スマホ画面にもクリック感をもたらすバーチャル触覚技術「パプティクス」とは:5分で分かる最新キーワード解説(2/3 ページ)
つるつるのディスプレイにボタンの存在を感じさせる。触覚フィードバックの技術「ハプティクス」がVRやARの世界を広げる。
ツルツル画面に振動や電気刺激で触感を生み出すハプティクス研究
さて、特に今、ITユーザーに最も注目されているのがタッチパネルへの触覚提示だろう。Apple WatchやMacbook ProのタッチパッドにはTaptic Engineと呼ばれる技術が採用され、振動子によって手首をたたかれた感覚の通知バイブレーションや、タッチ操作の際の「押した」感覚を作り出している。
新発明のようだが、実はタッチパネルへのクリック感をアクチュエータで生み出す技術は、「ActiveClick」として2001年に日本で世界に先駆けて発表されたものだ(福本雅朗氏、杉村利明氏)。
それ以前から「触覚ディスプレイ」は存在した。視覚障害者用の点字や点図を小さなピンを詰め込んだボックスのピンの高さで表現するものだ。しかし、モバイルデバイスで同様の機構を使うには画面を遮ってしまうため無理がある。そこで薄型触覚ディスプレイは3つの方式が考えられた。
1つは全面をモーターや圧電素子、ボイスコイルで振動させる方法(ActiveClick)。これは指先が画面のどこに触れたかをタッチパネルで検出し、その場所に応じた振動を生成する。画面全体が振動するにもかかわらず触れた指先で振動を感じ取れるが、指よりも細かな形などを提示することは出来ない(空間解像度が低い)。
もう1つはタッチパネルや筐体背面にフィルムを貼って帯電させ、指が触れた時に形成されるコンデンサによって皮膚を吸着するもの。帯電電圧や周波数を変化させることで凹凸感が生じ、よりリアルなテクスチャーを表現できる。ただし、指を動かして摩擦の変化を感じないと感触が伝わらない。
そして3つ目に挙げられるのが、電気通信大学情報学専攻の梶本裕之准教授が開発する、皮膚の神経を直接電気で刺激する方法だ。梶本氏は2012年に透明電極を使って、他の方式よりも微小な凹凸感やテクスチャーを表現可能なデバイスを考案した(Skeletouch:図4、図5)。
透明電極は最初からタッチパネルの機能を備え、特別な駆動装置が不要なので、さまざまなデバイスへの応用が利きそうだ。
図5 512個の電極を実装した透明電極を装備したスマートフォンによるデモ。(左)テクスチャーの異なるボタンの感触を確かめながら操作可能(右)弦(白い線)を指ではじくと音がなるバーチャルハープ(出典:電気通信大学 梶本裕之研究室)
タッチパネルでの触覚提示は、製品として今のところ「触った」「押した」ことが確認できるクリック感などを実現できた。さらに指の動きのセンシングから触覚提示までのタイムラグをできるだけ小さくし、違和感がない操作感とする必要があり、さらに次の段階では指よりも細かい形状を提示することがマイルストーンとなる。
梶本氏は「この方式でキーボードのクリック感はもちろん、描画アプリなどでクレヨンや鉛筆、ボールペンなどの使用感覚も表現したい」という。これは現在の技術の延長上で十分実現可能なようだ。
電気で神経を刺激して触覚を生み出す仕組みとは?
電気で直接神経に情報を伝える仕組みが分かりにくいかもしれないので、少し解説する。皮膚感覚は、機械的な刺激に対して幾つかの種類の受容器が分担して応答することで成り立つ。
例えば、皮膚下0.9ミリのところにあるメルケル細胞(Merkel Cell)は静的なひずみに応答して純粋な圧覚を生む。また、皮膚下0.7ミリにあるマイスナー小体(Meissner Corpuscle)は15〜100Hzの低周波振動に共振してパタパタという振動感覚をもたらす。皮膚下2ミリ以上の深部にあるパチニ小体(Pacinian Corpuscle)は60〜800Hzの高周波振動に共振し、音叉に触れたような振動感覚や指全体の痺れを生む。つまりこれらの受容器は図6のように時間的役割を異にする(図6)。
また、空間的な役割も違う。メルケル細胞は細かいパターンを検知し、マイスナー小体は皮膚上の細かい動きに応答し、パチニ小体は広い面積の動きに応答する。これらの役割分担と、提示したい情報とを関連づけてまとめると、図7のようになる。
これらの情報を全部うまく伝達できるハードウェアはない。しかし、電気刺激では、ある程度各種の受容器を選択的に刺激して、多様な触感を生み出せる。梶本氏は陰極刺激によってメルケル細胞に圧覚を生じさせ、陽極刺激によってマイスナー小体に振動覚を生じさせられることを発見した。各刺激モードを組み合わせると、多様な機械的変形に対応する情報を神経に伝えられる。
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