短期、中期、長期の視点で考える「全世界 強制テレワーク時代」との向き合い方
後日振り返ったとき「あの時、彼らは本当に出社する必要があったのか」と問いかけなければならない日が来るかもしれない。IT管理者、従業員、経営層はこれからの長期的なウイルスとの闘いにどう挑めばよいのだろうか。短期、中期、長期の視点でそれぞれが考えるべきことを整理した。
長期戦を戦い抜く組織とITの在り方
新型コロナウイルス感染症の感染者拡大を抑えるため、都市部を中心に多くの企業がテレワークを導入し始めた。これまで、働き方改革関連法対応などで従業員のうちでもごく一部にのみにテレワークを許容してきたような企業も急きょ全社規模での対応を急いだことだろう。
今のところ、緊急事態宣言に基づく外出自粛要請は2020年5月6日までとされている。こう考えると、一時的にテレワークに取り組めば5月以降はいつもの状況に戻るのかもしれない。しかし現在の新型コロナウイルスの世界的な感染状況を考えれば、数カ月で全てが元に戻るとは考えにくい部分もある。この状況を改善するには感染を抑制し、ワクチンが開発されるのを待つしかない。こうしたことを考えると、新型コロナウイルス感染症の拡大に対応し、事業を継続するには、否が応にも新しいワークスタイルを構築し、運用する知恵を働かせなければならないだろう。
長期戦を覚悟した方が良いとはいえ、のんびりと準備をする余裕はない。ここでは「今すぐの対応」「中期」「長期」の3段階に分け、また、企業内の役割を「経営層」「IT管理者」「従業員」の3つの視点に分けてそれぞれで実施すべきことを整理していく。
「一斉テレワーク」でノートPCが枯渇しても従業員を守るには
まず短期的なテレワーク対策として考えるべきは業務環境をどう自宅で実現するかだ。在宅でできる業務はできるだけテレワークに切り替えたい。このためには従業員に自宅に持ち帰りやすいノートPCを配布するのがベストの選択肢だろう。
だが今回の緊急事態宣言に合わせて全従業員にノートPCを購入し、セキュリティ関連の設定を施して配布するのは非常に難しい状況だ。現在、既に国内メーカー、海外メーカーに関わらず新規ノートPCの購入が難しい状況になっている。サプライチェーンがグローバル化する中で、部材の製造拠点が操業停止したり、検疫に時間がかかったりと、人、モノの移動が制限される状況では新規の調達には限界がある。今回は特に世界各地でほぼ同時期にテレワーク関連製品へのニーズが高まったことから部材はどこもひっ迫する状況だ。
こうした場合はセキュリティ面課題は残るが、会社で使用するPCに従業員の私物PCからVPNでリモート接続することも検討できるだろう。社内からしかアクセスできないさまざまな業務アプリケーションやファイルサーバにアクセスでき、一時的にはなんとか業務をこなせるだろう。
もちろんVPNでセキュアにしていても、自社で管理していない端末からの接続を許すのは、セキュリティ面で問題がないというわけではない。だが緊急避難で従業員の安全を優先する場合には短期的にリモート接続を許容するのも、事業継続の上では判断せざるを得ないこともあるだろう。
VPNの全面適用の課題はネットワーク回線、セキュリティとのトレードオフは判断が必要
全従業員がVPNで会社のPCにアクセスする状況になると、別の問題が発生する。会社が契約するネットワーク回線の容量やVPNサーバの負荷が高くなり、応答が遅延して業務にならない状況が発生する可能性がある。こうしたことからVPN接続を許容するにしても、どうしても会社のPCを経由しないと作業ができない職種になどに限定して解放するようにし、同時に業務システム側のアクセス制限の見直しを同時に実施することが望ましい。
例えば、経理処理などのシステムのアクセス制限を社内だけに限定している場合は、リモート接続でのアクセスを許可すればいい。この場合は、接続人数をできるだけ制限するなどの対策も併せて実施しておき、セキュリティホールになり得る場所をできるだけ小さくしておきたい。
それ以外の従業員には自宅にPCがあればそれを使って作業してもらうようにする。営業であれば、各種の資料作成や営業用のプレゼンテーション作成などは、スタンドアロンのPCでもなんとかこなせるだろう。
コミュニケーションツールを軸としたワークフロー効率化を図る
電子メールも多くの企業が外部のクラウドサービスを利用していることだろう。この場合は利用従業員の私物端末でも問題なくアクセスできる。オンラインでのコミュニケーションを考えると、電子メールの他にグループチャットツールも検討したい。
