脱・昭和の働き方とは? なぜ平成の30年間、私たちは昭和のワークスタイルを続けたのか
ハンコもFAXもオフィスも……。私たちの労働環境はなぜこうも「昭和」だったのか。平成の30年間、私たちはなぜITを無視してきたのか。
SaaS型VDIサービスを運営するドコデモとビジネスチャットを運営するChatworkは、テレワーク支援ツールベンダーらを募り「テレワークカンファレンス」を開催している。第3回のカンファレンスは、新型コロナウイルス感染症拡大をきっかけとした緊急事態宣言下で、全国的にパンデミック対応のための緊急テレワークが進む渦中の2020年4月27〜28日に開催された。
多くの企業がテレワークに十分に対応し切れず、通勤を続ける状況が報道される中、「なぜテレワークに対応できなかったか」を、思い込みや慣習の問題から整理したのが総務省 行政評価局総務課長の箕浦龍一氏だ。
昭和スタイルの働き方からついに決別する時が来た
「感染症が拡大する前、日本の大企業のテレワーク導入率はおよそ2割程度で、それ以上はできないといわれていた」(箕浦氏)
実際、今回の感染拡大では強力なロックダウンを実行する国が目立つが、日本は通勤を続ける状況が目立っていた。イギリスの調査機関と日本リサーチセンターの共同調査(注1)によれば、他の主だった国と比べると、日本は通勤通学を避ける行動を実施している率が非常に低いことが分かる。
一方で、日本は近年の国際競争力の低下が目立つ。箕浦氏はスイスのビジネススクールIMDが毎年発表する「世界競争力ランキング」(注)のデータを基にしたグラフを示し、「1992年には、日本の国際競争力はトップだった。そこから下降線をたどり、2018年には国内では景気が上向いてきたと言われていた中で、国際競争力が最下位に落ちている」と指摘する。
平成の30年間を昭和の働き方で過ごしてきた日本の「思い込み」と「誤解」
なぜ、日本人はこんな時でも会社に通うほど勤勉でありながら、企業競争力の長期低迷が続いているのか。箕浦氏は、日本が社会の大きな変化に対応できなかったからだと説明する。 その変化とは、情報機器の進化と、それに伴う働き方の変革だ。
昭和の時代、最先端の通信機器は、固定電話とファクシミリだった。それが平成の時代、PC、携帯電話、スマートフォンに置き換わっている。これらが象徴するように、世界では「ICT革命」と呼ばれる大変化が起きた。それにもかかわらず、日本企業の多くが平成の30年間を昭和のワークスタイルで突き進んだ。この背景には、ある「思い込み」と「誤解」があった、というのが箕浦氏の指摘だ。
仕事の場所はどこにあるか
だが日本は、平成の30年間を「昭和の働き方」のまま生きてしまったと箕浦氏は言う。
「皆さんのオフィスを思い出してほしい。書類や電話機など、今でも机の上にはいろいろなものが置いてあるはずだ。実は、昭和の時代には、これがものすごく機能的だった」
昭和のデスクには仕事に必要なあらゆるものが、全て手の届くところにあった。文書は全て紙で管理され、業務に必要な書類や書籍は全てがデスク周りに置かれていた。仕事の道具を扱うには物理的にデスクのある場所に行かなければならない。平成に入ると、これにPCが加わるが、そのPCもセキュリティの理由からワイヤでくくりつけられていた。
「だがよく考えてみると、ここに並ぶものは、今では全てスマートフォンの中に入ってしまう。そのままポケットに入れて持ち歩ける時代だ。テクノロジーは劇的に進化したのに、働く場所を変えようとしなかった」
現在のテクノロジーのもとでは、自宅だけでなくサテライトオフィスやカフェなども仕事場にできる。新幹線の座席でも働ける。今は外出自粛なので、自宅で働くしかないが、そうでなければいつでもどこでも働ける環境が既にある。
「リモート環境で働くことは『働き方改革』などと呼ばれるが、もはや『改革』というほど大げさなことではない。単に、昭和の働き方を平成にアップデートすることに過ぎないと思っている。それができなかったので、日本の国際競争力は失墜した」
箕浦氏は、日本人は平成の時代も、会社に出勤する昭和のスタイルのままだったというが、私たちが働いている“場所”は、既に会社ではないと指摘する。
感染症が広がってきてからも、多くの人は満員電車に乗って会社に行くことを止めなかった。だが、これが本当に必要だったのかが、今問われている。
「私たちはどこで仕事をしているか。普段は職場で仕事をしていたはず。または出張先や旅行先でもレジャーの合間にオンラインで会社の会議に参加できる。だがこれらを突き詰めて考えると、実は仕事は『サイバー空間』の中にあることが分かる。ほとんどの仕事にはPCを使う。そのデータは厳密にはPCの中にとどまることはなく、サイバー空間の中にある。だから、デバイスさえ持ち歩いていれば、出社しなくてもどこでも仕事ができるのだ。これがデジタルワークプレイスと呼ばれるもの。多くの企業では既にそうなっている」
