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売上95%減、どん底のアスクルが旧システムを捨て、再起をかけた復旧の3カ月半

2025年10月にランサム攻撃にさらされたアスクルは、一時売上95%減という大打撃を受けた。その時復旧を指示した吉岡社長の決断は、既存システムへのデータ復旧ではなく、「ゼロから自力で再構築する」ことだった。その判断に至った理由とは。

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 アスクルは2025年10月、ランサムウェア攻撃を受け、ECサービスが停止する大規模な被害に見舞われた。売上は一時95%減少し、事業の全面復旧までには約3.5カ月を要した。

 被害は、オンプレミス環境で構築していた物流システムに加え、社内システムやSaaSで運用していた問い合わせ管理システムにも及んだ。また、個人情報の漏えいも確認されるなど、経営に大きな影響を与える事態となった。


ランサムウェアによる侵害エリア(出典:セッション提供スライド)

ランサム被害で「旧システムを捨てる」 再起をかけたアスクル決断のワケ

 前例のない被害と復旧対応に直面する中、吉岡氏が掲げたのは「ピンチをチャンスに変え、新たな取り組みを始める」という考え方だった。

 事業がゼロリセットされた。しかし、それは裏を返せば、ゼロから理想の姿を再構築できる機会でもある。そこで「逆境を進化に変える」というコンセプトを掲げ、ゼロベースでAI-DLCに取り組んだ。AI-DLC(AI駆動開発ライフサイクル)とは、人とAIが共創しながら意思決定を行うサイクルであり、新たな価値創造を目指す取り組みだ。

 復旧に向けた判断は、3つの軸に基づいて進められた。1つ目は「被害の拡大防止」、2つ目は「安全かつ安心なサービス再開」、3つ目は「一刻も早い事業復旧」だ。ランサムウェア被害からの復旧では、一般的に侵害前の環境へデータを戻す方法が選択されることが多い。だが、アスクルが選んだのは旧システムを“復旧しない”という選択だった。

 アスクルがシステムを復旧せず、“丸ごと再構築”しようと決断した背景には、攻撃対象がオンプレミス環境にあったことがある。既存環境へ復旧した場合、同じ脆弱(ぜいじゃく)性を残したまま再び攻撃を受けるリスクがあったためだ。

 そこでアスクルは、オンプレミスで運用していた物流システムを「Amazon Web Services」(AWS)へ移行する方針を決定した。クラウドで稼働していた業務システムがランサムウェアの影響を受けなかったことに加え、AWS環境への移行スピードや、AIを活用した安全な再構築が可能だったことも判断を後押しした。

 結果として、従来のオンプレミス環境であれば約3カ月を要すると見込まれた復旧作業は、AWSクラウドへの移行によって約1週間で完了した。また、従来手法では約3カ月かかるシステム再構築も、AIを活用することで約2週間で安全に進めることができた。

 一方で、全面復旧までの道のりは容易ではなかった。新たなネットワーク環境の構築には28日を要し、全国10カ所の物流拠点が復旧したのは発生から108日後だった。

 物流拠点には約7000台のサーバやPCが稼働し、拠点ごとに導入時期や機器構成、OSのバージョンが異なっていた。各機器を個別に調査・除染し、アップデートや更新を行う必要があった。

 吉岡氏は、「大きな反省点は、現場機器に対する評価や管理を十分に行えていなかったことだ。現場機器についても日頃から仕様を正確に把握し、継続的に更新していくことが不可欠だ。これは今回の経験を通じて得た大きな学びだ」と振り返る。

 AI-DLCの取り組みが本格的に始動したのは、被害発生から約2週間後だった。全社朝礼で「逆境を進化に変える」というスローガンを共有し、限られた人員の中で復旧作業と並行しながら、人とAIの共創による新たな価値創造への挑戦を進めていった。


AI-DLCで新たな価値創造を目指した(出典:セッション提供スライド)

煩雑化・属人化した商品担当の業務をAI-DLCで改革、「商品掲載スピード」が2倍に向上

 吉岡氏によると、AI-DLCの本質は「人とAIが共創するライフサイクル」にあるという。

 「人は仮説を立て、意思決定を行い、進むべき方向性を定めることに注力する。一方で、情報収集や分析、生成、提案、開発といった実行プロセスの中心をAIが担う。この共創によって実感したのは、意思決定までのスピードが大きく変化したことだ。仮説を立てて判断し、行動に移すまでの時間が、従来の限界を超えて大幅に短縮された」(吉岡氏)

