AIへの指示は「2.7倍長く」が正解? パナソニックコネクトが語る仕事が楽になるコツ
パナソニックコネクトの河野昭彦氏がDX推進とそれを支えるカルチャー改革について講演した。同社におけるレガシー脱却のための生成AI活用法について語った。
日本の競争力低下を打開するために不可欠なDXを、どう推進すべきか。
パナソニックコネクトの河野昭彦氏(執行役員 ヴァイス・プレジデントCIO)は、同社のDX推進とそれを支えるカルチャー改革について講演し、古い業務プロセスから脱却するための方法や、生成AIにより業務を効率化するための手段を語った。
本稿はアイティメディア主催のオンラインイベント「変わる情シス 2026冬」における、河野氏の講演「脱『レガシー』に向けて情シスが本当にやるべき仕事とは」の内容を基に編集部で再構成した。
日本の競争力低下の原因はどこにある? 変えるべき「3つのレガシー」
河野氏は最初に、日本企業の競争力が過去30年で大きく低下している状況に言及し、「競争力の低下には、個人の努力量だけでは解決できない構造的な課題が潜んでいる」と指摘した。そして、この課題を打破し人材不足の問題を解決する起爆剤として、DXに期待が集まっていると語った。
DXに対しては、業務効率化と顧客体験の高品質化、新たなビジネスモデルの創出、人材育成とスキルの向上という、多方面で大きな期待が寄せられている。しかし、新しいテクノロジーを単に導入するだけではDXは実現できない。河野氏は、テクノロジー活用を成功に導くための3つのポイントとして、企業カルチャーと経営層のサポート、アジャイルな内製開発を挙げた。加えて、「ツールより前に必要なものがある。変われる人と支えるトップ、そして、スモールスタートできる体制だ。これらはIT部門だけでは作ることができない」と語り、組織全体で変わる必要があると説明した。
「ITシステムや、業務のプロセスとルール、組織文化と風土という『3つのレガシー』を変えることが重要だ。ITシステムだけを最新のものに入れ替えても、働き方や組織のカルチャーが変わらなければ、結局は元の古い状態に戻ってしまう。モダナイゼーションを進める前に、業務プロセスを変える準備ができているか、そして企業文化がそれに適応できる状態にあるかが問われる」(河野氏)
これらの変革を成功させるには、現場のビジネス部門が主体となって業務プロセスを変え、トップが企業文化をリードする必要がある。このときIT部門は、全体をつなぐ中心的な役割を担う。「われわれIT部門だけでは変革できないが、IT部門がいなければできないということも認識してほしい」と河野氏は、IT部門の存在意義と重要性を説明する。
「事故ゼロ」より大切にしたこと AI指示が2.7倍に増えた意外な理由
レガシー脱却の土台となるのが、企業カルチャーの改革だ。パナソニックコネクトでは、2017年の樋口泰行社長就任を機に、事業立地改革とビジネス改革、その基盤となるカルチャー&マインド改革という「3階層のトランスフォーメーション」に取り組んだ。
この1階部分にあるカルチャーの改革は、組織と個人のパフォーマンスを最大化するために不可欠だ。どれほど優れた戦略や組織能力を構築しても、それを支える文化が硬直化していれば機能しない。
同社では理想とするカルチャーを実現するため、好ましい行動と好ましくない行動を明確に定義している。思考停止や組織のたこつぼ化、ヒエラルキー主義といった古い習慣から脱却し、学びと成長の意欲、チャレンジ指向、心理的安全性を重視する組織へと変わるため、働き方改革とDEI(Diversity:多様性、Equity:公平性、Inclusion:包括性)、コンプライアンスの3本柱を同時並行で根気よく継続している。「ポイントは『やり続ける』こと。手を替え品を替え、施策を続けることが大事だ」という。
カルチャー改革を加速させるもう一つの軸が、DXの推進だ。急激なビジネス環境の変化に対応するため、同社はクラウドを中心とした柔軟なITインフラの構築を進めてきた。その基本方針は「クラウドネイティブ」「ITセキュリティ強化」「自ら学ぶ」の3点に集約される。
クラウド化と同時に、セキュリティの考え方も「境界型防御」から、あらゆる通信を検証する「ゼロトラスト」へとシフトした。
従来の情報システムは、事故を完全に防ぐことを目的とし、ユーザーの利便性よりもリスクをブロックすることを優先する考え方に基づいて構築された。河野氏はこの従来型の構築を「外資系IT企業に近いモダンな開発環境」に変えるため、用途に合わせた柔軟なセキュリティポリシーを導入した。
従業員がPCを立ち上げてログインするたびに、誓約画面が表示され、同意しなければ利用できない仕組みを構築した。「誓約することで、ユーザーは自由に使える半面、責任は個人にあることを自覚させた」(河野氏)
データ活用のスキルを現場に伝授する
さらに、データドリブンカルチャーの醸成にも注力している。従来、IT部門は現場の要望に応えてシステムを開発していたが、完成品の提供をやめ、データ活用のトレーニングやデータ利用環境の提供へと役割をシフトさせた。
河野氏はこの状況を釣りに例え、「今まではIT部門が、現場が欲しがる魚を配っていた。そうではなくて、魚の釣り方を教えることにした」と説明する。これにより、現場が自律的にデータを集め、分析し、意思決定を行う能動的な組織への転換を促している。
