの高齢化と減少が、この属人化に拍車を掛けていた。IBMのプログラミング言語であるRPG(Report Program Generator)を当初から理解している若手はほとんどおらず、シニアエンジニアの知識やノウハウの継承も難しい。将来にわたる継続運用には大きな不安があった。

 さらに最大の課題は、Web APIを活用したSaaSなどとの連携が困難であることだ。AS/400は内部で処理が完結する前提の設計で、バッチ処理こそ得意だが、リアルタイム連携は不得手だ。外部システムにデータを送るだけでも中継層や変換処理が必要となり、コストと複雑性が跳ね上がる。外部環境の変化への即応性が低下するのは明らかだった。

 こうした問題点を認識しながらも、刷新に踏み切れなかった理由の一つは「システムの中身が見えない」ことだ。ブラックボックス化したシステムはリプレース計画を立てること自体が難しく、何をどこまで対応すべきかが判断できない。

 さらに、リプレースには多額の投資が伴う。「機能は従来とほぼ同じで、導入直後はむしろ使い勝手が低下する可能性もある。それでも数億円規模の費用が必要になる」という厳しい現実を、経営層に説明しなければならない。その承認を得るハードルは決して低くない。

 さらに、刷新プロジェクトでは業務改善や機能拡張の要望が次々と持ち上がりがちだ。いわゆるスコープクリープが発生すると、プロジェクトは容易に複雑化し、コストも期間も膨れ上がる。

 一方で、レガシーシステム自体は相変わらず安定して動いている。「あと2〜3年は問題ないだろう」と先送りし、その2〜3年が過ぎてもまた同じ判断をしてしまう。この繰り返しが、刷新へのモチベーションを奪っていく。これこそがレガシー刷新に立ちはだかる最大の壁だ。

業務改革は“あえて”やらない AS/400刷新への「4つの戦略」

(1)第一の戦略は「業務改革を切り離す」こと

 同社の刷新プロジェクト最大の特徴は、思い切ってシステムのリプレースと業務改革を分離した点にある。投資をする以上は業務改善も同時に進めたいという思いは当然あるが、そこをあえて切り離した。石井氏は「勇気のいる決断だったが、この判断こそが成否を分けた」と振り返る。

 「中身が見えないレガシーシステムを、さらに先の見えない未来に向けて同時に変えるのは、未知数が2つある方程式を解くようなものだ。まずリプレースを優先し、将来の成長を支える基盤をつくる。その上で、システムと共に会社を成長させる道筋を議論した」(石井氏)。


石井食品 石井智康氏

 その方針のもと、プロジェクト初期に「まずはリプレースに集中し、業務改革は同時に進めない」という明確な線引きをした。ただし、業務そのものに手を付けなかったわけではない。部署ごとに異なる運用がシステムを複雑化させていたため、業務の標準化・正規化を進め、余分な手順や特殊対応を削ぎ落とした。これは大規模な業務改革ではなく、「未来に持ち込めない脂肪を落とす」作業であり、刷新システムのための地ならしとなった。

(2)スクラッチとパッケージの使い分け

 成長基盤を刷新するとはいえ、全てをスクラッチ開発するのは非現実的であり、一方でERPパッケージに全面依存すればカスタマイズが肥大化する。そこで同社は、自社の競争力や成長を支えるコア領域はスクラッチで構築し、それ以外はパッケージ標準機能に寄せると明確に線引きした。この割り切りが、コストと期間、柔軟性のバランスを取る鍵となった。

(3)外部の複雑性からシステムを守る

 同社の外部環境はSaaSやEDI(電子データ交換)など多様かつ複雑だ。これらの複雑性をパッケージ内部に取り込むと、外部変化への追随がパッケージ側の対応待ちになり、柔軟性が失われる。そこで同社は、外部の複雑性を吸収する専用レイヤーをあらかじめ設計し、変化に強い構造をつくる戦略を選択した。

(4)システム刷新と同時に「人」を育てる

 そして刷新戦略の中核となるのが、改善を続けられる人と組織を育てることだ。同社はプロジェクトを通じてITリテラシー向上に強く取り組み、業務をITで改善する「ITマインド」「カイゼンマインド」の醸成に注力した。

 レガシーシステムに慣れた従業員ほど「システムは簡単には変えられない」という意識を持ちやすく、改善意欲は低下しがちだ。そこで同社はITパスポートの取得を奨励し、手当を支給した。最低限ITの共通言語を理解できる従業員を増やした。

 また、「Excel」を使った業務を「Googleスプレッドシート」に置き換えたことも、改善意識を高めるきっかけとなった。データ連携や関数による自動化など、新しいツールを使う経験が、社内文化の変化を後押ししたと考えられている。

 さらに、新システム導入時には、ユーザー部門から「使いにくい」という声が上がりがちだ。そこで経営層がリプレースの必要性を従業員へ丁寧に説明し続け、現場の変化に寄り添い、理解を得ることを重視した。「『PlayStation』は『ファミリーコンピュータ』よりボタンが多くて最初は戸惑うが、どちらが良いか」といった例えを交え、苦手意識のある従業員も巻き込みながら改善機運をつくり出したという。


システム刷新に向けた4つの戦略(出典:イベント投影資料)

実機検証でも見抜けなかった「不可欠な機能」と巨額の追加費用

 こうした戦略のもと、刷新プロジェクトは本格的に動き始めた。従来、システムはAS/400の販売管理システムを中核に、購買管理や生産管理、現場帳票発行などの周辺システムと連携する構造となっていた。また販売管理と購買管理はいずれも、経理・総務人事領域の会計、経費、給与、勤怠、固定資産管理システムと連動していた。このうち、経理・総務人事システム群は既にパッケージ(「 SmartHR」や「MFクラウド」など)の導入により刷新を完了した。

