スマホ画面にもクリック感をもたらすバーチャル触覚技術「パプティクス」とは:5分で分かる最新キーワード解説(3/3 ページ)
つるつるのディスプレイにボタンの存在を感じさせる。触覚フィードバックの技術「ハプティクス」がVRやARの世界を広げる。
ハプティクスの応用領域は?
ハプティクス研究事例を幾つか紹介したが、実際にははるかに多様な応用研究がある。梶本氏によると、最近の研究から見る応用領域は次の5つに分類できる。
(1)タッチパネル
入力装置としてもっと使いやすいよう、触覚で操作のガイドや確認ができ、かつ繊細で微妙な描画操作なども反映できるようにする。また閲覧装置としてテクスチャー感などを表現できるようにする。コンテンツのリアリティを生み、臨場感、没入感をさらに高める。
(2)感情・愛情表現
映画鑑賞時にシーンにあった情動を引き起こすような振動(ドキドキ、ビックリなどの生理反応を再現)をジャケットなどで提供する。いわば触覚によるBGMだ。また、ハグの感触を遠く離れた人同士で共有し、愛情を確認することも考えられる。自閉症治療にも応用可能かもしれない。梶本氏は体毛もこのような情動に関連するとして制御の研究を行っている。
(3)ナビゲーションやインストラクション
熟練者の体の使い方をトレーニング中の人の身体に伝える。例えば、スポーツ選手の筋肉の動きを、一般のトレーニング中の人の身体に再現し、動かし方を学んだり、バイオリニストのバイオリンと手や腕の動きを再現したりできる。なお、梶本氏はハンガーを頭や腕、腰に装着すると体の向きが自然に変わる「ハンガー反射」に着目し、側頭部や腰部を圧迫して運動のガイドを行うことも研究中だ。
(4)リアリティやマルチメディア
視覚や聴覚と触覚を組み合わせることで、VRやARにさらにリアリティが生まれ、臨場感と没入感を増やせる。例えば、バーチャルなバドミントンの試合を行う時に、手元のラケットの動きに合わせてシャトルを打つ振動の感覚と打音を同時に再現できれば、より現実に近いものになる。振動子付きの空のコップを持って、ビールが注がれた感触やシュワシュワ感まで味わえる。
(5)全身性:身体全体への触覚提示
指先などの身体の一部でなく、広いエリアに触覚を提示することで臨場感や没入感は大いに増す。例えば、1536点の電気刺激が行える手のひら全体への触感提示デバイス(図8)、衣服や体を包み込む袋の中の小さなビーズをスピーカーで振動させる全身触感提示デバイスなども試作された。音楽に合わせてシャワーの水勢が変わる「Jorro Beat」という楽しそうなシステムも考案された。
この他にも、ロボット操作やマテリアルハンドリングへの応用も古くからの代表的な応用領域だ。ロボット手術システムでも、医師の手に手術部位の硬さや柔らかさを伝えることが期待される。また、指などの感覚を増幅して製品の微細な傷などが発見できるグローブ、商品の材質感を遠隔から確認するシステムなど、製造にとどまらず物販にも応用領域が広がる。
梶本氏は「触覚の解明と応用の研究が同時並行で走っているのがハプティクス分野の魅力」という。今後は個々の触感の質の向上はもとより、クロスモーダル(複数の感覚の統合的な提示)を実現するための高応答性、提示部位の大面積性(全身性)が重要だ。
現実に、リアリティや臨場感に必要なアプローチと触覚研究のアプローチが、「応答性」「触覚の質」「提示対象となる身体部位領域」の3軸でそれぞれに進む。従来は、図9の下の矢印のように多くの「触覚を研究するアプローチ」が「指先」で高品位な触覚を提示することに注力してきた。現在は上の赤い矢印のように、コンテンツ全体としての価値を触覚によって高めるために必要な研究開発アプローチが重視されるようになり、研究開発が今後はますます盛んになりそうだ。
関連するキーワード
Taptic Engine
2015年、Appleが発表し、Apple WatchとMacBook Proに搭載したハプティクス技術。「tap」と「haptic」を合わせた造語。
「ハプティクス」との関連は?
振動子で触覚を提示する技術は、ハプティクス領域で古くから継続して研究される。Taptic Engineは、MacBook Proで実際には動かない平面のタッチパッド上で指による操作をすると、横方向の振動が生じ、指で何かを押下した感触となって伝わる。
ピエゾ振動子
圧電素子(piezoelectric element)とも呼ばれ、電圧をかけると振動するか、圧力をかけると電圧を生む、圧電効果と呼ばれる現象を起こすデバイス。アクチュエータやセンサーの他、発振装置やインクジェットプリンタなど、多様な用途に用いられる。
「ハプティクス」との関連は?
スピーカーと同じように電気で振動を起こせ、コンパクトなサイズで省電力なことから振動を用いて物体の形状や動きを再現することに利用される。複雑な振動により、バーチャルなボタンの押下や動きの感覚などを提示できる。
空間分解能
2つの物体があるとして、それが1つではなく独立した2つのモノとして認識できる能力のこと。空間分解能が高いほど、微細なモノを認識できる。
「ハプティクス」との関連は?
手の指先、腕、足裏など、人間の身体の各部位で皮膚の空間分解能は違う。振動を用いるにせよ、電気を使うにせよ、対象とする身体部位の空間分解能によって、適切な触覚を提示するのに必要なデバイスの種類や数量が異なる。例えば、唇は空間分解能が高く、足裏は低い。
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