「IT部門が、これまでの御用聞きスタイルから、ビジネス部門と同じ方向を向くパートナーへと変わることで、プロジェクトは成功する」と河野氏は話す。
また、属人化しがちなナレッジの共有と継承にも取り組んでいる。従業員には、情報が不完全なまま残ることを避ける傾向がある。しかしこれでは、個人の経験や気付きが消えてしまう。河野氏は、「何でも残すことを推奨している。不完全なものは生成AIがつないでくれるので、結果的に組織のナレッジになる」と語る。同社はこうした組織と人、システムの変革を進め、DXの推進のベースを構築してきた。
生成AIは仕事を「頼む」相手に進化
ITインフラの刷新とデータ活用を土台とし、同社は生成AIの全社導入に踏み切った。2023年2月17日より、自社特化型のAIアシスタント「Connect AI」を、国内の全従業員約1万2000人に向けて展開している。
同社では、優秀な従業員ほど業務効率化のために無料のAIツールを独自に使い始め、そこに社内の機密情報を入力してしまうリスクが高まっていた。会社が最新鋭のAI環境を整えることは、シャドーAIの問題解決にもつながった。
全従業員が日常的に利用できるよう、Connect AIはシンプルで直感的なユーザーインタフェースを採用している。15種類の汎用(はんよう)的なプロンプトのテンプレートを用意し、複数の生成AIモデルを用途に合わせて選択できるほか、音声入力にも対応している。2024年度のデータによれば、全社で44.8万時間の生産性向上につながる削減効果を上げている。
AIの活用方法は、情報を検索するような「聞く」方法と、作業を依頼する「頼む」方法に大別されると河野氏は語る。「導入当初はAIに質問する『聞く』使い方が主流だ。スキルが向上すると、文章作成やプログラミングのサポートといった『頼む』使い方へとシフトし、生産性が大きく向上する」
事実、同社では当初62.2%を占めていた「聞く」の使い方が、導入から2年後の2025年5月には45.9%に減少し、代わりに「頼む」の使い方が31.9%から41.7%へと増加した。また、AIに入力されるプロンプトの文字数も、導入当初の109文字から273文字へ2.7倍に増えた。
「頼む」の具体例として、若手社員が「ERPベンダーと取引基本契約を締結する場合に、あらかじめ明らかにしておくことを教えてください」と指示して契約書のチェックリストを作成したり、プログラミング経験のない従業員がAIとやりとりしながらRPAのようなツールを構築したりする事例が紹介された。
今後のAI戦略として、同社は「AIエージェント」の活用を計画している。しかし、AIが自律的に手順を考えて実行する「汎用エージェント」をいきなり実現するのは容易ではない。そのため、ワークフローをガイドし決められたルールや閾値に従って処理を実行する「ナビゲーター型」や「ワークフロー型」のエージェントから導入を始め、段階的に高度化しているという。
すでに同社では、経理部門での決裁作成支援や法務部門の下請法チェック、マーケティング部門でのルールに沿ったメール添削など、十数個の業務エージェントが稼働を開始している。
IT部門は「自分を守る」設計を心掛けよ
同社では、属人的な知識の埋没や退職によるノウハウの喪失、システムにデータが眠ったまま活用されないという課題を解決するため、「パナソニック コネクト コーパス構想」を推進している。
構造化データだけでなく、ドキュメントや画像などの非構造化データも含めて社内の情報をコーパスに集約し、AIを用いて経営やオペレーションの高度化につなげる。業務プロセスが改善されることで、さらに高品質なデータが蓄積されるという「データとプロセスの改善ループ」を回すことを目指している。
AIの利用拡大に伴うハルシネーションやバイアス、情報漏えい、個人の権利侵害といったリスクも対策した。リーガル部門と知財部門、IT部門が合同で「生成AI利活用ガイドブック」を作成し、具体的な利用ケースと留意点を全社に周知するとともに、社外にも公開してフィードバックを求めている。
河野氏は同社での取り組みの経験から、「最終判断と行動は、人にしかできない。全てをAIに委ねるのではなく、バランスとしてAIが8割、人が2割ほどの割合で、取り組みを進めるとスムーズに加速する」とアドバイスする。
加えて、IT部門や情シス担当者に向けて、自身で業務を抱え込むリスクを指摘した。問題が起きた際に個人の能力を責めるのではなく、組織やシステムの構造自体に問題があるという視点を持つべきだと話す。「IT部門が全て引き受ける時代ではない。やるべきことを絞り込んで、業務を取捨選択すべきだ」
具体的には、緊急度や重要度の低い依頼の優先度を下げる、例外対応は時間が取られるため原則としてやらない、PCのキッティングやヘルプデスク業務は外部に委託するといった、「割り切り」と「やらない」のリスク管理を徹底することが必要だという。
「あなたが倒れたら、会社のITが止まることを自覚してほしい。自分を守るために、続けられる、継続できる設計をすることが正解だ」と河野氏は語った。
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