基幹システムをRPAでストレスフリーに? 中小企業が考えた妙案とは
フルスクラッチで開発した基幹システムをERPに置き換えたものの、現場からは「帳票を出力するのにワンアクション増えた」といった声が数々寄せられた。そこで、“ストレスフリー”の基幹システムに変えるためにRPAの活用を思い付いた。
業務効率化の決め手としてRPA(Robotic Process Automation)の導入を考える企業は多い。しかし、RPAといってもその適用可能な範囲は広い。化学製品を取り扱う老舗商社の昭和興産は、ERPパッケージの機能で不足する部分をRPAで補おうと考えた。
その結果として、当初の目的の達成だけではなく副次的な効果も得られたという。本稿では、昭和興産のRPA導入の道筋と導入後の現場の変化について説明する。
現場に想定外のフラストレーションを生んだシステムリプレース
昭和興産は1943年創業の化学製品の専門商社だ。国内に8拠点、アジアに4拠点を構え、約1500社の仕入れ先と約1700社の顧客ネットワークを持つ。これまでビジネスを支えてきたのはスクラッチで自社開発した基幹システムだった。しかし、同社にもIT技術者の高齢化や人材不足の波が訪れ、スクラッチで開発した基幹システムが今まで通りに維持できるかが課題となっていた。
解決策として、2016年に基幹システムの刷新に踏み切った。ERPパッケージの導入を決め、運用をスタートさせたのが2017年8月のこと。しかし、運用開始間もなくして現場から不満の声が挙がった。
「これまで帳票は自動出力されていたが、基幹システムをリプレースしたことで出力するためにワンアクション増えた」「スケジューリングすることで帳票を指定のタイミングで自動出力できていたものが、手作業で出力しなければならなくなった」といった現場の声に、パッケージを導入した同社のシステム管理グループは悩んだ。
昭和興産の平柳順一氏(グループマネージャー)は、「導入したERPパッケージは、会計業務においては機能も十分でしたが、販売管理業務では従来のビジネスプロセスを完全に再現できず、自社の業務プロセスにフィットさせるためにはカスタマイズが必要でした。しかし、追加開発コストが発生し容易に対応できるものではありませんでした」と語る。
そもそもERPパッケージの導入は、“手組み”の基幹システムのメンテナンス負荷の低減が目的だった。しかし、カスタマイズを施すことでより運用管理の負担が増加するのではとの懸念もあった。
この頃、ITソリューションの大規模展示会で注目を集めていたのがRPAだ。同社の経営トップである田渕明雄社長はRPAのポテンシャルに感銘を受け、2017年7月にRPAの導入に向けたPoC(概念実証)を開始した。ERPのリプレースで生じた旧システムとの機能ギャップをRPAで補完することで、現場のストレスを軽減できるのではないかと考えた。
多数の製品からツールを選定、決め手となったポイントは?
まずPoCの開始に当たって担当者の頭を悩ませたのが、多数あるRPAツールの中からどれを選定するかだ。ツールベンダーやSIerが数ある中で同社が選んだのは、多数のツールに関する知見を持つパーソルプロセス&テクノロジー(以下、パーソルP&T)だ。選定の決め手はどこにあったのだろうか。
昭和興産がパーソルP&Tをパートナーとして選んだ背景は、グローバルおよび国内のメジャーなRPAツールの導入から運用までを支援し、現場業務を理解した上で最適なツールの選定や利用に関する提案力を持っていたことにあった。サービスとしてコンサルティングも提供するパーソルP&Tは、昭和興産本社の各部署の管理者やスタッフにヒアリングを実施し、システム管理グループとともに自動化する対象業務を絞り込んでいった。
その結果、現場の大きな問題は、従業員が基幹システムからデータを出力する時に多くの労力がかかっていたことだった。もともと営業部門出身のシステム管理グループ上席主任の中島英俊氏は「発注データを仕入先に送付する業務と、仕入先が注文を手配した進捗(しんちょく)情報を管理する業務では、紙に出力して担当が確認するプロセスが不可欠でした。旧システムでは自動的に出力されたものをチェックすればよかったのですが、リプレース後は担当者がシステムから手作業で出力、確認しなければなりませんでした。そのプロセスをRPAで自動化することを最優先として取り組んだのです」と当時を振り返りながら問題点と解決法について説明した。