 残る主要システムをスクラッチあるいはパッケージで置き換える過程では、現場との摩擦は避けられない。開発から導入までの期間、現場には通常業務に加えて確認作業が増え、これまでより使い勝手が落ちると感じる場面もある。

 そこで同社は、内田洋行ITソリューションズと協力し、早期の段階で実機を現場に構築した。テストデータを使って運用イメージを具体化し、現場から要望を引き出すと同時に、現場のキーパーソンが新しい画面に慣れやすくするよう工夫した。また、現場に影響力があり変化に前向きなリーダーを選任し、経営層も積極的にコミットしたことで、現場の協力体制が整った。結果として、経営部門とIT部門、現場のコミュニケーションが活性化し、刷新プロジェクトを推進する強固な基盤が形成された。

 プロジェクトは順調に見えた一方で、幾つか大きな課題にも直面した。その一つがスケジュールの遅延だ。主因となったのは、複雑化したEDI連携への対応だった。食品加工業特有の顧客ごとの多様なEDIが存在し、しかも、その仕様は長年の運用でブラックボックス化していた。

 個別に調査を進め、機能一覧の整備や見積もり作成、さらに現行システムとの比較テストを繰り返したものの、この作業は際限なく続くかのようだった。旧システムは細かな要望に応じて数十年分の改修が積み重ねられており、それを一つ一つ洗い出さなければならなかったからだ。

 こうした検証を進める中で、業務整理の段階では把握しきれていなかったが現場にとって不可欠な機能が存在することが分かり、その結果、大規模な機能復活のための追加開発が必要になった。開発が進行している段階での機能追加は、プロジェクトに大きな影響を及ぼす。現場の運用(=人件費)で吸収する方法も検討されたが、最終的には将来を見据え、開発投資として実装するという経営判断が下された。

 振り返ってみれば、「新システムにかかるコストは、これまで現行システムに投じてきた累積コストと同等」ということであった。

「そんなにかかるはずがない」 刷新で学んだ、開発費見積もりの現実

 スケジュールは1年遅れ、独自開発にかかる追加予算も1億を超える結果となった。だが、同社のシステムは、外部環境の変化にも耐え得る、将来のイノベーションに対応可能な現代的システムへと生まれ変わった。基本構造としては、販売管理パッケージを中核に各種周辺システムを連携させる従来の枠組みを維持しつつ、EDIは専用のEDI変換システムを別途構築し、帳票は印刷基盤を新設して対応した。また、継続的な業務改革を予定しているロジスティックの領域については、独自ソフトウェアを開発した。これにより、柔軟な変更や迅速な修正が可能となり、運用性は飛躍的に向上した。

 プロジェクトを通じて、石井氏は「現場に寄り添った機能改善は実現できた」と評価する一方、将来の戦略的成長に向けては「業務改革を戦略的に進めるプロセスが不可欠だ」と課題も指摘する。今回の取り組みはビジネス変革の「ステップ1」である基盤整備フェーズだ。現在はその次の「ステップ2」である「使いこなしフェーズ」に移り、新たに整備された基盤を活用して効率化と工数削減、プロセス見直しを進め、業務改革とコスト削減、そして投資回収を目指している。

 さらにその先には「ステップ3」として「付加価値増加フェーズ」が控える。ここでは高度な分析やリアルタイム対応の実現に挑み、既存事業の売り上げの拡大だけでなく、新規領域の開拓や経費構造の変革を視野に入れている。

 今回の予算超過が示した重要な教訓として石井氏は、刷新に必要な開発費は「従来システムの年間保守費×運用年数」で捉えるべきだと語る。長年使われたシステムを置き換える場合、機能ベースで積み上げた開発費では必ず足りなくなるという。「例えば、年間保守費が1000万円で25年間運用していれば、約2億5000万円は見込んで計画すべきだ。『そんなにかかるはずがない』と思われがちだが、これが現実だ」と語るその言葉には、実体験に裏打ちされた重みがある。

レガシー刷新は「単なる置き換え」ではない

 今回の取り組みによって、長年ブラックボックス化していた社内の業務プロセスが可視化され、把握・コントロールしやすくなった。さらに、経営層だけでなく各部署からのデータアクセス性が大幅に向上し、データ活用のハードルが下がったことで、日々の意思決定の質も高まった。他システムとの連携可能性も広がり、将来の追加開発やリプレースに柔軟に対応できる環境が整った。システム停止への不安が軽減した点も大きな成果といえる。だが、この刷新の効果はそれだけにとどまらない。

 最も大きな変化は、社内文化そのものに起きた変革だ。従来は「仕組みが変わらないから業務も変わらない」という意識が支配的だったが、今では『必要に応じてシステムを変えられる』『それに合わせて業務も改善していける』という前向きなマインドが従業員の間に定着しつつある。

 石井氏は、「システムと共に、システムを扱う人と文化を育てることが重要だ」と強調する。レガシーシステムの刷新は、単なるハードや機能の置き換えやコスト削減だけが目的ではない。「システムに業務を合わせる」文化から、「業務変化に応じてシステムを進化させる」文化へと組織をシフトさせる取り組みでもある。言い換えれば、システムが従業員の成長とともに進化する組織へと移行することこそ、レガシー刷新の真価だ。

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