LINEの企業版といえる「LINE WORKS」や「Chatwork」「Office 365」の「Microsoft Teams」の他、エンジニアを中心にIT系企業でよく使われる「Slack」、Googleの「Hangout」などが挙げられるだろう。これらのチャットツールを使えば、複数のユーザーと簡単にチャットでコミュニケーションと取れる。中には単なるグループチャットだけでなく、「Web会議」「ファイル共有」など仕事のハブとして使えるような機能が用意されている。
これらのグループチャットツールは、APIを公開しているため、チャットを使ってバックエンドの業務システムで接続することができる。さすがに、業務システム連携を今すぐ構築することは無理だが、今後のビジネスコミュニケーションシステムとしては、メールよりも生産性の高い業務運用につながる可能性もある。
通話機能をどうするか、ITツールの流用も視野に
バックオフィス業務を含む従業員全員がテレワークになったとき、問題となるのが内線などの電話機能をどうするかだ。顧客との応対が前提の営業職などでは内線を兼ねた携帯電話が支給されているかもしれない。だが、営業職以外でオフィスでの電話応答が前提となってきた業務部門の従業員にはこうした通話環境を用意していないことも考えらえれる。こうした時には既存コミュニケーションツールの通話機能を利用すると解決することがある。
例えばMicrosoftのTeamsは、国内の3大通信キャリアであるNTTドコモ、ソフトバンク、KDDIやNTTコミュニケーションと提携している。この特徴を生かして、TeamsにクラウドPBX機能を組み合わせれば「Teamsを立ち上げていれば、PC、スマホなどのデバイスに内線電話がかかってくる」という仕組みを構築できる(「Direct Calling for Microsoft Teams」)。社内電話だけでなく、外部から直通電話としてTeamsに電話してくることもできるから、外部とのコミュニケーションもやりやすくなるだろう(もちろん、留守番電話などの機能も用意されている)。これを今までの内線網の代用とすることも考えられるだろう。
相談窓口や助成金、補助金を確認する
LINE WORKS、Teams、Slack、Googleハングアウトなどのコミュニケーションツールの多くは、いくつか機能を制限して無償版(人数制限、機能制限)を提供している。感染症拡大の渦中でテレワーク対応に追われる企業を支援する目的で優良ライセンスを期間限定で無償提供するサービスも登場している。各社とも新型コロナウイルス対策向けの問い合わせ窓口を用意しているので相談してみるとよいだろう。
テレワーク助成金の他、新型コロナウイルス感染症対策の助成金など、国や自治体が複数の支援策を用意しているので、自社のIT予算だけでは実現が難しい場合も諦めずに情報収集をしてほしい。
例えば中小企業向けの支援策では、経済産業省と中小企業庁が「ミラサポplus」として、各種助成金や支援制度を網羅した情報ポータルを公開している。今回の新型コロナウイルス関連の経営支援情報の他、国が提供するテレワーク導入補助金などの情報を検索できる。
中期的視点〜「あの日、彼らは本当に出社する必要があったのか」を検証しよう
さて、ここまでで見てきた情報は、あくまでも緊急対応でできることが中心だった。幾つかの施策は期間限定でなければリスクを伴うものもある。感染症そのものの完全な収束を迎えるまでは、幾度となく外出を自粛してテレワークで業務を続けなければならないと考えた方が良い。また、自然災害や公共交通機関の障害などを考えれば、今回の感染症以外にも自宅で業務を遂行する機会は今後もあるだろう。こうしたことから、緊急の対応が落ち着いたらまず考えるべきは、自宅でのテレワークを標準とするワークスタイルを検討することだ。
そこでIT管理者は現在の短期的な対策と並行して、現在の業務に潜む問題点を洗い出してほしい。
例えば、業務フローとして物理的な押印が必須になっていたり、社内に書類を提出するために出社が必要だったりしなかっただろうか。現在テレワークを実施しているとしたら、期間中に誰が、何の要件で出社したかを把握しておくとよいだろう。そのうち、いくつかはリモートでも実現可能な業務かもしれない。
他にもいつでも従業員にテレワークさせられる環境を前提に考えるならば、従業員の住居にネットワーク環境が必要だったはずだが、単身の若者の場合は必ずしも接続しっぱなしが可能なインターネット接続環境がなかったかもしれない。あるいはテレビ会議のためにはノートPCだけでなくヘッドセットが必要だったはずだ。
従業員にアンケートを実施するなどの方法を介して、テレワークを進める際の障害を、ゼロから洗い出す作業が必要だ。ITインフラの視点だけでは抜け漏れが生じるようなエンドユーザーの課題も、この際に全て洗い出して整理しておきたい。
