AI導入は苦悩の連続、パーソルは3つの壁にどう立ち向かったのか
パーソルテクノロジースタッフは、求人ニーズと求職ニーズをマッチングさせる業務の効率化を図ろうと、AI(人工知能)を活用したシステムの開発に着手した。しかし、その道のりは苦難の連続だった。
ITや機械などのエンジニアに特化した派遣事業を担うパーソルテクノロジースタッフは求人ニーズと求職ニーズをマッチングさせるコーディネーション業務にAI(人工知能)を活用し、デジタルトランスフォーメーションへの一歩を踏み出している。しかしAIの導入は苦労の連続だった。
初期には機械学習に必要なデータがそろっておらず、社内に「十分なデータを残す文化」も根付いていない。最新技術への理解も十分ではなかった。さらに本番開発を始めると必要な人材を見つけることに苦心したという。
同社はこうした壁をどのように乗り越えたのか。パーソルテクノロジースタッフの鈴木規文氏(新規事業開発本部 テクノロジー推進部 部長)が、プロジェクトの苦労とそこから得られたAI導入のノウハウを語った。
経営トップから「テクノロジーで新しい景色を見せてくれ」というミッションが下される
同社がAIの導入を検討した背景には、経営トップからの「テクノロジーで新しい景色を見せてくれ」というミッションがあった。「何をやればの良いのか分からなかった」と鈴木氏は言う。
同社は、これまでもITによって業務を改善する取り組みに注力してきた。しかしITや機械などのエンジニアが不足する中、求職者を集め、求人ニーズとマッチさせるためのコストは増大。既存の業務改善だけではその課題を解決できなかった。今後は「自社の強みをテクノロジーでさらに強化する」施策が求められた。
「パーソルグループは1000万人以上の求職者情報と63万件以上の求人情報を保有しており、その中から最適なマッチングを提案できることが強みです。この強みを伸ばしてコーディネート業務を効率化させるために、AIの導入を検討しました」(鈴木氏)
同社の基幹システムには求職者の属性、企業の求人関連情報が登録されている。従来、コーディネーターは基幹システムからマッチングの検討材料となる情報を入手し、就業希望者の情報と求人情報とを照らし合わせて適合性を判断していた。
「基幹システムから情報をスピーディーに検索できる仕組みは整っていましたが、仕事の進め方は“アナログ”的で、紙資料を使った作業が中心でした。また、コーディネーターの経験やスキルによって生産性やマッチングの精度に差が出る恐れがありました」(鈴木氏)
こうした課題を背景に、鈴木氏は機械学習を使った分析によってコーディネーター業務をサポートするシステムを独自に開発することを考えた。基幹システムのデータを基にAI技術による分析を実施し、「マッチングの可能性がある」求職者と企業の組み合わせを自動的にリスト化。このリストを基に、コーディネーターが判断を下せるようになれば、業務を効率化できる。新たに創造された時間で、コーディネーターが求職者の話を聞き、共感することにより多くの時間を割けるようになると考えたのだ。
それだけでなく、AIによる分析を実施することでマッチングの精度を向上できる可能性もある。分析の中で新たに求職者と企業の相性を決定付ける要因を見つけられるかもしれない。こうした効果を期待して、2017年にはIT企画部門が中心となってAI導入のプロジェクトを始動させた。
苦労ポイント1 データ環境の未整備
しかし、同氏はプロジェクトをスタートさせてすぐに最初の壁に突き当たった。
「基幹システムの中には、機械学習を実施するのに十分なデータがありませんでした。例えばマッチングが成立したケースでは、契約書の作成のためにデータ自体は保管されていますが、足りない情報も多い。また成約に至らなかったケースでは、そもそも履歴を残していない場合もありました」(鈴木氏)
そこで、まずは基幹システムと情報システムからデータを切り出し、情報を統合。それらのデータを蓄積して分析を可能にする分析基盤システムを構築した。安全に個人情報を扱える仕組みも作り込んだ。
並行して、必要なデータが継続的に蓄積されるよう現場にデータの入力を徹底することを呼び掛けた。
「当時は、システムにデータを残す文化や習慣が根付いていませんでした。そこでマネジャーが従業員の業務プロセスを把握、評価する際に、従業員からの報告だけでなく、基幹システムのデータも判断要素に含めるとしました。データを登録するまでが業務であるという意識を根付かせることで、必要なデータが『残る』ようにしたのです」(鈴木氏)
苦労ポイント2 モデル調査、PoC(概念実証)段階では100件超のテクノロジー調査が必要に
2018年4月には、次のステップとして、「どのような技術をどこに適用すればよいのか」を見極める「モデル調査」に進んだ。利用できる技術はRPA、チャットbot、AIサービスなど多種多様だ。