 従来のAI活用では、人が方針や戦略を決定し、最終的な作業や成果物の生成部分をAIに任せるケースが中心だった。一方、AI-DLCでは、課題発見から解決策の設計、価値提供に至るまでの一連のプロセスを、人とAIが協力して進める点が大きな特徴だ。実践に当たっては、AWSが提供するAI統合開発環境「Kiro」を活用した。

 取り組みは、まずメルマガ作成や広告制作など、日常業務の中で短期間に効果を確認できる領域から開始した。小さな改善と成功体験を積み重ねた後、本格的な取り組みとして、2つのテーマに着手した。

 1つ目は「品ぞろえのスピードを飛躍的に高めること」、2つ目は「ナフサ危機による供給不安の緩和」だ。長年の事業運営によって複雑化・属人化していた商品担当者の業務プロセスを見直し、本来注力すべき業務に集中できる環境づくりを進めた。

 商品担当者は、商品管理、調達管理、データ分析など複数のツールを使いながら、各部門をつなぐ役割も担っていた。そのため、業務負荷が高く、経験や個人の知識に依存する部分も多かった。

 「ビジネスメンバーとエンジニアが同じ画面を見ながらAIと対話し、アイデアをぶつけ合い、その場で改善を進めていった。互いに提案やレビューを繰り返すことで、待ち時間が大幅に減少しただけでなく、業務ノウハウが蓄積され、これまで暗黙知だったものが形式知へと変わっていった。

 AI-DLCによる商品担当業務の改革によって、開発期間は12カ月から6カ月へと半減し、商品掲載までのスピードは2倍に向上した」(吉岡氏)


AI-DLCによってAIの活用領域が大幅に広がった(出典:セッション提供スライド)

「ナフサ危機による供給不足」をAIl-DLCで予測、2週間の作業時間を3時間に短縮

 2つ目の取り組みであるナフサ危機への対応では、商品需要や不足が見込まれる商品を迅速に分析・シミュレーションし、供給元との連携を早めることで、供給の停滞を防ぐことを目指した。

 吉岡氏は、AI-DLCの活用によって需要分析から提案までの意思決定プロセスが大幅に高速化したと説明する。

 「AI-DLCによって、需要分析から提案までの意思決定を大幅に高速化できた。従来は供給元との商談を開始するまでに約2週間を要していたが、AI-DLCを活用することで約3時間で実現できた。私とマーケターの2人で取り組んだが、当初は指示を出してから結果が出るまで10日ほどかかると想定していた。それが、指示を出した当日の夕方には予測結果が提示され、非常に驚いた」(吉岡氏)

 従来の需要予測では、工程ごとに担当者が変わることで、レビューや修正、確認待ちといった時間が発生していた。一方、AI-DLCでは、需要分析や世界情勢の分析、対象商品の特定などをAIが支援し、それぞれの作業を短縮できる。さらに複数の分析や検討を並行して進められるため、意思決定までのリードタイム全体を大きく削減することが可能になった。


AIの伴走により意思決定のスピードが向上した(出典:セッション提供スライド)

 「実際に行ったことは、AI-DLCで構築した仕組みに担当者が話しかけることだった。すると分析結果が自動的に表示され、最終的には資料作成まで行われる。こうした取り組みの成果として、ナフサ危機において、厚生労働省が備蓄していた医療用グローブやシンナーなどの直接供給を当社が担うことができた」(吉岡氏)

 さらに吉岡氏は、AI-DLCを成功させるための4つのポイントを紹介した。

 1つ目は「目的と目標を共有し、覚悟を持って取り組むこと」、2つ目は「全ての関係者を巻き込むこと」、3つ目は「現場へ権限と責任を移譲すること」、4つ目は「AI活用に必要な環境を整備すること」だ。

 「目的や目標が明確でなければ、組織全体が同じ方向を向いて動くことはできない。ビジネス部門とエンジニア、ステークホルダーが一体となって取り組むことが重要だ。また、現場へ権限を委譲することで意思決定のスピードが高まり、担当者自身の成長にもつながる。その上で、AIを最大限活用するための環境整備が欠かせない。エンジニアが安全かつ安心してAIを活用できる基盤づくりへの投資を惜しまず、実効性を高めることが重要だ」(吉岡氏)

 最後に吉岡氏は、経営におけるAI-DLCの意義について次のように語り、講演を締めくくった。

 「経営にとってAI-DLCとは何か。それは、企業理念を実現していくための、これまでにない強力なパートナーだ。AI-DLCの価値は、まさにそこにある」

本稿は、2026年6月25〜26日に開催された「AWS Summit Japan」内で、アスクルの吉岡 晃氏(代表取締役社長 CEO)が登壇したセッション「ランサム危機を転機にーアスクルが加速させた AI-DLC」における解説内容を基に、編集部で再構成した。

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