「Gemini Notebook」で利用者10倍 シニア社員をAIヘビーユーザーにした首都高の考え
「生成AIを何に使えばよいかわからない」という理由により、生成AIの活用が停滞してしまう企業は多い。安全を最優先する故に慎重な組織風土であった首都高速道路でも同様の課題を抱えていた。しかし同社では「Google Gemini」を起点としたある工夫により、劇的に活用状況を改善したという。その具体例を同社の推進担当者が語った。
従業員の平均年齢が比較的高く、従来の業務手順や安全性を重視する風土が根付く首都高速道路では、新たな技術の導入に対しても慎重になりやすく、生成AIをいかに全社へ浸透させるかが課題となっていた。
だが、生成AIサービス「Google Gemini」と「Gemini Notebook」(旧NotebookLM)の導入をきっかけに、月100回以上Geminiを利用する従業員を1年で10倍超に増やし、1日当たり30分以上の業務効率化を生んだ。なぜ、こうした成果を生み出すことができたのか。同社DX推進室の鈴木佑哉氏にインタビューし、生成AIの活用を社内に広げるための取り組みや、具体的な活用方法について聞いた。
平均44歳、首都高の生成AI研修はなぜ失敗したのか?
首都高速道路は2021年にDX推進室を発足し、「首都高DXビジョン」や「首都高DXアクションプログラム」などのDX推進策を順次策定した。建設/メンテナンス分野から顧客サービス、人材育成に至るまで、グループ全体でDXを推進する体制を整えてきた。
毎年、全従業員を対象に実施しているDXアンケートでは、「DXが重要であることは頭では分かっているものの、自身のメリットとしての実感が湧かないため、自分事化できない」といった戸惑いの声が上がった。
この膠着(こうちゃく)状態を打破するきっかけとなったのが、2013年から全社で導入している「Google Workspace」の料金プラン改定だ。
鈴木氏によれば、同社のDX推進には3つの厳しい前提条件があった。従業員の平均年齢が43.9歳(2025年3月時点)と比較的高いこと、ITが本業ではないこと、そして、安全・安心を最優先する事業だということだ。これらにより、スタートアップやIT企業などと比べて変革が起きにくい環境だったという。
この膠着(こうちゃく)状態を打破する契機となったのが、2013年から全社導入していた「Google Workspace」の料金プラン改定だ。2025年1月の新料金プランへの移行に伴い、大幅な追加費用をかけることなく、生成AIサービスの「Gemini」と「Gemini Notebook」が利用できるようになった。入力したデータがAIモデルの学習に利用されないため、機密性の高い情報を除けば、社内データを入力して活用できる。こうした環境を生かし、同社は生成AIを実際の業務で活用することでDXマインドを醸成しようと、動画視聴形式のDX研修を実施した。
しかし、単に動画を配信するだけの研修では現場への定着には至らず、「研修を受けたものの、自分の仕事で何にどう生成AIを使えばよいか分からない」という声も多数寄せられたという。事態を重く見た鈴木氏らDX推進担当チームは、動画によるツールの紹介という一方通行のアプローチから脱却し、推進手法の抜本的な見直しに踏み切った。
全従業員にAI活用するための「3つのアプローチ」
DX推進手法を改めた首都高速道路は、新たに3つのアプローチを採った。
第一のアプローチは、「誰一人取り残さない」全社レベルでの底上げだ。一部のAIに強い従業員だけが高度な活用を駆使できることを目指すのではなく、従業員のDXマインド醸成を最重視し、日常業務や応用業務で生成AIを使える状態を目標に設定した。
「今、生成AIを80%のレベルで使っている一部の従業員を100%に引き上げるよりも、全く使っていない0%の従業員を50%にまで引き上げるほうが容易であり、会社全体の業務効率化という観点でも圧倒的に効果が大きいと考えました」(鈴木氏)
第二のアプローチは、対面によるハンズオンワークショップの実施だ。メール作成や手書き文書のテキスト化、データ分析など、高頻度かつ効果の大きいユースケースを厳選した。DX推進課のメンバーが自ら講師となり、グループ会社を含む約500人を対象に全23回の研修を実施した。
第三のアプローチは、トップダウンでの理解促進だ。現場のスキルを高めて活用を促進しようとしても、管理職が生成AIに否定的では取り組みが停滞してしまう。
「従業員が生成AIで作った画像を会社のサイトに使いたいと提案したとき、上司が『生成AIで作った画像など使えない』と否定すれば、活用はそこで完全にストップしてしまいます。そうならないよう、管理職層にもしてもらえるようワークショップを実施しました」(鈴木氏)