この課題からパーソルP&Tが最適と判断したツールは「UiPath」だった。導入を支援したパーソルP&Tの福光杏奈氏は「GUIコンポーネントを画像認識して操作を自動記録する精度が優れているのがUiPathの特徴です。ERPシステムと連携させてデータを自動処理するにはこの機能が有効で、それがツール選定の最大のポイントでした」と語る。またRPAツールの導入とともに、今後組織内で俊敏に対応できるようロボットを内製できる体制づくりも必要だと考えた。
テストロボットの作成はパーソルP&Tが担当し、PoCでは「感覚的に7割のストレスが解消された」とコメントがあったという。そして、2019年1月から運用を開始した。
マスターデータ管理でもRPA化の効果を実感、同時に問題も発生
しかしRPA担当者の苦労はそこからだ。まずはロボットの作成スキルを社内に定着させ、RPA担当者4人を中心にスキルを高めなければならない。そのために、パーソルP&Tは2019年3月から10月末までツールの使い方やロボットの作成方法などをパーソルP&Tのエンジニアが週1回〜週3回のスパンで昭和興産に訪問し、直接レクチャーを実施した。開始から半年を過ぎる頃には昭和興産のスタッフにもロボット作成のノウハウが定着し、パーソルP&Tに頼らずとも社内でロボットを作成できるようになった。
RPA担当者の一員であり、現場経験が豊富な柴山雪江氏は今までの業務から外れ、RPAの導入推進に心血を注いだ。
柴山氏は「最初はExcel操作ですら自信がない状態でした。ただ、もともとモノづくりが好きなタイプだったので、講習会で得たノウハウを愚直に取り込んだことで、今では自分でロボットを開発できるようにまでなりました。現在は24体のロボットを稼働させていますが、半数近くは私が開発を担当しました。営業現場から、業務がラクになったと言ってもらえるのが励みになっています」と語る。
また一般業務の自動化とは別に、マスターデータのメンテナンスにもRPAを適用したことで、RPAの効果を実感しているという。
「取引先マスター情報への変更が頻繁に発生し、修正ミスもたびたびありましたが、マスター修正作業をRPAで自動化することで簡素化できました。特に取引先担当者の変更には100件を超えるデータの修正が必要になり時間も労力もかかっていました。それがRPAによって大きく負担を軽減でき、ミスも防げるようになりました」(柴山氏)と効果を実感している。
その一方で、RPA運用の落とし穴ともいえる事象が多数発生した。ERPのGUI画面からデータを抽出する要素認識機能が、処理の状態によっては正常に働かないケースが見受けられたという。平柳氏は、この点について次のようにコメントした。
「ロボットを内製し始めた当時は、ロボットがいつの間にか停止してしまう現象が頻繁に見られました。当初は原因究明や対処に苦労しましたが、1年近くたった現在はそのカラクリが分かるようなりました」(平柳氏)
そして平柳氏は、「操作の自動レコーディング機能でシナリオを作るのは便利ですが、それだけでは例外的なケースには対応できません。例外処理を記述するとシナリオが複雑になりますが、安定運用ができないとユーザーはRPAから離れてしまいます。その事実に気付くまでに時間がかかりました。ERPは5年〜10年は継続して利用されるものです。ERPの運用過程で出てくる追加機能の実装要望や不満の解消にRPAを利用したいと考えています。そのためにはもっと精度を高くし、エラー停止が起こりにくい安定性をどう保つかがロボットの作りこみにおける課題です」と続けた。
「業務データの可能性」に現場が気付き始めた
こうした過程を経て、資料作成やマスターメンテナンス業務などのバックオフィスの自動化、効率化が実現できた。中島氏は「RPAによって個人ごとの業務のバラつきが平準化されてきたことを感じています。これにとどまらず、今後は営業現場での業務改革に役立てていきたいと考えています。また、データを活用した新しい発想が現場からどんどん生まれてくることを期待しています」と述べた。
現場の意識も変わりつつあるようだ。「基幹システムにある多くのデータから有用な情報をCSV形式で自動抽出できることに現場が気付き始めました。今までは現場からは直接手が届かなかったデータも、RPAを利用すれば簡単にデータを参照できることが分かると、業務プロセスを見直して無駄の排除や効率化のためのアイデアが現場から出始めています」(柴山氏)という。
RPAは基幹システムの機能を補完し、昭和興産の業務効率化やストレスの軽減に大きな効果を発揮したばかりでなく、現場の空気を変える役割も果たしたようだ。
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