「従来、IT部門は企業の統廃合などの対応に追われ、新技術を十分にキャッチアップできているとはいえませんでした。これらの最新技術を理解するために、多くのベンダーのサービスについてヒアリングしたり、各種ベンダーが集まるイベントに参加したり、ベンダーからアドバイスを得たりして、最終的には100件以上のサービスに関する情報を集めました」(鈴木氏)
さらに、プロジェクトの規模も拡大し、2018年9月には、IT企画部門と現場企画が共同で、PoC、適応判断のステップに臨んだ。
苦労ポイント3 開発のステップでは人材集めが難問
2018年12月には、本番開発を開始したが、その際にもAI技術に精通した人材がいないという課題が浮上した。データサイエンティストには、「ビジネス課題の解決能力」「情報科学系のスキル(データサイエンス)」「実装・運用できるスキル(データエンジニアリング)」の3つのスキルが必要といわれるが、全てを兼ね備える人材を得ることは困難だ。
そこで、ビジネス領域については利用部門・現場企画のスキルを持つ人材、データサイエンス領域では専門ベンダーに参画を依頼、データエンジニアリングの領域にはIT部門・保守部門のスキルを持つ人材を社内から集め、社内外のメンバーで3つのスキルセットをカバーする体制を整えた。
「社内から、少なくとも2領域にまたがるスキルを備えた人材を集めたことがポイントです。利用部門および現場企画部門からは、現場の業務に詳しいだけでなく、システムに強い人や、活用する技術を理解して『現場でどう推進できるか』を考えられる人を選びました。一方、IT部門からは、ITのスキルを備えつつ、営業やコーディネーターの経験を持つ人材を巻き込みました」(鈴木氏)
メンバーが2領域にまたがるスキルを備えていれば、一部の担当領域は重なる。これに加えて、IT企画部門から参画したプロジェクトマネジャーが、3つの領域にまたがるメンバーを強力に結び付ける役割を果たした。
構築されたAIによるマッチングシステム
AIモデルを構築する際は、約40万件の求職者の情報と、約30万件の企業の情報を取り込んだ。教師データとして、求職者が長期継続しているケースを正例、そもそもマッチングしない例や何らかの理由で早期に契約が終了したケースを負例に採用し、機械学習にかけたという。
学習の手法はニューラルネットワークを採用。最終的に、「求職者がどれくらい長く就業する可能性があるか」のスコアを出し、閾値以上を示したものをリストとして出力するようにした。人間はその結果を基に「実際にマッチングするか」を判断できる。
取り組みから得られた3つの知見
「プロジェクトを遂行できた要因は、社内にデータを残す文化を作ったこと、どのようなサービスをシステムのどこに活用するかを意識してベンダーに協力してもらったこと、社内から2つの分野にまたがるスキルを備えた人材をそろえたことだ」と鈴木氏は回想する。開発したシステムは2019年3月から利用しているが、「まだまだ改善の途上」だという。同氏は、AIを活用したシステムの開発とその運用から得られた知見として次の3点を紹介した。
データをながめる時間を作ることが大切
プロジェクト開始前、実行中、リリース後のどのタイミングでも、データが生まれるプロセスを理解し、テーブルの定義と違う使い方がされている場合は、それに気付くことが重要だ。また、コーディネーターがマッチングの際に重視している項目のデータが欠落していた際、それをどう埋めるかが問題になる。1で埋めるか0で埋めるか、入力すべきデータは平均値なのか最小値なのか、他の項目から取得すべきなのか――。関係者の間でコミュニケーションを取り、適切にデータを整理することで分析の精度が上がります」(鈴木氏)
本番リリースはゴールではなくスタート
本番リリース後も、現場が分析による結果に違和感を示すようならば、データを再度見直してチューニングを施さなければならない。一方で、ときには「AIの出した結果を信じてみる」ことも必要だ。
「現場にAIの活用が浸透するような工夫を施し、『使いながら育てる』姿勢が重要です。幸い、当社の場合は経営トップがAIを使い続ける意思を表明していたので、継続的な取り組みを実施できました」(鈴木氏)
セカンドオピニオンを大切に
社内の人間ではない第三者のアドバイスがあると、プロジェクトの方向性に確信が持てる。例えば、同社は「今のモデルが最適なのか」という迷いを感じていた際、パーソルグループ内のデータサイエンティストからアドバイスを得たことで、自信をもってプロジェクトを進められた」。先行企業をはじめ、さまざまな有識者から意見を聞くことが重要だという。
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