箕浦氏は、考え方次第でテレワークを実行に移せると説明する。
テレワークが進まなかった2つの誤解
技術的には問題がなかったのに、なぜテレワークは進まなかったか。企業からよく出てくるのが、「目の前にいない従業員を管理できない」という意見だ。また「会社に来ないと従業員はサボるのではないか」との懸念も聞かれる。
だが箕浦氏は、こういう心配をする必要は、全くないという。
見えない従業員を管理できない組織は、見える従業員も管理できない
「目の前にいないと従業員を管理できない組織は、たとえ従業員が目の前にいても、管理できていないだろう。また、会社にいないとサボるような従業員は、会社にいても間違いなくサボっている従業員だ」と箕浦氏は一蹴する。
企業がテレワークをためらう理由は、実はテレワーク以前に社内に存在していた問題だ。チームのコミュニケーションやマネジメントそのものが未成熟なことに原因がある。
「感染症対策で無理にテレワークを薦めた組織では、こういう問題が表面化しているところが多いと思うが、これはテレワークの問題ではない」
また、テレワークのセキュリティを問題視する企業も多い。もちろん大事な問題だが、箕浦氏は「情報セキュリティ」のために「従業員のセキュリティ(安全)」を脅かしてはいけないと指摘する。
「2月中旬ぐらいから、感染が拡大する中でも従業員は毎朝満員電車で出勤を続けてきた。3〜4月も、緊急事態宣言が出るまでは、通勤の混雑は大きく減ることはなかった。情報のセキュリティを懸念していながら、従業員を危険にさらしていたとはいえないだろうか」
緊急事態宣言下で実行された「人事異動」の慣習
箕浦氏は通勤以外にも過去の慣習を見直すべきだと提言する。
「緊急事態宣言は4月7日に出された。しかしその1週間前には多くの企業で『人事異動』が発令されて、転勤が発生していた。日本中で人の大移動が起こっていた。幸い大きな問題にならなかったが、一歩間違えば歴史的に語られる大事件になったかもしれない」
緊急事態宣言が発効されたのは4月7日だが、事態の深刻さからその数週間前には自主的に出社制限を始める企業も出ていた。この状況でも多くの企業が慣習に即して「本当は人の移動を止めなければいけないときに、『毎年やっているから』と当たり前のように人を動かしてしまった」(箕浦氏)可能性があるという。
「テレワークを突き詰めていけば「転勤」そのものがいらなくなる、と考えていきたい。勤務地を変えずに遠隔地の仕事ができるようになれば、引っ越す必要はなくなる。令和の時代には転勤や単身赴任が基本的に不要になるかもしれない」
「リモート」は人の働き方だけでなく、遠隔医療、遠隔授業など、広く活用が進んでいる。これらは長年課題として挙げられながら、進展が遅かったが、今回の感染症拡大を機に大きく変わろうとしていると、箕浦氏は期待する。
「コロナ禍」のテレワーク、困惑は仕方がない一面も
一方で箕浦氏は、これまで日本で進めてきた働き方改革によるテレワークと、今回のパンデミック対策で必要に迫られているテレワークは少し様相が異なった、という点は認識している。それゆえ、今回多くの企業が十分な対応を仕切れずに問題を抱えながらテレワークを導入したことは仕方がない面もある。
「急きょ始まった大規模テレワークで発覚したのは(パンデミック下での事業継続計画の)準備不足だ。(働き方改革の文脈から)テレワークは従業員の一部がすると見積もっていたところへ全員のテレワーク対応をする必要が起きた。結果的にネットワーク、サーバなどの容量不足や、メールやチャットなどのトラフィック量増への対応が間に合っていないようだ」
IT環境整備が不十分だったことに加え、従業員からすると、自分の意志でコントロールできないものだった点も、働き方改革で考えてきたテレワークとは状況が異なる点だ。本来テレワークは「働く側の意思」で実施するものたが、今回は強制的に「やらされている」という状況だったことから、不安を感じやすい状況だった。それゆえにテレワークではなおさら「血の通ったぬくもりのあるコミュニケーションが重要になる」(箕浦氏)。
今回、多くの企業が初めて大規模テレワーク下での事業運営を経験した。テレワーク導入を阻んでいた「誤解」の有無を問わず、全社規模でテレワークを体験したことの意義は大きい。この経験を基に、通勤や転勤、オフィスという「場所」で働くことの意味は見直されていくことになるだろう。
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