「領収書を張り付けた紙」「社内の図面参照」のために出社すべきだったのか
例えば、領収書を付けた経費精算のために、会社に出社する必要があったというなら、経費精算をクラウド化して、領収書などをスマホの写真で提出して処理できるようにする。また。請求書の処理などに、上長のハンコが必要だったり、社内・社外への書類に上長の確認が必要だったりして、テレワークができなかったというのなら、書類のフローを電子化する必要がある。ハンコに関しては、日本独特の文化なので、ハンコ文化を電子化したシステムも存在する。
ハンコのメーカーであるシヤチハタですらハンコをベースにしたPC決裁クラウドサービスを提供している。他にも、Adobe AcrobatなどのPDFと電子署名を組み合わせた決裁システムもある。サイン後に改ざんできない仕組みを採用したり、サインやハンコを押した日時などの情報を公的な電子認証機関で管理できていれば、押印と同等の意味を持たせられる書類は多い。
文書の電子化に関しては、自社だけでなく外部とのやりとりや公的機関の指定書類で物理的な押印が必要なものがゼロではないため着手しにくい領域だが、今後は官公庁への提出書類も徐々に電子化が進むとされるため、電子化できるものはできるだけ電子化を進めるべきだろう。
ワークステーションを使ったエンジニアリング環境はVDIで知財情報ごと一元管理に
設計などの業務では計算処理のパフォーマンスが求められることが多く、エンジニアリングワークステーションを利用することが多い。また業務では、知的財産としても重要な設計データを利用することも多いため、保管データを取り出すために出社する必要があったかもしれない。
この場合はセキュアな接続を確保した上で、ローカルにデータが残らないクラウドのエンジニアリングワークステーション向けのVDIを構築することを検討したい。VDIであれば知的財産を含むような重要データを取り扱う際にも漏えいリスクを軽減できたり、万一のセキュリティインシデントに際しても退避や隔離、復旧しやすい構成を検討できる点も好ましいだろう。
中期では、いろいろな問題点を洗い出し、できるだけテレワークやITを活用できるようにしていくべきだ。今までの企業文化だから、ハンコや書類の決裁は変えられないというのではなく、ITで置き換えられる部分はできるだけ置き換えていく必要がある。つまり、社内の業務や業務フローを一から見直す必要があるだろう。
テレワークに関しては、100%自宅で仕事をするというのかベストな回答でない。職種によっては、週に何回かは会社に出る必要があったり、現場への出勤が必要になるだろう。何でも、とにかくテレワークといっているのではなく、できる部分はテレワーク化、ITにより電子化していく必要がある。このように仕事の仕分けをしていけば、職種ごとにテレワークの度合いが決まってくるだろう。
長期では組織そのものを柔軟で変化に強い体制に変える施策を
長期的な視点でこれからの働き方を考えるならば、今後はオフィスに集合しないテレワークが前提となっても、100%か、それ以上のパフォーマンスを出せる体制の整備が必要になる。
今回のテレワークを通じて「オフィスが持つ意味」もそれぞれの企業で見直すきっかけになったのではないだろうか。業務内容や組織の性質によって、オフィスに求められる機能は異なる。客先に常駐するケースも含め「物理的に同じ場所に集まる」がほとんどの企業の業務フローの前提となってきたが、そのことの本質的な意味を考えなければならない。出社しなくても回る業務があるならば、なぜオフィスを置き、顔を合わせるのか。この問いを考えることで、オフィスの意味がよりいっそう鮮明になってくることだろう。
こう考えると、オフィスすらオンデマンドで利用する「as a Service」型にする考え方もあるだろう。固定費として重くのしかかるオフィステナント賃料などのコストを最小化する意味でも合理的だ。
こうした施策は従業員の生活をも変える可能性がある。週に1〜2度、数時間だけオフィスに行けばいいのなら、通勤時間をさほど考慮せずに居住地を選択することもできるだろう。都心から離れて広い居室を確保できれば、米国で一般的な「独立したワーキングルーム」を作ることも不可能ではなくなる。こうなれば、緊急避難的に行っている現在のテレワークのように、リビングのテーブルを使ったり小さな子供がオンライン会議に突然入ってきたりするといった問題も解消するだろう。従業員のワークライフバランスを考慮する際には、検討できるオプションではないだろうか。
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