局長・部長級向けに階層を分けてワークショップを開催したことで参加者からの評判も良く、実務における生成AI活用の意義について管理職層の理解を深めることにつながった。
Gemini Notebook起爆剤に、1年間で利用率が10倍超
地道なアプローチは確実な成果をもたらした。Geminiを月に100回以上利用する従業員数は、2025年2月時点では22人だったものが、1年後の2026年2月には224人へと10倍以上に増え、月間アクティブユーザー数はほぼ100%に達した。2026年5月に実施した全社アンケートでは7割以上の従業員が「1日当たり30分以上の業務効率化」を実感しており、平均して約48分の時間削減効果を生み出しているという。
この急速な普及の起爆剤となったのがGemini Notebookだ。ファイルをアップロードするだけで、それを情報源にしてAIを活用できる手軽さや、読み込ませたソースだけに基づいて回答するためハルシネーションがほぼ発生しない仕様が、AIの精度に懐疑的だった従業員からの信頼を獲得した。
「文書作成やFAQのほか、動画作成やスライド作成など多様な用途に対応でき、作成したノートを他のユーザーと共有できる点が、多くの従業員に刺さったと感じています」と鈴木氏は話す。
規定のFAQ化から教育用動画の作成まで、Gemini Notebookを実務で活用
首都高速道路の現場では現在、Gemini Notebookが実務のさまざまな領域で活用されている。
代表的な活用例が、3000を超える社内規則や技術要領などのFAQ化だ。規定をカテゴリー別にアップロードして全社共有のノートを作り、担当部署の問い合わせ対応の負担軽減と検索スピードを向上させた。民営化20周年を記念した社史の編さんでは、過去の社史や直近の会議資料などを読み込ませて原稿の草案作成を自動化している。
また、料金所をキャッシュレス化する「ETC専用化」に伴う新たな料金所運用ルールの周知に向けて、既存のマニュアルを情報源としたスタッフ教育用の動画を生成している。他にも、アンケート集計結果を基にしたスライド資料の自動生成や、過去の決算書と他社資料の相違点抽出など、複雑な情報の理解と分析スピードの向上などにも役立てている。
「ベテランの従業員が自作したノートブックが共有され、社内で活用されるケースも増えています。振り返ってみると、まさにGemini Notebookの導入が全社的なDXマインド醸成の起爆剤になったと感じています」(鈴木氏)
アプリ開発や新規事業創出、今後はAIエージェントにも拡大
生成AIの活用は、定型業務の効率化にとどまらず、システム開発や事業開発の領域にも及んでいる。
例えば、プログラミング未経験の従業員が、AIと対話しながらアプリを開発できる「Gemini Canvas」機能を利用し、契約関係書類のデータ入力から書類作成までを自動化するWebアプリを開発した。新規事業の提案制度ではDeep Researchを活用し、Googleマップの口コミを分析して競合他社の強みや弱みを定量的に把握するなど、アイデア創出から事業計画策定までのプロセスで役立てている。次のステップとしては、AIエージェントの開発と運用を見据えた「Google Workspace Studio」の利用推進に力を入れ始めているという。
こうした活用領域の拡大や新たなステップへの移行と並行して、同社は組織全体に生成AI活用を根付かせるための3つの定着施策を実施している。全従業員が活用アイデアを投稿できる「活用ケース集」の運用と、実践的なアイデアを年度ごとに表彰する「DXアイデア・アクション投稿」制度、そして、データ可視化ツール「Looker Studio」によりGeminiの毎月の利用状況をダッシュボードで可視化する取り組みだ。
「全社的な数字の把握にとどまらず、部署ごとの利用状況まで可視化することで、各組織のモチベーション向上を図れます。活用が停滞している部署も分かるので、対応策や的確なフォローアップにつなげています」(鈴木氏)
一連の施策を通じて組織全体への定着を図っている同社だが、生成AIの導入そのものはDXのゴールではない。しかし、現場の意識を変革し、組織全体のDXマインドを醸成する点で、生成AIは極めて強力な起爆剤となる。
鈴木氏は「DX推進や生成AIの活用推進を担う部署や担当者が、泥臭く、しつこく、熱意を持って推進しながら、従業員の小さな成功体験や感動体験を段階的に積み重ねていくことが非常に重要です。同じ課題を抱える企業と共に、DXや生成AIの活用推進に取り組んでいきたいと考えています」と語った。
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